第73話 憧れの市民球場に入って感激する件



 翌朝、即席女子チームの一行はやや寝坊して起きる破目に。それも当然と言うか、昨日の夜は遅くまでハイテンションでお喋りしていたのだから。

 同じ部屋で寝ると言う選択をした弊害なので、それはまぁ仕方が無い。それに寝坊をしたと言っても、朝の講座には充分に間に合う時間である。

 それでも一行は紗良に急き立てられ、身支度を整えて食堂へ。


「は~っ、姫香ちゃんはお父さんタイプだけど、紗良姉さんはお母さんタイプなんだねぇ。でもそう言う人がチームにいるって、本当に助かるよね?」

「そうっスね、特に怜央奈ちゃんはお子様タイプだから……いえっ、冗談っス!」


 怜央奈にジトっと睨まれて、慌てて前言を撤回する美智子。姫香は構わず、怜央奈はお子ちゃまじゃんと彼女と腕を組んでホテルの廊下を歩き始める。

 仲の超良い姉妹みたいだが、実は姫香はこの中では一番年下である。それに突っ込む者はこの場におらず、暫定のリーダーは姫香が担っている感じ。

 そして怜央奈の言う通り、紗良が母親役なのも順当な感が。


 朝食はホテルの食堂で、特にお金を取られる事も無くテーブルに案内されて。食事もホテル代も向こう持ちなど、何だか凄いねぇと紗良の言葉に。

 それだけ若者探索者の事故率が高くて、行政が頭を抱えている証拠だよと怜央奈の返し。みっちゃんも、自分の地元でも探索者の事故は多いと口を添える。

 そして姫香に振られて、無口な陽菜もようやく一言。


「……同年代の初心探索者で、亡くなった人を知っている。車の事故も地元では多いし、今はすたれた免許制だが、必要だったのかなとしみじみ思う。

 行政も協会も、もっとこの新世界に真摯しんしに立ち向かうべきだ」

「おおっ、さすがは最年長の陽菜ちゃんだっ! たしかに市内でも暴走する車とかいて、危なくて仕方が無いよ……取り締まる人がいないからって、好き勝手する人が増えて嫌だよね!

 自警団の負担だけ増してさ、一般の人は文句言うだけだし」

「そうなんだ、ウチの田舎町は割と平和だけど……ダンジョンの数は多いけど、そのせいで余所者よそものが流入しなかったせいかな? お隣の町とか、人口が倍加して最初の頃は人間同士の争いも凄かったって護人叔父さんが言ってたよ。

 まぁ、ウチの町も自警団の負担が多いのは同じかな?」


 法の再整理も自警団の人数揃え案件も、本当に急務だよねぇと紗良のまとめの言葉に。その通りっすねと美智子の相槌、皆で研修頑張ろうと改めて心に決めて。

 姫香がしょっちゅう口にする護人叔父さんについては、メンバーみんなが既に聞き慣れてしまっている始末。そして怜央奈の言葉で、広島市も自警団の負担は大きい事が判明して。

 実際、治安の悪化はどこの市町も深刻な問題らしい。


 食糧難がもう少し緩和されれば、人の間にゆとりも生まれるのだろうけど。などと話し合いながら、朝食を取り終わる女子メンバー達。

 のんびりしていたら既に9時を過ぎていて、寝過ごしたツケもあり慌しく1日の準備を始める一行。そして10時には、昨日と同じ会場で2時間の講習会が始まった。

 講師も昨日と同じ、中年の協会関係者が担うみたい。


 昨日と少し違うのは、参加した若者達が明らかに小集団に別れて着席している点だろうか。どうやら昨日の立食時間での、チーム組みはある程度成功している様子。

 そこであぶれてしまった人はどうするんだろうと、姫香が思っている間に講座は始まっていた。今回の前半のテーマは『ダンジョンについての最新考察』で、約50分あるらしい。

 そこから休憩を挟んで、もう1テーマ講座があるのだとか。


 ちなみに最新のダンジョン考察だが、聞いていてなかなか面白かった。何故にダンジョン内では人類に便利なモノがドロップするのか、特に探索に必要なモノが入手出来る理由は?

 ダンジョン内で敵の死体などの物体は、拡散して残らないのに。精神的な活動に分類される技能や魔法は、何故か『スキル書』となって収束して手に取れる。

 そのダンジョン法則は、何にのっとっているのか?


 そんな疑問を、現在も学者たちは鋭意研究中なのだそうで。特にダンジョンの出来た意義とその性質についての研究は、色んな研究者が調査に当たっているらしく。

 その中でも面白いのが、ダンジョンは2つの世界の通路説である。5年前の“大変動”の際、地軸が不意に傾いたせいでこの世界と異世界が衝突を起こして。

 その刺激と言うかエネルギーにより、未知なる生命体が誕生したという説が。


 太古の地球に生命体が生まれたのも、そもそも地球が生まれたのも、そんな莫大なエネルギーが関係していたという説は根強く存在する。そして今回の衝突のエネルギーでは、ダンジョンと言う生命体が誕生したのだと言う仮説なのだが。

 何とも破天荒で、姫香としても首を傾げるしかない話である。とにかく偉い人達は、日夜そんな四方山よもやま話に興じて日々を過ごしているらしい。

 それなら探索業の方が、よっぽど人の役に立つかなと姫香は思う。


 それから話は、スキルの話や魔法についてのあれこれに移って行った。適応者の恩恵として、誰もがMPを獲得出来てそれを使用する事が可能になる。

 スキルも同様で、覚える事で超人的な力を使う事も可能になるのだが。講師の人は、それでも適応者は選ばれた存在では決して無いのだと念を押していた。

 例えHPを纏って、人外の能力を得たとしてもだ。


 レベルの高い者になると、HPの恩恵で拳銃で撃たれても平気になるそうな。そこまで至るには、経験を物凄く積む必要もあるそうなのだけれど。

 護人叔父さんもいずれはそんな高みに至るけどねと、自分の将来はそっちのけで姫香は夢想してみたり。楽しい空想で、抗議の時間はあっという間に過ぎて行き。

 気付けば休憩時間、そして10分後に次のテーマの講義が始まる。



 今回は別の講師が出て来て、どうやら午後から潜るダンジョンの説明が行われるらしい。こういう前情報は、生存率に繋がるのでもちろんあった方が良い。

 そんな訳で、女子チームの面々も真面目に講座を受けての予習作業に余念が無い。それによると、“市民球場”と“平和公園”ダンジョンは、両方とも広域ダンジョンに区分されるらしい。

 その移動方法は独特で、敷地内にワープ魔方陣が必ず1個は存在するとの事で。それを使って次の層に行けるのだが、誰かが1度使うとそれは別の場所にポップする性質があるそうな。

 だからそれを発見しての階層移動は、運に頼る事が大きいよう。


 そんなダンジョンの存在は動画では知っていたけど、入るのは初めてな姫香。そして同時に複数のパーティで攻略するのも、もちろん初めての経験である。

 午後の予定では、今回参加した若者達80人でだいたい20チームを編成して貰って。それを半数ずつ2つのダンジョンに振り分けて、実習訓練を行う予定らしい。

 この講座が終わったら、チーム編成とリーダーを発表して欲しいとの事で。


 それはちっとも構わないのだが、リーダーは決めていなかった女子チーム。昨日の夜のお喋り会で、随分と仲は良くなってはいるのだけど。

 最年長だし、紗良姉さんにやって貰おうかと、呑気に姫香は考えつつ。出現する敵の種類やその他の仕掛けを講師の人が喋り終えて、午前の講座は終了してしまった。

 それから号令が、リーダーの人は前に来てくれとの事。


「リーダーの人にメンバーの構成員を聞いて、それからお弁当を人数分渡します。この部屋で昼食を取って貰って、それから2つのダンジョンへと移動して貰いますね。

 移動は1時からです、チームで希望のダンジョンが決定したら報告に来てください。ちなみに希望は早い者順ですので悪しからず」

「わっわっ、リーダーと攻略ダンジョン決めなきゃなんだ! まぁ、リーダーは姫ちゃんでいっか……2つとも探索は大変かな、私はどっちも入った事あるけど」

「えっ、私がリーダー役するのっ……!? 私、一番年下だよっ……紗良姉さんとかの方が良くないっ!?」

「私も姫香がリーダーで問題無い……ちなみに2つのダンジョンの難易度はどんなだ、怜央奈?」


 珍しく陽菜の積極的な追従に、みっちゃんも同じく問題無しですとの弁。外堀は完全に固まってしまう中、質問された怜央奈は2つのダンジョンの特徴を話し始める。

 両方とも広域ダンジョンだが、“平和公園”の広さは半端では無いらしい。ワープ魔方陣が見付かるまで、下手したら延々と彷徨さまよう破目になる可能性が。

 ちなみに出て来る敵は、ゴブリンや大ハトなど難易度は普通だそう。


 逆に“市民球場”の方は、縦の階が7層くらいあってその移動は大変だが全然歩ける範囲だとの事。ただし、敵の種類は猛獣やら巨人族やら難易度は高いそう。

 ちなみに『市民球場』で市民に馴染み深いのは、実は取り壊された紙屋町の方の奴で。『眞知田スタジアム』の呼び名の方が新球場として知られていて、ダンジョン内の探索も割と楽しいそうだ。

 野球ファンの姫香は、そっちに行きたいと我が儘を発動。


 それを普通に受け入れてくれる他のメンバーの好意により、呆気無く午後の攻略先が決定。そんな訳で姫香は報告へと会場の前へ、そこで人数分のお弁当とお茶を貰って席に戻る。

 それからメンバーにお弁当を配って、その場でのランチタイム。希望は通って球場ダンジョンだよと報告しつつ、姫香は他のチームの動向も何となく窺ってみる。

 大抵のチームは、だいたい報告は終わっている様子で。


 女子チームの報告は、その中では割と早い部類に入っていた模様。お弁当はホテルで用意された、お握りとおかずのセットで美味しいと各所で好評の様子。

 そうこうしている内に、時間は1時に近付いて。協会の人達が、探索着に着替えて1階ロビーに集合して下さいと、各所で大声で呼び掛け始める。

 各チーム員は、慌ててそれに応じて右往左往。




「え~っ、それでは今から『市民球場ダンジョン』探索組は、歩いて眞知田スタジアムに向かいます。向こうでも一応点呼は取りますが、逸れないように付いて来てください。

 武器の街中での携帯で何かを言われる事はありませんが、振り回したりしないようお願いします。ベテラン探索者の方も同行します、くれぐれも失礼の無い様に。

 それでは出発しますね~」


 その合図でぞろぞろと出発し始める、50人以上の小集団。協会のスタッフと同伴の探索者で10人以上、その他40人は実習訓練を受ける青少年達である。

 もっとも例の不良軍団も混じっていて、たまにちょっかいを掛けて来ていて。うざったい事この上ない、しかしそれも10分程度で目的地に到着して有耶無耶うやむやに。

 そして姫香は、その景観にひたすら感動する事に。


 何とも立派なスタジアムである、今は時代が野球観戦所では無いのが残念で仕方が無い。噂では、元プロ野球選手も何人か探索者に転身したらしいが、是非会ってみたいと姫香は思う。

 などと思っていると、協会のスタッフが点呼を取り終え説明を始めていた。ここには簡易結成された9チームがいるそうで、それぞれにベテラン探索者が1人付くそうだ。

 そしてダンジョン内での、20体の敵の間引きがお題との事。


「20匹かぁ、これだけチームが多いと取り合いになっちゃうからねぇ。ちょっと大変かも、何層か潜らないと達成は難しい気がするかな?」

「そうなんだ、でも制限時間は4時間もあるって言ってるし。ちょっと奥まで潜るのも平気でしょ、って奥に行かないと宝箱もゲット出来ないし?」

「奥に潜るのは良いけど、敵も強くなって行くからね……そこら辺の見定めは、正確にしておかないと事故につながるから注意ね。

 おっと、君たちに同伴する『ヘリオン』の青嶋翔馬です、よろしく!」


 そう言って話し掛けて来たのは、バッチリ探索着に着替えているB級探索者の翔馬だった。昨日の立食パーティでメンバーとは顔通しを済ませており、この合流はスムーズに。

 突入前の軽いミーティングと、戦術チェックを念入りに済ませて。女子5人+同伴に翔馬チームは、協会のスタッフに準備オッケーを言い渡す。

 そして魔法の鞄から武器を取り出す姫香、それを見て驚く面々。


「ああ、そう言えば……君たちは魔法の鞄を所持してたんだっけね?」

「ええ、家族の人が心配して、実習訓練もあるならと色々と持たせてくれました。ポーション類とか魔法のアイテムとか、準備はバッチリですね」


 そう応える紗良は満面の笑顔、かなり成功した探索者でない限りは、魔法の鞄など所持出来ない事を分かっていない様子。姫香は姫香で、どうせくわの所持を揶揄からかわれるんだろうなって感じ。

 既に手に馴染んだ武器モノだし、魔法の強化をして貰って文句のない相棒と化してしまったソレ。今更変えるなど考え付かないし、唯一無二の相棒である。

 それより早く、スタジアム内も確認したくてたまらない姫香。


 打ち合わせが少々長引いたせいで、やや出遅れてしまったけれど。とにかく協会のオッケーを貰っていざ突入。スタジアムの脇に開いた暗い入り口を潜ると、そこは何故か球場を見渡せる、メインゲートを抜けた入り口だった。

 怜央奈の説明では、ここはスタジアムの構造的には3階に位置するらしい。何故1階のフロアに繋がっていないかは謎だが、ダンジョン内を移動するには便利との事。

 確かにまぁ、コンコースに沿って問題無く移動は出来る。





 ――座って観戦する訳でも無し、自分たちは探索に来たのだから。






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