第72話 家に戻ると、香多奈が物凄く拗ねている件
少しだけ心配していた、探索中に怪我を負ったと言う後衛の森下だったけど。肩書きは神崎姉の旦那でもある訳で、チーム内結婚とは何だかややこしい。
護人の心配は、ダンジョン探索にトラウマが芽生えてないかって事だったのだけど。そんな雰囲気も無いし、3人のチームワークも至って水準を満たしている感じを受けた。
神崎姉のワンマンチームの感もあるが、まぁ平均よりも上には違いなく。
探索者チームとしても、明らかにパワーも経験値も林田兄妹より上である。来栖家チームのスピード探索力には負けるかもだが、一定以上の腕前は確実にある。
武器の扱いも身のこなしも凄いし、とにかく探索慣れしているのだ。一応は3層まで潜れば充分と考えていた護人だったけど、これ以上の調査は無意味と判断して。
力試しは予定通り3層で終了、地上に戻る事に。
「いやしかし、このハスキー犬賢いですねぇ……感心しちゃいましたよ、探索に犬を同行なんてと最初は正気を疑っちゃいましたけど。
それを言うと、来栖さんもたった4ヶ月にしては探索慣れしてましたね!」
「本当にね、賢い犬って良いなぁ……新居では絶対に犬を飼おうね、卓ちゃん! 来栖さんも独身なんでしょ、私の妹の恋歌なんてどう……?
これでも尽くすタイプだし、意外と美人でしょ?」
「ちょっと、やめてよお姉ちゃんっ! きっ、気にしないで下さいねっ、来栖さんっ……ちなみにですけど、どんな女性がタイプですか?」
自分は現在3人のコブ付きですと、やんわり秋波の攻撃を
その場に待っていた自治会長と合流して、次は民泊候補の住居巡りらしい。香多奈が心配な護人は、早く家に戻りたくて仕方が無いのだが。
その辺の事情を峯岸に話すが、もう少し付き合ってくれと頼まれてしまった。
どうやら、林田兄妹との顔合わせとか『探索者協会』での顔繫ぎとか、その辺の行事に一緒にいて欲しいらしい。そうすると、住居を2か所も廻った後なので、1時間以上は優に掛かる計算になってしまう。
顔合わせと探索の試験で既に1時間、これ以上拗ねた末妹を家に独りで放置はちょっと怖い。仕事があるからなんて常識的な躱し言葉など、子供には通じない。
さっさと用事を済ませて、家に戻りたいのが護人の本音だ。
結局はあと30分との値切り交渉に遭い、もう少しだけ同行する事に。まぁ、今後この町の一員として一緒に活動するのなら、もう少し仲良くなっておくのも手かも。
近所付き合いは、田舎に住む者にとってはかなり重要な位置を占める。不便な地域に生きるってのは、そう言う事の羅列に他ならない。
さて、この新人チームは住居の提案に乗ってくれるや否や?
結論としては、最初から住居見学は良い手応えだった。途中で協会から仁志支部長が合流して、世間話も広がりを見せ。そこで地域の探索活動の、稼働率などの確証を得た新人チーム。
意外と忙しくない事実を知って、ここは“魔境”と呼ばれているのにねぇと不思議顔。確かにダンジョン数は他の町より多いけど、最低限の間引きローテで、何とか最悪の
自警団の活躍あってこその事例だが、チームが増えれば彼らの負担も減る筈。
「いやしかし、青空市でこの町を気に入って頂けたとは、とんだ副産物でしたね。私も赴任当初は、どうなる事かと心配してましたけど。
住めば都と言いますか、案外と良い所ですよ、この町は」
「あの活気は凄かったよね、実際に買ったお野菜も凄く美味しかったし! 探索者なんて、お金を貯め込んで引退すれば勝ち組とか思ってたけどさ。
こんな田舎町で第二のスタートも、全然悪く無いわよね」
仁志支部長と神崎姉のトークは、軽妙に弾んでいる様子。護人は残りの2人と世間話をしながら、最初の物件へと徒歩で移動する。到着した古い家屋の扉の鍵を、峯岸が開けて行って。
そこからは住居内の見学、こういう場合はやはり女性が手綱を握るらしい。あちこち忙しく動き回って、水回りや耐久性のチェックに余念が無い様子。
護人や他の男性は、邪魔にならないように隅っこへ。
そして神崎姉が出した結論は、55点との辛い点数だった。確かに護人から見ても、築年数による老朽化は割とひどい感じを受ける。手直しするにも、お金や労力が掛かりそうな雰囲気。
それから短いやり取りがあって、それならもう1か所に全員で行こうと合意がなされ。それぞれ車に分乗して、来栖邸までの山道を上って行く。
例の、紗良の実家を含む4軒屋の見学である。
これは護人にとっても都合が良い、この見学会の後に解散すればすぐ家に戻れるので。そして再度の内見の感触は、割と良さそうな雰囲気が感じられ。
神崎妹も、家屋の外の景色が凄く良いと、ルルンバちゃんの草刈りの手腕を褒めてくれている。それから護人と子供達が勝手に作った、訓練場の空き地も何故か気に入られている様子で。
意外な副産物だが、作って良かったと護人も一安心。
ここは山の上だけあって、ライフラインが不安定なのがネックではある。移動も車が無いと無理、何しろ麓まで車で10分近く掛かるのだ。
それに目をつむれば、建物の状態は最初の物件よりは良い。紗良の『回復』スキルで、結構な時間を掛けて内外を修復した結果である。
紗良自身も、この家に入居して貰うのには賛成してくれていて。
隣の家だけでなく、紗良の生家を貸し出してくれても全く構わないそう。その場合、紗良の方にお金が入る様に、峰岸自治会長も手筈を整えてくれるとの事で。
そちらを借りた方が、紗良もお得で潤うと言うモノ。そして護人がそんなにプッシュしなくても、神崎姉妹はこっちの物件をかなり気に入っている様子。
このまま決定すれば、来栖家にも新たな隣人が誕生する事に。
「うんっ、ライフラインは発電機とか備えたら何とでもなるし。家族用の車も1台所有してるし、こんな山の中の生活も体験してみたかったのよ!
どうかな、卓ちゃん?」
「ああ、僕もいいと思うよ……ちょっと寂しい立地だけど、まぁのんびり過ごすには良い場所だね。前の畑も借りれるんなら、野菜育てるの頑張ろうかな?
生活費も抑えられるから、貯金も貯まる一方だろうからね」
「この家に決まれば、ウチの家とはお隣さんになるかな……こんなご時世だから、ご近所が出来るのは普通に心強いね。野菜作りも、良ければ1から教えるし。
そんな訳で、3人でじっくり考えて貰えたら。俺は子供を家に待たせているから、悪いけどここで抜けさせて貰いますね。
何かあれば、その奥を抜けた所に家があるから」
そんな言葉を新人さんに残して、護人はこの場を強引に抜ける事に。最後まで付き合っても良かったのだが、それ以上に一人家に残した香多奈が心配で。
一行はもう少し隣の家とかも見て、それから協会の建物へと巡る予定との事。林田兄妹とも後で顔合わせをするそうで、割と後半も忙しいかも。
向こうも納得してくれたようで、これで自然にお役御免に。
別れ際に自治会長が、今日の分の試験官役の代金の振り込みの事に触れて来て。雑用依頼の代金も、段々と上がって来ているようで何よりだ。
ダンジョン関連の予算も、増えて来ている証拠なのだろう。来栖家チームは他よりドロップ率が良いので、幸いお金に困ってはいないけど。
とにかく予定より押してるので、さっさと家に帰らないと。
急いで家に戻ったら、案の定に香多奈が部屋の隅で
自分も潜りたかったと、姉2人もいないのに我が儘を言い始めた末妹。
お姉ちゃん達が旅行から戻ってからなと、ご機嫌取りのおやつ準備中の護人の返しなのだが。ハスキー軍団がいるから平気だよと、珍しく我が儘を譲らない構えの香多奈である。
つまりは、叔父さんだけ探索するなんてズルいって言い分らしく。
それは仕事で依頼されたからで、護人も好きで潜った訳では無い。なんて言い訳も通用せず、姉たちの不在1日目にして早くも拗ねてしまった末妹。
挙句の果てに、縁側でミケを抱いて背中をこちらに向けての抗議活動である。こんな時は相手をしないのが一番なのだが、完全無視はさすがに辛い。
ハスキー軍団も、心配してか少女の元に集まる始末。
「お姉ちゃん達は今頃、都会で新しい出逢いを経験して、仲良くダンジョンを満喫してるのかなぁ……私達はお留守番で辛いよね、ツグミなんて相棒なのに連れて行って貰えてないし。
……みんなで一緒に、敷地のダンジョンに潜ろうか?」
独り言にしては大きな声での、なおも抗議活動は続いている様子。ギャン泣きされるよりはマシだが、本当にハスキー軍団を連れて単独で失踪される危険性を、護人は思わず想像してしまい。
割と本気で蒼褪める護人、何しろ末妹の行動力は本気で侮れないのだ。6月のカエル男の騒動も、詳しく聞いたら子供達だけで探索ごっこをした結果だと言うし。
コロ助がいて良かったと、あの時は本当に後から肝が冷えた。
要するに少女の言い分は、姉2人と叔父さんが探索をしている間、自分だけ除け者にされた事への不平等にあるっぽい。探索なんて、危険でしか無いと護人などは思うのだが。
香多奈にとってはそうでは無いらしく、今度はコロ助に抱き着いて拗ねてるアピールに余念が無い。困った表情のコロ助、解放されたミケは呑気に日陰で眠る構え。
その自由気儘さが羨ましいと、本気で思う護人だった。
「……分かったよ、そこの敷地内のダンジョンの間引きをみんなでやろう。ただし危なかったら引き返すし、5層以上は潜らないからね?」
「えっ、いいのっ……やったねコロ助、はやく準備しなくっちゃ!」
拗ねてたカラスがもう笑うの典型的なパターン、少女にとっては叔父を上手く転がすなんてお手の物なのかも。護人は大慌てで、行くのは明日だからと訂正を入れる。
あぁそっかと、一応は納得してくれた香多奈ではあるけど。途端にソワソワして、探査の準備を始めるのは止めて欲しいと思う護人である。
取り敢えず落ち着けと、少女にココアを差し出して宥めてあげる。
それから2人でおやつを摘みながら、今日の夕飯はどうしようかとの話し合い。護人が作っても良いが、2人しかいないので外に食べに出るのも良いかも知れない。
“大変動”以降の世界では、外食産業もかなり減ってしまった。それでも全く無い訳では無く、探せばこんな田舎でも幾つか候補が上がる。
いつも買い物に出掛ける、大きい町に出れば候補も広がるし。
「今から買い物に出て、町で何か食べて帰るのもいいかな? 何か欲しいモノあるかい、香多奈……夏休みに遊ぶものとか、夏用の生活品とか揃えに行こうか。
青空市でも稼げてるから、少々派手に使っても大丈夫だぞ?」
「やったー、何買おうかな……花火とか虫籠とか、他にも遊ぶもの買っちゃいたいな! あっ、お姉ちゃんにも相談したいから、ラインで送ってみて、叔父さん!」
「ほれ、スマホ渡しておくよ……帰りに何を食べるかも、考えておきなさい」
玩具を受け取ったように、喜びながらスマホを弄り始める香多奈。その口からは、帰りにはお好み焼き食べたいなと普通に要望が溢れ出ていて。
広島のソウルフードと言われるお好み焼きは、香多奈も姫香も大好きである。家のホットプレートでは、なかなかその味の再現は難しいので。
家族で外出の際とか、お好み焼き外食コースは割と定番である。
護人は外出の支度をしながら、少女にも出掛ける準備を促して。それから思い出したように、ひょっとしたら向こうの廃屋にお隣さんが出来るかもとネタ提供。
えっ、そうなの? と驚いた感じの末妹に、今日の午後に起きた出来事を話して聞かせる護人。その会話は、出掛ける準備を終えて、車に乗りこんでも続く事に。
お出かけ用のランドクルーザーも、大型犬が3匹乗りこむと手狭に感じてしまう。
――家族の温かみを感じつつ、しかし明日はどうするかなぁと悩む護人だった。
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