第71話 2組目の民泊希望者が、唐突に出現する件



 その依頼もやっぱり急で、時間は昼を少し過ぎた頃。紗良と姫香が午前中に研修で出てから、香多奈と手分けして家畜と田畑の世話を一通りこなして。

 それからようやく落ち着いて、2人で昼食を食べ終わった所だったのだが。お姉ちゃん達がいないと寂しいねぇと、ちっとも寂しそうでない末妹の通常通りの騒がしさの中。

 どこか遊びに連れて行ってあげようかなと、護人がプランを練っていた所に。


 電話の主は、毎度の自治会長の峰岸だった。嫌な予感はビンビンにするモノの、それを理由に一方的に電話を切る訳にも行かないので。

 嫌々ながらも用件を尋ねたら、何と2組目の民泊募集者が募集に集まってくれたらしい。今回は3名の男女で、例によって試験官役を頼みたいとのお願いだそうで。

 つまりは軽くダンジョンに潜って、腕前を調べて欲しいそうな。


 前回もやったので、今度の依頼もやぶさかでは無いのだけれど。家族で一番年少の香多奈を1人、家に残して仕事に出るのは多少の抵抗が。

 かと言って、探索現場に連れて行くのも論外である。その場にいれば、少女は十中八九一緒に潜ると言って聞かないだろう。それを阻止するには、家に置いて行くしかない。

 可哀想ではあるけど、こっちも仕事だし致し方が無い。


 一応今から向かうと自治会長に告げ、電話を切った護人は事情を末妹に告げてみる。案の定、香多奈は一緒に行くとお強請ねだりモード。

 困った護人は、夕食に良い所に連れて行くからと妥協案を提示して。何とか10分掛けて宥めすかして、家を出る事に成功した。

 そして白バンにレイジーを乗せ、急いで麓に降りて行く。


「おうっ、護人……急に済まなかったのぅ、この前と同じで一応日給は出るようにしとくから。取り敢えず顔合わせが先かな、部屋の中で待ってる人たちな。

 探索歴は2年で、割とベテランだそうだ」

「そうですか……性格が良さそうなら、後は探索の腕前だけですね。合格したら、どこに入居して貰う予定なんですか、自治会長?」


 この町の募集は民泊と銘打ってはいるが、実際は空き家への入居の斡旋である。それでも食材を定期的に無料提供したりとか、サービスは民泊に寄せる努力はしているみたいだけど。

 林田兄妹の時には、その辺の規定で揉めなかったのは有り難い事実である。何しろ町側としても必死なのだ、多少の脚色で広く探索者に知って欲しいと言う願望が。

 とにかく自治会長の峯岸としては、この2組目も獲得したい様子。


 そして護人の問い掛けには、今の所は修繕済みの空き家は2つしか無いそうな。来栖邸の近くの、紗良が大半の修繕を請け負った実家の空き家がまず1つ。

 それから、麓の林田兄妹の借りてる家屋の近くに1軒ほど。ただしこちらは状態が悪く、壁や屋根がかなり老朽化している。もっとも、紗良の生家の4軒屋もライフラインが不安定と言うマイナスが存在している。

 とは言え、今の所はその2か所しか推薦出来ない事情が。


 自治会長の反応から、今回の募集者の経歴や性格に問題はない様子。後は護人が腕前をチェックして、向こうが空き家を気に入ってくれるかどうかの問題だ。

 そんな訳で、まずは面談からの聞き取り調査。護人としても、家に残した香多奈が心配なのであまり時間を掛けたくはない。集会所に借りた部屋に入って、早速ご対面してみる。

 3人組との事だが、何と女性が2人に男性1人と言う組合わせだった。


「どうも、この町で探索者をやってる来栖くるす護人もりとと申します。本業は農家で、敷地内に3つもダンジョンがある対策で免許を取った感じですが。

 ええっと、神崎かんざきさんがお2人に、男性の方が森下もりしたさんですか」

「ええ、初めまして……私達は姉妹ですけど、私とこの森下が婚姻関係にあります。以前は広島の北の方でパーティ組んで活動してたんですが、そこが消滅して新しい活動場所を探す事になって。

 それでこの町の住居無料の募集を見付けて、応募した感じですね」


 などと流暢にお喋りを開始したのが神崎姉の美亜みあだった。年齢は32歳と履歴書に書かれていて、護人より年下らしいのだが。

 隣に座っている森下卓海たくみと言う男性と、既に結婚しているとの事。ちなみに旦那の方が30歳と、2歳年下になるみたい。

 そして妹は恋歌れんかと言うそうで、28歳とチームで一番若い。


「住居無料の代わりに、ダンジョンの間引きや野良の相手が求められるって話を聞きましたけど。どの程度の頻度なんでしょう、さすがに3人チームだと手強い敵は不安なので」

「他の町から“魔境”って呼ばれてるにしては、割と長閑のどかな印象ですね、この町って。実はこの前の青空市に寄ったのがきっかけで、この町の雰囲気を気に入っちゃって。

 それで応募に至った訳なんですが……」


 労働条件を気にする発言をしたのは、最年少の神崎楓恋だった。姉と同じく気の強そうな印象で、野外活動が得意そうな活発な雰囲気がある。

 履歴書を眺めながら、それに応じる護人。その頃には自治会長も戻って来て、隣に腰掛けて質疑応答にてきぱきと応えてくれている。

 要するに、他の町と活動要請は大差ない筈だと。


 青空市に参加したと口にしたのは、唯一の男性の森下卓海だった。何と彼がこの町を気に入って、条件次第なら移住しようと姉妹を誘ったらしい。

 町の住民としては素直に嬉しいが、他の町からは“魔境”と呼ばれる事実を知って、護人は少々愕然としてしまった。『白桜』を始めとする自警団が実害を抑え込んでいる努力は、その呼び名には反映していない様子。

 まぁ、確かにダンジョン数が断トツにトップの事実は、衝撃は強いかもだが。


「確かに山に入れば野良との遭遇率は上がりますが、町中は至って平和ですよ。オーバフローも年に数度しか起きた事ありませんし、探索者の過重労働も致しません。

 私のチームも、月に2度しか潜ってませんから」

「護人の所は特殊でな、自前の農地を持っとるし探索も家族で潜ってるから無理はさせられんのだけど。町で唯一の地元探索者だし、こんな探索関係の町事業には参加して貰っちょる訳ですわ。

 皆さんもこの町への移住が決まったら、護人に頼って下さって結構ですので」


 などと勝手に決められても困るが、探索業がブラックで無い事は確かではある。林田兄妹からも今の所は仕事内容に対するクレームは無し、彼らは上手く町に溶け込めている様子。

 彼らは家の近い峰岸自治会長に、良く畑作業に関するノウハウを聞き出している様だが。探索者としての腕前はイマイチながらも、町の一員としては評価出来る。

 この3人の腕が達者なら、そこをカバー出来るかも。


 探索歴は2年らしいが、以前のパーティが壊滅した理由はやはり人間関係だったらしい。報酬や性格の不一致で揉める事が多くなり、挙句の果てに探索中の事故に発展して。

 そのせいで森下は、現在は軽い療養中らしい。激しい運動は禁止との事なので、この後のダンジョン探索試験はどうしようかと護人は悩むモノの。

 向こうは付いて行く位なら出来ると、同行を願い出る素振り。


「元々僕は、ヒーラーの立ち位置ですからね……それから『感覚強化』で、敵や罠の位置をパーティに報せる役目も担ってますが。

 戦闘に巻き込まれなければ、役には立てますよ」

「私達3人チームだと、私だけが前衛になっちゃうね……妹の恋歌も武器はそこそこ扱えるけど、どっちかと言えば 後衛寄りの魔法使いだし。

 どんな試験内容かは知らないけど、敵の強いダンジョンは現状無理かな?」

「そこまで強い敵に当てるつものは無いので、そこは安心して下さい。履歴書では全員がCランクとの事なので、それが本当か確かめる程度です。

 とは言えこちらはDランクなので、足手纏いかも知れませんけど。自分も前衛に立ちますので、即席パーティで軽く3層程度潜って貰えれば。

 探索時間は、恐らく1時間も掛からないと思いますよ」


 それを聞いて、やっと安心した様子の神崎&森下チーム。向こうも3人体制になって、初の探索みたいだし。護人が話した感じでは、性格も全く問題は無さそう。

 夫婦で探索者をしてるのには驚いたけど、まぁこちらも家族でやってる身なので強くは言えない。それじゃあお互い着替えて、10分後に探索開始と告げると、皆が途端に引き締まった顔つきに。

 プロの探索者らしくて良いなと、護人はそこも高評価。




 白バンの中で探索着に着替えた護人は、自治会長にお試しアタックのダンジョンを確認する。今回は“駅前ダンジョン”で良いだろうとの言葉に、護人も頷きを返して。

 あそこは確か、遺跡タイプでメインの敵はゴブリンだった筈。家族チームで潜った時の事を思い出しつつ、神崎&森下チームが準備を済ませて出て来るのを待つ護人。

 レイジーも待ち侘びるように、いつもよりハイテンション。


 そして出て来た神崎姉の装備は、前衛らしくがっしりとしたモノだった。金属の部分鎧にガントレット、手には両手で扱うタイプの大斧を持っている。

 勇ましい前衛に間違いなさそうで、見た目は本当に頼もしい。


 それと較べると、神崎妹は革のスーツ鎧で護人と似たような装備だった。手にはボウガンを持っていて、それは森下もほぼ一緒みたいだ。

 少なくとも火力に不足は無さそうだが、それだけで探索が上手にこなせるかはまた別の話でもある。2年の経歴があるそうだが、それは倍の人員があっての経験値だろうし。

 その辺も見極めないとなと、護人は脳内で確認作業。


「お待たせ、それじゃあ行きましょ……えっ、あなたの武器ってシャベルなのっ!? 盾はまともそうだけど、それでいつも探索してるって事?」

「そうですね、特に今まで不便を感じた事は無いですけど。それからこのレイジーも、探索に同行させて貰います。優秀なハンターですし、こちらの指示も理解出来てますので。

 拠点で待ち構えて、敵を釣っての殲滅戦も試してみましょうか」


 本来は、彼らの実力を見るには普段の探索パターンを見学させて貰うのが一番なのだろうけど。3人での探索は不慣れっぽい上、護人は彼らのボウガン所持が気になったのだ。

 あれが実用的なら、来栖家でも購入してみても良いかも知れない。その威力を知るには、やはり待ち伏せての射撃シーンを見るのが一番良いだろう。

 そこでレイジーに、一役買って貰う事に。


 所有装備に驚かれてもまるで頓着とんちゃくしない護人に、相手も戸惑っているみたいだけれども。慣れっこになっている護人は、チームを“駅前ダンジョン”まで先導するのみ。

 しかもハスキー犬の同伴とか、向こうは完全に想定外の様子。今から潜るダンジョンの敵情報を報告しながら、駅まで5分の道のりを皆で歩き終えて。

 軽い準備運動は終了、これからが本番だ。


 最初こそ戸惑いを見せていた神崎姉妹&森下チームだったが、いざ探索が始まると引き締まった表情に。そしてレイジーと護人の実力が想定以上と理解してからは、明らかに肩の荷が降りたようで動きも滑らかに。

 そして前衛の神崎姉の破壊力たるや、ちょっと引く位の威力を備えていて。雑魚のゴブリンなら、何匹束になって掛かって来ても平気だろう。

 履歴書にも『斧術』スキル所有と書かれていたし、信頼感は半端ない。


 護人も真面目に楯役をこなして、なるべく殲滅には加わらない構え。飽くまでこちらは試験官だ、こちらが出しゃばっても良い事はひとつも無い。

 そしてレイジーも、自分の立ち位置は良く分かっている様子。ダンジョン内を駆け回りながらも、必要以上に自分で止めは差さない優秀ナビゲーター振り。

 そして待ち伏せ作戦も、見事に護人の指示通りに囮役をこなしてくれて。


 お陰でじっくり、彼らの使うボウガンの威力や有効性を確認する事が出来た。結果を言ってしまうと、この武器は様々なタイプが存在するらしく。

 連続射撃が出来たり、威力が凄かったりとカスタムに幅があるそうな。後衛2人が使っているのは、威力は弱いが連射が可能なタイプらしい。

 チーム的には、後衛が敵を弱らせて姉の美亜に始末を頼む戦闘スタイルか。


 堅実ではあると思うが、前衛に掛かる比重はやや重い感じかも。神崎姉あってのチームには違いないだろうが、もう少し後衛の活躍と言うか実力を見たい。

 そうお願いすると、神崎妹は『風砕』と言うスキル技を披露してくれた。風系の魔法なのだろうが、これも単体の威力はなかなかのモノ。

 滅多に使わないのは、燃費があまり宜しくないからなのだとか。


「お姉ちゃんがウチのエースだから、私達はそのサポートって立ち位置が定着してるよね。魔法は疲れるし、いざって時用に取っておく感じかな?

 卓海君の『水癒』もそうだね、緊急用の奥の手って感じ」

「そうですね、本当はもう少し貢献したいんですけど……美亜との実力差が大き過ぎて、下手に横槍入れると足を引っ張る事態になっちゃうんですよ。

 レベルに差は無いのに、これも適性の差なんですかね?」


 護人にも分からないが、レベルとか数字に現れない実力差は確かに存在するとは思う。例えばレイジーだが、こちらとレベル差は無いのに敵う気がしない。

 神崎姉の探索者への適正も、そんな感じでずば抜けているのかも。或いは所有したスキルとの相性なのかも、その辺は良く分からないけど。

 とにかく実力は折紙付き、頼もしい人物が町に加わってくれそうだ。





 ――後は向こうが、住まいを気に入ってくれるかどうか。







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