田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件

第74話 初の広域ダンジョンに苦戦する件

　その光景に、初めて入った女子の面々はとにかく感激していた。スタジアムが丸々ダンジョン化するなんて、そんな常識外れなとの意見は横に置いといて。

　サポート役の翔馬の話だと、この全７階建てのスタジアムまるっと含めて１階層らしい。そしてワープ魔方陣を使用して移動した先の層も、全く同じ造りとの事。

　つまり延々と、探索者はスタジアムを徘徊する運命に。

「まぁ、出て来る敵は少しずつ種類が増えて来るから、深い層の方が危険度は増すんだけどね。特に巨人と蛮人は５メートル級のモンスターだから、戦う時には気を付けないとね。

　あと、虎やライオンも出るからこっちも要注意だね！」

「えっと、タイガースとライオンズ……それからジャイアンツに、蛮族は何だろ？　ダンジョンって凄いね、って事は鯉（カープ）もいるのかな？」

「普通にいるよ、１層から……ほら、ここからも見えるグランドがあるでしょ？　芝生に見えるけど、あれが水面なのよ。下手に降りると、土の下から襲撃受けるから気を付けてね？」

　翔馬の注意に加えて、ここに何回か入った事のある怜央奈も言葉を加えて来る。講座での情報提供では画像が無かったので、グランドの土が水の役割と言われてもピンと来なかったのだけど。

　探索者たちには厄介な場所と認定されているようで、先に入ったチームの連中も誰１人グランドには入っていない。コンコースを左右に移動して、中には客席に降りてるチームもいる。

　彼らの目的は、もちろん敵の殲滅＆ワープ魔方陣探しである。

　宝箱の設置については、さすがに広域ダンジョンとは言え浅層での報告はほとんどない様子。だとしたら深く潜りたいのが探索者の思考だが、そうするには厄介な巨人族を倒す腕が必要となって来る。

　実際、怜央奈の所属する若いチームも、１回の探索で１体始末するのがやっとらしい。それほど神経を削られる敵らしく、即席チームに関してもそれは同様な気配。

　お題をクリアするには、雑魚を始末するのが得策には違いなく。

「えっと、パペットがメガホンとかバット持ってうろついてるんだっけ？　多分それが、一番狩りやすいのかなぁ？　後は空中からの敵に注意って言ってたね、鷹とか燕とかワシ？

　手分けして、色んな所に目を配らなきゃだね」

「そうだね、紗良姉さん……それじゃあ私と陽菜の前衛組はとにかく前方注意で、みっちゃんが上空注意役ね。そんで後ろは、紗良姉さんと怜央奈で警戒お願いね！」

　了解っすと、元気なみっちゃんの返事。他のメンバーも各々がオッケーサインを出して、さて探索のスタートである。姫香は進む方向の指示出しを、何度か潜った事のある怜央奈に一任する。

　そうすれば、ワープ魔方陣を見付けやすいとの考えである。

　気合いを入れて歩き出す女子チームと、それを温かい目で見守る同伴役の翔馬だったけれど。何と１０分以上歩き回って、まさかのボウズ……つまりは、戦闘回数ゼロ回である。

　これには案内役の怜央奈もしょんぼり、しかし先行チームが４つも５つもいれば仕方無いとも。これはワープ魔方陣を、早々に見付けるべきかなと話し合ってると。

　ようやく下へ降りる階段に、パペットの群れを発見！

　とは言っても、たった３体で武器もメガホンの雑魚である。肩慣らしだねとの姫香の言葉に、頷いた陽菜は武器を構える。日本刀では無く、手甲装備のナックルのような武器である。

　姫香は毎度の強化鍬で、たった一撃でパペットの首を吹っ飛ばす始末。後ろからは盛り上がった感じの声援が飛んで来て、続けて隣のメガホン持ちの頭を粉砕。

　陽菜も接近戦で、危なげなく相手をボコって始末し終えた様子。

　サポートの必要も無い程に、最初の戦闘は危なげなかった。それを喜ぶ後衛組、転がっていた小粒の魔石を拾ってこれにて後始末も終了。

　怜央奈の話だと、スタジアムより建物内の方がワープ魔方陣は湧きやすい傾向にあるそうな。とか言っている内に、一行は１階の正面ゲートに到着する。

　そしてそこに、待望のワープ魔方陣を発見！

「わっ、こんな風に床が光って見えるんだ……動画の見え方と、またちょっと違うよね？　それよりそこの正面ゲートも光って見えるけど、アレは何で？」

「これはダンジョンの出口だね、どの階層にいてもここを潜ると、あっという間にダンジョンの外に脱出が出来るんだ。広域ダンジョンは、割とこんな風な仕掛けが多いかな？

　だから皆も、不味いと思ったらお題クリアより人命を優先するようにね」

　姫香の疑問に、簡潔に答えを返す翔馬。さっきまではサポートが必要かと、武器を用意して構えていたのだけれど。この女子チーム、割とポテンシャルは高いのかも？

　そう思い直しつつも、２０匹の討伐依頼よりも人命優先が大事なのも確かな事。無茶しないで欲しいなと、一応釘を刺しておくのを忘れない。

　ところがこのチーム、意外とイケイケでお題クリアは絶対にこなすと闘志が凄い。

　そして全員でワープ移動をこなして、出たのは同じ１階の正面ゲートフロア。一瞬ワープを失敗しちゃったのかと、慌てる姫香に大丈夫だよとの怜央奈の念押し。

　その証拠に、いきなり新たな敵とのご対面。今度はバット持ちパペットが２体、これも前衛の２人で簡単に片付けて。それから移動しようと２階へ上がると、グッズショップに異変が。

　何と、陳列棚に幾つかの商品が置かれている！

　これに興奮する野球好きの姫香、それに釣られて他の娘も家族へのお土産用にと品物を見定め始める始末。販売グッズの中には、何故か往年のカープ選手のユニフォームも混じっていて。

　護人叔父さんはどれを喜ぶかなぁと、興奮模様の姫香は選別に余念が無い。結果、自分用に背番号１５の黒田投手を、妹用にヤンチャが過ぎてチームを追われてしまった高橋慶彦（よしひこ）選手のを、護人叔父さん用にミスター赤ヘルの後の４番を背負った小早川毅彦（たけひこ）選手のユニフォームを選択。

　どんな選別理由なのとの紗良の質問に、姫香の爆裂トークが紡がれる。

「えっ、紗良姉さんは黒田投手の事は当然知ってるよね？　メジャーからカープの恩義の為って、年俸が５分の１になろうと戻って来てくれた男気の選手だよ！

　高橋選手は、まぁヤンチャだったけどファンからは愛されていた選手でね。盗塁王を３度も取る位に俊足で、ビジターでは相手の球団が盗塁出来ないように、ふかふかの土に変えちゃう位だったんだって(本人談)！

　小早川選手はあの山本浩二の後の４番打者だったんだけど、左投手が全然打てなくて晩年は自由契約にされた不遇の選手でね。この人の放出以降、カープは四半世紀も４番打者に苦しんで、リーグ優勝からも遠ざかる事になるんだよ！

　あの江川卓（すぐる）に引退を決めさせた、サヨナラ本塁打は本当に凄かったんだから！」

　姫ちゃん本当は何歳なのと、怜央奈のツッコミは当然として。あまり時間を掛けていられない面々は、適当にお土産選びを切り上げて移動する事に。

　ちなみに紗良は、姫香のお勧めで梵英心（そよぎえいしん）選手のユニフォームを持ち帰る事に。凄い選手だったのとの問いには、実家がお寺だったとの返事で。

　地元出身で、少年時代からカープファンだった経歴があるらしい。

　そんな四方山（よもやま）話をしながら、探索は順調に続く……いや、次の敵の姿がちっとも見付からないけど。建物からスタジアムに出た際に、ホラっと怜央奈が電光掲示板を指さして来た。

　そこには２Ｆの表示がされており、これで何階層かが分かる仕組みらしい。本当にダンジョンって不思議である、今更だけど。そして１塁側のスタンドでは、先に訪れた組が戦闘中。

　それなら３塁側から廻ろうと、移動先は呆気無く決定して。

　そんな矢先に、天空から大燕の襲撃が。すっかり警戒を忘れていたみっちゃんが、慌ててゴメンと言いながら矢を射かけている。それに加えて、怜央奈の『灯明』が敵の目を晦（くら）ませて。

　ふらついた所を、素早く陽菜の抜刀での一撃。死にこそしなかったものの、地上に墜ちて既に藻搔（もが）くだけの大燕。これをキルして、これで６匹目の討伐完了。

　そして天空には、更に２匹の鳥の影が。

「よっし、アレもやっちゃおう！　みっちゃんが釣って、怜央奈が目晦ましね！」

「「了解っ！！」」

　空を舞っていたのは、大燕と大ワシのペアだったけれど。釣ってからの目晦ましのパターンは秀逸で、２匹とも危なげなく撃破には成功した。

　それから用心しつつ、３塁側の観客席へと降りてみる一行。気になったのはグランドの状態で、情報ではこの下を鯉やヒトデや海人（マリーン）が潜伏しているそうな。

　見渡しても戦っているチームはおらず、厄介者認定なのかも。

「そうだね、足元から急襲されるってのは厄介だから、探索に潜っても特に好んで狩るチームは無いかな？　しかもたまに、クジラも出るって情報もあるから。

　そしたら呑み込まれて、一巻の終わりだよね！」

「うへえっ、昔のチーム名も影響するんだ……」

　ちなみにヒトデは星（スター）らしい、敵としては特に強くは無いそうだ。ちなみに鯉も、それ程には強敵では無いとの報告が上がっている。

　討伐数を稼ぐなら、これらを狙うのはアリではある。そうチームで話し合うが、敵の姿が見当たらな……いや、フェンス際に張り付いているヒトデを１匹発見。

　アレを倒そうと、張り切って武器を持ち直す姫香。

　そして『圧縮』を使用してグランドに入り込み、下の方に張り付いていたヒトデを一撃で屠（ほふ）る。その攻撃で敵は魔石に変化、それがグランドの土へと落ちて行く。

　それを拾おうと、姫香が思わずグランドに足をつけた瞬間に。噂の仕掛けが炸裂、１メートルを超える大鯉が２匹と、海人（マリーン）と思われる魚人が２匹出現する。

　突然の敵の襲撃に、慌てまくる姫香。

　それをカバーしたのは、即席ながらも相方の陽菜だった。一応は身構えていた彼女は、こうなる事をある程度予測していた様子。手にする刀で、土から飛び出だ海人の１匹に斬り付ける。

　それが女子チームの勢いをつけたのは間違いない、みっちゃんもいつの間にか武器を銛（もり）に変えており。『海賊』スキルの血が騒いだのか、奇声を上げて自らグランドに降り立つ始末。

　ここから局地的な、乱打戦が始まる事に。

　魚は任せてと、銛で突きまくるみっちゃんは頼もしいのかは不明だけど。姫香と陽菜の２人掛かりで、武器持ち魚人は何とか相手取れている感じである。

　これには救出に向かおうかと、身構えていた翔馬も一安心。怪我に備えて、フェンスにくっ付いて戦況を眺めている紗良も同じく。

　追加で寄って来た鯉とヒトデも、みっちゃんが嬉々として倒して行く。

「もうっ、あんまり驚かせないで……冷や冷やしたよ３人とも、魔石拾ったらすぐにグランドから上がって！」

「ごめん、紗良姉さん……あんな直で反応があるとは、全然思って無くってさ」

「そうだな、もっと喰い付きは悪いモノと思ったが。まぁ、この２層ならともかく、深い階層では試すべきでは無いかもな」

　確かに陽菜の言う通りだねと、一応は反省をしている感じの即席リーダー。これで集まった魔石は１５個で、意外と目標の２０個はもうすぐだ。

　ただし、厄介と言われている巨人族や猛獣タイプとも、折角だから戦闘をしてみたい姫香。チームにそう打ち明けると、それじゃあもう少し奥まで潜ろうと即決してしまった。

　意外とみんな、イケイケの性格をしているのかも？

　上へ下へと歩き回って戦闘をこなしたせいで、ここまで約１時間程度だろうか。そして外野のゆったり席のエリアに、ようやく魔方陣を発見。

　これで３層に行けるぞと、気概を見せる女子チーム。無口な陽菜も、探索意欲に関しては割と高めを維持しているっポイ。そしてみっちゃんも、割と接近戦では性格が変わるタイプ？

　色々と分かって来た事も多いが、幸い破綻に繋がる衝突は無い。

　姫香も元々人見知りなどとは無縁だが、実は甘えん坊と言うか叔父さんに縋（すが）る面が探索中は意外と多い。そこを心配していた紗良であるが、なかなかリーダー業も様になっている。

　そして怜央奈の探索歴の長さと、地元故のアドバイスも的を得て役に立っているし。即席にしては、本当に良いチームに仕上がっている気がする紗良である。

　このまま何事もなく、３層の探索も進めば良いけど。

　そして魔方陣を使用しての第３層、広域ダンジョン探索も徐々に慣れて来た一行。念の為に電光掲示板を確認、３の文字を目に焼き付けてから移動を始める。

　周囲を見回す限り、３塁側のコンコースで探索チームが戦闘中らしい。探った気配では１組か、或いはもう１組くらいいる可能性が。紗良が遠見の指輪を使ってみた所、１塁側に人影は無し。

　ってか、悠然と１体一つ目巨人が歩いているのが確認出来た。思わず伏せて身を隠した一同、どうやって倒そうかと顔を合わせて作戦を立て始める。

　敵は文字通り大物だが、幸い動きは素早くは無さそう。

　手にするのは棍棒と言うか巨大なバットで、殴られたら洒落では済まなそうではあるけど。全長は精々が５メートル程、見上げて首を痛める感じでも無い。

　取り敢えずみっちゃんが釣って、怜央奈の目潰し作戦で行けそうと話は纏まって。周囲に雑魚がいないかだけ、入念にチェックは怠らないように。

　それが終わると、静かに動き出す即席女子チーム。

　――大物を狩る戦闘の幕が、たった今切って落とされた。