第70話 何とか無事に、研修会初日を終える件



「先ほども紹介頂きましたが、広島市で活動してるA級探索者の甲斐谷です。元自衛隊勤務で探索歴は5年、レベルは38でスキル所持数は12。

 この数字は、恐らく広島ではトップレベルとなるでしょう。それで得られるパワーに、若い皆さんは少なからず興味を持っている筈です。

 探索者の極みに、何が待っているかをお話ししましょう」


 良く通る声で講座が始まり、会場の皆は一気に引き込まれて行った。この場にいる者で強さに興味が無い者は1人もおらず、話し手としても甲斐谷は一流だった。

 姫香も同じく、そんな極めた人がいるんだと興味そそられまくり。しかしそこから話は、広島市の探索事情へと逸れて行ってしまう事に。

 広島市は4つのギルドで、大まかな運営が為されているそうで。


 それぞれのギルドに3~5チームが所属していて、広域ダンジョンの多い広島市を上手くカバーしているとの事。他の市にも遠征にも行くそうで、協会と連携してダンジョン管理を万全の形にこなしている様子。

 市民の安全的にも、探索者の稼ぎ的にも成功のケースを生み出したと自賛している感じ。“大変動”以降のこの数年で、ようやく確立した方程式である。

 誰かが割を食うやり方は、いつか破綻してしまうのは目に見えている。


「自分1人が幾ら強くても、広範囲の安全はそれだけでは確保出来ません。皆さんも良き仲間、そして将来的には信頼出来るギルドへの加入をお勧めします。

 ここで今回この会場に足を運んでくれた、各ギルドの探索チームの面々を紹介します。我々探索者は縦の連携もそうですが、横の繋がりと協会との情報交換も密にして来ました。

 この後に親善の食事会があるそうですが、そこでの質問も積極的に受け付けます」


 それは要するに、青田刈りのギルド勧誘って事なのではと、姫香は小首を傾げる。壇上ではチーム『ヘリオン』の青嶋翔馬あおしましょうま、チーム『麒麟』の西谷淳二にしたにじゅんじと紹介が続いて行って。

 続いて『トパーズ』所属の島谷姉妹が紹介され、モデルかと思うような美女2人が壇上に出現。室内の若者からどよめきが起こったのも、まぁ当然かも知れない。

 こんな探索者もいるんだと、紗良と姫香も驚き顔。


 甲斐谷の話は、そこからもチームやギルドの結束の大切さに終始して、姫香は肩透かしを食らった気分。結局は、個人が強くなる方法は語らず仕舞いって事になりそう。

 或いは、個人の力量よりチームの結束力を磨くのが、手っ取り早く強くなる近道ってオチなのかも。そうかも知れないが、叔父の護人がギルドを束ねている姿など全く想像出来ない。

 ってか嫌だなと姫香は素直に思う、あの人は家族だけのモノであって欲しい。




 そんな他愛の無い事を考えている内に、2時間の研修は終了した模様。これから皆で貸し切りの別室へと移動して、立食しつつの懇談会へと移行するらしい。

 そこで参加者同士で友達となって、明日のダンジョン実習に挑んで欲しいとの事。この短時間でパーティ人員を揃えてくれだとか、割と無茶振りだなぁと思わなくも無いけど。

 見知らぬ怪しい人物と、無理やり組まされるより百倍マシだと紗良は思う。


 しかも人見知りなど無縁の姫香のお陰で、既に女子だけで4人チームが結成されている。姫香は早くも、前衛が欲しいよねと周囲を物色している様子。

 移動先の食事会場は結構立派で、テーブルには何種類もの料理が既に並べられていた。テンションの上がる若者たちだが、食事内容はこの食糧難の時代に頑張って揃えた感は否めない。

 それでもしばらくは、食欲を満たす群れが料理にたかり始める。


 友達作りも頭から抜け落ち、とにかく欲望に忠実に料理を皿に盛っては離れて行く面々。紗良と姫香のチームも例に漏れず、パスタやお肉料理を中心に攻めの姿勢。

 前衛の姫香が皿に大盛りに取って、怜央奈やみっちゃんに手渡して行き。そして戦線離脱して、部屋の隅っこで食べ始めると言うパターン。

 慣れない立食だが、まぁ色んな人と話をするには仕方が無い。


「あっ、このお肉料理美味しいね……広島市は食糧難って聞いてたから、あんまり期待はしてなかったんだけど。

 ひょっとして、大半がダンジョン産だったり?」

「それもあるよ、安佐動物公園のダンジョンに、お肉をドロップする敵がいるの。そこは確か、毎日どっかのチームが潜ってるって話だねぇ。

 野菜関係のダンジョンは、さすがに近くには無いけど」

「うん、豪華じゃないけど料理人さんの腕が良いのかな? どの料理も美味しいね、家に帰ったら挑戦してみようかなぁ?

 あれっ、姫香ちゃん……あの娘、男の人たちに絡まれてない?」


 怜央奈から広島市の探索事情を、呑気に聞いていた姫香だったけど。紗良が会場の隅での異変に気付いて、頼りになる妹へと報告する。

 それは確かに、絡まれていると表現して差しさわりは無かった。何しろ今は、研修生同士で声を掛け合って、明日の実習訓練のパーティ作りの場でもあるので。

 声を掛け合うのは自然なのだが、明らかに女性の方は嫌がっている素振り。


 声を掛けている男連中が、例の不良軍団だと気付いた姫香は。持っていたお皿を姉に預けて、迷い無く真っ直ぐに少女の救助へと駆けつける。

 少女は小柄だが気の強そうな整った顔をしていて、何故かセーラー服姿だった。ただ、制服姿の受講者は何人かいたので、まぁそこまで変ではない。

 ただし、背中に背負っている日本刀との組み合わせは割と異質かも。


「盛り上がっている所で悪いけど、彼女は私のチームの一員だから。諦めて他の人員を探して頂戴、もっとも強盗を働くような連中と組む人がいるかは疑問だけど」

「ははっ、何の事だい……威勢のいい娘だね、君らの知り合いかい? 僕はチームメイトを探してた訳じゃ無くて、可愛い娘がいるから声を掛けてただけだよ。

 つまりはナンパ中なんだ、邪魔しないでくれる?」


 そう声を発した男はいかにも軽薄そうで、髪も伸ばして着ている服もチャラそうだ。その隣にいたのは、駅のホームでひと悶着あったアロハデブとチビ茶髪。

 残りのメンバーは会場の奥で食事中の様子、1人だけ髪を赤く染めた冷酷そうな見知らぬヤンキーが混じっている。そいつもこちらを注視していて、しかし関わる気は無さそう。

 何しろ紗良が、ベテラン探索者を同伴して来てくれたのだ。


 さすが気の利く長女である、その気配を察して長髪チャラ男は、舌打ちしながら去って行った。後に残された小柄なセーラー服娘は、気難しそうな顔でその後ろ姿睨んでいる。

 それから隣にいた、姫香に唐突な質問。


「……連中が、強盗を働いたって話は本当なのか?」

「まぁね、私と姉さんが田舎から出て来ですぐに標的になったよ。お金とか探索用のアイテム、たんまり持ってるって向こうは知ってたみたい。

 悪知恵の働く連中だよね、研修中は注意しなきゃ」


 なるほどと寡黙な少女は納得した模様、そこに大丈夫だったかいと、紗良の連れて来た探索者が話し掛けて来た。先ほどの紹介では、確か『ヘリオン』のリーダーと呼ばれていた探索者だった筈。

 20代の精悍な男は、改めて2人に青嶋翔馬あおしましょうまと名乗った。それから良かったら、あっちで皆と合流して話をしようと誘って来る。

 どうやら怜央奈とは、顔見知りの模様。


 それもそうだろう、両者とも広島市を拠点として探索活動をしている訳だし。戻ってみると、『麒麟』のリーダーと紹介された西谷淳二にしかわじゅんじと言う名の探索者も、その輪の中に混ざっていて。

 開口一番、犬猫と一緒に探索してる動画を見てるよとのコメント。毎回見ていてファンだよとの年上の言葉に、悪い気はしない姫香と紗良である。

 そこからは、女子チームを交えての和やかな談話会。


 それより姫香は、一緒に連れて来たセーラー服少女の素性が気になって仕方が無い。色々と質問して分かったのが、少女は野木内陽菜のぎうちひなと言う名前で尾道の出身の探索者だそう。

 電車が遅延して、さっきの講座には間に合わなかった様なのだが。探索歴はまだ数ヶ月で、強くなれるならとこの研修参加を決めたとの台詞セリフ

 寡黙な剣士みたいな雰囲気に、姫香はこの娘が気に入ってしまった。


「うん、残念だけど今回の研修テーマは、どちらかと言えば新人が生き延びるすべの伝達に重きを置いているかな? 後は探索のマナーとか、探索者が最低限知っておくべき前情報とか。

 まぁ、参加して損は無いと思うけどね」

「そうだな、明日には実習もあるし……実践的な事も、一緒に付く探索者に教えて貰えると思うぜ? もちろん安全確保の意味での同行だけど、そこら辺は各自に委ねられてるし。

 お嬢ちゃん達は、もう一緒のチームって決まってるのかい?」


 その問い掛けに、寡黙な陽菜は何も語らず。怜央奈が楽しそうに、女子のみのチームを作ってる最中だと淳二に告げている。女子だけの探索チームは少ないからねと、翔馬も同意して。

 姫香はストレートに、陽菜に向かってチームに加わってよと頼んでみる。前衛が足りないからと、こちらも困っているアピールを忘れない。

 陽菜はしばらく考え込んだが、素直に首を縦に振ってくれた。


「よっし、これで明日の実習訓練はバッチリだねっ! えっと、野木内陽菜ちゃんは前衛でいいのかなっ?」

「陽菜でいい、チーム間では短い呼び名を決めるべきだ。私はこの刀を使って戦うが、肉弾戦も得意としている。前衛役には慣れているから、頼ってくれて大丈夫だ」

「それは良かった……じゃあ私と陽菜で前衛やって、みっちゃんが弓で戦闘サポートだね。そんで紗良姉さんと怜央奈が後衛で、回復と支援をすると。

 あっ、私の事も姫香って呼び捨てにしていいよ」


 分かったと短く返答する陽菜、残りのメンバーも安心した表情でチーム結成を祝っている。お互いの力量は未知数だが、まぁ全員が初心探索者なのでそこは言いっこ無しだ。

 それから翔馬と淳二の2人は、別の集団へと去って行った。きっと色々な人材を、この懇談の場でスカウティングするのだろう。

 それも彼らの、今夜の大いなる目的に他ならない筈。


 そんなの関係ない女子チームは、その後もお喋り欲求と食欲を大いに満たして。食事の会場がお開きになった後も、その勢いは止まる事を知らず。

 紗良と姫香の泊まるツインルームに、皆で集まってお喋り会をしようと怜央奈の提案に。いいねと素早く話に乗っかり、かしましい女子たちの二次会は続く。

 ところがそれに水を差す、同じフロアに不良チームが居合わす事態。


 バッチリ目撃された彼女たちは、どうもロックオンされている気配。酷薄そうな奴らのリーダーの視線が、そう物語っているようで仕方が無い。

 姫香も負けずに睨み返し、それからこの宿泊での安全策を秘かに練り上げる。別に最年少の姫香がリーダーでは無いのだが、男気溢れる彼女は仲間への配慮が欠かせない模様で。

 考えた挙句、念の為にと持って来た“魔人ちゃん”を召喚する事に。


「わっわっ、スゴい……こんな魔法アイテム持ってたんだっ、姫香ちゃん! さすが、成功してる探索者は違うねっ!」

「別に成功してる訳じゃ無いし、これも家族チームの持ち物だから私のじゃ無いよ。でもウチのチームは、確かにドロップと宝箱運は凄く良いかな?」

「だねぇ、ところでこの魔人ちゃんだけど……実は言葉が通じないから、一方的なお願いをするだけだね。あと、与えた魔石でサイズが決まっちゃうみたいなの。

 だからあの魔石の大きさだと、この大きさで精一杯だねぇ?」


 確かに紗良の注釈通り、呼び出された魔人ちゃんはやっとこ1メートルサイズ。それでも魔法の鞄から取り出したほむらの魔剣を渡してやると、ご機嫌にドアの前で歩哨に立つ構え。

 全て分かっているよとの彼の笑顔は、ある意味信頼がおけるし安心出来る。不安なら皆でここに泊りなよと姫香が促すと、全員がそれに賛同して。

 それぞれ警備付きで、自分の荷物を持っての再集合に。


 ツインのベッドに5人が寝るのは大変だが、それ以上に皆のテンションは高かった。寡黙な陽菜でさえ、促されて地元尾道の色んな情報を喋り始めている。

 中でも因島出身の、みっちゃんの地元の話は秀逸だった。島暮らしなど想像した事のない紗良と姫香にとって、まさにファンタジー空間の出来事でしか無く。

 腹が減ったら、おかずに魚を釣って食べるとかありえない!


「う~ん、おやつに畑に生ってるきゅうりやトマトをいで食べる事はあるけど。海で魚を取って食べるって、島の民は豪快なんだねぇ!

 びっくりするよね、紗良姉さん!」

「本当だねぇ……それで治安も悪くないし、生活出来る程度にはライフラインは安定してるんでしょ?

 ダンジョン数は幾つだっけ、ウチの町よりは少ないだろうけど」


 2人の所は魔境だもんねと、笑って茶化す怜央奈は置いといて。明るい口調で、3つで有名なのは“因島水軍城”ダンジョンっスと報告するみっちゃん。

 しまなみ海道が幸いにも健在で、お陰で本州の尾道とも行き来は比較的に容易との事で。そんじゃ陽菜とみっちゃんはご近所さんなんだと、地理の良く分かってない姫香の言葉。

 近いっちゃ近いが、ご近所って程では無い。


「まぁ、平成の大合併で因島は尾道市の仲間になった訳だが。ちなみに尾道は、坂と映画の町だ……観光には良いが、住むには大変な町の典型だな。

 何しろ年を取ると、坂や階段の上り下りが大変だから」

「あ~、私も『転校生』とか古い映画だけど観た事あるよ~」


 陽菜の自分の町の紹介に、古い映画を持ち出して賛同する紗良。ちなみに『転校生』は旧尾道三部作の1作目で、男と女の中身が入れ替わる実写映画である。

 つまり尾道は映画のロケ地として有名なのだが、坂が多くて道幅が狭いのでも有名で。高齢化に伴って、人口減少の問題で大変な場所でもある訳だ。

 ちなみにダンジョンの数は、陽菜の住む町では7つらしい。





 ――そんな報告を聞く度に、魔境の酷さを知る破目になる2人だった。







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