第69話 姫香の裏回しで、女子チームが結成される件



 あれから1時間、昼食をとりながらたっぷり談話しての親密度アップ作業。怜央奈れおなは実は16歳で、姫香より年上だと判明したのには驚いた姉妹だったけど。

 何と言うか幼い挙動はそこかしこに垣間見えて、紗良もこれは香多奈ちゃんと話が合うよねと納得模様。姫香も妹認定して、勝手に自分のチームに組み込む事に。

 取り敢えず、これで3人チームの結成である。


 怜央奈の性格的には、可愛いもの好きのお喋り女子って感じ。年齢よりは幼いのは話していて充分に分かる、逆に探索者と言われてもピンと来ないかも。

 探索自体はちゃんとしたチームに入っていて、広島市でそれなりの活動をしているそうだ。まだヒヨッコのE~D級探索者で、男3人女3人のチーム構成らしい。

 ただし、今回の研修に参加してるのは怜央奈ただ1人との事で。


「みんな年上だし、探索歴も私以外は1年以上はあるからねぇ? 私はお兄ちゃんがそのチームにいるから、入れて貰った感じかなぁ?

 スキルも1つしか持ってないし、あんまり戦闘とかの役には立たないよ」

「それは大丈夫、私が守ってあげるよ……明日は実習訓練で、実際にダンジョン潜ったりするんでしょ? 女の子同士でパーティ組もう、実はこっちに来た早々に嫌な男連中に絡まれちゃってさ!

 ヤンキーっぽい奴らに、田舎者って馬鹿にされて襲われかけたの」


 それを聞いて、酷いねと憤慨する怜央奈……でもまぁ実際の所、現在の広島市にはそっち系の不良の存在も多いそうだ。怜央奈のチームも、探索中に何度か絡まれた経験があるそうで。

 3人じゃ不安だから、もう少し人数増やそうよとチーム編成には積極的みたい。それには姫香も同意して、良さそうながいたら声を掛けて行こうとのナンパ師振り。

 その男前な素振りに、姉の紗良はちょっと不安な顔付き。


 いや、行動の指針としては充分に理解出来るのだけど。女の子をナンパして自分のチームに編入させていくと言う、言葉にするとあまり褒められた代物では無い気も。

 それでも自分たちの安全の度合いを上げる為に、努力してくれているのだ。文句を言う筋合いも無く、年下なのに頼もしくもあると紗良は思う。

 そんな訳で、3人はホテル内の食堂を出て彷徨う事に。



 実際は、4時から研修が行われると言うホテル内の会議室を覗きに行ったのだけど。2時間前にも関わらず、会場はきちんと準備が整ってスタッフも何人か伺えた。

 そしてチラホラと、恐らくは遠方からの研修生の姿が何人か。大抵の人は手持ち無沙汰で、スマホをいじったり手元の小冊子を眺めていたり。

 その小冊子だが、どうやら今回の教本らしい。


 姫香たちも、入り口でチェックを受けてそれぞれ1冊ずつ貰えて判明。今日を含めて3日間で行われる、講習の内容が簡単にだが記載されている様だ。

 勉強が好きな紗良はテンション上がってるが、残りの2人は微妙な表情。それより可愛い女の子はいないかなと、室内を見渡す姫香であった。

 そして発見、入り口右後ろの席によく日に焼けた白いシャツ姿の娘さんが。


 怜央奈に知ってる娘かと小声で訊ねるが、彼女も知らないそうだ。と言う事はやはり、広島の地方から来た新人探索者って線が濃い。

 それなら物怖じする必要は無いかなと、姫香はハーイとお気楽に声を掛けて行く。本当に凄い行動力だなぁと、後ろから眺める紗良はやや呆れ顔。

 そして突然声を掛けられた側も、驚き顔で振り向いていて。


「どっから来たの、一人かな? 研修を受けに来た娘でしょ、私もついさっき西広島から出て来たの。来栖くるす姫香って言うの、よろしくね!」

「はっ、私は因島いんのしまから出て来た瀬野せの美智子みちこと言います、宜しくお願いしますっ! 武器は弓矢ともりを少々、17歳で探索歴はまだ8か月の初心者ですが、スキル『海賊』の名に恥じないように精進する次第ですっ!

 どうぞ研修中、お見知りおきをっ!」


 大人しそうな顔だけど、どうも快活と言うか武闘派みたいな真っ直ぐな性格の娘みたい。姫香は年上で探索歴も向こうが上と知りつつ、そこはキッパリ無視する事に。

 怜央奈と共に女子独特の怒涛のような会話に巻き込み、とにかく打ち解ける作業に従事して。悪い娘では無さそうなのは、会話の中からでも充分に汲み取れる。

 探索歴も姫香や紗良の2倍、腕前もそれなりな様子。


 怜央奈がスマホを取り出して、それぞれの活躍動画を観賞しようと提案して。それは良い案だと、今度は4人固まっての動画の視聴会に。

 既にお互いの自己紹介も終わってるし、室内の人数も一向に増える気配がない。まだ1時間半以上の猶予があるし、それも当然だろう。

 お陰で少々騒いでも、誰も大して注目して来ず助かる。


 そして因島出身と言うみっちゃんだが、実際にアップされている動画に活躍のシーンはほとんど映っていなかった。どうも大人のチームに同伴する事が多く、危ない役目など与えられない過保護振りで。

 撮影役とか、戦闘に参加するにも後衛から弓矢でとかが精々で。本人はもう少し信用してくれてもと、不満はそれなりにあるようなのだが。

 今回の実習訓練には、だから前衛デビューも秘かに目論んでいるのだとか。


 そんなみっちゃんの見た目だが、ベリーショートの黒髪は男の子と見間違うほど。背も高いし色黒だし、海辺の町の出身なのでその辺は仕方無いのかも。

 性格的に姫香と合うのか、話し始めてすぐにこの2人は打ち解けている様子。そして来栖家チームの動画を怜央奈が流し始めると、その瞳には驚きと賞賛の感情が溢れ出し。

 それを見て、何故か得意げな怜央奈である。


「凄いっ、犬や猫が探索に参加しているのも凄いけど……姫香さんは、文句なしにチームの前衛張ってるじゃないですか!

 格好良いなぁ、憧れちゃいます!」

「ウチのチームは、本来はハスキー軍団を含めたメンバー同士の、チームワークが一番の武器かなっ? それが無くても、今回の実習訓練では名をのこす予定だよっ!

 みっちゃんもウチのチームに入ろう、歓迎するよっ!」

「はいっ、是非ともお願いしますっ!!」


 そんな予定があったのかと、やや呆れながら話を聞いている紗良である。そして動画をあれこれ鑑賞している内に、時間もそれなりに経過した様子。

 研修を行う会場内は、段々と同い年位の少年少女で埋まり始めていた。皆が一様に夏に相応しい薄着で、どことなく浮かれている感じの少年少女の姿もチラホラ。

 或いはそれは、紗良たちの様に遠方から来た人達なのかも。



 それから定時となり、唐突に2泊3日の研修会の開催が会場に響き渡った。会場前の壇上には、スーツ姿の大人が数名ほどきちっと並んでおり。

 明らかに地位の高そうな人から、スーツの似合わない体格の良過ぎる大人の姿も混じっている。あの人がA級ランカーの甲斐谷かいたにさんだよと、怜央奈の小声での紹介に。

 驚き顔のみっちゃん、姫香は小首を傾げていたけど。


 何にしろ、偉い人の挨拶は短く済んで助かった。要するに初心探索者の死亡率を、この研修通して少しでも下げたいと言う目論見が向こうにはあるらしい。

 “向こう”と言うのは、もちろんこの青少年事業を企画した『探索者支援協会』に他ならない。本当は2泊3日と言わず、3か月くらいの研修を組みたいのが本音なのだろう。

 紗良はそう推測するが、ぶっちゃけ現実的では無いのも事実である。


 だから夏休みの間を利用した、この研修会と言う訳だ……A級探索者を呼んだのも、少しでも少年少女の集まりを良くするためだうか。

 向こうも知恵を絞っている様子、気苦労が垣間見える。


 何となく同情しながら開会の言葉を聞いていた紗良だったが、集まった人数は100人には少し満たない様子。80人程度だろうか、何人に声を掛けてのこの数字なのかは定かでは無いが。

 賑やかな会場内だが、そのざわめきは例のA級ランカーが壇上に立つと徐々に静かになって行った。その効果は覿面てきめんで、静かな威圧は後ろの席にいても感じる程。

 同じ人間とは思えない、異質な存在を感じた面々は揃って口をつぐんで緊張顔。


 その緊張の原因は、恐らくはそんな理屈なんだろう。自らA級の探索者の甲斐谷だと名乗った人物は、この数日の研修を有意義に過ごしてくれと口にした。

 そして始まる別の研修員による、約1時間掛けてのの講義。まずは魔素が何なのかとの話らしい、その内容の究明は探索者にとっても割と重要らしく。

 紗良も思わず、ノートとペンを取り出して真剣モード。


 講義を取り仕切っているのは、恐らくは協会の関係者なのだろう。40代の草臥くたびれた感じの中年男性だが、声はしっかりしてるし話も分かり易い。

 統計もしっかり取れているようで、データをもとに講義は進んで行く。人や物は、魔素に長時間触れていると“変質”してしまう。

 それは“大変動”以降の世界では、純然たるルールである。


 生き残った人類の変質率は、大体20%程度であると言われていて。変質で体調を崩した人間もやはり2割程度に上っているらしい。魔素に馴染まない人間は、当然だが探索者にはなれない。

 ダンジョンが産み出す魔素やその他の恩恵は、この後もこの世界に定着するかも知れないし、しないかも知れない。ある日ダンジョンが世界から消え失せる事態も、ひょっとしてあるかも知れない。

 だから一概に、魔素に適応した者を新人類と呼ぶのも躊躇ためらわれる。


 とは言え、適応者には様々な恩恵が訪れるのも事実で。ダンジョン内での活動はもとより、魔素によるパワーアップやレベルアップ等々。

 スキルの適正も、魔素による変質の度合いで変化するのではと言われているし。魔素無くして探索者は語れないと言っても過言ではない。

 適応者のみ強くなれる、それが魔素と探索者の関係性である。


 魔素はダンジョン内でモンスターを生み出すが、それを倒すにも魔素による変質の力が必要と言う。奇妙な矛盾は発生するが、それが現代の摂理となっていて。

 スキルもその摂理の一つ、モンスターを倒すには必要な力となっている訳だ。その結晶とも言うべき存在が、会場の壁際で一緒に講習に耳を傾けている。

 或いはもっとも魔素に適応した人類、それがA級ランクの探索者だ。


「その反面、魔素に毒されて体調を崩す人がいるのも忘れてはいけません。先ほども言いましたが、適応者は特別でその他の人類が淘汰されて行くと言う考え方は危険でもあります。

 何しろ魔素の研究は、この5年間でも大きな進展がないのが事実ですから。スキルの存在もそう、こちらの甲斐谷さんにも何度か実験に携わって貰ってます。

 後生こうせいの為に、様々なデータが必要ですからね」


 そろそろ40分が経過して、魔素と探索者の講義も佳境に入った様子。最新のデータによると、魔素の適応者は順調にその数を増やしているらしく。

 ウチの家族もそうだなぁと、姫香も真面目に講座を受けながら想いに耽る。本当に有り難い事だ、ペット共々に体調を崩した者が1人も出なかったのは。

 もっとも講座では、動物の変異に関しては一言も出て来ないけど。


 ただし、月と魔素の関係については少しだけ出て来た。統計として確実に、満月の日にはダンジョンも活性化する事実が報告されているそうだ。

 もちろん魔素も活性化、従って野良モンスターも狂暴化するパターンが報告されているとの事。逆に新月の時は、魔素がわずかながらも沈静化するそう。

 そう言うデータも、探索活動に役立てて欲しいとはスタッフの弁。


 配られたテキストにも、色々と探索関連の情報が記載されていて、しかし最初に書かれているのはマナーに関する事だった。探索者同士のいざこざは止めましょうとか、ダンジョン外でのスキルの使用は宜しくありませんとか。

 武器の常時携帯は仕方無いとして、それを一般人に向けるのは論外ですとか。まるで子供向けの内容だが、まぁそれも仕方が無いのかも知れない。

 駅のホームでの強盗未遂を思い返しながら、姫香は思う。


 一般常識を無視する連中が、少なからず探索者の中にもいるのは事実だ。さっき何気なく会場内を見回した時に、姫香は例のヤンキー連中が固まって着席しているのに気付いて。

 軽く顔をしかめて、マナーの講義をもっとすれば良いのにと皮肉を交えて思ってみたり。なるほど、連中の遣り口は何となく見えた。奴らは宿泊目的で大金か良品アイテムを持って田舎からやって来る、お上りさんが確実にいると知っていたのだ。

 もし強盗が成功していたら、講義に参加せずドロンしていた筈。


 目論見通りにならず、奴らは致し方なくこの研修に参加したのだろう。新たなカモを見付けるため、恐らくそれ以外の理由は無いと思われる。

 楽して他人から金品を強奪する……そう言う腐った考えしか出来ない連中は、今後の為になるからと育成研修になど進んで参加などしない。

 それについては賭けても良い、姫香も世間知らずのお嬢様ではないのだ。


 もし姫香が奴らの暴挙を騒ぎ立てても、恐らくしらばっくれて切り抜けられると踏んでいるのだろう。楽観的でモノを考えないのも、連中の毎度の遣り口である。

 姫香の通っていた中学校にも、その手の不良が数は少ないけど存在していた。先生も手を焼く問題児で、一般生徒も迷惑をこうむる事件も何度か起こしたり。

 これからの研修会で、再び絡まれなければ良いけど。


 姫香がその対策に脳内で苦悩している間に、どうやら協会スタッフによる第一講座は終了した模様。時刻は5時過ぎ、6時からは別会場で夕食をしながらの懇談会があるらしい。

 その間を埋めるように、今回招かれたA級探索者の甲斐谷の講座が行われるようで。間を置かず壇上に上がった大柄な男が、少年少女の目に晒される。

 最初の挨拶でも感じたが、とにかく圧が凄い。





 ――静まった会議室に、A級ランカーの声が響き始めた。






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