第63話 魔人の言葉を鵜吞みにして、深層でレア種に遭遇する件
「強化した武器の調子はどうだい、姫香? 使い辛いとか、いつもとバランスに違和感があるとか、そう言うのは平気かい?」
「うん、大丈夫みたい……さっきの中ボス戦でも、威力が上がったのを実感したし。バランスも、前とそんなに変わらないから使いやすいね!」
中ボスの部屋の闘争も終わっての休憩中、前衛の護人と姫香が強化された武器の使い勝手について話し合っていた。何しろここまでの雑魚戦では、その変化が良く分からなかったのだ。
紗良の怪我チェックも終わって、今は全員がゆっくりと寛いでいる所。MPも各自ポーションで回復して、予定通りにもう2~3層ほど潜る準備中である。
敷地内のダンジョンなので、間引きはしっかりしたいのが本音。
ちなみに木製の宝箱からは、鑑定の書が4枚と緑色の魔玉が4個、それから立派な鋼製の槍が出て来た。他にもポーションとMP回復ポーションが500mlずつと、今度は金貨が12枚。
これもどの時代で、どこの国で使われた物なのかは一切が不明。まぁ純金なら売れるかもと、有り難く回収させて貰う事にして。
休憩も終わって、6層へと進むチーム『日馬割』。
「魔人ちゃんが、さっきの戦いのチームワークは良かったって褒めてたよ。でももっと、個々の力は伸ばすべきだって。
危なかしくって、見ていられないって言ってる!」
「そんなら見なきゃいいのに……何で魔石を与え続けてるの、香多奈?」
「だって、妖精ちゃんも推しのアドバイザーだって言ってるし。私達は強くならないとダメなんだってさ、ある場所に至るための条件が厳しいから?」
ある場所ってどこよと、姫香のツッコミは続くけど。それは強くなってからのお楽しみらしい、そんな話をしながらも探索は順調に続いて行く。
何しろハスキー軍団が、雑魚を簡単に倒して行ってくれるので。この層も大鶏と角兎がメインの敵で、たまに大蛇が混ざり始めている感じ。
コカトリス繋がりだろうか、良く分からないけど。
この層にも支道はあったけど、突き当りの小部屋には影魔人やパペットしか存在せず。宝物の類いは見当たらず、ガッカリしながらもその場を去る子供たち。
ただし、本道に鶏の巣らしき藁敷きのナニかを2か所ほど発見して。中には卵が幾つか、よく蛇に食われなかったモノである。
何気なく護人がそう呟くと、喰う奴は稀にいるよとの返答が。
「魔人ちゃんは何でも知ってるよねー、妖精ちゃんとも親しいみたいだし……もうちょっと魔石挙げてもいいでしょ、叔父さんっ?」
「モンスターも仲間割れするのか、何だか不穏な事を聞いちゃったな……小粒のならあげても良いよ、ってか大きいのあげるとどうなるんだっけ?」
大きい魔石をあげると、サイズも大きくなるし継続しての時間延長も可能との事だ。どうも新しい不思議系のお仲間は、色々と制約が厳しい様子。
妖精ちゃんなどは、ちょっと食事にうるさい程度で済んでいると言うのに。それはともかく7層である、ここからは本道に追加で狼が出現し始めて。
ハスキー軍団が、超張り切って殲滅に当たっている。
お陰で、人間側のする仕事が極端に減って来る始末。ルルンバちゃんも絶好調で、1つの層に3つは罠の場所を発見してくれている。
彼がいなければ、ここまで順調に探索出来ていないのは確実である。見つけるたびに感謝の言葉を掛けているが、正直それだけでは物足りない気もしている。
ただし、本人は満ち足りて楽しそうな雰囲気。
そんな探索がハイペースになっての8層目、踏み込んだ途端にチビ魔人がまず異変を察知した。そして1分も進まない内に、来栖家チームも同様に静か過ぎる本道に警戒し始めて。
やや先行していたハスキー軍団も、これはおかしいと戻って来るに至って。チーム全体で、この層の異変を共有する事態へと発展。
そして5分進んでも、敵の姿は全く窺えず。
「支道の小部屋にも、全く敵がいなかったね……どうする護人叔父さん、この先もう少し進んでみる?」
「う~ん、どうだろう……この層は明らかに不味い気配だし、ここは引き返した方が正解なのかな?」
姫香への返しの言葉を護人が呟いた途端、警戒の唸り声を発し始めるレイジー。遅れてツグミとコロ助が、前に出張って敵への威嚇の姿勢。
それより野太い唸り声が、暗闇から徐々に近付いて来た。それは心を芯から震え上がらせる、野生の狩猟者の発する警告のメロディだった。
事実、後衛の紗良と香多奈は腰が抜けそうに。
チビ魔人が何か叫んでいるけど、翻訳を担う香多奈がビビり上がっていて、それはただの意味不明の雑音に。ハスキー軍団は完全にヤル気モード、護人の命令で戦いの幕は切って落とされるだろう。
暗闇を割って出現したのは、自宅の白バン並みに大きな大狼だった。銀色の毛並みも美しく、そしてそれ以上に恐ろし気な獰猛さを兼ね備えている。
恐らくひと噛みで、護人や姫香はお陀仏してしまう筈。
それを解って戦いに移行するのは、恐らく愚策でしか無いだろうけど。戻る手段は失われた、誰かの犠牲が無い限りそれは無理な相談となってしまっていた。
それならば、全員での生き残りを勝ち取るしかない……非情な命令と知りつつ、護人はハスキー軍団に攻撃を命じる。同時に後衛に、充分な距離の後退を指示して。
ルルンバちゃんを護衛に任命、残り全員でシルバーウルフの殲滅に当たる。
「奴はかなり巨体だ、絶対に自由に動かせるな……それだけで被害が出る、まずは動きを封じるぞ!」
「はいっ、護人叔父さんっ……!!」
切って落とされた戦端は、のっけから波乱含みで激闘の予感。ミケの発した雷槌に、全く怯む様子を見せないシルバーウルフ。レイジーの魔炎も同じく、悠然とした構えは全く崩れず。
それどころか、敵意を剥き出しにし始めた相手側の咆哮からの一連の動きで。突撃して行った筈の護人や姫香は、一瞬金縛りにあったように動けなくなる。
果敢に突っ込んで行ったのは、ツグミとコロ助の2匹。
それを軽くあしらうのは、余裕の現れだろうか。首筋を狙うのはさすがにバレている様子、巨体なのに滑らかな動きで2匹の攻撃を躱している。
続いてレイジーが動きを見せた、それに合わせるように護人がシャベルを相手の顔目掛けて投げ付ける。これだけの体格の差があると、殴りつけるのは無理がある。
その甲斐あって、敵に一瞬隙が生まれた。
その間隙を縫って、レイジーが死角からシルバーウルフの前脚の付け根に後ろから噛み付いた。自身は炎を身体から発し、密着させた場所からもダメージを与えている様子。
いつの間にか、魔炎スキルの効果を底上げしているレイジーに。敵は相当に慌てた様子、思わず悲鳴を上げて噛み付いて引き剝がそうとしている。
ただそこは首を回しても届かないし、後ろ脚の蹴りも微妙な場所取り。
これで気運が高まって来た、相当手強い敵だと覚悟していた護人だったが、姫香の一撃も続いて決まって。反撃とも言えない首振りで吹っ飛ばされるも、どうやら通常攻撃は通じる模様だ。
慌てて姫香のフォローに入る護人と、コロ助が香多奈の『応援』を貰って正面から突っ込んで行く。そのフォローはツグミの『影縛り』で、護人と同じく視界塞ぎを覚えたらしい。
そのコンビプレーは、残念ながら不発に終わり。
見事に吹っ飛ばされるコロ助、2倍になっても体格の差は歴然としている。但しその後の噛み付き攻撃だけは、辛うじて逃れられた様子。
ツグミが逆に、スキル『隠密』からの奇襲で相手の右目に噛み付いたのだ。慌てる大狼に、レイジーも今度は腹への攻撃へと切り替える。
そこは四本足の動物の、共通の弱点に他ならず。
堪らずに悲鳴を上げて、転がり回るシルバーウルフ。その頃には姫香も何とか戦線復帰、護人も再び武器を拾って挟み込むように相手へと接近を果たす。
その頃にはミケとルルンバちゃんも、戦線へと最接近を果たしていて。敵に一撃を放り込むチャンスを、息を潜めて待ち侘びている。
素早い相手が、動きを遅くする隙をひたすら窺って。
大狼の銀色の毛並みも、次第に血に染まり始めているけれど。とうとう味方にも被害が、先程から果敢に正面に立っていたコロ助に敵の噛み付き攻撃が。
あっと思った時には、コロ助は悲鳴と共にズタボロに。後方からも香多奈の悲鳴があがり、ピクリとも動かない愛犬に家族全員の心臓が止まりそうに。
咄嗟に救護の時間を作るため、全員が大狼に突っ込んで行く。
「紗良っ、スキルと一緒に持ってる薬も全部使ってくれ……絶対に後ろには通さないから、コロ助の治療を頼んだっ!!」
「はいっ、護人さんっ……!!」
自ら口にした言葉は有言実行、幸いにも護人が突っ込んで行ったのは、ツグミが潰した右目の側で。そこへ向けての《奥の手》での全力パンチ、これもある意味フェイント攻撃である。
本番の一撃は、姫香とレイジーに任せようとの咄嗟の判断で。とにかく大狼の気を引こうと、そのまま盾を持ち上げて黒腕ごと突っ込んで行く。
それを迎え撃つように、銀狼の牙が護人へと向き。
噛み付き攻撃は、バッチリと予測済みの敵の動きである。盾を差し出して、その上で敵の鼻面に思い切りパンチを見舞ってやると。
見事に怯んでくれて、思わず心の中でガッツポーズの護人。その隙に首筋に噛み付くレイジーと、わき腹に掬い上げの一撃を見舞う姫香。
堪らずに、再度の悲鳴を上げるシルバーウルフ。
熾烈な削り合いはなおも続く、敵は片膝を折る事も無く未だに余力を残している。それは2度目のツグミの不意打ちを、呆気無く躱された事でも良く分かる。
逆に前脚で踏み潰されて、苦しそうな鳴き声を上げるツグミ。姫香が大声をあげて、パートナーの危機を救おうとその脚に鍬を振るう。
ツグミは解放されたが、姫香は再度吹っ飛ばされる破目に。
「大丈夫か、姫香っ……このクソ野郎っ!!」
普段は温厚過ぎて、子供も
救援のルルンバちゃんは、銀狼の一撃でひっくり返される有り様。ミケの刃攻撃は辛うじて通用したけど、相手が巨体過ぎて致命傷には程遠い感じ。
良い線を行ってるレイジーの攻撃も、敵の咽喉を嚙み千切るまでには至らず。
これも敵が大きいための弊害で、肉厚過ぎて普通サイズの犬達の牙では致命傷までには及ばないのだ。しかし、そんな計算は怒れる護人の念頭には浮かばず。
持っていた盾は、敵の口に放り込んで返って来ない残念な結果に。強化シャベルを両手持ちに、それを振るえる距離へと歩み寄る護人。
大狼も、目の前の相手に敏感に反応している。
そこに新たな助っ人の参入、何と3メートルサイズへと復活した炎の魔人である。横槍なんてへっちゃらと、銀狼に向けてヘッドロックをかまして得意顔。
どうやら最悪の事態の、寝返りは無かったらしい。これには、言われるままに魔石を投入した香多奈も安堵の表情である。本人は姉の姫香を回収して、未だに不安そうだけど。
そんな末妹は、最後に最大のパワーで叔父とレイジーへ応援を送る。
炎の魔人のパワーでも、巨大な銀狼を長時間抑え付けておくのは難しいらしい。早くも外されそうな腕のロック、その鼻面に護人は再びパンチをお見舞いする。
魔人の後方では、レイジーが再び銀狼の腹へと食い付いていた。暴れ具合が再び激しくなり、それを見た護人は少しだけ溜飲を下げる。
冷静さを取り戻しての思考、さてこの敵相手にどうやって致命傷を与える?
それよりも、頭上で激しく振動を繰り返している《奥の手》は一体何事だろうか。まるで自分の怒りを糧にして、成長しているような気がして来る。
もしくは自分をもっとうまく使えと、助言をくれている感じ。元から人の力では出せないパワーを秘めていた黒腕だが、別の使い道もあるよと教えられている気が。
殴るばかりが能じゃない、そもそも黒腕は拳ですらない。
護人の左肩から生えてる黒腕には、元々爪の類いは付いていない。拳の届く距離は短いので、銀狼の
互いに息の根を止めようと、殺気を孕んだ視線が空中でぶつかり合う。炎の魔人が何か叫んでいた、恐らくは腕のロックがもう持たないのだろう。
こちらも我慢の限界だ、これ以上仲間を傷付けられたくなど無い。
――ストンと銀狼の首が落ちた、黒腕の新たな能力は割と凄いらしい。
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