第53話 間引き依頼が容赦なく降り注ぐ件



 5月と6月に続いて、自治会からの3度目の町内ダンジョンの間引き依頼が来栖家に届いたのは、7月の中旬の事だった。夏もそろそろ盛りで、山間の来栖邸も日向は暑く感じる頃。

 香多奈はもうすぐ夏休みだと、ウキウキ模様を隠し切れない感じ。6月まで休校していたのに、それとこれとはまた別問題らしい。何しろ休校中は、大手を振って遊び歩けなかったのだから。

 確かにそうだ、夏はお遊びイベントも目白押しだし。


 姫香と紗良は、ついこの前協会から誘われた“強化合宿”に意識が持って行かれている感じ。姫香は特に、泊まり掛けのお出掛けなんて滅多にした事が無い身の上。

 楽しみよりも、不安の方が勝っている感は否めない。これは先日の青空市で、広島市の協会で研修旅行が企画されてるから参加してみてはと、仁志支部長から提案されたモノで。

 家族間で、行くか断るかの論争が少々巻き起こっていたのだ。


 とは言え、護人の社会見学に行って来なさいの言葉も無視し難くて。何しろ姫香は家庭教師役の紗良がいるとは言え、高校に通っていないのだ。

 外出の機会が極端に無いこの状況は、精神的に宜しくは無い筈。


 そんな護人の計画も、実は多少のズレが生じているのは確か。姫香と紗良が出掛ける前に、3つ目の敷地内ダンジョンの間引きをしたかったのだが。

 自治会の間引き依頼が、このタイミングで来るなんて。間が悪いと言えばそれまでだが、敷地内のダンジョンの間引きは是非ともやっておきたい。

 つまりは、結局は両方のダンジョン探索を行う破目になりそう。


 子供たちは、その事をむしろ歓迎している様子なのが何とも。今回は打ち合わせだけと言うのに、護人にくっ付いて協会へと全員が赴く始末。

 結局はキャンピングカーでの、家族総出のお出掛けである。そして辿り着いた協会の日馬桜町支部では、自警団の細見団長も居合わせていて。

 どうやらガッツリ、事前の話し合いが催される模様。


「いえ、本来はこの程度の事前準備は当然なのですが……協会が今まで無かった弊害ですかね、今後は情報の受け渡しを兼ねた打ち合わせは、協会を通して必ず行うようお願いします。

 ちなみに報酬ですが、自治会から5万、協会からは8万円を提示させて頂きます」

「済まんな、護人……自警団はこういった、事務的な作業には全く慣れていなくって。探索するダンジョンの情報提供も、前までは本当にお座なりだったな。

 生還率に関わる事だってのに、本当に申し訳ない!」

「いえ、こちらも駆け出しでそっちには頭が回らなくて……でもまぁ、子供たちの事もありますから、確かにそれは大事ですね。

 分かりました、今後はこの方針に従います」


 などと、大人たちの堅い話には全く興味の無い子供たち。支部長の仁志の報酬の話には、ちょっとだけ興味を惹かれたみたいだけど。

 後は能見さんに差し出されたお茶をたしなんだり、販売のパンフを見たり妖精ちゃんの話に興じたり。能見さんが、この娘の服を作ってみたいと話題を振ってからの熱狂ぶりと来たら!

 女の子同士の趣味に華が咲いて、何と言うかカオス状態に。


 すぐ隣で真面目な話をしている、男衆3人は凄く迷惑そう。とは言え、探索の主力である子供たちを強く𠮟り付ける事も出来ないと言う。護人にしても、能見さんを叱るってのはちょっと。

 そんな訳で、男たちの忍耐は鍛えられて行くのであった。それでも意外とスムーズに、今回突入予定のダンジョン情報は開示されて行く。

 それを真面目顔で、脳内に叩き込む護人である。


「なるほど、ゴーレムにロックですか……どちらも肌は岩で出来ていて、硬いのが特徴と。探索範囲が意外と狭いのは良いですね、後はイミテーターには注意と。

 分かりました、武器はハンマー持参が良いようですね」

「正直、ハンマーだけで敵を砕くのも骨が折れた記憶があるけどな……やっぱりここは、俺たち『白桜』が担当しようか、護人?

 来栖家チーム……いや『日馬割ひまわり』だっけ? は、別のダンジョンでも」

「いえ、そこは大丈夫かと……事前準備さえ怠らなければ、ウチのチームでも対応は可能だと思います」


 納屋に確か削岩機があったなと、護人はルルンバちゃんの改造案を脳内で練り始める。彼の覚えた特殊スキル《合体》は、本当に優秀でそっち系の機材を自在に操る能力を有していて。

 隣で盛り上がっている女性陣とは真逆で、男の子の憧れの能力かも。メインは乗用の草刈り機に、ネイルガンなどの機材をくっ付けたその勇姿と来たら!

 残念ながら、それに興奮したのは家族では護人と香多奈だけだったけど。


 ちなみに『日馬割ひまわり』は、公式採用された来栖家チームの正式名称である。香多奈が考え出した、日馬桜町の探索者チームと言う意味合いが籠もっていて。

 姉たちもそれには、概ね賛成の票を投じた結果の採用となった次第だ。護人は子供たちに丸投げで、それを自警団に先ほど伝えたのだった。

 団長の細見は、それを大真面目に受け取った模様。


 とにかくそんな感じで、探索の事前ミーティングは恙無つつがなく終了の運びに。予定通り、明日の日曜日に潜りますと護人は最後に通達して。

 子供たちに、それじゃあ帰るよと促しの言葉。


「こっちも妖精ちゃんの寸法取り終わったよ、護人叔父さん! 紗良お姉ちゃんも燃えてるし、能見さんの裁縫技術も凄いんだって!

 これは楽しみだねぇ、妖精ちゃんの反応は薄いけど」


 そうらしい、能見さんはぜひ我が支部のマスコットに妖精ちゃんをと謎のテンションを維持しているけど。さすがにそれは、無理があるかなと全力で拒否する護人だったり。

 それじゃあ帰ろうと、元気に席を立つ香多奈の肩に乗っかる妖精ちゃん。今回もクッキーを食べ散らかして、その表情は凄く満足げである。

 そうして来栖家チーム『日馬割』は、新たな旅立ちを告げるのだった――





 開けて翌日、チーム全員がキャンピングカーに乗り込んで、いざ“配送センターダンジョン”前へ。そこの駐車場はむやみに広くて、どこに車を置こうと困らない。

 乗用草刈り機と合体した、ルルンバちゃんを運ぶのには少々苦労はしたけれど。ハスキー軍団とミケを加えた、来栖家チーム『日馬割』の全メンバー総動員である。

 いや、別にそんな大層な事では無いのだが。


 至って普通のチーム編成で、ルルンバちゃんが乗用草刈り機モードになっているだけなのだが。さらに今回は、削岩機まで搭載されての万全態勢である。

 今回の秘密兵器と言うか、姫香のメイン武器もハンマーに交換済み。ここら辺は全て護人の指示で、事前情報あってのモノでもある。

 これによって、今回は5層かそれ以上の攻略を目指す予定。


 配送センターの倉庫内に入ると、倉庫のど真ん中にダンジョンの入り口がぽっかりと口を開けていた。その階段を降りるのに、やはり苦労するルルンバちゃん。

 皆でサポートして辿り着いた第1層、何とそこも入り口と同じく倉庫内だった。微妙に違うのは、倉庫の端っこに出た事と巨大な棚が通路を作っている事、そしてモンスターがうろつき回っている事である。

 つまりここは、ダンジョン内で間違いなさそう。


「わ~っ、凄い……話には聞いてたけど、本当に倉庫の中だねっ! 倉庫だよっ、これ以上ない位に倉庫だっ!」

「モンスターもちゃんといるし、ダンジョン内だねぇ……えっと、私と護人叔父さんとルルンバちゃんで、ゴーレムとロックを倒すんだっけ?」

「そうだな、そいつ等は数は少ないが硬くて強敵だそうだ。数の多いパペットは、ハスキー軍団と紗良と香多奈で倒して行く方針な?

 ただし、後衛の2人は絶対に無理をしないように!」


 は~いと元気に返事をする香多奈、ミケを抱えた紗良も了解しましたと妹を守る気概は充分の様子。倒す敵はそうやって分けるけど、移動は基本的に一緒なので問題は無い筈。

 最初はなるべく様子見で、MP温存で行こうとメンバーに通達して。先頭に立って、一風変わったダンジョンを進み始める護人とその一行。

 灯りも充分な、その通路にまずは最初の敵影が。


 まずはゴーレムらしい、鈍い歩みだがその巨体は侮れない。2メートル程だろうか、パワーもありそうだ。何よりその硬度で、細見団長チームも倒すのに5分以上掛かったとか。

 それに対する護人チーム、まずは護人が立ちはだかって敵の気を引いて。ルルンバちゃんが素早く右から、その反対は姫香が回り込む。

 拳で殴り掛かるゴーレムを、護人が丁寧にブロックした瞬間。


 オンにされた削岩機での突進で、敵の片足が一撃で粉砕されて。バランスを崩した所に、姫香の大上段からのハンマーアタック!

 見事に頭をかち割られて、岩で出来たゴーレムは光と共に魔石に変化。


「おおっ、思っていた以上にスンナリと勝てたな……ルルンバちゃんの一撃が、こんなに強く嵌まるとは思ってなかったよ。

 姫香もいつもの武器じゃ無いのに、すぐ馴染むのは流石だな、助かるよ」

「まかせてよ、護人叔父さんっ! 何なら他の敵の集団も、私がメインで片付けてあげるよっ!」


 それは可能かもだが、それだとハスキー軍団の出番が完全に無くなってしまう。何しろゴーレムの岩の肌には、彼女たちの牙は一切通じそうにないからだ。

 それは転がる岩の姿をした、ロックも同様である。いきなり棚の死角から出て来たソイツに、ハスキー軍団は攻撃手段を持たずに吠えるのみ。

 それは次に反応した、ミケの雷撃も同じ事。


 大して効いているようには見えず、つまりは相性が悪いとの想像は大当たり。代わりに突進したルルンバちゃんの削岩機で、バランスボールサイズのロックは粉砕されて行った。

 ここに来てのルルンバちゃん無双に、大盛り上がりする香多奈だけれど。特殊スキルの有効活用に加え、相性の良さがここで活きて来た感じだろうか。

 そんな彼は、意気揚々と落ちた魔石を拾っている。


 その機能も失われていない様子で、万能感さえ感じさせるルルンバちゃん。一方のハスキー軍団は不利な敵はスッパリと襲うのを諦めた様子で。

 集団で出て来たパペットに、当たり散らすように襲い掛かって行く。パペットの集団は、何故かお揃いの作業着を着ているけど所詮は木製の雑魚である。

 ハスキー軍団に、為すが儘に蹂躙されて昇天の憂き目に。


 担当を言い渡された、紗良と香多奈は手を出す暇も無かったけれど。毎度の事なので、自分たちを万が一に備えての切り札と思う事に。

 それはミケも同様で、今回も紗良が優しく抱っこしての移動となっている。まぁこれは、ミケがヤンチャをしないようにとの措置の意味合いが強いけど。

 とにかくそんな感じで、1層は踏破出来た。


「ゴーレムの数はたった2匹かぁ、ロックも1個だけだったね、護人叔父さん。パペットは集団で出て来て、数もそれなりに多かったね。

 これなら私達とハスキー軍団で、交互に戦闘でやって行けるね」

「そうだな、細見先輩は1層で30分以上掛かったって言ってたけど。対策がバッチリなのが功を奏したかな、順調に15分程度で抜けれたな。

 ただこの先は、トラップも出て来るらしいから気を付けるように!」


 この“配送センターダンジョン”のもう1つの厄介な点は、罠設置型である事らしい。即死に繋がる凶悪なタイプこそ無いそうだが、それでも敵と絡めれば厄介には違いなく。

 さらに慎重に進む必要がある、それは子供たちも分かっている様子。とは言え、罠など今までの人生で一度も掛かった事が無いのも事実で。

 それを想像するにも、限界と言うのが存在して。


 だから通路を歩いている最中に、急に棚が倒れて来た時の子供たちのリアクションと来たら。敵かナニかが変な所にぶつかったのかなと、思考は働くモノの体は上手く動かなくって。

 護人がそれをブロックしなければ、果たしてどうなっていた事やら。少し遅れて悲鳴を上げる香多奈、そして転がるロックが2匹まとめて奇襲をかけて来る。

 ただしそれは、ルルンバちゃんが見事に返り討ちにしてくれて。


「みんな早く、この通路から出てっ! 姫香、その先の通路の安全確保っ! 硬い敵がいたら、引き付けておいてくれ……すぐに駆け付けるからっ」

「はいっ、護人叔父さんっ!」


 慌てて後衛が逃げ出したら、そこを敵に突かれて襲撃されました、何て事になったら目も当てられない。忠実にチーム員の安全を確保するのは、ハスキー軍団も同じ事である。

 待ち構えていた棍棒持ちパペットを、美しい連携であっという間に殲滅して。後ろを振り返り、紗良たちが無事に逃れられたかの確認に余念が無い。

 そして姫香も、同じく待ち構えていたゴーレムと一騎打ち!


 体格は圧倒的に向こうが勝っている、しかし攻撃力はスキル込みだとどっこいか。圧倒的に姫香が勝っているのは、その俊敏性に他ならず。

 迫り来る拳を華麗に避けて、素早く背後へと回り込み。身体を半回転させた勢い込みで、容赦ないハンマーの一撃を敵の膝の裏へ叩き込む。

 その頃には、ルルンバちゃんも敵へと接近を果たしており。


 近付き様にゴーレムの反対側の膝を粉砕、この時点で戦いの趨勢は決まっていた。後は姫香の止めのハンマーで、敵は魔石と鉱石を残して消滅。

 このダンジョン初のドロップに、湧く暇もなく姫香は他のメンツの安全確認。紗良と香多奈は、何とか通路の端へと避難済みで一安心。護人も同じく、棚の罠を潜り抜けていて。

 ようやく安堵して、抱えていたハンマーを降ろす姫香。





 ――確信したのは、このダンジョンは一筋縄ではいかないって事だった。







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