第52話 動画視聴者が、次々と市場に乱入して来る件
さて、午後のチーム『日馬割』の販売ブースである。ここからがある意味本番で、今回も3回分の探索で得たダンジョン産のアイテムは結構な数に上る。
目玉は一応、スキル書が3枚……それから金魚の形をした、魔法の除湿器だろうか。それだけでは弱いので、熊の手と松茸も1本ほど販売に回している。
値段は両方1万円、売れれば儲けものの設定である。
スキル書と魔法のアイテムは、前回と同じく40万円の設定だ。後は水没ダンジョンから入手した、良く分からないソフビ人形とかガチャ玉とか。
こちらは2千円~1万円で、適当な値段設定。護人から完全にその辺は任されている姫香は、価値の分らないモノに対しては値段交渉には応じる構え。
とにかく全部売り切るぞと、勢いだけは立派である。
対する紗良は、今回もフェルトのオマケ人形を幾つか製作して。男性客には愛想良くをモットーに、売り上げを伸ばす構えである。
その辺のあしらい方は、実は協会事務の能見さんに教わったりして。探索者とは全く異なるスキルだが、磨いておいて将来損は無いとの言葉と共に。
そんな彼女も、全部を売り
そんな2人の
ついに最初のスキル書を手に取る客が、ってか先月にスキル書と短剣を購入して行った若い2人組の探索者だ。軽いトークから、あのスキル書は仲間が見事覚えたよとの報告に。
それは良かったですねと、華やかな笑顔の紗良。
対する若者2人は、途端にデレっとした表情に。逆に冷めた表情の姫香だが、今回はスキル書3枚ありますよと、お勧めの口調は緩めない。
相性チェックからの買い取りも可ですよと、紗良も営業トークに熱を入れ。結局は2人で3回ずつの挑戦、結果として1枚が長身で長髪の若者に反応。
驚く周囲の目の中、喜びの声を上げる若い探索者2人。
「おめでとうごさいます、それでは40万円……あっ、今ならサービスで妖精ちゃんのチェックとかどうかな、姫香ちゃん?」
「あっ、良いかもね……覚えたスキルの簡単な鑑定、ウチの妖精ちゃんにして貰うように頼んでみますから。ちょっと奥のキャンピングカーまで来て貰えますか?
あっ、お代はこちらで先払いでお願いします」
飽くまで事務的な姫香だが、妖精ちゃんの案内はしてくれる様子。何のサービスだと車までついて行く探索者、その前で寛ぐハスキー軍団にややビビりながらも。
そして車内では、子供たちの
それを4人が頭を突き合わせて、凄いねとか言い合いながら眺めている所へ。姫香がドアを開けて、妖精ちゃんと香多奈の呼び出し&お仕事依頼。
何しろ妖精ちゃんの言葉は、未だに香多奈しか翻訳出来ないのだ。
「えっと……スキルは『刀剣適応』と『気配察知』と、後は『居合』系の3つを覚えてるって。レベルがもうすぐ上がるから、頑張れって妖精ちゃんが言ってる」
「おっ、おおっ……!? まっ、マジで鑑定出来てる……? 凄いな、それじゃあ新しく覚えたのは『居合』ってスキルなのか……俺って武器に、刀を使ってるんだよ。
これは良いスキルを買えたよ、本当にありがとう!!」
「ってか、本当に妖精がいるよ……このスキル取得も、ひょっとして妖精パワーなのかなっ!?」
それは無いでしょと、冷静にツッコミを入れる香多奈であった。姫香が鑑定の礼を言うと、何か甘いモノ頂戴と見返りを求める現金な不思議生物。
町内の人からの差し入れに、確か和菓子があったっけと、全く動じずそれに応じる姫香。小学生ズは香多奈の働きぶりに、凄いねぇと感心し切りな様子。
多少照れながら、そんな事無いよと
妖精ちゃんは他人のレベルも分かるのかなと、新参者の怜央奈の素朴な疑問に。何となくしか分からないみたいと、翻訳した香多奈の言葉。
ただし、この中で一番レベルが高いのは怜央奈に間違い無いらしい。それを聞いて感心する小学生ズ、当の怜央奈は胸を張って鼻高々である。
これでも1年以上、探索者をやってるらしい。
「それじゃあ先輩だね、えっと何歳だっけ怜央奈ちゃん……?」
「私は16歳だよ、香多奈ちゃんは10歳だっけ? お姉さんは幾つなの?」
それを聞いた姫香はビックリ顔、自分より年上とはまさか思ってもいなかった様子。いつの間にか、お客は他の商品を見に……って言うか、紗良が目的でブースへと戻って行っており。
こちらの妙なカオス振りは、他人に見られずに済んだみたい。そこに飲み物の差し入れを買って来た護人が合流、子供たちに分け与えながら現状把握に努めている。
それから入り口にいる、姫香に一言。
「姫香、休憩に入るなら俺が売り子を交代しようか? 紗良1人だと、さすがに辛いだろう」
「あっ、ごめんなさい……すぐ戻るね、護人叔父さん。頑張って儲けなくちゃ!」
目的は一貫している姫香である、護人は再び椅子に座って買って来たコーヒーで一息入れ。キャンピングカーは子供たちに占領されており、販売ブースにも目を光らせておきたい。
その結果、このブース奥のキャンプ用机&椅子セットにいるのがベスト配置な護人である。ブースに変な客が来ないとも限らないし、女性だけでは心配なのも当然だ。
護人が見守る中、またもや来栖家の借りたブースに客の影が。
その客も男性で、スキル書に興味がある様子。雑談を交わしながら、あなた方の探索動画をいつも見てますよと話題を提供して来ている。
ニコルとの名前を言われて、紗良は心当たりがあった様子で。いつも視聴有り難うございますと、どうやらスレ版での常連だと分かった様子。
にこやかに談笑は続き、そしてスキル書も1枚お買い上げに。
「さすがだなぁ、紗良姉さんは凄いや……完全にお客さんを手玉に取ってるよ」
「人聞き悪いよ、姫香ちゃん……でも私達の探索動画を見て気にしてくれる人も、段々と増えて来てるのかもね? ニコルさんって、いつもスレ版の常連さんなんだけど……割とご近所だったのかな、メンバーも一緒に来てるって言ってたし」
そうなんだと、多少興味深そうな姫香の返事。何しろ他の探索者チームなど、林田兄妹以外は見た事のない少女である。自警団『白桜』に対する信頼みたいな感情が、湧き起こるのも当然かも。
その後の2時近くにも、チーム探索者らしき一団がブースに訪れて。騒がしく商品を閲覧し、残ったスキル書を買って行こうかって話に。
その中の1人が、スレ版の佐久間ですと名乗りを上げて。
この人も探索動画の視聴者だったらしく、紗良と話が盛り上がった。護人と同年代位の年齢で、中年に差し掛かっているこの佐久間がチームのリーダーらしく。
他のメンバーも人の良さそうな性格の者ばかり、探索頑張ってねと声を掛けて来る。そしてリーダーの佐久間は、何故かソフビ人形とガチャ玉に興味があるらしく。
「リーダーの趣味はともかく、エーテルかMP回復ポーション、余ってたら少しでも売って欲しいんだけど……無理かなぁ、300mlでもあれば充分だけど」
「えっと、ストックは多分あったと思うけど……済みませんが薬品系は、ウチのリーダーの護人叔父さんに交渉して下さいますか?
ブースの後ろの席に座ってる、あの渋い男の人がそうです」
紹介された護人は、実はそこまで渋い風貌でも無かったのだが。薬品を欲した女性は、これ幸いと佐久間を引き連れて顔繫ぎへと奔走して行った。
それからお決まりの名刺交換、探索者の多くは普通に名刺を持っているらしい。何しろ完全な個人業で、この手の顔繫ぎや各種手配も、自分たちで全てこなさないと駄目なのだ。
中にはマネージャーが付いてるチームも、広島市にはあるとか無いとか。
そんな与太話を交えながらも、交渉は穏やかに纏まった様子。困った時はお互い様と、MPポーション500mlを2万円で融通する事に。
紗良が魔法の鞄からボトルを取り出して、向こうが持参したボトルへと分配して。これにて取引は成立、ちなみに相手のチーム名は『ジャミラ』と言うらしい。
昔の怪獣から取ったそうだ、モロに佐久間の趣味みたい。
まぁ、バルタンとかカネゴンじゃないだけ良かったよねと、向こうのチームの去り際に護人の呟き。その後の売り上げはさっぱりで、辛うじて釣り竿2本と松茸が売れた程度。
魔法の品である金魚の置物や食器類、それから熊の手などは残念ながら売れ残ってしまった。それもまぁ仕方が無い、需要も微妙な品々には違いは無いので。
売れ残るのもアレなので、お土産に香多奈の友達に持たせようと姫香の提案。
「あっ、もう店仕舞いしなきゃ、私達が企業ブース回れなくなっちゃうね! うっかりしてたよ、それじゃあ片付けに入ろうか」
「全部売り切らなくても、今回も結構な売り上げになったよ、紗良姉さん。スキル書3枚全部売れたのが大きかったなぁ、完全に最初の装備品に投資した額は青空市で回収出来てるし。
応援の声も色んな人から貰ったし、他のチームの人達と繋がりも持てたし。今回も実りは多かったよね、出店して良かったよ!」
そうだねぇと同意しながら、ブースの片付けに入る紗良である。それから店仕舞いしますの張り紙を掲げ、後ろを振り返ってみると。
相変わらずの護人が、何杯目かのコーヒーを飲みながらまったりしていた。ハスキー軍団も同じく、完全に寛いで主人を囲って寝そべっている。
それに声を掛けて、企業ブースを覗きに行こうと誘う姫香。
「おっと、もうそんな時間か……2人とも売り子ご苦労様、香多奈は一緒に来るかな?」
「どうだろ、まだ友達もいるんでょ? おっと、一応は犬達にリード付けなきゃね」
そんな感じで、暫くは売り上げ金を預けたりブースを片付けたり、香多奈に声を掛けて一緒に行くかを訊ねたりと忙しい時間が経過して。犬達もようやくお出掛けだと、少しだけテンションが上がっている。
香多奈は付いて行くと言って、小学生ズのお喋り会はこれにてお開きに。怜央奈ももう帰るそうで、皆に挨拶を残して去って行った。
そんな彼女に、姫香はお土産だと熊の手を包んだ袋を手渡して。
向こうも有り難うと喜んでいたので、それで良かったのだろう。キヨとリンカも、バイバイと元気な別れの言葉と共に家へと帰って行って。
青空市の人混みも、午前中よりは少なくなっている。売り物はもう無くなって来ているし、当然ではある。そんな中、来栖家は集団で企業ブースへ買い物へ。
今回も掘り出し物あるかなと、呑気な末妹である。
「そんなに都合良くは行かないとは思うけど、何か良さそうなモノがあったら
今回は売れる素材も少ないけど、販売ブースで儲かったから問題無いよ!」
「そうだな、儲かった分は何かに使わないとな……みんなも欲しい物があったら、遠慮なく言うんだぞ?」
はーいと元気な香多奈の返事、良さそうなアイテムを探し出す気満々である。今回も企業の販売車は3台、しかし『不磨キラー薬品』と『眞知田オート広島』は前回と変わり映えの無い品揃えで、掘り出し物の類いは無し。
『四葉ワークス』でも、前回のオーブ珠みたいな目玉の品は残念ながら置いてなかった。その代わり、紗良が背負子が売ってるのを発見して。
これは便利そうと、買って欲しそうな気配。
来栖家チーム的には、荷物運びはほぼ紗良の役目となっている。香多奈もリュックを背負って潜るけど、まだ小学生だし重い荷物は背負わせられない。
そんな配慮から、紗良の比重は高まっているのだが。それにミケが加わると、途端に破綻しそうに。何しろ猫を抱くと、それだけで両手塞がりなのだ。
そこで背負子だ、これを改造してミケの居場所を作ろう的な。
これはリュックと違ってパイプ仕様なので、頑丈だし改造し甲斐もある。『四葉ワークス』が売りに出している背負子は、もちろん探索者用の軽くて丈夫なタイプである。
リュックも売っていたが、それは持っているのでスルーして。背負子を1つ、それで紗良の買い物は終了の運びに。残念ながら、今回もペット用の布素材の入荷は無かったのだ。
残念がる紗良ではあるが、それはまぁ仕方が無い。
こちらも河童の甲羅を素材として販売、これで背負子のマイナスも綺麗に消えてくれた。他の商品もイマイチで、姫香も香多奈も特に追加で欲しい物は無い様子。
今回持って来たスキル書も、既に売れてしまったそうで。
――こうして2回目の青空市も、滞りなく過ごした来栖家であった。
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