第45話 梅雨もそろそろ終わりを迎える件
6月も最後の1週間は、来栖家も色々と忙しくイベントも目白押しだった。そして週末の日曜日には、香多奈の通う小学校で学芸会が催される予定で。
これは保護者も招いての毎年の行事で、既に護人も招待状を貰っている。それを受け取った時の護人は感無量で、何と言うか4年前の姫香の時を思い出してしまった。
あの頃は“大変動”直後で、本当に色々と大変だったのだ。
幼い姫香と、もっと幼い香多奈の身元引受人となって。こんな田舎に引っ越して来て、その上お互いに両親をオーバーフローで失っていて。
とにかく生きて行くだけで、大変だったあの頃に較べると。姫香も香多奈も、本当に元気に真っ直ぐに育ってくれた。そして今は、紗良も加わって毎日幸せに暮らせている。
しかしまぁ、子供の学芸会の招待状でこんなに感動するなんて。
これで、敷地内にダンジョンが3つもある問題さえ無ければ本当に幸せと言えるのだろうけど。そうも行かない現状、探索の事についても考えなければ。
香多奈は学校で、学芸会で披露する予定の出し物の準備で毎日忙しいようだ。放課後の帰りが遅くなっているのが、その証拠でもある。
来栖家は総出で見に行く約束なので、末妹も力が入っているのかも。
6月もそろそろ終わりに近づき、梅雨もそろそろ終わりの気配。最近は少しずつ気温も上がって来て、畑仕事も蒸し暑さで参ってしまう感じがする。
予報では、今週はほぼ雨も無く過ごしやすい天候のようだ。
来栖邸の近くの小道には、アジサイの咲き誇る通りもあって。丁度、紗良の実家と来栖邸の間の小道である。満開の時期の今は、その小道はとっても綺麗で華やか。
しかも、新生ルルンバちゃんが普通に近辺の草刈りを手伝うようになってくれて。作業が
この変化は、ちょっとした嬉しい誤算ではあった。
ルルンバちゃんの万能お手伝いロボへの進化はともかくとして、今週は大規模な大根の収穫作業も行われて。植松夫婦と辻堂夫婦が、総動員しての収穫作業。
それをそのままトラックに乗せて、町の出荷倉庫で仕分け作業をしてくれるらしい。それは2組のお手伝い夫婦も手掛けるそうだが、来栖家としては積み込みまでが仕事である。
それでも結構、畑の後処理とかに時間を取られて収穫は大変。
紗良と姫香も午前中から手伝ってくれて、その収穫作業は半日以上掛かって終了の運びに。最近の食材の値上がりで、これで結構な収入になって有り難い限りだ。
農業は儲からない時代を知っている護人や植松夫婦にとって、これだけで食べて行ける現状は歓迎すべき事ではある。作物の植え付けも、昔とは随分変化があって。
大根や人参、キャベツや白菜など収穫までの期間の短い野菜がほとんどだ。
アスパラや自然薯など、収穫に数年かかる食材など超贅沢品である。果実は辛うじて、既に植えられている木から毎年収穫を得られているようだけど。
これらも値段が高騰しているのは、こんな時代なので仕方が無い。まぁ、作っている農家からすれば有り難い状況ではあるのだろうけど。
一般の消費者には、常に頭の痛い問題ではある。
そんな訳でこの数日、畑の作業も忙しかったりはしたものの。同じく“下条坂下ダンジョン”の反省から、戦闘訓練やスキル訓練も行おうって事になって。
毎日のお昼過ぎとか夕方に、3人が揃って秘密の特訓など。誰に秘密かって、それはもちろん末妹の香多奈に対してである。
教育に悪い事は、幼い娘にはなるべく見せたくはない。
「この辺も本当に見違えたね、本当にルルンバちゃんのお陰だよねぇ……あっ、もちろん護人叔父さんと紗良姉さんか頑張ったお陰もあるけど」
「そうだな、田んぼの雑草をルルンバちゃんが刈ってくれたのが大きいな。自然に生えて来てた木とかも普通に切ってくれるから、本当に大助かりだったよ。
こっちはチョロと、端の方を刈っただけで済んだから」
「本当に綺麗になったよねぇ、これなら民泊の入居者を堂々と募れるかもね? ここまで手を加えたら、やっぱり誰かに入って貰いたいよねぇ」
そうだねと、紗良の想いに明るい姫香の返しが響く。最近の午後の訓練だが、敷地内の厩舎裏とこの紗良の生家近くの空き地の2か所で行う事が多くて。
敷地内の厩舎裏では、割と戦闘訓練を行う割合が多い。対してこちらでは、スキル訓練を主に行っている感じ。その為に家の裏の空き地に、専用スペースまで作ってしまった。
これで少々動き回っても、周りに被害は及ばない。
そして紗良の『回復』スキルを存分に扱うのに、この生家跡地は打って付けで。彼女は訓練とは思ってはいないが、確かに繰り返しのスキル使用で発動がスムーズになって来ている。
お陰で今は、この小集落の4軒の壁は全て元通りの状態に。紗良の言う通り、これなら入居者を募っても恥ずかしくない設備へと整って来ている。
案外と、民泊希望者がやって来る日は早いかも知れない。
ちなみに、紗良の新しく取得したスキル『光紡』だが、発動は割と簡単にこなせた。元々が器用な彼女なので、光の糸が指先から出た時も大して動揺もせず。
ただ、これをどう活用するかは随分と悩んでしまっていた。考え抜いた結果、糸を自在に操るのだから裁縫に活用すればいいかなとの思考に至って。
最近は夜の日課に、スキル技での裁縫をこなしている次第。
一方の護人と姫香の前衛コンビは、より強敵のモンスターと対峙しても揺らがない戦闘力を求め。スキル技も、そっちで活用すべく訓練に挑んでいた。
まずは護人の方だが、防御系の『硬化』スキルは言うに及ばず。スムーズな活用と持続時間、それを念頭にこの特訓時間ではスキルを使って馴染ませている感じ。
護人にしても、まずは違和感を取り除く作業が大事だったり。
特に特殊スキルの《奥の手》などは、異質と表現するしか無い存在である。それでも言葉通りの奥の手として、活用出来れば生存率は上がると信じて。
協会の支部長である仁志からは、過度の発動は控えるように助言を貰ってはいるのだが。彼も動画でこのスキルを目にして、その異質さには驚いたようである。
そしてこの手の“変質”は、体どころか
先人からのアドバイスは素直に受けるけど、心の変質などピンと来ない護人である。今の所は別段に変な感じはしないので、訓練ではこの黒く硬質な手を出したり引っ込めたりしている。
護人の感想としては、結構なMP喰らいのスキルではある。5分も出しっ放しにしておくと、途端に虚脱感に襲われる程度には。
しかしその見返りに、充分過ぎる程の破壊力は見込まれる。
とにかく
この訓練施設の為の、杭の撃ち込みとか古タイヤ設置では大活躍をしてくれた。資材の運搬に関しては、ルルンバちゃんも協力をしてくれたけど。
本当に便利な、自走式の元お掃除ロボである。
そして香多奈がいなくても、家族と何とか意思疎通が出来る点も非常に大きい。もちろんルルンバちゃん側の感情や言葉は、こちらは読み取れないのだけれど。
頼んだ仕事は、確実にこなしてくれるその手腕。そして夜になると元のお掃除ロボに戻って、家庭内のゴミを吸い込んでくれる。最近は電力だけでなく、魔石とポーションでも稼働が可能になって来ており。
最新鋭の家電も、羨む高性能振りを発揮している。
「護人叔父さんのスキルも、段々とスムーズに活用出来るようになって来てるよね。威力も高いし、シャベルの攻撃とも連携出来てて凄いと思うな!
今度は私の番だね、タイヤを殴るから助言を頂戴!」
そう言って、先程まで護人がシャベルで殴っていた古タイヤを
その動きは元気いっぱいで、若さにはち切れんばかり。護人にとっては眩し過ぎる存在である、多少のお転婆は許容範囲と言う事で。
そんな姫香は、一通りの動きを終えて活動停止。
「ふうっ、どんなだった護人叔父さん……スキルも混ぜて動いてみたよ、中ボスとかの仮想の敵に対しての戦い方かなっ?
自分では、結構動けてたと思うけど」
「そうだな、並みの敵なら一方的に仕留められるだろうけど……強敵が相手なら、まだまだ隙は多いかも知れないな。例えば鍬の振り下ろし、畑作業の癖なのか一瞬
姫香の止めの一撃は、ほとんどが上段からの振り下ろしなんだけど。大振りと言うか溜めのせいで、弱ってる敵以外は避けられる可能性があるかもな。
試しに、もう1回振り下ろしの攻撃してみて、姫香」
うんっ、と素直に従う姫香だったが、振り下ろそうと構えた瞬間にアレッと言う表情に。確かにこれは溜め以外の何物でも無い、素早い敵だと簡単に避けられてしまう事請け合い。
今までは、確かに相手を転がしたりして、更に妹から『応援』を貰っての振り下ろしを敢行していたような。威力は申し分ないだろうが、素早い敵に対してはまず当たらない気も。
それに気付いて、どうしようと途端に弱気になる少女。
護人は少し考えて、別のスキルの『圧縮』を使ってみてはとアドバイス。最初はこれを、防御に使うように指導しての戦闘訓練をこなしていた2人だったけど。
姫香の特性なのか、どうも防御しながらの戦闘は苦手な様子。それならばと、護人は攻撃に対して使ってみたらと発想の転換を提示してみる。
つまりは、水没ダンジョンでやった足場造りである。
それを聞いて、暫く考え込む素振りの姫香。確かに『圧縮』スキルの素早い発動は、今までも練習をしてはいたのだが。いざ戦いの訓練の最中でとなると、殴るのに夢中になって頭からすっぽりと抜けてしまっていたのだ。
それを攻撃のサイクルの1つに組み込むとしたら、自分ならどうするだろうと考えて。思い付いたのは、やはり土台としての使い方だった。
このトリッキーな戦闘方法は、確実に相手の虚を突くに違いない。
そして再度の古タイヤ叩き、しかし今回は『身体強化』に頼らずに素早い動きを心掛けて。そして不意打ち気味にタイヤの後ろに回り込んでの、突然のジャンプ!
跳躍はしかし、一瞬では終わらなかった。その場に『圧縮』スキルの土台で居座っての、足元を掬うような滑らかな一撃を仮想相手の首元へ。
それは姫香の、新たな必殺技が出来上がった瞬間だった――
その週の週末の金曜日には、家族で協会の日馬桜町支部へと魔石売りへとお出掛け。今回の“下条坂下ダンジョン”は自治会の依頼とは言え、一応の報告が欲しいと言われたので。
それを込みでの、協会への来訪である。まぁ、協会には今週の間に何度か訪れてはいたのだけれど。麓に用事があるついでに立ち寄って、E‐動画の依頼やらその動画内で気になった点へのアドバイスを貰ったりやら。
護人の奥の手の件も、その時に助言を貰っていて。
だから改めて全員で来る程でも無かったのだが、香多奈が行こうと言ってきかなかったので。どうも魔石がお金になる瞬間が、少女の琴線に触れるらしい。
良く分からない志向だが、楽しいのならそこは触れない事に。そしてその予定が週末にずれ込んだのは、香多奈の予定待ちと魔石の選別に時間が掛かったから。
最近は、売る魔石とこちらで使う魔石を選り分ける必要が出て来ていて。
ルルンバちゃんがポーションを動力源に使うので、そっち系も余り売りに出せない。更に黄色系の魔石も、同じくルルンバちゃん用にキープして。
それから赤の魔石も、巻物で武器の強化に使えると分かって。妖精ちゃんの助言を踏まえて、念の為にそちらも取っておく事にした護人である。
そんなこんなで、自然と販売の値段が下がるのは仕方の無い事。
それでも今回の売り上げで、姫香のランクがEに上がる事が出来たようで何より。それを素直に喜んで、これで紗良と姫香がEランク、護人がDランクとなった。
ちなみに今回の販売価格は、全部で18万円とちょっとだった。魔石(中)が2つ売り物に入っていたのが、結構大きかった模様である。
その金額を聞いて、物凄く嬉しそうな末妹。
それから7月の青空市の申し込みも、待つ暇もなく完了して。今月は2度しか探索に行ってないので、売る物が少ないねぇと姫香の愚痴。
チラッと護人に視線をやって、ダンジョンに行きたいなぁアピール。それをマルっと無視して、2日後は香多奈の学芸会だなと話題転換をする護人。
つまり週末の日曜は、完全に予定が埋まっていると。
――拗ねる姫香の願望があんな形で叶うとは、その時は誰も知らなかった。
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