第44話 家の敷地内で、戦闘訓練を行う件
その日は月曜で、昨日のダンジョン探索を終えての翌日である。元気いっぱいの香多奈を車で小学校に送り届けた護人は、白バンを運転して来栖邸へと戻って来て。
ぼちぼちと、家畜や畑の様子を見ながらいつもの仕事へと入って行く。香多奈との約束で、探索絡みのイベントは少女の放課後まで延長が決定しているので。
それまでは、他の雑事をこなす事に。
天気は昨日の大雨を受けて、今日も朝から曇り空である。梅雨明けには、もう少し時間が掛かるかもと空を見上げて思う護人だが。
取り敢えずは、雨が降り始めるまでは外仕事をこなす事にして。紗良と姫香は、家の中でいつもの勉強会をこなしている筈。
いつもの日常だ、ちなみにダンジョン探索は非日常の扱いで間違い無い。
畑で仕事をしていると、ミケが散歩へと外へ出て来ていた。いつもの事だが、今日は天候が持つのかも知れない。何しろミケは、雨降りを嫌うから。
そんな事を考えて作業をしていると、時刻はようやく昼になった。レイジーとツグミは、畑の側でいつも通りに家と家族の警護に勤しんでいる。
働き者揃いなのは、田舎生活では当然ではある。
紗良と姫香が、お昼の用意が出来たよと呼びに来てくれた。蕎麦を茹でて、後はお握りを2人で用意してくれたとの事である。来栖家のお昼に麺類が多い理由は、だいたいは護人のリクエスト。
育ち盛りの姫香を気遣って、最近は食卓が豪勢になっているけど。紗良の調理技術は秀逸で、師事している姫香も最近は腕が上がって来ているそうである。
紗良が家に来てくれて、来栖家の食卓事情は数段レベルアップしたのは事実。
何しろそれまでは、調理をメインに担当していたのが護人だったので。姫香も助手をする程度で、食に対する熱意も2人ともそんなに高くは無かったのだ。
それが今では、夕食の宅にはメインの他に各種お惣菜が最低3品は並ぶ贅沢振り。汁物はもちろん、下手をすればどれがメインなのか分からない日もあったりする。
この食卓の品質向上には、末妹の香多奈などはもろ手を挙げて喜んでいて。
護人と姫香は、多少バツの悪い思いを噛み締める案件ではあるけど。人間誰しも得手不得手はあるよなと思いつつ、やっぱりこの変化には大歓迎の素振り。
今では、昔の食事に戻る事などちょっと考えられない。人間って、贅沢に慣れると堕落してしま……もとい、新鮮な素材を美味しく調理するのは正しい行いだ。
そんな訳で、最近は3食の食事が楽しくて仕方が無い護人であった。
昼食休憩後、3人は厩舎の裏の空地へとやって来ていた。ここでやるのは戦闘&スキル訓練、まぁ香多奈には見せられない系の特訓である。
ちなみに昨日食べたダンジョン産の果実だが、2人とも特にお腹を壊す事も無く今に至っている。念の為にと『初級エリクサー』を用意していたのだが、消費せずに済んで何より。
それどころか、レイジーやツグミを含めて調子は前より良いかも。
「さて、それじゃあどっちから始めようか、護人叔父さん。戦闘訓練する、それともスキル特訓? 後は、HPを纏えてるかの実験もするんだっけ?
香多奈が帰って来るまでに、やる事多いよね!」
「そうだな、時間も少ないし検証系から行こうか……一応はやり方を考えて、簡単な装置も作ってあるんだが。上手く行くかは、全くの謎だな。
まぁ、駄目なら諦めて訓練に移ろう」
先日の探索で、護人は何となくだがHPを纏う実感と言うモノを感じる事があって。姫香にも訊ねてみた所、良く分からないとの返答で。
紗良が集めた情報だと、高レベルの探索者はHPが尽きるまで、身体に傷を一切負わなくなる現象が起こるらしい。これをHPを纏うと呼んでいて、ダンジョン7不思議の1つらしい。
そしてもちろん、レベルが上がる程HPも高くなるので。
高レベル探索者の生還率は、自然と高くなる傾向にあるとの事。最終的には、家族みんなでそれを目指したい思いのある護人だけれど。
それがどんな状況で、どう作用するのかをハッキリ把握しないと話にならない。出来ればどの程度のレベルから、そしてどの位のダメージまでを吸収してくれるかも知りたい所。
まぁ、それが本当にあったとしての話だが。
「護人さん、これを使って実験するんですか? 古タイヤを枝に吊るして、これでこの後どうするんです?」
「乗って遊ぶ……あっ、これをぶつけて痛いか痛くないかで実験するの、護人叔父さん? いい考えだね、私が先にやってみて良いかなっ?」
護人の思考を先読みして、そして意外と乗り気な姫香が先に実験体に立候補。紗良に向かって、古タイヤを引っ張ってと元気にお願いした後。その戻って来る軌道上に、自分は陣取って身構えている。
さて、これで上手く行けば万事オッケーなのだが。日常生活で、ハッキリ分かる経験とかあれば、こんな無駄でしかない取り組みは不要なのに。
それでも、実験の結果は姫香にとってはショッキングだった模様。
最初はアレッと言う顔付きの少女、姉に向かってもう一度お願いとアンコールを頼み込んで。そして2度目の検証で確信したように、全然痛くないんですけどと感動した素振り。
それを受けて、護人がその場所を交替で取って代わって。2人に向けて、もっと勢い付けて放り投げてくれとのリクエスト。調子に乗ったお陰で、その勢いに吹っ飛びそうになったけど。
衝撃は感じたものの、痛みの感覚は発生せず。
「うおっ、凄いな……もしかしてとは思ってたけど、いざ実感してみると奇妙な感覚だなぁ。探索者と言うか変質って、確かに人間離れして行くって言われる意味が分かるな。
果たしてこのまま、探索を続けて行って良いモノか……」
「でも誰かがダンジョンの間引きしないと、町の人が安心して生活出来なくなるよ? ここで生活を続けるのだって、敷地内に3つもダンジョンがあるんだから安心出来ないし。
誰かが危険を承知で敵に挑むなら、それは私の役目でもいいと思う!」
若さゆえの暴走も入っているかもだが、姫香は元から実直な性格でもある。他人に任せっ切りなど、とても我慢がならないのだろう。
紗良もその辺は、生真面目な性格が顔を出して。姫香の言い分を、
その返しに、姫香も大きく頷いている。
渋い顔の護人だが、それは別に我が身可愛さからでは無い。子供たちまで、危険な稼業に巻き込んでしまう自分の不甲斐なさと言うか。
それでも家族の了承が得られないよりは、ずっとマシなのかも知れない。子供たちをより良い環境にとの思いは当然あるけど、相手の意思は尊重すべきと。
ここまで来てしまったら、逆に留める方が危険かも。
2人の意見は尊重すると口にすると、姉妹は明らかにホッとした様子。これからも大事な事は、家族で決めて行こうと改めて約束をして。
その約束には、皆で強くなる事ももちろん含まれる。末妹が帰って来るまで、戦闘訓練でもしておこうかと話を振ると。姫香はにっこり笑って、頑張るよと口にする。
そうして1時間余りの、裏庭の訓練は始まったのだった。
香多奈を迎えに姫香が白バンで出掛けている間、護人はダンジョンで発見した4本の苗を鉢へと植え替えていた。これで上手く育ってくれるかは、全くの不明だが。
このルキルの木の苗とやら、パッと見た目は他の植物と全く変わらない。どこにでもある広葉樹の苗木で、ミカンとかレモンの苗と言われても分からないかも。
植え替え作業は終わり、後は枯れない事を祈るのみ。
一方の紗良は、探索に持って行くアイテムの再仕分けに追われていた。魔法の鞄が2つになって、取り敢えずは持って行く物の重量やサイズは気にしなくて良くなったのだが。
あまりに雑多だと、取り出す際に苦労するのは必定で。防毒マスクや各種薬品類は、探索に持ち歩くのに否は無いのだが。予備のシャベルやスコップ5本とか、今は必要だろうか?
先制の投擲攻撃に、シャベルはよく使うけど。
「……そうだな、今更だけどスコップは必要ないな。替わりにこの前ゲットした銛を2本、あっちを持って行く事にしよう。
姫香も投擲武器、これだけあれば満足するだろう」
「シャベルを投げるのって最初はビックリしたけど、これって物凄く頑丈ですよねぇ。姫香ちゃんがどんなに乱暴に投げても、ほとんど壊れず再利用出来てるし。
あっ、それからボトル瓶がもう少し欲しいかな……今は空のボトル瓶7本持って行ってるけど、毎回足りなくなっちゃうし。前にポリタンクで持ち運んだ時、物凄く重たかったなぁ。
次回からは、全部魔法の鞄に入れちゃえるから本当に嬉しい!」
確かにあの時は苦労を掛けた。だがポーションは確実に協会で買い取って貰えるし、傷も治せる逸品である。放置するなんて、勿体無い事はとても出来やしない。
今後は紗良の言う通り、魔法の鞄の活用でアイテム回収も楽が出来る筈。その魔法の
最終的には、リュック型にして背負えるようにするそうだ。
それから高価な品と分かった、ガマの油や強化の巻物だが、一応は念の為に厳重に保管する事に。泥棒の心配は無いだろうが、販売に出せば数百万の値が付くかもと言われた品だ。
取り敢えずは家族しか知らない場所に隠して、売るかどうかは今後決める事に。例えばお金に困った時とか、有事の際に備えて置いておく的な。
しかしまぁ、たった5層の景品にしてはサービスし過ぎ。
ちなみにボートで回収した2本の銛だが、この前自警団から借りた奴より造りが立派であった。予備の投擲武器にしておくのは勿体無いが、まぁ誰も使わないので仕方が無い。
また今度、水没ダンジョンに潜る時にはメインに使うかも。そして同じくボートから回収の釣り竿だが、今度の青空市で売りに出す事に。
水没ダンジョンで得た、各種玩具も同様に売りに。
それから鑑定で魔法の品と分かった『金魚の置物』だが、設置効果が湿度調整と言う残念な代物で。まぁ、魔法の保湿機と思えば凄い品なのかも知れないけれど。
家族内で欲しいと言う声が無かったので、これも次回に売りに出す事に。目玉商品になるかは、今のところはトンと不明である。
家電並みの値段に設定すれば、まぁ売れてくれるかも。
そんな片付けやら整頓をしていると、無事に姫香の運転する白バンは、末妹を回収して戻って来た。毎回護人は心配をするのだが、姫香の運転技術は確かに一定の技術には到達している。
ただし、何と言うか幅の狭い山道でもスピードを出し過ぎな所があって。一緒に乗っている香多奈などは、いつも肝の冷える思いをしていて。
その度に抗議するのだが、改善される気配は一向に無さそう。
ブツブツと文句を言いながら、少女は一目散に母屋へと駆け込んで。只今の挨拶と共にランドセルを降ろして、それからリビングにいたルルンバちゃんを抱え上げる。
姉から午後の
元気いっぱいに、皆の待つ納屋方面へと駆けて行く。
「ただいまっ、叔父さんに紗良お姉ちゃん! さあっ、早速ルルンバちゃんの新スキルの特訓をしようっ……それとも披露なのかな、どんな感じなのルルンバちゃん?」
「アンタがいないと、ルルンバちゃんのやりたい事も分かんないからね。取り敢えずは新スキルの《合体》だっけ、今までもネイルガンとかくっ付いて、器用に使ってたみたいだけど。
それとどう違うのか、ちゃんと通訳して貰ってね、香多奈」
途端に倍以上に騒がしくなった、離れに建っている納屋の前の家族間でののミーティングで。午後の主役予定のルルンバちゃんの動向に、あれこれと文句を言い放つ姫香であった。
ちなみに、来栖家の納屋は結構立派な佇まいである。離れは田舎の敷地には、どこにも普通に存在していてその内容は様々なのだけど。来栖家は立派な大きな納屋に、鶏小屋や厩舎も存在する。
人が住める建物は、まぁ頑張れば納屋の二階くらいだろうか。
そこまでせずとも、母屋にはまだ空き部屋は結構ある訳だけど。とにかくその納屋には、お米の脱穀機やら農機具やら、雑多な品が詰め込まれている。
耕運機と田植え機なんかも隅に仕舞い込まれていて、割と雑多な建物内の仕様ではあるけど。果たしてこの中に、ルルンバちゃんのお眼鏡に適うモノがあるや否や。
ってか、香多奈が勝手に選んでいた。
最初は威力のありそうな電動草刈り機を、何とかくすね取ろうと交渉していた末妹だったけど。どう考えてもバランスが取れない、アレは細長くてお掃除ロボには不釣り合い。
それよりこっちはどうよと、あちこちと物色していた姫香の助言。指示されたのは、納屋の端っこにひっそりと置かれていた、乗用式の草刈り機だった。
長年使われていないのか、かなり埃が積もっている。
「ああ、それは……祖父母が昔、使ってた奴かな? 俺が家を受け継いだ時には、ガソリンの高騰で使う機会が全く無かったから存在も忘れてたよ。
これなら確かに、手頃な大きさかも知れないな。底に草刈り用の回転刃もあるし、破壊力も移動力も前とは段違いになるんじゃないか?
香多奈、ルルンバちゃんに訊いてみてくれ」
香多奈が訊く前に、ルルンバちゃんは超乗り気な様子。それがモーター音から伝わって来て、少女はそっと地面に彼をリリースする。
そこからの展開は、ある意味みんなの予想の内だった。つまりは新たな特殊スキル《合体》は、無事に発動してくれた模様で。ルルンバちゃん本体と、乗用草刈り機が白い光に包まれる。
それからガタゴトと派手な機械音、何かを造り替えている雰囲気が。
――それが新生ルルンバちゃん、誕生の瞬間だった。
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