第46話 学芸会の最中に突然サイレンが鳴り響く件



 6月の最終日曜日、香多奈の通う小学校には大勢の保護者が来客として訪れていた。木造のオンボロ体育館は、その人混みでほぼ満杯状態に。

 護人も同じく、って言うか来栖家は紗良も姫香も全員参加である。何ならハスキー軍団も校庭のドッグランにいるし、ミケとルルンバちゃんもキャンピングカーで待機している。

 行われる行事は学芸会、末妹の香多奈のはなの舞台である。


 護人はハンディカムを手に、やや緊張したたたずまいでパイプ椅子に腰掛けている。その隣には姫香もいるし、祖父母代わりの植松夫婦も見物に訪れていて。

 香多奈の出番はいつ訪れるのかと、本人より緊張気味で客席に居座っている。渡されたパンフレットでは、最初は1~2年の歌の披露かららしい。

 低学年の親御さんは、やはりどこか緊張模様っぽい。


 先生のピアノの伴奏で、元気な歌の披露は始まった。やはりどこかお茶っピイだが、保護者の皆さんにはそんな事は関係ない。ってか、児童の親御さん連中は、撮影に忙しそう。

 我が子の晴れ舞台を一瞬でも見逃すまいと、ある意味子供より必死である。何しろ今のご時世で、運動会はどの地区でも中止されているのだ。

 そんな訳で、滅多に無い撮影機会に気合いが入る保護者の皆さん。


 それから3~4年生の芸の披露、どうやら連続での集団縄跳びをやるらしい。面白そうだねと、運動神経の塊の姫香の弁。ところが小学生はそうではない様子、緊張の為か結構失敗する子が続出。

 それでも保護者席からは、温かい拍手が巻き起こっていて。何とか最後の、元気なお辞儀と挨拶でお茶は濁せた気がしないでもない。

 そしてお次は、ようやく高学年の演劇らしい。


 5~6年生は全部で15人しかいないので、劇の役は全員ちゃんと割り当てられているみたいだ。事前に役どころは聞いて知っているが、香多奈は割とメインの配役との事で。

 セリフも結構多いそうで、保護者としては楽しみな反面、ちょっと心配でもある。台詞を噛まないかとか、ド忘れして劇が変な事にならないかとか。

 まぁ、小学生の学芸会だから高水準は求めないけど。


 取り敢えず撮影は大事だと、今日はそれに全てを注ぐ気満々な護人である。そして劇は始まった、香多奈は何故か王子様の役らしい。

 女の子なのに、これも同級生に男子が極端に少ない弊害だろうか。真相は定かでないが、その配役は割とはまっている気がしないでもない。

 そして、似合っているよと姉の姫香の掛け声が飛ぶ。


 それに反応して、保護者席からも温かな笑い声が響く。最初はそれに敏感になっていた香多奈だったが、段々と演技にのめり込んで行ってる様子。

 真面目に練習したのが伝わって来て、保護者席も次第に息を潜ませて熱中して見始める。物語は平凡な童話の内容なのだが、独自のアレンジがあって面白い。

 そして物語は最終局面、王子様とお姫様が見事結ばれるかって時に。



 突如としてご無体なサイレン音が、町の放送で響き渡って。小さな木造体育館に、一斉に緊張がみなぎって行く。このサイレンは、間違いなく緊急事態をしらせるモノに間違いない。

 小学校の教師陣が、まずは真っ先に動き始めた。子供たちの安全を図るため、避難訓練と同じ動きをしましょうと子供たちに通達している。

 素直に従う子供たち、そして保護者も子供たちに追従して。


「護人叔父さん、これってオーバーフロー通達のサイレンじゃない? 自警団の人達に連絡して、私達も合流した方がいいんじゃないかな?

 それともこの拠点を、武器を持って守る方がいいのかな?」

「ああ、なるほど……ちょっと待って、団長に連絡を取ってみるから。紗良、武器と防具はひょっとしてキャンピングカーに全部積み込んでるんじゃないかな?」

「はい、キャンピングカーで全員で移動するならと、念の為に持って来てます。ミケちゃん達も車内にいるので、もし野良モンスターに遭遇しても安全ですね!」


 さすがに隅々まで配慮の行き届いている紗良である、こんな場面も想定していたなんて。事前に荷物の相談をされていた護人も、この気遣いにはビックリである。

 幸い駐車場は、体育館からそれほど離れていない。


 来栖家の面々は、駐車場に移動しながら避難警報の内容に耳を澄ませる。どうやら上条地区の、東の山間部で新たなダンジョンが生えて来たらしい。

 それに乗じての、オーバーフロー騒ぎとの放送内容で。


「護人叔父さん、電話は繋がった? どうやら上条の竹藪の方で、新しいダンジョンが今しがた生まれたらしいね……その騒ぎで、モンスターが湧き出てるみたい。

 嫌だな、裏庭のダンジョン騒ぎを思い出しちゃった」

「駄目だ、細見団長の携帯は話し中で繋がらない……協会に電話してみるかな、それとも先に探索用の革スーツに着替えておこうか。

 おっと、香多奈がこっちに走って来てるな」


 末妹はどうやら、こちらの動向に乗り遅れまいと必死な模様。どの道、学校に避難するよりは家族と一緒にいる方が安全なのは確かなので。

 車で来ていた保護者の元には、次々と帰宅の準備を終えた生徒たちが合流している。オーバーフローの地点は、幸いこの小学校からも離れているので。

 車で避難が可能なら、その方がずっと安全だろう。


 こちらに合流して来た香多奈は、今からダンジョンに向かうのかと超ご機嫌な様子で質問して来る。演劇中よりずっとテンション高く、先に探索着に着替えて良いかと叔父にせっついていて。

 そんな協議の結果、女性陣が先に車内で着替えを済ます事に。そしてハスキー軍団も、ドッグランの垣根を軽々と飛び越えてご主人たちと合流を果たしている。

 後は着替えが終われば、野良だろうと探索だろうとドンと来いだ。


 とか思っていると、護人のスマホに着信が。先ほどから何度か掛けていた、自警団の団長からの返信らしい。どうやら向こうも、応援が欲しかったらしく。

 自治会&協会を通して、来栖家にも出動の要請を掛けて良いかとの問いが電話口から。快くとは行かないけど、これも地域貢献と割り切って了承を伝える護人。

 何しろ子供たちは、全員ヤル気で着替えも終わっている。




 そんな訳で護人も遅れて着替えを済ませ、車を飛ばして上条の竹藪地区へ。そこはほぼ家屋の無い地域で、その新造ダンジョンの発見者はシイタケ栽培の近所に住むおっちゃんらしい。

 榾木ほだぎ置き場で仕事中に、突然地震のような揺れを感じ。何だろうと不安に思っていたら、キノコ型のモンスターが這いずって来るのを発見。

 慌ててその場を逃げ出して、今に至ると言う。


 幸いにも、その野良は物凄く足が遅かったそうで。簡単に逃げられたし、捜索も簡単に済みそうではある。ただし新造ダンジョンの、中の確認はそうは行かない。

 現場には既に『白桜』も到着しており、野良の捜索に今から当たるとの事。山はそれほど深くなく、手入れも一応されていて藪で見晴らしが悪いって程では無い。

 それでも野良の放置は、住民を不安にさせるので論外である。


「そんな訳で、済まんが護人……中の探索を、そっちに頼んでいいかな? 無理はしなくて良いから、軽く間引きだけでも助かるんだが……」

「25個目のダンジョンですか、今更驚きはしませんが……ええっと、子供たちも潜る気満々ですので、中の探索とコア破壊は我々『日馬割』に任せて下さい。

 もし3時間経っても我々が出て来なかったら、救助をお願いしますね、細見先輩」

「どんと任せてくれていいよっ、必ず探索を成功させて戻って来るから! キノコ型のモンスターが出て来るんだね、そんなの楽勝でやっつけるから!

 さっ、早く潜ろうよ護人叔父さんっ!」


 元気な姫香の追従の言葉に、何となく場がほっこりする中。その後ろで探索の準備をしている、香多奈の存在には敢えて誰も口を挟まなかったけど。

 竹藪の中の新造ダンジョンは、まだ入り口もちゃんと形を成していない様子。ぽっかりと空いた丸い穴だけが、その存在を主張している。

 ハスキー軍団が、準備万端だから早く入ろうと誘っている。


 ――こうしてチーム『日馬割』の、6度目の探索が始まるのだった。





 いつもの家族メンバーで、更にはいつもの装備を装着して。それでこんな短時間でダンジョンに突入出来たのは、ひとえに紗良の準備の良さ故だろう。

 何しろ、ミケとルルンバちゃんまで参加している周到さ。キャンピングカーでお出掛けしたのが、この奇跡を生んだ一因ではあったけど。

 とにかく、相変わらずテンションの高い子供たち。


 ただし、ルルンバちゃんに限っては通常のお掃除AI仕様である。改造パーツは、さすがに嵩張かさばるのでキャンピングカーには積み込めなかったのだ。

 だから今回のデビューは見送り、魔石拾いを頑張って貰う方向で。


 ハスキー軍団も、今まで柵の中で休んでいた為だろうか。ようやく出番が来た事で、姉妹に負けない程のハイテンション。通常運転なのは、ミケ位のモノだろうか。

 ルルンバちゃんでさえ、デビュー見送りでもモーター全開で走り回って凄いはしゃぎ振り。そんな感情と言うか感覚が、最近は何となく分かって来た護人である。

 彼も家族の一員だ、無碍むげに出来ないのも当然ではある。


 そんな家族の気を引き締めて、行くぞと号令で促すのも家長の役目。姫香や香多奈が、オーっと元気に返事をするのもいつもの恒例行事。

 そして見渡す、新造ダンジョンの第1層である。ここの仮称は“竹藪ダンジョン”になっていて、中はどうも洞窟タイプとも遺跡タイプとも違う様子。

 周囲に拡がるのは、土間のように整地された歩きやすい空間だった。


 それから正面と、左右に1つずつ隣の部屋に続く出入り口が。正面のは扉付きだが、左右のは通路の様なただの穴みたいなトンネル仕様である。

 壁も漆喰しっくいのような、わらの塗り込まれた古民家のようなタイプ。左右の部屋を覗いてみるが、どちらも今いる部屋と同じ程度、つまりは15畳くらいの大きさを有しているように見える。

 そして発見する、うごめく小柄なモンスター。


「わわっ、キノコみたいな奴が動いてる……ちゃんと手足が付いてるね、面白いかも? 強くは無さそうだけど、毒とか持ってたりするのかな?」

「ふむっ、これが恐らく外に出て来たキノコ型モンスターかな。それじゃあ、まずは俺が試してみるか……紗良、毒消しポーションは荷物に入っていたかな?」

「はい、持って来てます……ひょっとしたら、私のスキルでも回復可能かも知れません。前に香多奈ちゃんの腹痛も治せたし、大丈夫そうな気はするんですけど」


 頼もしい紗良の返事を聞きながら、まずは自分がと敵に歩み寄る護人。それに何故か姫香もついて来て、作戦に台無し感が漂う始末。

 犬達は、命令に忠実にその場に待機していると言うのに。初見の敵の怖さを、まるでかんがみない姫香はある意味天晴あっぱれと言うか怖いもの知らずである。

 取り敢えず、護人は自ら最初の戦闘を行ってみる。


 キノコの怪物は、割と鈍重で倒すのに苦労は無かった。シャベルをサクッと笠の部分に突き刺して、それでご臨終である。数匹いた仲間も、割って入った姫香のくわで同じ運命を辿って。

 分かった事は、確かに笠の部分で何かのモーションを行い掛けた奴がいたって事。つまり奴等は、やはり特殊な能力を持っている可能性が高い。

 今後も慎重に、又は速攻で倒す必要がありそう。


 隣の部屋に敵影は無く、オーバーフロー後直後のスカスカ感。そして残った扉付きの部屋へと、一行は慎重に突入を果たす。そこに待ち構えていたのは、キノコ数匹+ハクビシンの魔物。

 その頃には、ガスマスクの存在と有用性を思い出した紗良によって。前衛の2人はこれを装着、姫香の奴はダンジョン産の魔法効果付きの良品である。

 安全性は一気に上がったが、雷獣の狂暴性は厄介かも?


 コイツは畑荒らしの常連で、しかも噛まれると厄介な毒持ちである。テンやイタチと違う点で、農家からも敵対視されている存在でもある。

 などと思っていたのは、発見して数秒足らずの時間だった。素早く躍り出たレイジーが、あっという間に首筋に噛み付いての瞬殺である。

 言葉も無く驚く前衛陣だが、キノコの撲殺の手は休めない。


「うはっ、凄いねレイジー……! さすが農家の番犬だよっ、頼もしいなっ!」

「そうだな、当分はこの割り振りで行こうか……キノコは俺達で、獣はハスキー軍団に任せるって感じで」


 了解と、姫香の元気な返事が周囲に響く。そしてこの部屋にも、扉付き&扉ナシの2つの通路が。取り敢えずは全部回ろうとの護人の言葉に、地図を付けますねと後衛の紗良の返事。

 それは有り難い、何しろ今までのダンジョンは、1本道の仕様が多くてそんな必要は無かったのだ。そんな感じで1層を調べ終えると、どうやら部屋数は3×4の12部屋だった。

 ほぼ半分の部屋に敵がいて、進行時間も結構取られた感じ。





 ――割と面倒なダンジョンかも、そんな手応えを感じつつ一行は第2層へ。







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