第33話 カエル男が目撃された件



 6月の青空市が開催された休日明け、長かった香多奈の春休みもようやく終了となって。5年生になって初の登校の許可が下りて、本人も不安半分&楽しみ半分と言ったところ。

 それでも友達との久々の再会で、テンションは否応無しに上がってしまう。担任も上手い事、少女の休校を同級生にはボカシておいてくれていたみたいで。

 体調不良との話で、最初はまかり通っていたのだが。


「お前ん家の近く、4月に3つ目のダンジョンが生えて来たって話だろ。『白桜』が出動して騒ぎになったってな、それで2ヶ月も休んだんだろ?」

「ヤッ君、友達の家が大変だったのに、そうやって弄るのは良くないと思う!」


 早速の原因究明の野次馬根性を、果敢にブロックしてくれようと頑張ってるのは友達のキヨちゃんである。香多奈の一番の友達で、幼稚園の頃からずっと一緒のクラスと言う。

 普段は穏やかな性格なのだが、香多奈の小学校は女子の比率が高いので女の子は皆がお転婆だ。小柄で眼鏡がちょっとコンプレックス、しかし学校の成績は優秀な少女である。

 読書も好きで語彙ごいも多いのだが、言い争いはやや苦手で。


 相手のヤッ君の反論に、怯んだ様子を見せ始めると。同じく友達の柿崎かきざきリンカが、加勢しようと彼女の隣に仁王立ち。この子は背が高くて男勝りな性格で、勉強よりスポーツが好きというタイプである。

 リンカの加勢によって、劣勢だった口喧嘩はあっという間に勝勢に。負け台詞を残して去っていくヤッ君、勝ち誇った表情のリンカは友達を守れて満足げ。

 キヨと共に、にこやかに笑い合っている。


 友達2人にお礼を言って、そこからは3人で怒涛のお喋りタイムに突入。それは授業が始まるまで続いて、授業の合間の休憩時間も同様で。

 話を聞きたいのは、数少ない(分校なので)他の同級生も同じらしく。かわるがわる話に混ざって、香多奈の近況を尋ねたりこちらの最近あった事をお喋りしたり。

 そして昼休みは、久々に校庭でボール遊びに興じてみたり。


 月曜日は5時限までで、2時過ぎにはもう放課後である。久々の学校生活だったせいで、物足りなさは多少ある物の。放課後もまた、楽しみの一つには違いなく。

 授業が終わって近付いて来た友達と、さて何をしようかと楽しく予定を立てる事数分。その頃には、午前は良かった天気はどんどんと愚図り出している様子。

 一雨来るのなら、外で遊ぶのは止めた方が良いかも。


「そんなら今日は、キヨちゃん家にお邪魔して遊ぼうか? 学校から一番近いし、ポチもいるからコロ助も一緒に遊べるでしょ?」

「いいよ、ウチにおいでよ香多奈ちゃん! 久し振りだよね……雨が降るまで庭で遊んで、雨が降ったらボードゲームか何かしよっか?

 あっ、太一っちゃんも呼んでいい?」


 高岡太一たかおかたいちも男の子の同級生で、キヨのご近所さんでもある。背は高いが性格は温厚で、家の中で遊ぶ際にはいつも呼ばれる印象である。

 ただ今回は、何か別の目的があるらしく。キヨとリンカは、あの話で盛り上がろうと小声でナニやら話し合う素振り。どうやら怖い系のとっておきを、香多奈の休学中に仕入れたらしい。

 日馬桜町の子供は、大抵が怖い話好きである。


 香多奈も例に漏れず、この即席行事には大いに乗り気に。最初は植松夫婦の家にお邪魔して、復学したよと報告するかなぁとか思っていたけど。

 それじゃあ早速行こうよと、ランドセルを背負いながらリンカの掛け声。キヨも太一を呼び止めていて、放課後の計画は順当につむがれて行く。

 香多奈もコロ助を、ドッグランへと呼び寄せに向かって。


 家の近いキヨや太一は、護衛犬を持っていないけど。田舎では大抵の家で番犬を飼っていて、犬への扱いは高水準だったりする。ちなみにリンカも、経費の問題で護衛犬はいない。

 帰りは車の迎えが来るのと、リンカが質問を投げかけて来た。その手はコロ助を撫で繰り回していて、同級生の間ではコロ助人気は割と高い。

 ただ今日の時点では、他の護衛犬にはハブられていたけど。


「どうしたのかな、いつもは他の犬と駆け回って遊んでるのに。2ヶ月も時間が空いたから、忘れられちゃったのかな?」

「そうかも……寂しいねぇ、コロ助? 帰りは電話したら、お姉ちゃんが車で迎えに来てくれる予定だよ。でもちょっと怖いんだよね、あの山道でのお姉ちゃんの運転」

「あの山道を上がるのは、誰だって怖いよ……香多奈ちゃん、よく自転車で来れてたよねぇ? これからはずっと、お迎えしてもらった方がいいよ?」


 コロ助を2人で慰めていたら、キヨと太一が合流して来た。2人とも帰り支度はバッチリで、手には傘も持っている。降り始める前に帰ろうと、太一が皆を促して。

 それからコロ助を撫で回して、軽く挨拶を交わし。コロ助も子供たちの相手は慣れたモノ、尻尾を振って皆の後を軽快な足取りでついて行く。

 子供たちの放課後は、まだ始まったばかりである。





 一方の来栖邸である、今日は朝から香多奈を車で小学校に送り届けた護人は。軽く担任の教師に復学の挨拶、くれぐれもウチの子供を宜しくと頼み込んで。

 それから植松の老夫婦のご機嫌伺いに、軽く麓の家に立ち寄って。何しろ末妹は、学校帰りにこの家に立ち寄る常習犯でもあるので。老夫婦も、姫香と香多奈を孫扱いしているし、良好な関係は継続すべし。

 そんな感じで、香多奈が復学したよとの報告をこの家にも。


 向こうもこの報せには、本当に安堵した様子で喜んで貰えた。これでまた放課後賑やかになると、嬉しそうな表情を浮かべている。

 今では貴重品となった、スナック菓子を切らせないようにしようと話し合っていたり。本当に爺婆と孫の間柄である、護人も安心して預けられる麓の家には違いなく。

 そんな老夫婦に挨拶を済ませ、バンを走らせて自宅へと。


 それから午前中の涼しい時間を利用して、大根の収穫や敷地内の草刈りなどを。6月にもなると、とにかく雑草は勢いを増して勢力拡大を狙って来る。

 特に梅雨の雨上がりともなると、たった一晩であちこちから息吹を迸らせてくる。生命の営みの一環なのだが、放置すると野菜の生育に大打撃を与えると言う。

 まぁイタチゴッコではあるが、農家の仕事の一つでもある。


 そんな訳で、電動の草刈り機で敷地内を軽く一周する。6月とは言え、野外で活動すればたっぷりと汗をかく。護人が機械を止めた時には、太陽はすっかり空のてっぺんに。

 汗を拭いながら、周囲の確認を何気なくする護人。その視界にはレイジーが、ご主人の仕事が終わったのを確認する様に近付いて来ていて。

 仕事に忠実なのは、ハスキーたちも同じみたい。


 朝は晴れていた天気だが、今は雲が拡がってどこか怪しい雲行きである。一雨来るかなとか思いながら、護人はレイジーと一緒に納屋へと機械を返しにおもむく。

 放牧していたヤギと牛が、気儘に草を食んでいるのを目にして。雨が降るなら、小屋へと戻すべきかなぁと一瞬悩むも。そこら辺は、まぁ姫香も気にしてくれている筈である。

 彼女たちは現在、母屋で自宅学習を頑張っている最中。


 これはもう毎日の日課で、護人との約束事でもあるので。姫香も渋々と机に噛り付いているのだが、護人が外仕事をしている気配を感じるとやはり落ち着かない。

 自分も手伝えは負担は軽くなるのにと、その思いは毎回強くて。何度か提案しているのだが、そこは向こうもかたくなである。せっかく優秀な家庭教師もいるのだ、涼しい内は勉強すべし。

 そんなこんなで、2ヶ月が経過していて。


 一応午後からは、自由時間の決まりとなっているので。そんなに焦らずともと、紗良などは思っていたり。実際のところ、姫香は割と呑み込みも早く教え甲斐は凄くある生徒だ。

 だからせめて、決められた時間内は集中して欲しいと毎回の思い。それでもこの生活に、それ程の苦痛や面倒臭さは感じない紗良。

 一度は失った家族との一コマ、それは何よりも大事な時間なのであった――。





 下校時間の最中も、随分と賑やかだった子供たちだけど。キヨちゃんの家に集まってからも、その勢いは減じる事無くむしろ大きくなって行く始末。

 久し振りの友達たちとの語らいに、香多奈の興奮も収まる事を知らぬ様子。普段と変わらぬ様子なのは、この場ではコロ助位のモノだろうか。

 その当犬は、今は庭先でまったり寛いでいる。


 キヨの家は、この町のご多分に漏れず大きな農家仕様だった。母屋があって古びた離れも完備、それからついでに納屋や蔵までついている。

 庭も広くて、小さいけど池もあって手入れは行き届いている様子。ちなみにポチは、他の犬同様に友達犬との再会を喜んではくれなかった。

 完全に近づくのを拒否して、自分の犬小屋に隠れる始末。


 大きな声で家族ぐるみの変質を告げられない香多奈は、その説明には苦労したけど。友達たちは変には思いこそすれ、原因究明まで求めずにそこは一安心。

 それより皆で遊ぼうと、短い放課後の時間の費やし方に重きを置いていて。それじゃあこれして遊ぼうとか、アレはまだ香多奈ちゃんが知らない話題だとか、話題転換が忙しない。

 そして始まる、唐突な6月の怪談話。


「僕とキヨちゃんの家からさ、向こうに流れる落合川と土手の所が見えるでしょ? これは実話なんだけど、話は4月にまでさかのぼるのね?

 その頃に、この辺の家に保険の勧誘が回って来たんだ」

「若い男の人でね、多分この町には車じゃなくて電車かバスで来たんだと思うの。派手なスーツとシャツ来て金髪で、一度見たら印象に残って忘れない感じの人」

「あ~、あれだ……ちゃ、チャラい感じって事?」


 そうそうと、その人を実際に見た太一とキヨは激しく同意する。私も見ときたかったなと、この話のオチを知ってる筈のリンカも楽しそう。

 ところがこの怪談話、とても楽しいなんて落ちでは決してなかった。保険の勧誘員は、今流行っているらしい野良モンスターでの殺傷保険を売りに、このご近所を廻っていたようで。

 紫のシャツ&黒地に黄色の柄スーツは、暫く近所で有名になったそう。


 キヨが車で無く、他の交通機関で来たと推測したのは、もちろん理由がある。そのチャラ男が、ひょっとしてこの町で失踪したのではないかと2人は疑っているのだ。

 何故ならば、一度見たら二度と忘れない柄のそのスーツ。5月になって割と頻繁に、ご近所の川の側で見掛けるようになったのだ。

 目撃者は子供ばかりで、大人には信じて貰えなかったけれど。


「そのさ、川辺で見た派手なスーツを着てたのが、元の持ち主の金髪のチャラ男じゃ無かったんだ……僕もキヨちゃんも、夕方過ぎに何度か見掛けたんだけど。

 そいつは、間違いなくカエル男だった!」

「……カエル男!?」


 話を聞き終わった香多奈は、思いっ切りハテナ顔である。どこからカエル男が、出て来たんだろうと言う疑問がまず一つ。それから、カエルは服を着ないよ? という疑問も当然ある。

 これを怪談と呼ぶリンカの、真意の部分が良く分からない。


 理解の及んでいないっぽい、香多奈に気付いて太一がわざと怖い顔を作って。もちろんカエルは服を着ない、カエル男も元は裸だったんたろうねと付け加えて。

 そこにノコノコ現れた、川辺を歩く無防備なチャラ男……服だけは派手だけど立派、裸のカエル男はどう思うだろう?

 殺して奪い取ってやろうとか、思ったんじゃないかなぁ?


「こっ、怖あっ……!! えっ、本当の話なの、それっ!?」

「殺して奪い取ったのか、服だけ取られて男は逃げて行ったのか、そこら辺は分からないけどさ。昨日の夕方にもキヨちゃんは見掛けたって言ってたし、まだ川の近くにいるんじゃないかな?」

「多分だけど、いると思うなぁ……散歩の大好きなポチも、最近は川の近くには近付こうとしないし」


 それって実は大事おおごとなのでは無かろうか、少なくとも自警団に連絡を入れるべき程度には。そう思う香多奈だったが、口では全く逆の事を口走っていた。

 香多奈は最近の追跡で、川を好む野良モンスターを見掛けた事がある。恐らくそのカエル男も、変わった趣向を持ってはいるが、野良モンスターに間違い無いだろう。

 だったら、ご近所の平和のためにそいつは狩るべし!





「みんなっ、そのカエル男を私達で退治しようっ!」








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