第32話 企業参加の青空市が大盛況だった件



 6月の第一日曜日――何とか晴れ間が覗いてくれて、絶好の青空市日和ひよりである。場所は町の旧中学校跡地、そこそこ広い空き地と化したグランドが拡がっていて。

 今はそこにテントやら屋台やら、更には企業の移動販売車が数台駐車して販売モードに突入している。なかなかの絶景、と言うか力の注ぎ方はさすがプロである。

 いや、ブースの中にはアマチュアも混じっているけど。


 この日馬桜町青空市だが、実は今回が初の開催となっていて。以降は月の第1日曜に、定期的に開催が予定されているそうである。

 つまりは月に1回の催しで、協会の職員が言うには大々的に宣伝もうったらしいのだが。どうやらそれは、見栄や虚勢やハッタリでは無かった様子。

 近所どころか、周辺の町からも参加者がいるみたい。


 そんな大規模青空市に、来栖家も販売ブースを借り受けての参加を決め込んで。売るのは実は、大半が野菜の類いと言う。まぁ、子供たちに任せた結果、こうなってしまったのだ。

 他は植松のお婆ちゃんお手製の漬物各種、これがパック詰めされて結構な数積み上がっている。そんなブースの大半を占めるその品々を、批判的な目で見つめる見回りに来た林田兄。

 彼は昨日から、青空市の運営手伝いに駆り出されていたのだ。


 妹も一緒で、どうやら新設立の『探索者支援協会』日馬桜町支部からの依頼らしく。会場のテント設置等の事前準備から、本番の今日の運営お手伝いまで。

 協会のサポートメンバーとして、仕事を振り分けられていた様子。そんな感じで護人のブースにも声を掛けに訪れたのだが、素気無く姫香に追い払われて。

 すごすごと立ち去る背中には、郷愁が漂っていたり。


「姫香……年も近いんだから、もう少し彼と親しくしてあげたらどうだ? 無碍むげに追い払うのも、ちょっと可哀想じゃないか。

 探索者としての話とか、気が合う話題もあるだろうに」

「え~っ、そうなのかな……でも趣味じゃないし、無理に話す事も無いでしょ?」


 簡潔な駄目出しに、香多奈などはケラケラ笑っているけど。紗良はかなり忙しそう、何しろ野菜が飛ぶように売れているのだ。漬物も好調で、開始早々なのに既に半分は売れている。

 このご時世だから当然とも言えるが、ちょっと安く設定し過ぎたかもとは姫香の弁。逆に『スキル書&魔法の武器あります』の看板は、誰にも見向きもされない。

 どうやら午前中は、そっち系の購買層は皆無のご様子。


 青空市は午後3時半までの開催予定なので、まだたっぷりと時間はある。実際、護人もお昼過ぎから、各企業ブースの商品を覗いてみるつもり。

 子供たちにもそう伝えているし、こんな販売経験も人生の良い糧だと思っている。だから販売ブースは、ほぼ子供たちの自由にしている訳だ。

 そこから色々、学んでくれれば万事オッケー。


「どうしよう、護人叔父さん……野菜がもう売り切れちゃうよっ、家に戻って補充した方がいいのかなっ? それとももう、探索アイテムに切り替えるべき?」

「青空市は毎月開催らしいからな、今月だけ無理して売るのも考え物だぞ、姫香。まだこの市は始まったばかりなんだ、実績作りと名前を売るのを念頭に、固定客を掴まなきゃ。

 それを踏まえて、売り場の調整をしてご覧」


 なるほどと、感心した様子の子供たち。実際、販売ブースに詰めているのは姫香と紗良のみである。護人は売り場の後ろに、自前のキャンプ用の椅子と机を並べて眺めるのみ。

 香多奈はちょこちょこ、姉たちのお手伝いに奔走していたけど。先ほど学校の友達と遭遇して、出店を一緒に回って来ると抜け出してしまっていた。

 それは別に構わない、護人もあれこれ気になる出店は多いのだし。


 律儀にコロ助もついて行ったので、向こうの心配はいらないだろう。それより野菜を求める一般人に混じって、ガタイの良い客の存在が混じっているのが気になる。

 今は姫香の取り仕切る販売ブース、野菜も漬物もほぼ売り切れて机の上には乗っていない。代わりにあるのは、探索で得た金の小判や瀬戸物数点、武器や防具に虎の子のスキル書が1枚である。

 特に“蟲のナイフ”は、毒付与の効果のある魔法の品である。これとスキル書は、値段を協会の事務員さんと相談して前以まえもって決定してある。

 両方とも40万円と、まぁ結構な値段ではあるけど。それでも決してボッタくりでは無いそう、2つとも売れたらウハウハである。

 もっとも、スキル書は未鑑定で性能不明なのだけど。


 それでも売れると言うから、ロマンを求める者は一定数は存在するみたい。現に今も、熱心に商品を覗き込んでいる人影が2つ。20代の男性で、恐らく近辺の探索者だろうか。

 向こうも目利きのようで、スキル書と“蟲のナイフ”の購入を匂わせている。ナイフに関しては鑑定の書の結果も付いているので、難癖をつけられる心配も無い。

 なので堂々と商品説明をする姫香、何と言うか若いのに手馴れている。


「う~ん、スキル書は企業から鑑定済みを買うよりずっと安いしなぁ……どうする、買っておこうか? 俺らで駄目なら、仲間に試して貰えばいいし」

「それより、俺はこっちのナイフが欲しいな……予備に良い奴欲しかったんだ、魔法の品でこの値段なら、損は無いよな」

「今なら姉さんお手製の、“妖精ちゃん人形”も付けますよ? 非売品だから、女の子へのプレゼントに喜ばれる事請け合い?」


 疑問形な姫香のプレゼンは置いといて、その言葉に何故か乗っかる若い男の客2名。これは紗良の手作りで、妖精ちゃんをかたどったフェルト人形である。

 高額商品の販売促進にと思っての製作だったが、まさかこんなに上手く行くとは。本人もビックリ、購入した男たちの顔がにやけているのは別として。

 ともあれ、これで80万円の売り上げ確定である。




 昼になるまでに、何とほとんどの商品が捌けてしまった。一般の人が護身用にと、鋼の手斧やつるはしを購入して行ったのには驚いたけど。

 何故か小判や古銭、瀬戸物類も順調に売れて行って。青空市って凄いなと、姫香と紗良は顔を見合わせて喜び顔。まぁ、売り子の魅力も一役買ってるかなと護人は思うけれど。

 とにかく追加で更に12万円の収入、売上げ的には万々歳だ。


「どうしよう、護人叔父さん……もう売る物、素材系しかないよ? これって企業に、直接売ろうって決めてた奴だよね?」

「そうだな、一般だと価値が分からないし加工も難しいらしいからな。時間も頃合いだし、ここは潔く売り切れの張り紙を出して、露店で腹ごしらえしようか。

 その後、企業の販売ブースを覗いて歩こう」


 やったぁと嬉しそうな姫香の返事、紗良は持参した用紙に『売り切れご容赦』の文字を丁寧に書き始めている。それから護人に、律儀に手渡される今日の収入金。

 そこから今日のお小遣いをそれぞれに手渡すと、2人は嬉しそうな表情に。この辺は子供だなと、保護者の護人は内心で安堵のため息。

 そしてその頃には、ちゃっかりと合流を果たす末妹。


「香多奈っ……アンタ今まで散々遊びほうけてたのに、何でちゃっかりお小遣い貰ってんのよっ!?」

「いいじゃん、お姉ちゃんのケチン坊っ! 久し振りに友達に会ったんだから、ちょっと位抜け出してもいいでしょっ!」

「喧嘩は止めなさい、香多奈はお昼どうするんだ? 友達と屋台で食べるんなら、もう少しお金渡すぞ? みんなの分も、叔父さんが奢ってくれたって説明して食べて来なさい」

「あっ、友達はお昼待ち切れなくて食べちゃってた。私も一緒に食べたけど、まだ食べれると思うよっ!」


 姉から再び、食いしん坊との批評が届くも。それに関してはノーコメントの末妹、その頃には紗良の店仕舞いの張り紙も完成を見せており。

 これで出掛ける準備は完了、ハスキー犬達ものそりと起き出して追従の構え。念の為にと、滅多にしないリードを首輪に装着し始める姫香。

 これはまぁ、周囲の犬にビビる人達用の備えなのだけど。


 これで家族で出かける準備は整って、まずは公約通りに屋台を見て回る事に。定番の焼きそばやたこ焼きは良い匂いを漂わせ、昼時も相まって盛況な様子。

 姫香と香多奈が、任せてとそれぞれの列に並んでの順番取り。それじゃあ自分は飲み物をと、紗良の機転は相変わらずだ。家長の護人は、犬達のリードを持ってたたずむのみ。

 それにしても、今回の初回となる青空市の盛況ぶりは凄い。


 用意されていた駐車場も、満杯で近辺の路駐の列も凄まじい事になっていて。田舎でなかったらクレームものだ、日馬桜町でこんな盛況なイベントは久し振りかも?

 少なくとも、護人の記憶にはそんなには無い。夏の神輿祭りとか、秋の神楽とか……昔に普通に行われていた神様の行事が、辛うじて思い起こされる程度だろうか。

 そう思っていると、子供たちが戦利品を手に順次戻って来た。


 立ち食いもみっともないので、一旦持参したキャンプ用の机に家族で戻って。この日の出来事を話し合いながらの、周囲に負けない賑やかな昼食タイム。

 聞けば姫香の元同級生も、お客の中にいたと言う。向こうは現役高校生だが、こちらも農業や探索で結構な稼ぎを上げている。どちらが幸せなのかは、価値観の違いでしか無く。

 そう言う姫香に、保護者の護人も憮然ぶぜんとした表情。


 またもや不毛な言い合いに発展しそうになるのを感じて、香多奈が企業のお店は凄かったよと話題を提供。少女の買った食料は結局、半分以上は食べ切れなくてハスキー軍団の胃の中に。

 猟銃とかの売り場もあったらしく、しかしそれは免許が無いと購入は無理らしい。さすがに威力のある護身武器は、無差別に販売も出来ない様子。

 ただし猟銃や弾丸の類いは、探索者の免許でも購入可との事で。


「あれば確かに心強いけど、ずっと家に置いておくのも逆に心配かもなぁ……取り扱いも習わないと駄目だろうし、ウチには必要ないかな」

「武器は特に、買い替えなくていいと思うよ、護人叔父さん。今回は紗良姉さん要望の、犬達の装備になりそうな素材探しを頑張ろうよ!

 持って来た素材の黄色の織物が、魔法の品だったら一番なんだけどね?」


 そうだねぇと、会話を盛り上げようと必死の紗良の追従。現在も姫香の高校行かない問題は、来栖家にとってはタブーと言うか言い争いに発展する問題だったり。

 来栖家は保護者の護人が、絶対の権力者ではあるけれど。子供たち女性連合も実は結構な勢力には間違いなく。敬意と思い遣りのパワーバランスで、平穏が保たれている感じ。

 だから敢えて、最近は話題を深追いしないようお互い気を遣ってる感じ。



 そんな波乱もあったものの、無事に昼食も終了して。今度はみんなで揃っての企業ブース巡りである。販売車の並びは『四葉ワークス』『眞知田オート広島』『不磨キラー薬品』と盛大である。

 それぞれ出店にも色があって、『眞知田オート広島』は最新の魔石使用エンジン&発電機、それから車の後付け装甲の販売がメインの様子。

 モノが嵩張る品ばかりなので、展示品は数種類のみだけど。


 他はカタログ販売で対応するらしく、香多奈が貰って来た奴には最新の車も載っていた。さすが地元の大企業だけあって“大変動”も乗り切っている。

 これを機にって客も、田舎住まいの住人の中にはいるみたいで。割と熱心に説明を受けてる人もチラホラ、ただ来栖家には最優先事項では無い。

 ガソリン不足の昨今、電動エンジンに順次切り替えてはいるけど。


 魔石使用エンジンの評判が良ければ、そちらの購入を検討するかも。ただやはり、お高い買い物なので思い付きで買い替えなどは出来ないけれど。

 そんな会話をしつつ、一行は隣の『不磨キラー薬品』のブースへ。こちらも地元の大企業、薬品系の新商品が並べられて人目を集めている。

 友達とあらかじめ見て来た香多奈の、お勧めは“ポンプ式液剤銃”らしい。


「へえっ、蟲型モンスターに特効の液剤が、水鉄砲の中に入ってるのか……いいなこれ、本物の銃と違って買い置きに神経質にならなくて済むし、子供でも使えそうだ。

 値段も手頃じゃないか、まぁ蟲型の敵限定はアレだけど」

「アリ型の奴にも効くなら、これは買いじゃないかな、護人叔父さん? 残り少ないみたいだし、予備の液剤と一緒に買っておこうよ。

 これなら香多奈にも、楽に使えると思うよ」


 姫香の推薦に、飛び上がって喜んでいる末妹は別として。確かに裏庭ダンジョン用に、1台欲しいと思う性能かも。他には野良モンスター忌避剤なんてのも、商品の中にはあって。

 これの効果は、ちょっと眉唾物かも……何しろ魔素の低減の研究となると、まだまだ効果は上がっていないのが現状なのだ。魔法の品では存在するけど、それはダンジョン産でしかなく。

 人の研究で同じ効果をとなると、まだ時間が必要との話だ。


 『不磨キラー薬品』では、普通の虫よけスプレーも売ってたので、それは虫の多発する夏に向けて素直に購入の流れに。姫香と香多奈の推薦の“ポンプ式液剤銃”も、1台お試しに買う事に決めて。

 護人の手荷物は増えたが、まだまだ買い物は大丈夫と。続いて隣の『四葉ワークス』の販売ブースへ、こちらは逆に探索者用の装備品がメインで客足は多くは無い。

 そして売り子は、4月に来てくれた販売員さんのよう。


 顔見知りの安心感もあって、普通に挨拶を交わしての近況報告から。購入した革スーツの使い心地や、さっき売れたスキル書の話まで。話題は多岐に渡り、来栖家チームが獲得したダンジョン産の素材の話に至って。

 買い取りの査定をお願いすると同時に、犬用の装備品を自作したいとの無茶な相談も持ち掛けて。しかし残念ながら、手持ちで良い素材は持ち合わせていないとの話。

 そして持ち寄った黄色の織物も、『耐毒効果:小』程度の魔法素材との事。


「う~ん、せめて擦過傷に耐えられる装備が欲しいな。布素材じゃ無理なのかな、市販されてる装備が無いから、紗良に作って貰うのは良いアイデアだと思ったんだけど。

 魔法素材なら、その内に巡り合えるのかなぁ?」

「そうですね、この蜘蛛のドロップした粘糸なども……ひょっとしたら、丈夫な繊維に加工出来るかも知れませんし。一応こちらも買い取って、後に効果が付くかの結果をお知らせします。

 あっと、査定結果が出たようですね……黒の甲殻と赤い甲殻が2つで12万、黄色の織物と蜘蛛の粘糸が6万2千、鋭角な骨材と河童の甲羅が4万8千。

 それから、ええっと……媚薬100mlが18万ですね。鉱石2つと形状記憶粘土と純銀のチェーン、これはウチで買い取るなら6万円になりますが、他に出せばもっと高値になる可能性もあります。

 媚薬もそうですね、どう致しましょう?」


 それを聞いて驚き顔の護人、素材の売買でも結構な値段の利益が出てしまいそう。子供たちは素直に喜んでいて、そのお金で何か買えないかなとはしゃいでいる。

 全部換金をお願いされた販売員は、掘り出し物って訳では無いですがと、販売車の奥から1つの青く濁ったガラス玉を持ち出して来た。

 立派なケースに納められたそれは、何とオーブ珠らしい。


 探索者の間では、スキル書よりレアと称されて売値も倍以上に高いので有名だ。この青空市が初回とあって、『四葉ワークス』も目玉商品にと用意していたらしい。

 ……と言うのは建前で、どうも最初は高値で売りに出していたこの商品。いつもの“覚えたら買い取り”商法で陳列していたのだが、20人を超える挑戦者が返り討ちにされ。

 いつの間にやら、その価値はダダ下がり状態らしい。


 何しろ誰かに反応してくれない限り、お店の利益にはなってくれないのだ。この手の商品は幾つかあって、段々と値を下げての販売になるのもいつも通り。

 そして2年を過ぎる頃には、最初は200万円を超していた商品も、今では38万円とスキル書より安い値段に。おまけに、レア商品だけあって、鑑定不明品である。

 つまりは、誰でも良いから引き取って頂戴との店員の叫び。


「お得商品だっ、凄い……試して良いよね、護人叔父さんっ♪」

「わっわっ、私も試すっ……お姉ちゃんの次、私ねっ!」


 テンション高く、姫香と香多奈が曰くアリのオーブ珠へとトライして行って。敢え無くチャレンジは失敗して、どうやらお次は護人の番らしい。

 素材も高値で売れたし、まぁその位の値段ならと護人はお座なりに手を伸ばす。これも珠に手をかざして、適性があれば承認される方式らしい。

 恐らく今回も駄目だろうと、伸ばした手の先にはしかし突然の変化が。





 ――その眩い承認の光は、暫くの間周囲を照らし続けるのだった。








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