第21話 来栖家の4月後半の案件



 前回の、2度目となる突発的なダンジョン探索から約1週間が過ぎて。中断されていた野菜の苗の植え付けも、無事に一通り終える事が出来て。

 ようやく畑も格好がついて、いよいよ来週には田んぼに苗を植える作業が待っている。今年は手伝いの人数もキープ出来ていて、良天候も続いている。

 ここまで田んぼへの水入れも順調、苗の生育も同じく。


 4月も後半に入って、山の気候もようやく暖かくなって来た。“大変動”の後も、日本の四季はそれ程には変動しなかったのだ。いや、むしろ以前の20世紀の気候に戻った感じ。

 農家にとっては、有り難い事情には違いなく。


 とにかく来栖家の日常は、探索行事以外では通常モードに戻った感じ。ただし、念願のスキルを得た香多奈はその範疇はんちゅうには無かったみたい。

 浮かれまくって、早く次の探索に行こうとかなりうるさい。それをたしなめるのは、家族の中では護人ただ一人と言う。姫香と紗良は、割とその誘いに前向きで。

 大人しそうな性格の紗良でさえ、そんな感じなのだ。


 紗良の夜の日課だが、E動画を観賞しての探索情報の収集は継続して行われている様子。それをノートにまとめて、護人や姉妹にもチェックしやすいようにしている。

 生き延びるには情報は大切で、それは大いに助かっているのだが。姫香や香多奈の探索意欲への、薪をくべる結果にもなっている気もして。

 だからと言って、迷惑だと断じる訳にも行かない護人。


 結果、護人が考え付いたのは、週末にお花見に家族を連れ出してお茶を濁す作戦だった。この時期は、近所の山に桜や藤の花が見事に咲き誇るのだ。

 まぁ、近過ぎてもレジャー感が無くなるので、場所は考えモノではあるのだが。そこは自慢のキャンピングカーを持ち出して、ワクワク感を演出する事に。

 紗良にもお弁当を作って貰い、お出掛けに華を添えて貰い。


 同行するのは、もちろん家族の一員のハスキー軍団も一緒である。キャンピングカーなので、ミケも普通について来ていて。それを批判するように、天井付近を飛翔する妖精ちゃん。

 彼女もちゃっかりついて来るのは、まぁ別に良いのだけれど。相変わらず香多奈としかコミュニケーションを取れない、この異世界不思議生物。

 何だか他の家族も、いるのが普通に感じて来ている始末。


 この行楽は、“変質”の事情で学校に行けていない香多奈にとっては、良い気分転換になった様子。姫香も普通に楽しんでいたし、帰りは自分が車を運転するねと言い出して。

 お花見の途中に、護人にお酒を勧める一幕も。アルコール類が特に好きではない護人だったが、家族の好意を無下にする訳にもいかないので。

 流されるまま、持参した缶ビールを口にする事に。


 実際、この春の数週間での紗良と姫香の運転練習は、相当な時間と熱量に及んでいた。めきめきと上達しているのは、運動神経の良い姫香の方だったけど。

 何しろ複雑なレバーの多いトラクターも、普通に乗りこなせるようになっているのだ。習うより慣れろを地で行く少女、好きこそものの上手なれも上乗せされているのかも。

 そんな頑張り屋さんの、慰労会も兼ねた花見でもあったりして。


 とにかく女子率の高いイベントで、道中の車内も随分と賑やかだった。山合いには春の到来を知らせる、木蓮やツツジが色を添えていて。

 山桜もぼちぼちな感じ、目的地は麓の川沿いの桜並木だけど。割と大きな公園と駐車場もあって、食事をするにも不便は無い条件である。

 いや、今の状況では公共施設の整備など、どこも手が回らない状況なのだけど。主要な道路の整備で精一杯な感じ、生きて行く上でのライフラインの確保が最優先で。

 公園や娯楽施設は、実は割と荒れ放題である。


 それでもキャンピングカーを駐車して、アウトドアを満喫するのに不便は無い。目的地に着いた来栖家は、さっそくキャンプ地の設定とか昼食の準備を始める。

 綺麗な桜並木の公園は、他の行楽客の姿は皆無。たまに通り掛かる人を見掛ける程度、安心して騒げるねと呑気な物言いの末妹である。

 少女は今の休校状態を、長い春休みだと思っている節があって。


 それは全然良いし、落ち込まれても困る護人である。家ではちゃんと、紗良先生に従って勉強をこなしているみたいだし。ついでに探索者の知識も、姉妹で着々と蓄えていて。

 覚えたスキルの練習とか、探索者の言うHPやMPの概念とか、取得したアイテムや魔法装備の有用性とか。理解すべき事は山の様にあって、今はネットや動画で断片的な知識を拾っている状況みたいである。

 そう言えば、前回の探索で得たアイテム鑑定の結果報告が途中だった。


 人間の鑑定に関しては、前回に報告した通り。ミケの所持スキル『雷槌』は判明したが、香多奈に限ってはスキル書で覚えた『応援』の他に『友愛』なんてスキルを有していて。

 アンタそれいつの間に覚えたのよと、家族の追及も痴れっとかわす末妹。妖精ちゃんの悪戯じゃ無いかなと、本人も良く分かっていない様子はアレとして。

 そんな騒ぎで、護人のスキル無し問題は宙に浮いたままと言う。


 問題だと掘り下げるのも遺憾である、本人は余り気にしていないのだが。姫香辺りはどうしても、家長でリーダーの叔父に超強力なスキルを所有して欲しいみたいである。

 その辺りは運とか巡り合わせなので、何ともし難い訳ではあるのだが。探索を続ければ、いつかは護人の使えるスキル書に辿り着ける確率は上がって行くと。

 それが子供たちの、探索のモチベーションの1つみたいだ。


 話はそれたが、鑑定結果の続きを……7枚あった鑑定の書のうち、3枚は人間とペットに使ってしまったので。残りの4枚で、不明アイテムの鑑定を行ったのだった。

 その内の2枚は、薬品に使用してみて。ヒールポーションとMP回復ポーションは、妖精ちゃんに教わって色での判別方法で既に分かるようになった。

 問題は、彼女が味しか教えてくれなかった残り2種である。


 彼女がちょっと苦いと説明してくれた薬品は、鑑定の結果“解毒ポーション”と判明した。もう1つのオレンジっぽい色の薬品は、“解熱ポーション”らしい。

 どちらも有用なので、売らずに取っておく事に。紗良は探索にも持って行くべきかなと、空きボトルとラベルでの管理を進んでやってくれている様子。

 特にMP回復ポーションは、深く潜るにはとっても重要だ。


 その価値をパンフで調べていた香多奈は大興奮、結構な高値で載っていたらしい。その理由だが、どうもダンジョン産の薬品は効果が瞬時に現れてくれるらしく。

 これは完全に家族用だねと、その場で紗良に全て託す事に決定。後はアイテム類だが、良く分からない物も数点混じっていた。

 立派で鋭角な骨とか、蜘蛛の落とした粘糸の塊とか。


 石炭の塊まで持って帰っていて、そこら辺は売る物リストに入れる事に決定。問題は装備品っぽい、形状が防毒マスクと蟲の目玉の意匠の指輪である。

 魔法の品なら高く売れるし、今後の探索に役立つかも知れない。そんな訳で鑑定の書を使っての性能チェック、全員がドキドキして見守る中。

 その願いは、見事叶った模様。


【耐毒マスク】装備効果:耐毒効果・大

【遠見の指輪】装備効果:遠見・最大70m


 どちらも探索には持って来いの性能なので、これも家族所有案件である。ヒールポーションは、紗良の回復スキルもある事だし、半分以上は売る事に。

 他の素材は販売用に、各種魔石も持っていても仕方が無いので。全部売ってしまう事になりそう、幾らになるかなぁと嬉しそうな香多奈である。

 そして残ったのは、良く分からない木の実が半ダース以上。


 爆破石も多く拾って、それらは色が付いてるけど明らかに魔石とは違うデザイン性を備えている。触ると暖かかったり冷たかったりするし、薄っすらと魔方陣が描かれているのが分かる。

 妖精ちゃんの話だと、氷と土の属性のを拾ったらしい。使い方に関しては、今回の探索で判明して効果も実証済み。ただし、木の実の方はちょっと硬いとか美味しくないとか。

 味や感触の説明ばかりで、食べた効果は不明と言う。


 これも鑑定すべき案件なのかもだけど、残念ながら鑑定の書はタネ切れである。木の実も微妙に色とか形が違っていて、どれも硬い殻に包まれている。

 そして家族の誰も、進んでそれを食べてみようと提案はしなかった。鑑定の書が余れば鑑定してみるか、それとも売り払ってしまうかは微妙な所。

 相談した結果、木の実に関しては保留という事に。



 とにかく花見と称したバーベキュー会は、それなりに盛り上がったし楽しい時間だった。護人自慢のキャンプセットも、大いに実力を発揮出来ていたし。

 奮発して買ったお肉も美味しかったし、護人も勧められたビールを結構な量摂取して。帰りは宣言通りに、姫香の運転で無事に我が家へと辿り着いて。

 おおむね楽しい行事だった、またやろうねと子供たちの受けも良かったし。


 もともとキャンプ系のアウトドアは、大好きで一時期ハマっていた護人である。それが高じて、キャンピングカーまで買ってしまう程で。

 季節に関わらず、野外でのキャンプ遊びは器具も揃っているし望むところだ。今度はどこに行こうかと、こんな時代でも旅行やドライブはやっぱり楽しい。

 それが仲良し家族とならば、尚更の事――。





 お花見でリフレッシュした翌日の午前中、姉妹は予定通りに紗良先生の個人授業を終えて。軽く昼食を取った後、午後は各々で自由時間に。

 とは言え、仲の良い姉妹である……特に別行動を取ろうとする者もおらず、リビングで何をしようかと話し合う。そして末妹から、スキルを使う練習がしたいとの申し出が。

 それは面白いねと、姫香がその案を採用。


「スキルを使うにはMPが必要なのは分かってるけど、レベルが上がったらMP総量は増えるのかな? それとも使い続ければ、コストが掛からなくなるのかな?

 自分のスキルの使用回数、ちゃんと把握しとかないとね。でないと、香多奈みたいにひっくり返っちゃうからね!」

「私だって、好きでひっくり返った訳じゃ無いよっ!」

「香多奈ちゃんのスキル使用回数、確か4回くらいで限界が来たよねぇ? 姫香ちゃんの言う自分のスキル使用回数の把握とか、後はそのスキルでどんな事が出来るのかとか。

 確かめる事は、確かに色々あるかもね」


 紗良の言う通りだと、姫香はどんな実験が適しているかお姉さんにお伺い。丸投げされた紗良だけど、使用回数はまぁ普通に数えてさえいれば問題無く把握出来る筈。

 他にはスキルの可能性だ、例えば香多奈の『応援』は複数の対象に掛ける事は可能なのか? それに姫香の『身体強化』は、他人に掛ける事が出来るのか?

 知らない事、分からない事は意外とあるのだ。


 確かにそうだねと、姫香と香多奈はその実験に乗り気な様子。スキルの可能性って、実は人間が思っているより多様性に富んでいるのかも知れないではないか。

 それとも、使い込んで行くうちに出来ていく事が増える可能性もある。もちろん使用回数だってそう、そんな夢を見ての確認作業である。

 そんな訳で、メモ帳持参の実験開始。


 結論から言えば、姫香のスキル『身体強化』は他人に掛ける事は出来なかった。実験体となった香多奈の、走るスピードはちっとも変わらず仕舞いで。

 そして香多奈のスキル『応援』だけど、何とか一度の応援で複数人数に掛ける事は成功した。但しその力は分散したように小さく、2人の姉妹の走力は2割増し程度に留まって。

 実験結果的には、微妙な感じとなった次第。


 それでもそんな失敗も、大事なデータだよと紗良は満面の笑み。正直、こうやって姉妹でわちゃわちゃしているだけで、とっても楽しい気分である。

 同級生たちと休憩時間に和んでいるのとは、全く別の楽しさと言うか安らぎと言うか。彼女たちに勉強を教える知識、そして傷をいやせるスキルがあって本当に良かったと思う。

 そんな姫香と香多奈は、失敗にめげずにスキル考察を続けている。


「スキルの発達性とか使用回数の上昇率は、時間を掛けないと分かんないよね。だとしたら、今実験が可能なのはスキルの応用力かなぁ……う~ん、応用ねぇ。

 そうだっ、紗良姉さんの『回復』も何か応用が利くんじゃない?」

「あっ、言われてみればそうかも……?」


 確かに姫香の言う通り、回復って確かに応用力のある言葉では無かろうか? 例えばHPに限らず、スタミナとかひょっとしてMPも可能なら凄い応用力だ。

 そこまで行くとチートかもだが、例えば探索の途中で武器が壊れたとしよう。それを『回復』スキルで修繕出来たら、物凄く便利には違いない。

 そう紗良が告げると、姫香は感心した素振り。


 そして暫し何かを考えていたと思ったら、近くの雑草を勢い良く引き抜いて。それから葉っぱを2つに千切って、はいっとそれを姉に手渡した。

 どうやらそれを、回復スキルで元に戻して見せろとの事らしい。香多奈もそれには、興味津々で覗き込んでいる。出来るだろうかと、紗良は半信半疑で手のひらを見詰めて。

 お願い治ってと、試しにスキルを使用する。





 ――葉っぱは見事に元に戻っていた、スキルの応用力は意外と広いのかも?






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る