第22話 レイジーのお見合いが破断する件



 4月の最終日、護人はこの日に人と会う約束を3件も抱えていて大忙しだった。その内の1件目は午前中の予約で、香多奈の小学校の担任教師である。

 つまりは休学の説明と、今後の復帰時期のお伺いだ。世間的には“変質”は、現在ではそれ程ショッキングな言葉では無くなって来ているとは言え。

 やはり一介の小学生が、なってしまうと世間体とか大変だったり。


 一時期は“新人類”とか“不治の病”とか、そんな言葉で持てはやされたりもしたけれど。今もそれは大して変わらず、変質した者は別のカテゴリーで区分けされているのが現状だ。

 それを喜ぶのは探索者のみ、噂では現在人類の3割程度が変質に至っているそうな。その中の2割の人口が、変質に耐えられず命を落としたとか。

 それを低いとみるか高いと判断するか、それは人それぞれで。


 全員が変質してしまった来栖家としては、その統計2割に入らずホッとしてはいるけれど。更に2割が体調不良で、生活に支障をきたしているとのデータもあって。

 それから肉体の強化と言うか変貌で、普段の生活に馴染めなくなってしまった者もごく僅か存在しており。ダンジョンが忌避されるのも、何も凶悪なモンスターの為だけでは無いのだ。

 魔素と言う、“大変動”以降に出現した異物も同様に厄介で。


「いや、ウチの小学校では初めてのケースで、こちらも判断には迷う所ではあるんですが……。変質で体調を崩さなかったら、私としては普通に通学してくれて構わないって思うんですがね。

 他の保護者さんの目もあるし、本当に難しい話ですよ。しばらく休ませるのは、まぁ無難な対応なんでしょうな。来栖さんの所も大変ですね、家族全員が変質したって事で……。

 体調が悪くなった者が出なかったのが、不幸中の幸いですか」


 全くその通りだ、この担任は桧垣ひがきと言う名前で40代の男性教師である。ジャージ姿で角刈り頭、眼鏡を掛けていて顔は割と厳つい部類だろうか。

 ただ子供の受けは割と良いみたいで、地域にも溶け込んでいる様子。確か赴任して既に5年目だっただろうか、香多奈が入学してずっといる計算になる。

 護人との面識も当然あるし、面談等で何度も顔を合わせてもいる。


 そしてこの担任の当惑した感情が、世間の一般的な対応そのものでもある。同情しつつも、変異で体調を崩さず良かったね、でも世間一般とはズレが生じたよね的な見方。

 そのズレが虐めや村八分に繋がらないとも限らない、それが護人の今の所の主な心配である。結論は取り敢えずは休校して様子を見るに落ち着いて、話は探索についてにまで及んで。

 もちろん香多奈の探索参加は、厳重に隠している護人である。


「私ももう少し若ければ、探索者になっていたかも知れませんなぁ……実は私も田舎の生まれ育ちでして、人材も何もかも不足している現状を痛々しく思ってましてね。

 ただ学校の教師をしてますと、生徒の模範にもならなきゃいかん訳で。教える者が率先して危険な場所に立ち入るのは、立場的に問題アリなんですよ。

 とは言え、日馬桜町の現状はあまりにも酷過ぎる……」

「まぁ、その通りではあるんですが……自治会も精一杯頑張っていて、少しずつ良くはなって来ている筈なんですがね。

 私も地元のために、及ばずながら尽力して行くつもりです」


 地元の現状についても、桧垣先生の認識が一般的には違いなく。とにかく日馬桜町は、住むには危険過ぎる土地との認識が広まっているのだ。

 それは周囲の町にも、住んでいる住人にも等しい認識でもあり。ここ数年にわたって、揺るがない町の不名誉な看板でもあったりもして。

 護人も常々、自治会の一員として頭を悩ませてきた問題である。


 だから思わず口からこぼれた言葉も、まぁ虚栄とかハッタリとは次元の異なる、内からの本音ではあった。だからと言って、探索者の活動に本腰を据えるって訳では無いが。

 本音としては、誰かがやらねばならない業務なら、自分じゃなくてもって思いは勿論ある。誰しも自分が一番に可愛い、だってこの身はたった一つしか無いのだから。

 それは護人も同様だ、家長として子供の面倒を見なければならない身としても。


 そんな内心は見透かされず、桧垣教師は感心した様子で同意の素振り。大変な時代ですが、地域貢献やら何やら頑張って行きましょうで話は終わりを迎えた。

 取り敢えず、香多奈は2ヶ月程度休校させる事で話は落ち着いて。熱く語る先生だったが、こればかりはどう仕様も無さげで申し訳ないと言われたけど。

 それはこちらも同じく、どう仕様も無い事って世の中には幾らでもある。




 などと達観しつつ、護人は学校の校舎を抜け出していつも使う白バンへ。近くを散歩していたレイジーが、ご主人の気配を察知して戻って来る。

 軽く挨拶を交わして、バンの扉を開けてやると。素早く乗りこむ灰銀の毛並みのハスキー犬、随分と強面だが気は穏やかで従順な護衛犬である。

 そしてこのレイジーが、次の面会では主人公になる予定。


 約束の場所は来栖家なので、今から山へと帰路につく訳なのだが。会う予定の綾瀬あやせとは、約1年振りの再会である。運転席に座って、懐かしいなとか思いつつ。

 スマホを確認するが、連絡の類いは1件も無……いや、姫香からラインが届いていた。今日は3姉妹で、ドライブがてら隣町へと出掛けている筈。

 買い物に加えて、例の『探索者協会』への登録の件である。


 町中だから安心なんて事は無いが、向こうはツグミとコロ助も同伴なので心強くはある。連絡もマメに入れると言ってたので、そこまで気に掛ける問題でも無いと思いたい。

 それでも心配なのは、保護者の宿命ではあるけど。後は普通に、悪い男に引っ掛かって無いかとか、妙齢の娘を持つが故の心配事も乗っかって来て。

 そんな訳で、ラインの内容をチェックするも。


 普通に定時連絡で、内容的にはフワフワしたものだったり。おまけに香多奈も打つ内容に参加したのだろう、買い物頑張るねと良く分からない内容。

 お出かけ前に、多めにお小遣いを渡したのが不味かったのかも知れない。でもまぁ、4月の農業の繫忙期を精一杯手伝ってくれたのだ。

 その位は当然だと、保護者としては思う次第。


 考え込んでいたら、普通に家へと辿り着いてしまっていた。通い慣れた道で有り難い、そしてすれ違う対向車も皆無な山道も加わって。

 そして家の前に1台のバンが停まっていて、古い知り合いがその車の側に立っていた。連絡を入れてくれれば良いのに、そうしないのは物ぐさなのか。

 良く知る知人の、性格には凄く当て嵌まる。


 ペットのお世話に関しては、手抜きの類いは一切無いのに……あるいはそんな繊細さが、他の面には反作用するのかも。向こうもこちらに気付いて、軽く手を上げて挨拶して来た。

 よく日に焼けた、ひょろっとした風体のこの男だが、名前は綾瀬あやせ幸治こうじと言う。護人と同じ年齢で、職業はドッグトレーナー兼ブリーダーである。

 2人は古くからの知り合いで、これが今日2件目の約束。


「済まん幸治、ちょっと所用で家を空けてた……連絡くれれば良かったのに、結構待たせたかな? 昼飯まだなら、一緒に何か食うか?

 そうだ、野菜あるから持って帰れよ」

「昼飯はいい、この後も2~3件予定が詰まってるんだ。野菜はくれ、バンに詰めるだけ持って帰っていいか?

 かみさんがすごく喜ぶよ、お前も早く結婚しろ、護人」


 余計なお世話だと、世間話を始めながら旧友との再会を喜びつつ。一緒に車から降りたレイジーが、おざなりにひと吠えしてから縄張りチェックに入る。

 幸治はそんなハスキー犬に、即座に反応。何しろ彼がレイジーの育ての親なのだ。今日の予定も、実はレイジーのお見合いだったりする。

 ってか、発情期に合わせてレイジーの旦那さんを連れて来たのだ。


 つまりはツグミとコロ助のお父さん犬でもある、体格も立派なハスキー犬が幸治のバンから降ろされる。警戒していた両犬だったが、すぐに旧知の仲と気付いた様子。

 互いにコミュニケーションを取り始めたと思ったら、雄側の旦那犬に異変が。流星号と言う名の6歳になるハスキー犬が、急にビビッて距離を空けたのだ。

 それ以降は近付くのも拒否、尻尾も心なし丸まっている。


 護人がレイジーを譲り受けた際の条件に、毎年の子作りと言うのがあって。何しろ、護衛犬としては心身共に優秀な大型犬である、その血統は無駄にしたくない。

 そんな訳で親しい者に預けたのだが、まさかのイレギュラーである。護人は少し考えて、変質してしかもスキルまで覚えたせいかもと予想を口にする。

 まさかの事態に、幸治も驚きを隠せずにいる。


「ええっ、レイジーほど優秀な母犬は滅多にいないのに……何て勿体ない、しっかりしろ流星号! ……こりゃ駄目か、コイツも野良モンスター程度なら気後れしない奴なのにな。

 どんだけ修羅場潜ったら、他の犬を威圧する程の実力差が生まれるんだ?」

「うぅん、そうだな……実はついこの間、家の敷地の裏庭に3つ目のダンジョンが生えて来てな。家族揃って変質したうえ、皆でダンジョンに突入もしてるんだ。

 レベルも上がったし炎も吐くしで、確かに普通の犬とは別次元かもな」


 何だそりゃと愕然とする幸治と、レイジーの鑑定の書があるけど見る? と家に誘う護人。ぜひお願いと言いつつも、裏庭のダンジョンも見せてくれと遠慮の無い友人。

 残念ながら、三下り半を突き付けられた流星号はここでバンの檻の中へと退場。いや、自分から身を引いたのでこの表現は正しく無いのかもだけど。

 とにかく2人は、暫く近況報告やら何やらで盛り上がって。


 せっかくこんな山の中まで足を運んだのに、肝心の仕事内容は全スベりとなったブリーダーだけど。動物同士のお見合いでは間々ある事、さほど気にした様子も無い。

 聞いたところでは、幸治の仕事も順調みたいで。顧客も付いて、割と毎日忙しく過ごしているそうだ。ただし向こうも家族経営、扱う頭数を増やすなどは難しい様子。

 護人の方もそれは同じ、敷地内には作付けをしていない畑もある。


 お互いの家が物理的に結構離れているので、こうやって直接会うのはそれ程には頻繁では無いけど。仕事の話やら家族の相談事やら、話題は全く尽きない勢い。

 護人としては、このまま夕食まで居座って貰って全然構わないのだけど。幸治は家に残した仔犬たちが心配で、こちらも夕方に残り数件の用事を抱えていて。

 最後は時間に追われるように、別れの挨拶を交わす破目に。


 もちろんお土産は、これでもかって程には持たすのは忘れずに。ちょっと畑に入れば、持ち切れない程の新鮮な野菜が生っているのだ。

 いや、時期的に数種類しか季節の収穫物は得られなかったけど。それでも幸治は大喜びで、渡された野菜を自分のバンに詰め込んで行く。

 そして去り際に、姫香&香多奈ちゃんに宜しくとの言伝て。


「また会いに来てくれ、今度は皆がいる時にな。夏でも秋でも、畑の収穫物はまた違って来るから。それから同居人も増えたから、その人用に護衛犬を注文するかも?」

「へえっ、でもなぁ……流星号でアレだったんだ、新入りが来栖家のハスキー軍団に上手く溶け込める姿が想像出来ないぞ?」


 確かにそうだ、今までも他の犬や人間がハスキー軍団に、ビビッてる姿は何度も見掛けていた護人なのだが。それは彼女たちの容姿のせいだと、今まで信じて疑っていなかった。

 それがまさか、変質していたせいだったなんて。動物は特に、そういう変化とかに鋭い嗅覚を持っているのだろうか。まぁ、人間などよりは鋭いのは当然かもだが。

 そこら辺も、今後少し考えないといけなくなって来るのかも。




 そんな鋭いツッコミを残して、幸治は来栖邸を去って行った。見送るレイジーは、果たして何を思っていたのか。軽く尻尾を振っていたので、悪い感情では無いと思いたい。

 そしてその20分後、姫香の運転する大型のクルーザー車がいつもの山道を上って来た。この車は一応家族対応のお出掛け用で、ハスキーが3匹乗ってもへっちゃらな広さである。

 その後ろには、見慣れぬ業者用のバンが2台。


 離合すら難しい山道なので、来栖邸に用事のある来訪者が姫香の運転につっかえてたのだろう。とは言え、目的地も一緒なのでそれ程には問題は無かった筈。

 それより家族用の車に、変な凹みが出来ていないか心配な護人。チェックに掛かる彼に、末妹のタレコミが。バック駐車で、コンクリ壁にこすってたよと。

 それを真っ赤になって否定する姫香、寸前で止まったから平気な筈と。


 実際、大きな傷の類いは発見されなかったし、来訪者の慌しい挨拶でその件は有耶無耶に。彼らは離れの4軒空き家のリフォーム業者で、今日の最後の面会者でもあった。

 自治会長も同伴していて、今日は簡単な下見だけらしい。要するに、どれか程度のマシな1軒を選んで、それを修繕して民宿に使おうと言う計画である。

 そして日馬桜町に、新たな探索者を囲い込むと言う。


 業者は3人いて、揃いの汚れた作業繋ぎを着こんでいた。さっそく下見をすると言うので、何故か来栖家も全員連れ立って空き家へと付き添う事に。

 買い物の品の冷凍モノだけは、素早く冷凍庫に放り込んで。その辺の処理は流石の紗良だが、空き家へと向かう足取りは何処か思いつめた様子である。

 それもその筈、その内1軒は思い出の詰まった生家なのだから。


 業者たちは真剣に見立てを行い、雇い主へと説明に余念が無い。要するにどれも似たような損壊そんかい振りで、費用もそれなりに掛かりますよとの話らしく。

 聞いている峰岸は渋い顔、何しろ自治会の予算は常に逼迫ひっぱくしていて上限がある。それを無視して、子供たちは空き家を勝手に見て回っている。

 それから紗良が、思い付いたように何かの実験を始めた様子。


 その魔法の効果は、離れた場所の護人や業者の面々には確認出来なかった。ただ、一緒に見ていたら、姫香たち同様に驚いて声を上げただろう。

 紗良の『回復』スキルの実験は、あれから個人で実験や練習はしていたモノの。こんな大規模な壁の破損を直そうなどとは、つい先ほどまでは思い付かなかったのだ。

 そしてそれが、思いのほか上手く作動するなどとは。





 ――その結果に盛り上がる姉妹、スキルって凄いと改めて思う紗良だった。







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