第13話 初めてダンジョン突破に成功する件



 ようやく地下5階層だ、そして階段を降り立った途端に他の層との違いはクッキリ。何しろ今までにない、大量の蟻モンスターのお出迎え。

 手前でしっかりと休憩を取った一行は、慌てずこの群れに対処する。特に新たにスキルを得た、レイジーの活躍が凄いと言うか酷い。

 何と炎のブレスで、一気に数匹にダメージを与える始末。


 向こうも炎には弱いみたいで、喰らった連中は明らかに怯んでいた。逃げまどっている奴もいる程で、それを本能のまま追撃するツグミとコロ助。

 護人と姫香は壁を作って、後衛の安全の確保に余念が無い。


 追加スキルたった1つで、チームの戦い方がガラリと変わってしまったけど。安全度は格段にアップしているので、護人としては有難い限りだ。

 とは言え、最前線での盾役は、気を抜くと大変な事になるのも事実で。とにかく慌てず、後ろには絶対に敵を通さないのが第一条件。

 ところが、パニックに陥った敵の群れは余りにも無秩序で。


 それに癇癪かんしゃくを起こした姫香が、再び『身体強化』のスキルを使った模様。雪崩れ込んで来る蟻モンスターの群れを、力任せに鍬を振り回して吹っ飛ばす。

 そのお陰で当面の危機は去ったが、護人からすれば姫香のヤンチャは常に肝の冷える思い。取り敢えずは周囲に注意を向けながら、転がっている蟻モンスターに止めを刺して行く。

 それに姫香も追従して、この場の危機はほぼ去った様子。


「ふうっ、いきなり数が多くてちょっと慌てちゃった……やっぱり深い層に潜る程、モンスターも数が増えたり強くなって行くんだね、護人叔父さん」

「そうだな、充分に気を付けないと……手に負えない程になったら、無理せず戻る事も考えなくっちゃな」

「そうだね、ルルンバちゃんのお陰で宝箱も回収出来たし……レイジーも凄いスキル覚えたから、今回のダンジョン探検は大成功だよっ♪

 幾らくらい稼げたかな、叔父さんが今日の買い物で使った分は取り戻せたかな?」


 家族思いの言葉だが、護人にとってはダンジョン収入など二の次の話題ではある。当然だが、第一条件は家族の生活範囲の安全確保だ、裏庭にダンジョンなどたまったモノでは無い。

 それでも5層の魔石収入は、結構な数に上った様子。ルルンバちゃんが縦横無尽に駆け回って、その小さな石を回収してくれている。

 そして見える範囲の敵は、全ていなくなっていて。


 ハスキー軍団も落ち着きを取り戻した様子、突然のスキル取得に軽く舞い上がっていたレイジーも同じく。まぁそれは仕方が無いよなと、護人は多少羨ましく感じながら思う。

 スキルを得るってどんな感じなんだろうとか考えつつ、護人は近付いて来たレイジーの頭を優しく撫でる。彼女とのパートナーシップも、既に5年近くになる。

 最初は若くてヤンチャな性格のハスキー犬だったが、母親になると落ち着きを醸し出して。今では立派なリーダー犬で、頼もしい相棒でもある。

 このダンジョンでの活躍も、目を見張るモノが。


 そして改めて眺めるこの第5層だが、他の層よりメイン通路が倍以上に広く造られていて。持って来ている灯りでは、頼りなくて完全に照らし切れていない有り様。

 それでも犬達は特に反応もしていないので、敵の待ち伏せなどは無い筈である。撮影担当を自認する香多奈が、コロ助の随伴で周囲を見回して感想を喋っているけど。

 雰囲気の変化は、少女も感じ取っている様子。


「この層は何か他と違うね……通路の幅が広いし、ずっと暗い感じがする」

「そうだな、用心して進もうか……ひょっとしたら、ここが最終層なのかも知れないし」

「出来立てのダンジョンは大抵が浅いって言うから、護人叔父さんの言う通りかもね? そしたらボスとかもいるのかな、動画では戦ってるシーンを何度か見たけど」


 姫香が前日に見たE‐TUBEでは戦闘風景も結構載っていたので。手強そうなボス級との戦いも、家族で割と観賞出来ていたのだ。

 そう言う意味では、心積もりはバッチリな面々である。


 とは言え、やはり初心者探索者には違いない護人たち。予期せぬ事態や、思いもかけない強敵との遭遇は避けたいのも事実。ただし、ここまで来たらもう先に進むしかない。

 目的は一応、最下層に到達してダンジョンコアを破壊する事だ。妖精ちゃんの話では、そうする事で魔素の濃度がぐっと下がるらしいので。

 多少無理をしてでも、このミッションはクリアしたい所。


 そんな訳で、再び進み始める初心者メンバー御一行。隊列は乱さず、少ない灯りと犬達の嗅覚を頼りに真っ直ぐな広い地下道を進んで行く。

 モンスターの姿は窺えず、上の層にはあれだけあった脇道も全く存在していない。そんな感じで数分間、暫く進んだ先には待ち伏せていた。

 ギチギチと威嚇音を発する、蟻モンスターの群れとそのボスが。


「わっ、わっ……物凄いでっかい奴がいる、アレがボスかな? 普通の大きさの蟻もいっぱいいるよっ、まとめて来られたらヤバいかもっ……!?」

「こっちから突っ込まず、まずは敵の数を減らして行こう……部屋も通路も割と広いから、回り込まれて後ろの紗良と香多奈を狙われないようにな、姫香!

 ハスキー軍団は俺が指示を出す、皆で乗り越えるぞ!!」

「「「はいっ!」」」


 驚いた感じの香多奈の報告に、すかさず護人が全員への指示出しで落ち着きを取り戻させる。こちらが敵を発見したと同時に、向こうも護人達を認識したようで。

 1ダース以上の蟻モンスターの群れが、どっと塊となって動き始める。


 ラッキーだったのは、一番奥に居座っている中型トラック程度の大きさのボス大蟻が、全く動く気配の無い事だろうか。自重のせいかもだが、積極的な動きは無さそうな雰囲気。

 それを見越した訳では無いが、護人の作戦は上手く機能していた。犬達への指示出しも然り、聡明な彼女たちは待ち構え作戦を理解してくれている様子。

 興奮任せに、勝手に突っ込んで行く気配は今の所は無い。


 昨日から、散々に相手をした蟻型モンスターという事もあるのだろう。数減らしの戦闘は、ここに至るまでの経験値を踏まえてかなり順調に運んで行った。

 特に姫香の動きと、新しくスキルを得たレイジーが凄い。護人が防御役に徹しているのとは逆に、完全に削り役と言うか殲滅に傾いた動き方で。

 ここに来て、パーティ内での役割分担もこなれて来た感じ。


 敵の割合は、蟻酸を吐く奴と通常より大型タイプの割合が、この層ばかりはとても高かったけど。こちらも姫香とレイジーの、スキル全開で討伐に掛かった結果。

 20匹以上いた敵も、段々と姿を魔石に変えて行って。護人の防御ラインを超えた敵は、結果として1匹も存在せずのパーフェクトゲーム。

 ただその代償として、前衛陣は多少の傷を負ってしまっていたけど。


 特に酷いのが、蟻酸を浴びてしまったツグミだった。大慌てで治療に当たる紗良、それを心配そうに見守る姫香と香多奈……護人だけは、奥の大ボスの動向に注意を注いでいる。

 姫香に限っては、こちらもどうやら打撲を負っている様子。一度派手に転んだのは、スキルでの強化に未だに慣れないせいもあったのだけど。

 取り敢えずは、今はツグミの傷の具合が心配。


 ただそれも、呆気無く紗良の回復魔法で治ってしまった。ハッキリ言って、物凄い効果である……本人は、次は姫香ちゃんの番ねとのほほんとしているけど。

 しかしそんな空気を打ち砕く、護衛を全て倒された大ボス蟻のアクションが発動。耳障りなギチギチとの威嚇いかく音が、あるいはそのトリガーだったのか。

 新たに湧き出る、兵隊蟻が約1ダース。


「わわっ、また湧いちゃった……あれっ、壁の周りに卵みたいなのがいっぱいあるけど。アレが自然に孵化したのかな、それともボスの能力かなっ!?

 どっちにしても、さっさとボスを倒さないと厳しいかも、護人叔父さんっ!」

「そうだな……俺とレイジーで、雑魚と卵を何とか減らしてみる。姫香とツグミは、何とか大ボスにダメージを与えられるか試してみてくれ。

 確かにこの戦い、長引かせると不味いかも知れない」

「……ルルンバちゃんも、卵割るの一緒に手伝って! 壁に沿って凄くたくさんあるよっ、あれが全部孵化したら大変だよっ!!」


 確かに香多奈の言う通り、それこそバランスボール程の大きさの卵が、壁に沿って無秩序に無数に並んでいる。それが一斉に孵化したら、ここにいるメンバーはただでは済まないだろう。

 護人の勘では、まず間違いなくソレらの孵化は親玉の女王蟻の特殊技だと思われる。つまりは、チマチマと孵化した雑魚を狩って行っても、事態は全く好転しないって事になる。

 危険ではあるが、ここはスキル持ちの姫香に頼るしかない。


 護人に特別ミッションを言い渡された姫香は、逆に大張り切りである。素早く紗良に回復を貰って、元の様に動ける事を確認して。それから何か思い付いた様に、紗良の持っていたシャベルを借り受ける。

 そしてスキルの力を利用して、大ボスに向けて全力で投擲!


 レイジーと一緒に雑魚の殲滅に励んでいた護人は、大ボス蟻の絶叫にビックリ仰天。見るとシャベルに片目を潰された巨大アリが、その場で悶え苦しんでいる。

 何と言うか、凄い戦闘センスではある……そして女王蟻のピンチに、雑魚の兵隊蟻の挙動もおかしくなっている。護人は、奴らが姫香たちの元に行けないよう必死にブロック。

 レイジーの炎魔法が、時折視界を赤く染める。


 ルルンバちゃんも参戦して、どこかエイリアン染みている壁際の卵を、ネイルガンを使って潰してくれている。今更だが、香多奈の指示をしっかり理解している模様。

 護人も負けじと、動いている兵隊蟻の首をシャベルを使って飛ばして行く作業。敵の数が減って余裕が出来た合間に、姫香の戦い振りを盗み見るのだが。

 向こうはあの巨体に苦しんでいて、シャベル以降は追撃を与えられていない様子。


 さもありなん、下手に取り付くと文字通りにペシャンコに潰されてしまう。痛みなのか怒りなのか、片目を潰された女王蟻は凄い暴れようで。

 巨体と長い脚を、やたらと振り回して姫香を威嚇している。そして自分を護る兵隊が減ったのに気付くと、再度の召喚の雄叫びを放って。

 新たに奥の方から、卵が孵化する気配が。


「姫香、もう一回これを使えっ……!!」

「はいっ、護人叔父さんっ!!」


 イチかバチか、護人は自分の持っていたシャベルを姫香に向かって放り渡す。近くの敵の姿がひと段落したので、武器を手放しても何とかなるとの算段だ。

 姫香は叔父の狙いを、しっかりと理解出来たみたいである。しっかりとキャッチしたシャベルを、先程と同じようにスキル『身体強化』を使って槍の様に投擲する。

 狙い違わず、それはもう一つの複眼を見事に粉砕!


 絶叫は、ある意味では断末魔に近かった。いや、その攻撃で倒れた巨体は数十秒後には動かなくなって。姫香の渾身の一撃は、見事に女王蟻を仕留めたようだ。

 後は、指揮官のいなくなって混乱している雑魚の蟻を皆で一掃して。あれだけあった卵は、見た限りでは段々と萎れて行っている模様である。

 どうやら大ボスを倒した事で、この層はクリア出来た感じか。


 数分後には、見える範囲に動く敵影は皆無となって。ようやく安心した護人は、休息後に周囲の探索を子供たちに持ちかける。その前に、姫香の投げた武器のシャベルはしっかり回収して。

 女王蟻が倒された場所には、他にちょっと大きめの魔石と抱えるほど大きな黒い甲殻が落ちていた。それから目敏めざとい香多奈が、離れた場所で赤い甲殻と銀色のチェーン、それから待望のスキル書を1つ拾う。

 大喜びの香多奈と姫香、早速スキル書を試そうと大盛り上がり。


 それをたしなめて、先にこのエリアの探索を提案する護人。その結果、程無く再び盛り上がりを見せる子供たち。行き止まりの部屋の突き当りに、青い石板と中サイズの宝箱が。

 つまりはこの5層で、この新造ダンジョンは制覇された様だ。


 妖精ちゃんに訊ねたところ、あの石板はダンジョンコアで間違い無い様子。それを聞いて、それじゃあ壊すねと元気良く宣言する姫香であった。

 その隣では、妖精ちゃんの指導の元に宝箱の中身を回収する香多奈。紗良を招き寄せて、手にしたアイテム類をチェックしながら収納して貰っている。

 宝箱の中身だが、結構品数も豊富だったみたいで。


 喜びの声のその隣で、姫香がコアを派手に粉砕する音が響く。その瞬間、ダンジョン内に振動が走った。それもすぐに止み、緊張していた一同はホッと一息つく。

 それに頓着しない、香多奈の宝物回収報告……鑑定の書が4枚と、ポーションが古い牛乳瓶に1本分。黄色の織物が一反と変な木の実が3個。

 そして蟲の紋様の入った、大振りのナイフが1本。


 後は良く分からない赤っぽい石が2つと、何故か古い小判や古銭、それから瀬戸物が数点。最後の方は良く分からない並びだが、余り価値は無さそうな気が。

 小判に関しても、ほんの10枚程度なので何とも……換金すれば、小銭稼ぎ程度にはなるのだろうか。ともかく、最初の目的はクリア出来た。

 これで少なくとも、数か月の安全は確保された筈。





 ――ひとまずは、家族の安全確保に安堵する護人だった。







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