第6話 来栖家の家長が探索者登録をする破目に陥る件
紗良が来栖邸に厄介になり始めて、ほぼ一週間が経過した。その見習い期間で、大まかな一日の流れにどうにか対応出来始めた感はあるモノの。
紗良にしてみれば、何もかもが目新しい作業内容には違いなく。家事一つとっても、使う道具の扱いや間取りなどを覚えるのにそれなりに時間は必要。
新しく出来た妹たちに、サポートして貰いながらの毎日である。
実際は、自分が妹分には違いないのだけど。などと思いつつも、姉妹との親愛度はこの数日でグッと上昇した実感も。お互いの呼び名も定着して来たし、ちょっとずつ遠慮も無くなって来た。
末妹の香多奈も、普通に仕事の手順を教えてくれたり甘えて来たりと忙しない。姫香も勉強の時間は、一応は真面目に取り組んでくれて地頭は良いみたい。
姫香の事情は、護人から聞き及んでいて周知済みの紗良である。それに関しては、敢えてどちらの味方も応援もしないようにとは、末妹の入れ知恵だ。
賢明だと思うし、それが一番家庭内にしこりを残さない
この新しく出来た元気な妹は、とにかく明るくてそれ以上に家族思いである。自分と同じように、この姉妹が“大変動”で両親を亡くしたのはとうに聞いて知っている。
その時の痛みを、実は未だに引きずっているのかもと紗良は推測する。そういう意味では、自分も同類だ……距離とは心配事の増加でもある、それを少女は嫌がったのかも。
この来栖邸から姫香が一番近い高校に通うとしたら、地元の駅まで自転車か車で20分、そこから電車で20分も掛かる。
更に学校の専用バスで、坂道を延々20分上らなければいけない。彼女が遠いから嫌だと言う、理由づけも真っ当だと思えてしまう不思議。
これを毎日とか、自分でも気が遠くなると紗良も思う。護人の言い分は、高校でしか出来ない青春とか、友達を作るとかの行為の放棄は
これも真っ当と言うか、確かにそうだと頷いてしまいそうになる。だから香多奈の言う、どちらにも
そんな訳で、家庭教師役に過ぎない紗良は妹の愚痴を聞き流すのみ。
新しく妹になった香多奈の話によると、これでも家の中のギスギス感はかなり減って来ているらしい。これも紗良のお陰だと感謝されたが、正直当人に自覚は無い。
恐らくは、自分がいなくても時が解決した類いのいざこざだったのだろう。紗良はそう思いつつも、今日も姫香の学力向上の手助けを頑張るのみ。
山の上の立地の来栖邸は、3月の中旬になってもまだ朝夕は肌寒い。暖房器具はしまうどころかまだ大活躍、そして家畜の世話で朝は早起きが通例だ。
早朝は家畜の世話から始まって、畑の見回り……動物に荒らされていないか、野良モンスターが出現した気配は無いかなど。
姫香などは、花嫁修業だと朝から張り切って働いている。ただし末妹の香多奈からは、ただのニートじゃんとからかわれている始末。
家事手伝いはニートでは無いし、実際のところ畑仕事は1日やるとかなりハード。紗良の押しかけ居候のお陰で、姉妹も正直助かっている部分もある。
それだけの作付面積の広さ、やるべき仕事は幾らでもある。
そして“大変動”以降の世の中は、常に物資も食糧も不足気味と来ている。荷物の配送も命懸け、破壊されて修繕されていない道路も幾つもある。
主要な道路でさえ、野良モンスターとの遭遇率は低くない有り様で。配送トラックの装甲の強化は、今では当然の案件となっている。
学校の進学率も、そんな諸々の事情で最近は右肩下がりの傾向にあるようだ。特に田舎だと、さすがに通学時間がネックとなる場合もある模様。
つまり
一方の護人だが、こちらも忙しく日々を過ごしていた。紗良の居候を含む家族の問題ももちろんあるし、農業に関しても苗を植える時期を逃したらアウトである。
それから自治会での案件も、何故か護人を中心に進み始めたのが1つ。
相当な無茶振りだが、家庭内のゴタゴタよりはマシな気が。姫香の案件だが、考えた末に妥協案で曖昧にする事に決めた護人。この春からの居候の紗良に教師役を頼み込み、姫香にはせめて高校生並みの学力はつけて貰う事に。
姫香が興味を示す分野があれば、追加で専門書などを買い揃えても良い。例えば本人は花嫁修業だと
それから農業の手伝いも、本当の事を言えばとても有難いのは確かである。何しろやるべき雑務はとても多い、農家は常に慢性の人手不足なのは純然たる事実。
内心では、親孝行だなと胸をジンとさせている護人だったり。
そういう意味では、突然の紗良の居候問題もタイムリーな出来事だったのかも。家庭教師と農業の労働力、それから住み込みの家事手伝いと縦横無尽に働いてくれている。
厳密に言えば、姫香と香多奈はこの年上の女性を家族として受け入れている感も。新しいお姉ちゃん、こんな時代だから急に家族が増える事なんてザラである。
そんな風に、解釈しているのかも知れない。
そんなある日、3月も半ばを過ぎた頃に。自治会から急に呼び出されての、探索者登録の話である。登録代は向こう持ちで、護人は1時間の講座を受けるだけで良いらしい。
そして一週間後には、郵送で護人名義のカードが送られて来るとの事。この田舎町には『探索者協会』の支部などは無いので、今回はわざわざ協会の関係者が足を運んでくれるそう。
こんな厄介ごとは、自治会員の中で比較的若い護人にお鉢が回って来るのは当然だろう。そしてそれを、突っぱねる権利も彼は持たないと言う。
どちらにしろ、この「町に探索登録者が1人でもいる」と言う事実が、とても重要らしい。つまりは自警団以外にも、活動している探索者と言う意味でだ。
良く分からないが、それで予算がつく可能性が出て来るのかも。
断れない護人は、そんな訳で集会所で1時間の講習を受ける事に。出向いて来たのは、いかつい身体つきの中年男性だった。お付きの資料持ちの女性が、やけに小さく見える。
元自衛隊員とか警察官とか、或いは現役の探索者かも知れない。とにかくただモノでは無い風体だったけど、やたらと腰は低かった。
どうやら『探索者協会』そのものも、人手不足で大変らしい。探索初心者に役立つような、教科書的なモノを作成して配布する予定だったそうなのだけど。
広島版のその“探索支援本”は、未だ完成を見ていないそう。お陰で講習の内容も、割と支離滅裂でとにかく「初心者は死なないように気を付けろ」に終始していた。
向こうの手際も相当悪いが、受講している生徒も実は本気で探索者になる気は無いと言う。最悪なパターンではあったが、何とか無事に1時間が経過した。
協会の2人は、護人が記入して提出した書類を、大事そうに貰って帰って行った。代わりにくれたのは、支援本ならぬペラッペラな用紙が1枚のみ。
それに書かれていたのは、探索者協会のサービス内容のみと言う。
そんな残念な講習会だったけど、カードの発行は遅れずにしてくれた模様。きっかり1週間後に、護人の元に探索者カードは送られて来たのだった。
これで晴れて、護人はFランク探索者となった訳だ。つまりはバリバリの初心者で、どこのダンジョンでも探索が可能なのだそう。
まぁ今の時代、資格が無くても取り締まる者はいないのだけど。
3月の下旬、香多奈の小学校は無事に卒業式を終えた。そしてその数日後には、何事もなく終業式を迎えた。今年の卒業生はたった4人と、毎年の事ながら寂しい田舎の分校行事である。
香多奈の同級生も、実は8人しかいなかったりする。授業も2学年が合同で、同じ教科書を使って行う分校あるあるな状況だ。
それでも香多奈には、何の不満も無い……何故なら学年の垣根を越えて、みんな仲が良くてアットホームなのだ。まぁ、中には意地悪な子もいたりするけど。
とは言え、長期休みがいらないって意味では全く無いのも事実。とりわけ春休みは、何と言うか心がウキウキする。休みを終えたら、学年が上がっている点も嬉しい。
そんな訳で、浮かれ気分で自転車を漕ぐ少女と、その隣を物凄い速さで追従するコロ助。いつもの事ではあるが、知らない人が見たら子供が大型犬に襲われていると勘違いしてしまいそう。
少女の
少女は小学校のある麓の街から、来栖邸に通じる山合いの山道へ。そこから坂道は始まっていて、電動の力が無ければかなり大変な道のりである。
コロ助と一緒に元気に坂道を登り始めた香多奈だが、その姿は途中のカーブで失速する。それから何と、自転車と護衛犬ごと藪の中に消えていく少女。
山の中には、ちゃんとしては無いけど道が作られていた。少女の自作の秘密の通路、そこを通って辿り着くのはもちろん秘密基地である。
入り組んだ大木の枝と枝の間に渡した木板、どこからか拾って来たブルーシート。棒切れで造った枝の上へと至る階段と、まかりなりにも存在する簡易屋根。
少女1人で造ったにしては、なかなかに立派な秘密基地だ。
枝の上と言っても、地上からは精々か1メートル程度である。コロ助も軽々と、ジャンプしてその空間へ入る事が可能だったりして。
ところがその日は、真っ先に飛び込む筈のコロ助が、何故か
中に居座っていた生物と目が合って、思わずフリーズする香多奈である。ナリの小さなその
困った香多奈は、取り敢えずのご機嫌伺いを敢行してみる。は~いとか言っちゃって、向こうの反応を確かめに掛かるが、まさか挨拶が返って来ようとは逆に驚き。
小柄な人影は、何と言うか妖精に見えた。香多奈も良く知らないけど、羽根が生えた小さな女の子は、妖精と呼んで差し支えないのではなかろうか?
そんな差し出された食べ物を、遠慮なく美味しそうに頬張る不思議生物。食欲は旺盛で、一緒に食べているコロ助を軽くけん制する仕草が可愛い。
どこから来たのと尋ねてみるが、アッチと要領を得ない返事が返って来るのみ。お家は何処との質問も、あるケド帰れなくなっちゃっタとの呑気な言いぐさ。
それは大変だねぇと、何故か香多奈の方が慌てる始末。
長い時間の道草は、家族に心配を掛けるのは分かっている。私は家に帰るけどと、取り敢えず妖精に今後の
或いは食べ物を与えたのが不味かったのか、懐かれてしまった香多奈。不思議生物がボッケに入り込むのを、どうしても駄目だと止められぬ少女は悪くないと思う。
例えそのせいで、家族がプチパニック状態に
――そしてその予感は、20分後モノの見事に現実になるのだった。
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