第7話 新造ダンジョンの事後処理が色々と難航する件





 ――時間は再び、4月の来栖くるす邸に戻る。



 あれからゆうに1時間が経過、キッチンから紗良がお握りが出来たと報告して来た。裏庭でたむろって警護に当たっていたメンバーは、それを聞いて嬉しそうな表情。

 そろそろ日暮れで、周囲は段々と肌寒くなって来ていた。山の気候独特の急な気温の下降、それを感じて護人は子供たちに上着を羽織るように指示を出す。

 それから暫くして、ようやく獣医の孝明こうめい先生が到着。


 途端に周囲が慌ただしくなって来た、律儀に吠える犬たちに一切構わず裏庭に廻って来た孝明先生。護人に挨拶を交わして、まずは出来立てホヤホヤのダンジョンに一瞥いちべつをかます。

 それから大きなため息一つ、それは間違いなく同情のそれだった。


「何とも難儀なんぎな場所にダンジョンが生えて来たのぅ、護人……家ごと引っ越す訳にも行かんじゃろうし、どうしたもんかいのぅ」

「先生、それより先に怪我した犬を診て下さいよ……香多奈が半泣きです、モンスターとの戦闘による名誉の負傷ですので。

 幸い血は止まってますけど、念の為」

「先生~っ、コロ助診てあげてっ!」


 割と高齢の孝明先生、香多奈の呼び掛けに振り向いて、医療箱を片手に近付いて行く。白衣を着た白髪痩身の獣医は、来栖家のいわば掛かりつけである。

 主に診て貰うのは牛や山羊ヤギだけど、たまにハスキー犬たちもお世話になっている。月に1度くらいは、定期検診に来てくれる出張オーケーの獣医さんだ。


 コロ助の顔から胴体にかけての切り傷は、それ程大した事は無かったようだ。少なくとも毛を刈って縫うとか、そこまでするレベルでは無いそうな。

 流血も止まってるし、薬を塗っておくだけで治癒するだろうとの孝明先生の言葉に。コロ助を抱きしめていた香多奈は、ようやく肩の力が抜けた様子。


 香多奈に固定されたコロ助は、何とか大人しく治療を受け終わった。念の為にと他の子達も見て貰っていた頃、ようやく自警団の装甲車2台が表玄関に到着した。

 レイジーとツグミがひと吠えしてから、護人の顔に鼻面を寄せて行く。それから間をおかず、武装した一団が来須邸の裏庭に続々と到着して来た。

 日馬桜ひまざくら町の自警団、その名も『白桜はくおう』である。


 普段彼らを見掛けたらテンションの上がる姫香や香多奈も、今日に限っては不安そう。何しろ出動理由が、自宅の裏庭のダンジョンにあるのだから仕方が無い。

 地元の警察官や消防団からの選りすぐりなので、皆一様に体格が良く威圧感がある。その中の一人が護人の前に進み出て、挨拶代りに片手を上げた。

 その顔にも、やはり孝明先生と同じく同情が窺える。


「ようっ、護人……災難だったな、こんな場所にダンジョンが出来るなんて。今後どうするんだ、これじゃあ危険で仕方ないだろう?」

「そうですね、子供たちの安全が第一ですし……ダンジョンの穴を塞げる方法があれば、それで全て解決するんですけど。

 細見ほそみ先輩、何か方法は無いですかね?」

「ダンジョンの入り口を塞ぐ方法は、今まで色々と試されて来たけどなぁ……どれも全部失敗どころか、手痛いしっぺ返しを受けてるんだよ。

 取り敢えずは魔素濃度を検定してみる、薄けりゃ今日明日は安全だろう」


 団長の細見は、護人の高校時の先輩でもあった。地元で消防署に就職して、そのマッチョな体格と気さくな性格から、自警団の設立時に団長に就任し今に至る。

 かなりの修羅場も潜っているので、団員たちの信頼も厚い。自警団『白桜』は、統制のとれた日馬桜町のかなめの対モンスター部隊なのは間違いない。


 魔素検定は、今では定番の安全確認作業の1つである。濃度が濃いと、モンスターは出口付近でも活発に行動する。挙句の果てには、“オーバーフロー”にまで発展するのは良く知られた事実。

 逆に濃度が薄かったら、入り口付近はほぼ安全である。明確な数値こそ無いが、少なくとも今までの経験則から割り出された基準は存在していた。

 それによると、出来立てのこのダンジョン入り口の魔素濃度は割と高いそう。


 当然とも言える結果に、護人は気の沈むリアクション。距離とは要するに時間でもある、こんな近場に爆弾を抱えるのは家族の安全上物凄くよろしくない。

 孝明先生や細見団長が心配するのも良く分かる、せめてもう少し遠くに出来ていたら対策の立てようもあったのに。対応する時間の短さは、防御する側からすれば致命的でもある。


 それでも紗良の“手作りお握り”配布によって、団員たちの雰囲気は思ったより明るくて助かる。重苦しい雰囲気と言うのは伝搬でんぱんするモノで、誰しもそんな空気の中で長く過ごしたくなどない。

 細見団長の意見は、取り敢えず今夜は様子を見るとの事だった。また一週間後にでも魔素の濃度をチェックして、突入するかどうかを考えると言う消極作戦らしい。


 『白桜』団の立場はかなり微妙で、団員は一応全員が探索者登録は行っている。ただし自警団なので、消防団みたいな公務員の立場ともニュアンスは違って来る。

 飽くまで、自分たちの町を護る為の自衛手段としての発足が根底にあるので、進んで危険に飛び込んで行く事は推奨されていない。むしろ若い労力が、命を無駄に使うなとの無言の風潮が存在していたりもするのだ。


 ただしダンジョンから彷徨さまよい出て来た、野良モンスターの駆逐には積極的に活動する。町の人々や財産を護ると言う、そんな誓いにはブレは無い。

 そんな集団でも、近くにいて貰えれば頼もしいのは確かである。ただし彼らは大抵、正規の職も別に持っていてずっといて貰うのはかなり難しい。

 今も正規の職を抜け出して来た団員も、何人かいる筈なのだ。


 仕事終わりにくつろいでいた者もいるだろうし、家庭を持っている者も勿論もちろんいる。それでも助け合いの精神で、こうして集まってくれる彼らには感謝しかない。

 今もねぎらいの言葉と食事の感謝を、大抵の団員が護人に交代で告げて来ている。独身の者は、紗良につきっきりで談笑していたりもする。


 華やかさでは負けていない姫香だが、今はシャベル片手に護人の側で勇ましい表情。そのかたわらにはツグミが寝そべっていて、寝ずの番も辞さない構え。

 さっきまで窮地に立たされた感のあった護人だが、何とかなる気が段々として来た。繋ぎを着込んだ農家の娘然とした、姫香の命の強さに触れたせいかも。


 日本人は農耕民族で、狩猟民族である外人には戦闘力では適わないとの風潮があるけど。護人はそうは思わない、農耕民族にだって命を扱うしたたかさは確実に備わっている。

 例えば収穫前に、天候が悪くて野菜が全滅する事だってある。鶏を潰して食卓に出したり、家畜の生死にも常に関わっている。自然と毎日格闘して、手痛いしっぺ返しも散々に経験してしたたかに成長するのが農家である。


 肌寒くなって来たのも気にせず、姫香はダンジョン入り口の見張りに立ってくれている。護人もそうしたいが、団員や団長との打ち合わせで忙しい。

 孝明先生が寄って来て、自分はもう帰るけど犬たちと人間の“変質チェック”を後日受けるようにと伝言して来た。強い魔素に急激に触れると、人や物は変質してしまう事がある。

 それはこの5年来の、世界の新常識でもあった。


 体質が変わると、何故か強くなる者もいるし、病気をわずらって命を縮めてしまう者も出て来る。異世界の空気に馴染める者は、探索者になっても成功する確率が高いそうだ。

 護人は心のメモ帳に、全員での変質チェックと書き込んで孝明先生を見送りに表玄関へ。そこでしばらく話し込み、それから先生のバンはすっかり薄暗くなった山道へと消えて行った。



 戻って来た裏庭は、さっきと同じくカオス状態のままだった。香多奈の周りにも人だかりが出来ていて、団員たちがさっき拾ったモンスターのドロップを眺めていた。

 そこに参加していた細見団長が、護人を見付けてメモを差し出して来た。どうやら『白桜』団の懇意にしている企業メーカーの電話番号らしく、ドロップ品の買い取りも行っているとか。

 中には出張で買い取りに来てくれる、利便性に優れた支店もあるそうな。


 それは助かるサービス精神、何しろ現状はこの新しいダンジョン入り口から目が離せない状況なのだ。有り難く護人はメモを受け取って、団長に礼を述べる。

 しかし『白桜』団的には、これ以上の滞在も無理らしい。


「せめて一晩、見張りを何人か置きたいんだけどなぁ……専属で団員をやってる奴もいないし、最近は結構夜番の出動も多かったりで大変なんだ。

 もう少し市の財政に余裕が出来て、専用の予算が下りれば別なんだがなぁ」

「町内会でも、探索者の誘致を頑張ろうって話は毎回出てますけどね。なかなか財政的にも、立地的にも難しくて難航してますね。

 まぁ、ハスキー犬たちもいるし、俺も探索者登録してますし大丈夫ですよ」


 虚勢を張りつつ答えるも、やっぱりどこか心細げな顔付きの護人に対し。好意からか、団員の何人かが泊り込んでやろうかと個人的に声を掛けて来てくれる。

 団長の細見先輩は、自身が消防隊員でもあるのでそうも行かないそう。どこかで火災や何やら起きた場合、こんな町の外れからでは初動が思いっ切り遅れてしまう。


 護人は有り難いと礼を言いつつも、それら全てを断って行く。何しろ彼ら独身組の理由が透けて見える、つまりは紗良の近くに居たいが為の提案なのは間違いない。

 滞在の人数が増えれば、こちらの安全率も上がる理屈は良く分かる。ただし、紗良自身の顔色は一向に優れないので、彼女の心理をおもんばかって断った次第。


 紗良もどこかホッとした様子で、団員たちが全ていなくなった後、もう少しご飯をこうかと護人に相談して来た。どうやらお握りは全て無くなった様子、多めに用意したそうなのだが。

 香多奈も犬たちにご飯をあげ終わったそうで、何と言うか臨戦態勢は崩していない。小鍬こくわを片手に、いつモンスターに攻め込まれても対応出来る姿勢である。

 姫香も同じく、家族を護ろうと裏庭を動かない構え。


「みんな、もう少し食べるならご飯炊き直すけど……どうしましょう、護人さん」

「そうだな、取り敢えず夜食用にもう少し欲しいかな? 姫香と香多奈ももう少し食べたいだろう、出来ればつまめるおかずも頼むよ、紗良」

「今日は徹夜で見張る予定なの、護人叔父さん? 私も手伝うよっ、でも香多奈は寝なさいねっ!」

「何でよ、お姉ちゃん! 私とコロ助も、見張りとか頑張るよっ!?」


 ちょっと収拾が付かなくなって来た、紗良はマイペースにご飯の用意を始めている。ここは一旦子供たちを落ち着かせるべきかと、護人は皆にリビング集合を呼び掛ける。

 さっき細見団長に、念の為にと敷地内2つのダンジョンの魔素検定もして貰っていた。そちらは問題無いようで、取り敢えずは助かっている。

 要はこの新造ダンジョンだ、今後どうするか考えないと。


 香多奈には拾い集めたドロップ品を、リビングのテーブルに運んで貰った。妖精ちゃんもついて来て、籠の中の収集品を興味深げに覗き込んでいる。

 試しに護人は、これの価値が分かるのかと妖精ちゃんに尋ねてみた。姫香は別ルートでの鑑定を提案していて、つまりはネット検索で分かるかもとの事。


 同時に、細見先輩に貰ったメモ用紙の電話番号とメーカー名を、護人はしげしげと眺めて物思いにふける。思い切って携帯で電話を入れると、数コールで繋がってくれた。

 護人はすかさず、出張販売のお伺いを立ててみる。買いたい物のリスト提示と、売りたい物の大体の目安。目の前の石の大きさや巻物の所在を報告すると、何となく分かって貰えた模様。


 簡単な打ち合わせの末、護人は皆に見守られながら携帯を切る。明日のお昼にメーカーの移動販売車が来てくれると告げると、子供たちはおおっと興奮の声を上げた。

 何を買うのと、姫香のワクワクした声での質問が飛ぶ。


「安全の為に、取り敢えずはみんなの防具を買おうと思う……結構お高いけど、そう言う専門の品が売っているらしいね。

 大体のサイズを言ってあるから、明日それぞれ合わせると良いよ。武器の方は……どうするかな、俺と姫香のを取り敢えず買っておくか」

「護人叔父さん、探索者の人達って結構それぞれ動画を上げてるみたい……こう言うのを、装備とかの参考にするといいかもね!? 

 ほら、これとか格好良いかもっ!?」


 さっきから動画やネット情報を調べていた姫香の提案に、皆がどれどれとノートパソコンの画面に目を向ける。そこには、派手な衣装を着込んだ探索者たちの姿が。

 今から有名なダンジョンに突入するぜ的な軽いノリ、一応彼らはその地方では名の売れた探索者らしい。パンクな出で立ちは、しかしそのノリには似合って無くもない。

 各々が凶悪な武器を持ち、手練てだれな雰囲気は確かにある。


 ダンジョン内での戦闘風景も、少しだけだが映っていた。獰猛そうなネズミに似たモンスターや、泥で出来た人型の敵が一行に襲い掛かって来る。

 香多奈はうわぁとかわひゃあとか、何度も変な声を上げて興奮模様。教育に悪いかなと護人は思うが、そもそも姫香も紗良も真面目に見入って似たような雰囲気。

 そのうち冒険者の1人が、余裕がなくなったので放送中止を明言した。


 その後は、場面は一気に変わって、休憩中の探索者の様子を映し出していた。カンテラの灯りを中心に、結界を張ってま~すとパンクな探索者の意味不明な言葉とダンジョン説明。

 どうやら彼らが攻略中のダンジョン、それなりに有名で浅い層は何度も攻略されているそう。ただし奥の方はまだ未開で、結構なお宝が隠されているかもとの事。


 結果を言うと、1泊2日でのパンク探索者たちの攻略は不発に終わった模様。怪我人が出て引き返したけど、実入りはそれなりにあったと最後の報告で締めていた。

 全部で30分に満たない、それはまとめの探索動画だったっぽい。


「凄いねっ……今の5人組の探索者の中の赤い髪の人、炎の魔法を使ってたよ!? それから前衛の人、凄いパワーでモンスターを倒してたっ!!」

「何で探索者の人って魔法使えるの、お姉ちゃんっ!? 修行するのかな、それとも学校で教わるのかな……」

「どうだろう、護人叔父さんは知ってる……?」





 ――護人は知らなかったが、何故か妖精ちゃんが知っていた。





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