第5話 今後の方針を家族で決めに掛かる件
護人が思っていた程には、姫香と香多奈から反発や文句が出なかったのは
ルールやスケジュール等、早急に取り決めておかないと。
そこからは慌ただしく夕食の準備、紗良も手伝ってその手腕を披露してくれた。結果としては、姫香や護人よりは随分とレベルは上の様子。
ずっと
姫香も感心した様子で、それならとアシスタントに徹する構え。出来て行くのは、野菜料理と卵を使った料理、そして肉と玉ねぎとじゃが芋の煮込み。
素材については、ほぼ自分の畑で獲れたモノばかりである。お米もそうで、地産池消を
汁モノはどうしようとか、普通に仲の良い姉妹の様な会話が弾んでいる。護人は調理の参加を完全に放棄、香多奈と一緒に見守る方向にシフトする。
雰囲気だけ見てみると、この先も良好にやって行けそうだ。最初に押し付けられた時は、どうなるかと不安しか無かった護人だが意外と良い条件なのかも。
暇な香多奈は、先ほど片付けた宿題テキストについて護人に説明していた。どうやら早速、新居住者の紗良に勉強を見て貰ったらしい。
姫香と香多奈の姉妹は人懐っこいので、そういう点では信頼出来る。この来須邸での生活も5年を数えて、田舎での生活もバッチリ順応出来ている。
彼女達こそ、紗良の良い教師役になってくれるだろう。
そう思ったら、何となく肩の荷も軽くなる護人であった。若いっていいなと年寄り臭い事を思いつつ、夕食の出来上がりを香多奈と一緒に楽しみに待つ。
ほどなく準備は整ったようだが、明らかに護人と姫香が用意していた昨日とはその装いは違う。チビッ子の香多奈も、それには思わず感嘆の素振り。
話を聞くと、どうやら紗良のいた寮は食事の支度は寮生の持ち回りだったそうだ。古びたオンボロ寮で、その分寮費は安く済んだそう。
幸いと言ってはアレだが、紗良は両親の被災手当で、何とか高校までは借金もせずに卒業出来たとの事。ただこれ以上は流石に無理と、地元に戻って面識のあった自治会長に相談した所。
たった1日で、住む場所と仕事を紹介して貰って今に至る。
渡りに船とはこのことだが、これで安心などしていられない。食後にお茶を飲みながら、雇い主の護人がやって欲しい事を順次説明して行く。
要約すると、姫香と香多奈の勉強を見ること。それからメインの農業の手伝いと、家事手伝いを全般的に。今は姫香がメインでやっている、そのお手伝いという感じ。
その合間に、姫香と香多奈の勉強をみて欲しいってのが護人の願いである。って言うか、勉強の方をメインにしてくれても全く構わない勢い。
何しろ紗良の高校の成績も、かなり上位だったと聞き及んでいる。料理の腕は申し分なさそうだし、後は月のお小遣いの額を定めるだけ。
姫香が今年から小遣い込みで5万なので、教師料込みで8万円スタートで
紗良からすれば、住み込み3食付きでお小遣いが貰える生活環境は願ってもない条件である。光熱費も払う必要もなく、何よりこちらのペースで働ける。
紗良が一番感激したのは、お米の美味しさと野菜の味の濃さだった。これが毎日食べられるのならば、少々辛い仕事でも頑張れそう。
農家の仕事はそれなりに大変だが、植え付けと収穫期以外は案外と暇である。紗良の予定としては、自分の生家の手直しをしたいとも思っているので、空き時間があるのは素直に有り難い。
そこに住むかどうかは別として、自分の生まれ育った家を廃屋として放置しておくのは忍びないとの思いが。そこに降って湧いたかのような、生家の復興計画を聞きつけた次第である。
詳細は協議中だが、補助金やら何やらの手続きは護人の方がしてくれるとの事。春の野菜の収穫が終わって暇になったら、そちらの修繕作業も始めるそうな。
自治会での決定事項なので、既にその予算も決まっている。現在は地方の方が財政が潤沢だったりするので、人手不足以外は至って順調に話は進む筈。
ただし、こちらも家を修繕する技術など持ち合わせていないし、野菜の収穫後には田植えと言う大イベントが待っている。家族総出は定番らしく、ここ数か月は忙しいそうな。
補修の話はのんびり進めるしかないとの、護人の言葉に紗良は頷くのみ。
当面は新しい生活に慣れつつ、仕事を覚えていくのが先だろう。寮生活でもやっていた家事はともかく、農業は5年以上のブランクがある。
詳しい話は今後煮詰めて行くが、仕事の内容や手順は護人なり姫香なりに聞いて覚えてくれとの事で。取り敢えずは安堵の紗良、朝方の不安いっぱいな心境は、いつの間にか反転している有り様。
拾って貰えて良かった、心からそう思う紗良であった。
夕食後の
寮では4人での共同部屋生活だったので、個室など贅沢過ぎるなぁって感じの紗良である。反面、心細さも尋常ではない……そしてチラッと覗き見た、室内の物のない寂しさがそれを
そんな感じで部屋の前で怖気付いてると、姫香が声を掛けて来た。
「紗良さん、どうしたの? あっ、ひょっとして……慣れない部屋で寝るのは寂しいとか?」
「えっ、うんまぁ……昨日までは寮での4人共同生活だったから、ちょっとね」
「紗良お姉ちゃん、寂しいの……? それだったら、ミケさん貸してあげようか?」
会話に入って来た香多奈が、一緒に階段を上って来たキジトラ猫を捕獲して差し出す仕草。肝心のミケ本人は我関せずで、放っておいてと暴れている。
彼女は宵っ張りなので、朝が早い来栖邸では特例的な存在である。
そんな彼女も、新入りの紗良の面倒までは知らんって素振り。
ミケさんってば冷たいなぁと、望みに応じて放流した香多奈の呟きに。それなら今晩は私の部屋で寝ればいいよと、面倒見の良い姫香が気楽に誘う。
そんなら私も一緒に寝てあげると、何故か末妹の香多奈も便乗の構え。そんじゃ眠くなるまで女子トークしようかと、トントン拍子に合同就寝が決まってしまった。
「紗良さんの部屋、ベランダで私の部屋と繋がってるからね。日当たりが良くて、ついでに洗濯物も干せるよ? ウチは家に車での来客とか多いから、下着とかは見えない所に干してるの。
そう言う決まり事とかも、明日から教えて行くね!」
「あっ、うん……そうね、お願いするわ」
「朝は早いよ~、紗良お姉ちゃん……鶏の卵を回収したり、牛の乳絞りして放牧したり。牛舎掃除もあるし、結構大変だよ~?」
布団を持ち込みながら、そんな話で盛り上がる一行。香多奈の脅かすような口調は、しかし紗良は望むところと茶化して受け流す。
聞けば6時前には起床らしいが、女子寮もそんな感じで既に体に染みついている。それから朝の清掃、朝食作りと甲斐々々しく毎日働いていたのだ。
寝るために集合した姫香の部屋は、勉強机と木製のベッド、それから可愛い洋服タンスと収納ボックスという感じ。至って普通の子供部屋、目立つのは壁のポスターくらい。
何故か昔の地元のプロ野球チームのポスターが、不釣り合いに目を引く程度。まるで男の子のような部屋だけど、紗良はそこは
それから寝間着に着替えてから、女子会のノリで気軽なトークが始まった。この辺は紗良も慣れたモノ、色々と年下の姉妹から情報を引き出しに掛かる。
そして判明する、特に大きな不満と言うか愚痴が姫香の進学問題だった。護人の高校行きなさい発言は、叔父孝行をしているつもりの姫香には理解不能の命令で。
それを機に言い争いに発展、来栖家は只今絶賛ギスギス嵐中らしい。
紗良としては、保護者である護人の気持ちは痛いほど分かる。ただし姫香の言い分も、完璧に否定出来ない所が辛い。片道一時間は、野良モンスターとの遭遇の可能性のある現在では厳しい数字ではある。
何しろ現状、電車も自動車も走行中の安全は全く確保されていない。速度を出す程にモンスターとの衝突の事故被害は甚大になってしまう。
“大変動”以降の交通ルールも、自然と大きく変わっていっている。速度制限は電車でも最大40キロ、新幹線など命知らずの乗り物と化してしまった。
車道も同じく、定期運行の装甲車がどの主要バイパスも目立って走っている始末。そうでもしないと、安全を確保出来ないのだから仕方がない。
特に都会の網の目の道路となると、被害のない日の方が珍しい程。
逆に田舎の方が、モンスターが山に居ついてしまって町中での被害は少ない傾向にある。だからと言って完全に安全とは程遠く、逆に住処を追い出された獣の被害が頻発している次第。
この地方のみならず、日本中に発見されていないダンジョンは結構あると推測されている。そのため、野良モンスターの数は年々増加傾向にあるらしい。
それでも田舎の人々の生活振りは、本当に
確かに勝気な性格の姫香は、マジで男前な娘である。とは言えそれなりに整った顔立ちは、野生の俊敏な犬とか狐みたいな雰囲気とも言える。
妹の香多奈も似たような感じ、おしゃまな子リスみたい。
末妹の香多奈は、多少取っ付きにくそうな性格かもだが基本は良い子に思える。夕食後の皿洗いにしても、進んで手伝ってくれていた。
来栖家の決まり事なのかもだが、それをしっかり守れているのは偉いと思う。そんな末妹の現状の立ち位置は、どうやら“誰の味方もしませんよ”らしい。
そうやってバランスを取るのも、確かに賢いなと紗良はちょっと思ってしまった。どちらかの肩を持てば、2対1でバランスが崩れるのを少女は
平衡を保っていた天秤が傾けば、後は崩壊するだけ。投げ出された中身は、容易くは元通りにはならないだろう。それを見越しての行動は、実年齢より余程大人びているように感じてしまう。
「だからお姉ちゃんは、いっつも突っ走り過ぎなんだよ……もう少し計画を練って、1年くらい掛けて護人叔父さんを説得すれは良かったのに」
「そんなの絶対、話し合いじゃあ言い負けるに決まってるじゃん! 私は嫌だからね、寮生活とか言い渡されて、この家を何年も離れるのとか!」
姫香は嫌のようだ、寮生活も悪くなかったと紗良は内心では思うけど。姉妹喧嘩を穏やかに止めに入りつつ、この喧嘩は姉妹の日常なのかなと推測してみる。
姉妹仲は悪くは無さそうだけど、さっき末妹の指摘した通り、姉は暴走気味な所があるのたろう。巻き込まれる側としては、確かに苦言の1つも言いたくなるのかも。
パワフルな身内を持つと苦労する、ちなみに紗良は1人っ子だ。
身内も既に全て亡くなっているので、正直この姉妹の関係は羨ましいとも思う。しかも叔父の護人とも、割と良好な関係性を保っているみたい。
愚痴をこぼしている姫香も、もっと頼ってくれていいのにって感じの不満レベル。家族としての結束も高そうで、保護者への信頼も会話から垣間見える。
その中に受け入れて貰えそうな雰囲気に、紗良は心温まる思い。
「明日も早いし、そろそろ寝よっか……小さい電球だけつけとくね、月明かりが窓から入るから平気だと思うけど」
「ミケさん用に、部屋の扉も開けとくね? トイレは階段と反対の突き当りだよ、紗良お姉ちゃん」
「うん、お休みなさい2人とも」
就寝前の慌ただしい挨拶と、何故かそのタイミングで部屋に入り込むミケとひと悶着ありながら。今夜も窓のカーテン越しの月明かりが、眩しいくらいで厄介だなと紗良は思う。
彼女の高校では、夜は全面外出禁止で月の光を浴びるのも推奨されていなかった。魔素が高まって体調を崩す原因になると、一般的には認識されている為だ。
それでも時折、寂しい夜には無性に月を眺めたくなる時がある。
――窓から差し込む月明かりに、そんな事を思う紗良だった。
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