第4話 新しい同居人の処置について考える件
半ば押し付けられたとはいえ、元はご近所さんの顔見知りである。護人は紗良の荷物を箱型バンの後ろに乗せながら、家にいる子供たちに何て説明しようかと悩んでいた。
幸いにも、
だからと言って、新しく年頃の娘さんを住まわせるとなると……。
「済みません、急な話になってしまって……」
「いや、それはまぁ……それよりウチは田舎だし、敷地内にダンジョンが2つもあって危険だし。本当に良かったのかい、もっと駅に近い方が……」
「いえ、被災者の助成金で何とか高校までは出れましたけど、その後は自分で稼いで行くしかなくって……。
住み込みで仕事が貰えて、おまけに自分の実家の近くですぐ見に行けるのは魅力です。時間があれば、何とか自分で手直ししてみたいと思ってましたから」
紗良のご近所4軒の内の1軒を、民宿にして冒険者を誘致する案は、もちろん
高校を卒業して行く当ても無い18歳の少女は、当然ながら今後継続して稼いで行く必要もある訳だ。住むところは護人が用意するとして、農業を手伝う際のお給金も決めないといけないっぽい。
ところが紗良は、家のすべての手伝いは当然無償と思っている模様。
それはまぁ、タダで住む場所を提供するのは確かにやり過ぎか。世の中には住み込みバイトと言う言葉もあるし、この辺はお互い話し合って決めるべきだろう。
それより姫香と香多奈が、ちゃんと賛成してくれるかどうかが最大の問題である。2人とも気立ては良いので、変に噛み付きはしないと思うがどうだろう。
その辺のケアは、
幸い元の気質が良かったせいで、姉妹は
……いっそのこと、紗良に家庭教師でもやって貰おうか?
何気なくそう思った護人だが、何だか良い考えな気がして来た。紗良に高校の教科書はまだ持っているかを尋ねたら、全部持って来たとの嬉しい答え。
これはちょっと良いかも、頑固な姫香でも家の中での勉強会の提案は拒めまい。紗良の成績は、高校在学中ずっと良好だったと、護人は自治会長から聞いていた。
この案を第一に、話を進めてみるべきかも。
全く、子供を2人も預かってからのこの5年間は、こんな感じで試行錯誤の連続であった。護人は元々、決して計画性のある性格って訳では無い。
それでは立ち行かないのもこの数年で分かった、日々これ勉強だ。
実際、今の世の中は学歴などほぼ関係なくなってしまっている。しかも野菜の値段は昔の、倍以上に値上がりしている。農家の仕事は大変だが、儲かるのは間違いない。
食って行くと言う点では、護人の農業経営は全く困らない良物件なのは確か。米の他にも季節によって色んな野菜を作っているし、鶏や牛まで飼っている。
お陰で姫香と香多奈は、すくすく成長して今では立派な反抗期である。それがこちらを思いやっての動機なので、強く
姫香の孝行振りにも困ったものだと、変な感慨に
農作業用のバンは乗り心地は余り良くないし、犬たちも乗るので独特の香りが漂っている。年頃の娘さんを乗せる予定が無かったので、勘弁して貰いたいと内心で思いつつ。
白いバンは順調に、町の中心から離れて山の方向へ。くねくねした山道を時間を掛けて登って行った結果、紗良はうっかり車に酔いそうに。
それに気付いた護人は、スピードを緩めて車を路肩に寄せて行く。こんな田舎の峠道、使う者は来栖邸に用件のある人だけである。
山の緑の気配は既に濃厚で、もう少し時期がずれれば山桜や山ツツジが自然な
その存在感は、春の喜びに
「もう少し時期が過ぎれば、この場所も藤の花が満開なのを見れるんだけどね。申し訳ないが、この先も峠道が延々と続くよ。
なるべくスピードを落とすけど、我慢してくれ」
「済みません、懐かしさはあるんですけど車での移動に慣れてなくて……何となく覚えてます、5年前の記憶ですけど」
そうだった、紗良は5年前は地元民だったから、この辺の地理や景観も記憶にしっかりあるみたい。それでも、楽しみですと返して来る少女の顔色は、少しだけ持ち直した様子。
なるべくスピードを抑えながら、カーブの多い峠坂を白いバンは登って行く。この辺りは比較的安全と言うか、野良モンスターの目撃情報はほとんどない。
スピードを抑えたドライブは、10分余りでようやく終点へ。途中に紗良の実家の前を通った時、少女は悲しそうにその荒れた民家を眺めていた。
今はどうする事も出来ない、手直しにも膨大な手間と時間がかかるのは分かっている。それでも紗良は戻って来た、ある種の覚悟は決めているのだろう。
来須邸での出迎えは、しかしそれとは真逆の騒がしさ。
まずはハスキー犬達のお出迎え、香多奈はまだ戻っていないのかコロ助は不在だ。レイジーとツグミがいつも以上に騒々しいのは、来客の存在を察しての事だろう。
紗良は少々脅えていたが、来須家の大事な番犬なので慣れて貰うしかない。ちょっと遅れて姫香も母屋から出て来た、紗良とは確か初対面だろう。
驚き顔の姫香、それでもハスキー達の暴挙を抑えてくれている。
「お帰りなさい、護人叔父さん……えっと、お客様?」
「あぁ、まぁ何と言うか……色々と事情があって、ウチで世話する事になった。新しい同居人だ、えぇと今年高校を卒業したばかりの
昔ご近所に住んでた、オーバーフローの生き残りの娘さんだ」
「は、初めまして……ご紹介に与かった稲葉紗良と言います。ご厚意に甘えて、
ぽかんとしている姫香に向けて、礼儀正しい紗良のお辞儀。年齢に対して大人びた感じを受けるのは、相応に苦労をして来た証なのかも知れない。
護人は彼女の鞄をバンから降ろすのを手伝いながら、姫香に言い訳染みた言葉を連ねる。こちらも急に自治会長に言い渡された事、彼女が泊まる場所も仕事も無いと言う事情。
素直な姫香は、それは仕方ないねと簡単にほだされた模様。
進んで空いている部屋の片付けに奔走してくれて、護人からすれば本当に有り難い。ひょっとしたら姫香の反抗期に火がついて、一波乱あるのではと怖れていたのだ。
紗良もどこかホッとした表情、女同士のしがらみを女子寮で散々経験していたので。来須邸は無駄に広いので、空いている部屋は1階に2部屋、2階にも2部屋存在する。
姫香は普通に、2階の部屋に入居して貰う算段らしい。
それと言うのも、姫香と香多奈の子供組2人も2階の部屋を使用しているため。護人のみが、1階の和室を自分の部屋に使っている。
その隣の書斎も護人専用なので、まぁ田舎ならではの贅沢な部屋割りではある。紗良の部屋となる予定の空き部屋も、5畳はあるので不便は無い筈。
そんな感じで、紗良のお引越しは順調に進んで行った。ハスキー犬たちは何事かと、不思議そうに護人に
彼女の荷物を2階に運んでしまうと、実際護人に手伝える事はもう無かった。後は女性陣だけで、速やかに部屋の片付けを行って貰えばよい。
ベッドや
それより紗良との、仕事の取り決めを
護人は現在、30代の半ばの年齢である。紗良を養子に迎えるのは不自然だし、そもそも嫁候補となると少々生臭くなってしまう。
ここは住み込みの家政婦兼農家手伝いの方が、世間体的にも落ち着く筈。
裏の勝手口に座り込んで、レイジーを撫でながらそんな事を考え込んでいると。大人しく撫でられていた彼女が、何かに反応して頭を寄せて来た。
この時間だと、香多奈が学校から帰って来たのかなと、護人は立ち上がって玄関側から唯一の山道を眺める。案の定、小さな影が電動自転車に
その隣には、軽快に駆けているコロ助の姿が。
この地区の小学生は、自転車通学や番犬同伴の通学が普通に許されている。って言うか、保護者の送迎まで推奨されている過保護振りである。
それ程に野良モンスターとの遭遇を警戒しているってのもあるし、護人も去年までは姉の姫香と香多奈の学校の送り迎えは毎日行っていた。
姫香が中学を卒業して、朝は妹を送るようになってくれて。護人の負担は軽減したが、心配はより増している状況である。
この案件は、香多奈の通う小学校と何度か話し合ってはいるのだが。通学バスなど到底向こうも用意出来ず、かと言って保護者頼りはこちらの負担がきつ過ぎ。
辿り着いた妥協点が、電動自転車+番犬の随伴と言う。もちろん護人が暇な時は、積極的に送迎は行なう予定。とは言え、農家をやって自治会の役員もこなしていると、なかなか大変なのも事実。
本音を言えば、姫香が家事手伝いを申し出てくれて助かっている。
紗良がこれに加われば、護人の負担はもっと軽減される可能性が。ただまぁ、農業と家畜の世話に合わせて、町内会で言い渡された民宿業を軌道に乗せるとなると、とてもじゃないけど無理な相談だ。
まずは荒れ果てた空き家を、人の住める環境に戻して行くのが先決。これも仕事の合間を縫って手掛けるにしても、下手すれば数か月は掛かってしまう。
要するに、どこまで行っても人手不足は深刻で、改善の余地は見当たらない。姫香と香多奈がとっても働き者なので、助かっている面が多々ある次第。
それを思うと、性格の良さそうな紗良を引き取ったのは結果的に良かったのかも。そんな思いに
そんな少女に、護人は思い切って新しい住居人の話を告げる。
「ふぅん、住み込みの女の人なんだ……私は別にいいけど、姫香お姉ちゃん次第なんじゃないかな?」
「そ、そうか……それより香多奈、電動自転車にはもう慣れたかい?」
通学に使い始めた電動自転車は、それなりにスピードが出るので扱い慣れないと危険である。それでも通学路で危ない生物と対面した際、逃げるのにその速度は絶対に必要。
そして今では、田舎の学生の
春休みにはもう少し、乗り方を練習したいなとは思っているけど。コロ助と一緒に誰も通らない田舎の道を疾走するのは、この上なく愉快で爽快なひと時ではある。
そんな感想を口にしながら、喉が渇いたであろう愛犬に水を汲んで差し出してあげる。コロ助は喜んで水を飲み始め、それを見る香多奈も満足そう。
一方の邸内、荷物も少なかったので紗良の引っ越しは呆気なく一段落ついていた。それで姫香は、家の中の案内をしてあげる事を思い付く。
2階から始まって、広い邸内の1階の部屋を順に案内して回る。トイレは両方の階にあるし、お風呂や水回りも広くて使い心地は良い方だ。
田舎の特典を得意げに喋りつつ、姫香の案内は続く。
「この子はミケ、ウチの最古参だから扱いは丁寧にね!」
「よ、宜しくね、ミケちゃん……でもこの子、キジ虎だよね!?」
「ミケの本名は、実はミケランジェロって言うの! 5年前の騒乱を生き残った強者だよ!」
そうらしい、紗良はソファで
何しろミケは、気に入らない相手には容赦の無い対応をするこの家のボス的存在なのだ。ペットの中では序列は1位、ハスキー軍団さえ道を譲ると言う。
そこから姫香の案内は、庭から飛び出て外の農地の境界線までに及んだ。特に2つのダンジョンの位置は念入りに伝授、不用意に近付かないように注意する。
畑にはキャベツや玉ねぎや豆類が植えられていて、収穫の時期を待っている。田んぼはまだ手付かずで、所々にレンゲの花が咲いていた。
ダンジョンの存在さえなければ、長閑な田舎の風景そのもの。
紗良は途中で思い立ったかのように、近所の自分の実家の方も見てみたいと姫香に相談した。少女は少し考えて、念の為だと離れの納屋からバットを持ち出す。
それからレイジーとツグミを呼び寄せ、それじゃあ行こうとニッコリ笑顔。
「……やっぱり、この辺って物騒なの、姫香ちゃん?」
「ん~、そんな事も無いけど……護人叔父さんが
バットを抱えて男前な返事の姫香、確かにこんな障害物の無い田舎道は敵と応対するには不利過ぎる。猪や熊が、ひょっこりとその辺の山から下りて来る事態だってあるのだ。
その点、ハスキー軍団の護衛は物凄く頼りになる。山間や
そしてやって来た、元ご近所は文字通りの廃屋一歩手前な感じ。
建物はモンスターの襲撃に遭ったのか、外塀も建物の壁も一部が壊れてしまっていた。そこから窺える内部も、やはり長年の放置が
細い民家前の道を歩く2人だが、かつての居住者の紗良も家の中までは確認しようとは思わなかった。中に得体の知れないモノが潜んでいたらと思うと、尚更の事。
物思いに
――うらびれたその建物の雰囲気は、堆積された時間を物語っていた。
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