第3話 自治会で何とか、町興しの案を捻り出す件





 ――時間軸は1ヵ月ほどさかのぼって、3月の自治会の場面に至る。




 広島県の北西部にある、日馬桜ひまざくら町の自治会は、数年前に新しく建てられた集会所で定期的に行われている。なかなかに洒落た建物で、何故かついでの様に消防施設と郵便局施設も併せ持っていたりして。

 色んな用途に使われているが、町の小ささに比例して集まる人数は実際は大したことも無い。その割には施設内の備品には金が掛かっているし、造りも立派である。

 理由は色々あるが、ぶっちゃけると5年前の大変動が大きく関わっている。


 つまりは月が地球に大接近したのと、それに伴う地軸の変動での騒ぎである。何故そんな異変が起きたのか、詳しく説明出来る学者は今の所皆無らしいのだが。

 生き残った者の立場からすると、その後の“大変動”の方が問題だった。つまりは『ダンジョン』の出現と、そこから溢れ出た『モンスター』の存在である。

 それが丁度5年前、世界の常識が一変した瞬間だ。


 専門家の発表は、その騒乱がようやく終結を迎えて少ししてから行われた。曰く、自分たちの存在する次元が、他の次元と何らかの手段で繋がったのではないかと。

 その最接触点が『ダンジョン』で、その中の魔素に毒された何らかの生物が『モンスター』化して襲って来るのではないかとの発表だったのだが。

 だそれは憶測に過ぎず、今なお正確な原因は不明とされている。


 その大混乱の際の傷跡は、今も日本中に見受けられる。特に流通とエネルギーの分野が大打撃を受けて、大都会が機能をしなくなったのが地味に作用して。

 生き残った人たちの、生活区域が大きく変化したと言う経緯が。


 要するに、どれだけ金や権力を持っていても、食の供給を断たれては如何ともし難い状況に。モンスターから身の安全は護れても、流通全ての安全確保はとても無理。

 そんな訳で、大都会が経済の中心地と言う概念は、1年と持たずに瓦解する破目に。


 地方が地元じぶんたち優先の政策をとった事も、もちろんその要因にはあるのだが。それも当然と言えばそうで、自分たちも食って行かなければ死んでしまう。

 しかも『ダンジョン』は、地方の方がその数を多く出現させたにも拘らず。政府の方針は都会の整備と自分たちの命の優先、求心力を失うのも当然ではある。

 そんな様々な理由により、地方の独立運動が活性化して。


 以前の過疎化もどこ吹く風の騒動の末、地方の地方による地方の為の行政があちこちで立ち上がり。まるで戦国時代の様に、日本は分裂して行って。

 小規模な流通経路が各地で誕生、ただしそれも割と命懸けと言う。挙句の果てに、モンスターを狩りダンジョンを攻略する専門職、つまり『探索者』が爆誕するに至って。

 どこのファンタジー世界だよと、ヲタク連中が口を揃えて呟いたとか。


 とは言え、積極的なモンスターの駆除やダンジョン攻略は、県民には諸手を上げて歓迎された。何しろ、5年前の惨劇を誰もが経験しているのだ。ダンジョンから一斉に各種モンスターが溢れ出した、“オーバーフロー”と言う非常事態を。

 それこそトラウマになる経験を生き延びた人々は、それに対抗する勢力に積極的な優遇措置を取り始めた。危険な職務にく探索者には、それ相応の厚遇を。

 その代わり、定期的な敵の駆除活動はして貰いますよと。


 優遇措置の中には、ダンジョン関連の儲けに対しては免税されると言う項目もあるのだが。ただし、免許制度には強力な力を所有する者への、一定の抑圧と言う意味も含んでいる。

 探索者は、当然だがモンスターに対抗するために殺傷力のある武器を所有する。当初は重火器類が主流だったが、入手の難しさから次第に刀剣類へと推移して行って。

 今では本当に、ファンタジー世界のような装備が主流になって行っている。


 さて、警察はともかく自衛隊などの戦闘プロ機関が、地方自治体にスンナリ迎合してくれなかった地区に関しては。それなりに、探索者の囲い込みに必死にならざるを得ない訳で。

 地方によっては、警察や消防隊員が自警団の様な活動をする場合もあって。ここ日馬桜町も同じく、ただし定期的なダンジョン攻略とまでは至っていないのが現状で。

 田園地帯の多く広がるこの町は、常に人手不足なのだ。


 それは過疎化の流れも拒否する、人々の危機回避的な行動だったのだから仕方が無い。要するに日馬桜町は、人口に対してダンジョン数が極端に多かったりするのだ。

 それに比例して、モンスター被害も多くなるのは必然で。都会から食の流通を求めて移住して来る人達も、この不遇な町に対しては総じてスルーすると言う嫌な流れに。

 必然的に、日馬桜町の町内会のテーマもそれに準じて来る。




「そんな訳で、町内にある全部で23のダンジョンの見回り報告じゃが……今月はどこも問題なしと言う、有り難い結果が上がっちょります。

 ただし、皆も知っての通り、ダンジョンの危険度は2~3日放置でコロッと変わるもんらしく。くれぐれも慢心せずに、定期的な近辺の見回りを心掛けてくだされ。

 町民の生活に関わる事なんで、これに手抜きが無いように、以上!」

「以上つったって、自治会長……自警団も先週にゃ怪我人出とるし、根本的な対策を立てんといかんのんじゃないかね?」

「そりゃそうじゃが、農家も人不足で田んぼの準備も春野菜の植え付けもあるっちゅうのに……下手にダンジョンで危ない目に遭って、さらに怪我人でも出した日にゃ一家で破産じゃあて」


 この辺りの遣り取りは、いつも通りなので護人もりとは華麗にスルーする。町内会の年配者は、いつもこの議題になると白熱した意見を言い合うのだが。

 護人は唯一年齢が30代の若手なので、意見の重みも信頼も無い。自分でもそれが分かっているので、敢えて突っ込んだ意見を述べることも無い。

 ただ聞き飽きた言い争いが、早く終わらないかなぁと思うのみ。


 峰岸みねぎし自治会長も同じく、彼はやり手のビジネスマンの様な風貌で、年齢的には60代の筈なのだけれど。もっと若く見えるし、威厳だかオーラ染みたモノを漂わせている。

 護人も実際、自治会長にしておくには勿体無い人材だと常々思っているのだが。本人はこの生まれ育った町をこよなく愛している様子で、その町の活性化に常に尽力している感じ。

 そしてその為の案も、色々と用意しているようだ。


「もちろん探索者の誘致案件も、今日の議題にする事になっちょる。探索者のダンジョン攻略の際の民泊の無料化、及び長期宿泊への対応、それに際しての助成金の出資案も市の方に通したわい。

 他にも厚遇措置を設けて、冒険者に居着いて貰わんといかんのんじゃが。どんな特典を設けるか、そこら辺を皆で話し合おうじゃあないか。

 ちなみに助成金にゃあ限界があるんで、金の掛からん案を頼むで」

「そうは言うても、金を掛けんでサービス向上しろっちゅうてもなぁ……買い物や食事のサービスくらいか?」

「それも金掛かるやろーが、もっとこう……精神的なサービスとか?」


 中高年のサービス案などたかが知れている、一向に話がまとまらないまま結局は持ち越しのパターンへ。護人が毎回辟易へきえきする、エンドレスの話し合いの典型的な例である。

 次いで峰岸自治会長は、その民宿予定地を取り敢えず、町に4軒ほどピックアップしたと発表した。要するに人が住まなくなって久しい空き家だ、今どきそんな物件は珍しくもない。

 護人が気になったのは、その内の1軒が来須邸の近場だった事。


 彼が若い頃は、ちゃんと近所付き合いもあった最寄りの民家でもあった。4軒ほど密集して建つ定番の田舎農家の建物で、来須邸からはたっぷり2百メートルは離れていて。

 その頃はきちんと農地の管理もされていて、来須邸との交流も頻繁にあったのだが。主に作物の植え付けやら収穫やら、お互いに協力体制が出来ていたのだ。

 懐かしいなと、護人は暫し思い出に浸る。


 だが今となっては、あそこは住人も居なくなって久しい廃屋でしかない。農地も荒れ果てており、あれを元に戻すのは結構な骨折り作業だろう。

 民宿の体制を整えるのにも、どれだけの労力を必要とするのか。何しろ5年前の“オーバーフロー”では、あの田舎地帯一帯はモンスターの襲撃でとことん打撃を受けたのだ。

 護人の両親もそう、ご近所共々にモンスターの餌食となった。


 彼自身は、その当時は市内の務めを持っていて。実家と離れて一人暮らしをしていたせいで、何とかその被害は免れたのだけれども。

 被害現場を見た時には、立ち直れないほどのショックを受けた。


 それでも実家に戻る決意をしたのは、勤め先が機能しなくなって職無しとなったのが第一の要因。それから遠縁の(実際は血の繋がらない)親戚の、姫香ひめか香多奈かたなが頼って来たと言う事情がある。

 彼女たちも、同じく両親を亡くして途方に暮れていたのだ。


 姫香姉妹との関係だけど、護人の姉の嫁ぎ先の縁者なので、実際本当に血の繋がりは無い。ただし姉の邸宅に遊びに行った際には、大抵顔を合わせていたので面識は前々からあったのだ。

 “大変動”で親しい人との連絡が取れない中、何とか頼って来てくれた彼女たちを保護しつつ。騒動が治まるまで何とか身を隠し、それから姉夫婦や実家の様子を確認して。

 どちらもこの世を去っていたと知った時の、絶望感は半端では無かった。


 それも全て5年前の話だ、姫香が10歳で香多奈などほんの5歳だった。あの時の姫香には、護人は本当に救われる思いだった。自身の苦難を表に出さず、護人や妹を心底思いやる言動ばかりで。

 そう、そんな性根の娘だからこそ、高校に進学せずに家業を手伝うとの申し出がスッと出たのだろう。こちらとしては寝耳に水だ、吃驚びっくりを通り越して顎が外れそうになった。

 こんな時代に誰がした、全ては“大変動”のせいだろうけど。


 それも勿論あるが、彼女の肉親思いの優しさも根底にはあるのだろう。同居人としてなら良い娘に違いないが、保護者の立場からすれば悩ましい存在である。

 学校とは、何も勉学に勤しむだけが全てでは無い……友達と青春を謳歌おうかする、そんな当たり前の可能性を潰してしまうのが、とても残念だと護人は口にするのだが。

 当の姫香は、これも青春だと全く譲る気配が無い。


 入試の季節はとうに過ぎてしまったので、今更言い合っても全く見当外れなのは護人も良く分かってはいる。だけど保護者として姫香の幸せを願うのに、時期がどうのと的外れな言い訳など必要ないのも確かで。

 そんな混乱の最中の来須邸に、何故か新たな騒動の火種が投下されそうな気配。自治会長の峰岸がこちらを見詰めていて、来須邸のご近所の廃屋は護人に任せるつもりと爆弾発言。

 ちょっと待って、こちらにそんな余裕などありはせぬ!


「そりゃ分かっちょる、日馬桜町は農家も商店も自警団も、どこも人手不足なんじゃから。んで、物は相談なんじゃが、護人……稲葉いなばの娘さんが、今年高校の宿舎を卒業してな。

 実家も廃屋化しとるし、両親もこの世を去って行く当てもないっちゅうんで……どうや、お前んとこでしばらく引き取って貰えんかの?

 本人は是非とも、実家の居住区と田畑を復活させたい言いよるんよ」

「えっ、稲葉さんとこのお嬢さん……!? そっか、高校に進学して、もう3年経つんだ……」


 ってか、しばらく引き取るって、それこそ寝耳に水な案件である。護人からすれば、確かに知らぬ仲では無いし手助けしてあげたい気持ちはあるけど。

 元ご近所とは言え、年頃の娘さんをホイッと気楽に預かるとか恐ろしい事は当然出来ない。ウチには姫香も香多奈もいるし、先住民の気持ちもちゃんと確認しないと。

 ところが峰岸自治会長の話では、隣室に既に当人が控えているとの事。


 こちらの知らぬ所で、ズンズン話が進んで行ってるのはどう云う了見か。向こうは住まわせて貰えるなら、家事手伝いでも実家の農業でも何でも手伝うと、しっかり言質は取ってると自治会長は言うけれど。

 そんな簡単な話ではない、いや確かに人手は欲しいけれど。何しろそろそろ春野菜の種植えの時期、姫香や香多奈が手伝ってくれるとは言え丸1日掛かりでも作業は終わらない。

 大事な稼ぎ時なのだ、真面目な働き手は居た方が良いに決まっている。


「護人も、急に言われても困ると思うんじゃが……それは充分に分かっちょるが、儂も紗良さらちゃんに相談されたのがついさっきじゃったんよ。

 彼女も散々迷って、地元に帰ってくる決意をしたらしいんじゃ……そう言われたら、こっちも相応の援助を約束してしまうじゃろう」

「約束って、こっちに丸投げじゃないですか……家には子供たちもいるんだし、急に連れて帰ってくれとか困りますよ。

 家族の意思統一の間、そちらで預かって貰えないんですか?」

「未成年の女の子を? こんな世知辛い世の中に、たった一人で放置するって?」


 そうは言ってないだろう、自分を選択肢から外す峰岸自治会長に内心で腹を立てながら、しかし峰岸も5年前の騒乱で連れ合いを亡くして、今はやもめ暮らしだったと思い出す護人。

 そんな家庭に、身寄りのない少女を一時的にしろ預けるのは、確かに世間体的にも宜しくない。仮宿を取って貰うのも、職も無い女の子に金銭的な負担を押し付ける事になるし。

 何だか詰んでる気が、全面的に申し出を受け入れるべき?


 自治会長の話では、既に隣の部屋に紗良が控えているらしい。議会もいつもの様に適当に切り上げて、次の日程を告げてお開きの形に。

 毎度の暴挙だが、もはや会員の誰もが慣れっこになってしまっている。白熱した議論を延々と続けるのも、それはそれで体力を費やしてしまうので。

 スパッと終わらせるのも、ある種の手腕ではあるのかも。




 そんな感じで定例会議の終了後、護人は自治会長に連れられて新しい同居予定人と引き合わされた。彼の記憶の中の紗良は、ほんの子供でひたすら大人しかった印象だったけれど。

 目の前の少女は、見違えるほど美しく成長していてかなり吃驚びっくりしてしまった護人。大人しそうな印象は変わりないが、長い黒髪が良く似合う清楚な顔立ちに変わっている。

 大人びた感じを受けるのは、彼女の苦労の人生故か。


 部屋の外からは、年配者たちの騒がしく移動する気配が。彼らも色々と忙しい中、時間を捻出して町内会に挑んだのだ。恐らくこの後、各々の仕事に戻って行くのだろう。

 護人も家に戻って、こなすべき仕事が幾つかある。それでもこの目の前の、大きな旅行鞄を幾つも抱えた知り合いの少女をスルーしては行けない。

 捨て猫を拾うと言えば聞こえは悪いが、まさにそんな感じ。


 峰岸自治会長は、既に決まったかのように護人の家の事情を報告している。姫香と香多奈の姉妹の事、仕事の内容や肝である敷地内のダンジョン事情……。

 確かに優良物件では決してないし、普通の子供なら断って然るべき条件だ。近場に危険なダンジョンが、2つも存在すると言うのは、普通に生活を過ごすのにとても辛いのは確か。

 向こうが断る事態も、高確率で存在する――





「お久し振りです、護人さん……これから面倒を掛けます、宜しくお願いします」











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る