第2話 モグラ叩き宜しくモンスターを殲滅した件
ブロック塀を壊して出現したダンジョンの入り口は、畳にして1畳程度の大きさの穴であった。そこから出て来たのは、何と黒光りする巨大アリ。
大きさはコロ助よりやや大きい位、ただし突き出した顎の凶悪さはちょっと引きそうなレベル。ギチギチと威嚇音を発していて、途端に
ところがハスキー軍団は、それを挑発と受け取ったよう。
レイジーを先頭に、勇ましく躍り掛かって行く3匹の大型犬たち。その勢いは疾風の如く、ただし
群れのリーダーのレイジーが、まずは敵の気を惹いて
瞬く間に、最初の1匹は首と胴体が泣き別れに。
ホッとしたのも束の間、続いて同じタイプの
自身は近くにあった、
「叔父さん~~っ、お姉ちゃん~~っ!! 大変だから、はやく裏庭に来て~~っ!!」
精一杯の大声でもって、現在の危機を家族に知らせる。それから香多奈は勇気を出して前進、大事な我が家に異物を侵入させてはならないとの意気込みを胸に。
それは少女の中でも、最大級の恐怖だった。それを許すくらいなら、自分が壁役になってモンスターの侵攻を妨ぐ方が数倍マシだ。
そんな覚悟で、震える足並みでコロ助の隣へ。
騒動は尚も続いていて、ハスキー軍団は2匹目の大アリをこれもあっさりと倒してしまった。そして間をおかず現れる3匹目と4匹目、こちらも勢い衰えず迎撃態勢。
香多奈も怖気を振り払って、小鍬の振り下ろしで蟻モンスターの脇腹に痛打をお見舞いする。一撃で仕留められるダメージでは無かったが、すかさずコロ助がフォローに入ってくれる。
戦ってみた感触だが、顎の噛み付きさえ気を付ければ何とかなりそうな感触。
「香多奈っ、どうした……って、何でこんなところに大穴がっ……!?」
「わわっ、これってひょっとしてダンジョン穴……!? もっ、
「
俺と場所を変わろうっ、後ろに下がる時はそっとだぞ!」
姫香は叔父の護人に言われた通り、耕具を取りに納屋へとダッシュ。香多奈も渋々、自分のポジションと武器を護人に譲り渡す。
自分も上手くやっていたと言う自負は、しかし次の瞬間に呆気なく霧散した。蟻モンスターの数は今や4匹に増えており、しかも赤っぽい色違いの奴まで混じっている有り様。
ソイツが
幸い、その攻撃を受けたレイジーは、素早いステップで直撃は
護人は何とか小鍬で1匹仕留めながら、もう少し下がる様にと香多奈へと指示を飛ばす。最初は意表を突かれたけれど、対面した蟻モンスターの脅威は意外と低い。
ただし群れを成すのとさっきの
赤っぽい色合いの蟻モンスターは、結構奮闘してその場に居据わり続けた。その頃には、姫香が耕具を両手に抱えて戻って来て、母屋から
これで来須家の人間は、全員揃った事になる……まぁ、チビ妖精はギリギリ除外するとして。そしてこの命懸けの前線維持に、姫香は平鍬でなくて刃部が4本ある備中鍬を選択。
割と凶悪なその凶器で、モンスターの背中を耕しに掛かる。
農業経験のほぼ皆無な紗良は、しばし迷った末に根切りシャベルを選択した。持ち手がついていて、使い易そうに見えたのがその理由だろう。
実際、シャベルは叩いて良し突いて良しの、素晴らしく使い易い形状をしている。軍用シャベルなんてモノもあるくらいで、万能器具だったりもするのだ。
ただし、振り回す紗良は割とヘッポコ振りが目立つけど。
家長である護人は、小鍬を両手にそれなりに奮闘していた。そこに香多奈が大きいサイズの平鍬を抱えて、武器の交換のサポートに近付いて行く。
一瞬迷った護人だったが、素直に少女の親切を受け入れての武器交換。しかし小学生の香多奈に、これ以上の参戦は許さず再び後退するように指示を出す。
敵の数も安定して来たし、恐らくはこのまま押し切れる筈。
それでも香多奈は用心しつつ、戻って来た小鍬を肩に抱えて集中して戦闘を見守っていた。最近家族になった紗良姉が気掛かりだが、レイジーが上手くサポートしてくれている様子。
気が付くと、赤っぽい色合いの蟻モンスターは、いつの間にか戦場から姿を消していた。ハスキー軍団が処理してくれたみたい、そして今は青っぽい一際大型の蟻モンスターが、新たに穴から湧いている。
これには
「やあっ、たあっ!!」
「姫香っ、危ないから前に出過ぎるなよっ!?」
「了解っ、護人叔父さんっ!」
気が気でない感じの護人の注意に、思い切り胴体に食い込んだ鍬の刃を抜き取りながら、姫香が元気に返事をする。鍬の用途と言うのは独特で、土に食い込ませて抜く前に掘り起こす過程を含むのだけど。
モンスターとの戦いでも、忠実にそれを遂行している姫香であった。ってか、それをしないと鍬の刃が抜けなくなってしまう恐れがある。そんな感じで、知らずにダメージを増す術を選択している。
姫香も意外と、戦闘センスはあるのかも知れない。
そして戦場は、いつの間にか護人と姫香がタッグを組む形になっていた。蟻モンスターの気を惹くのが護人で、ダメージを与える役目が姫香である。
護人の鍬捌きは、年季が入っているだけに堅実で力強さがある。蟻モンスターの噛み付きを巧みに
姫香はその逆で、度胸一発の踏み込みで大ダメージを与えている。
青っぽい大型の蟻モンスターも、とうとう姫香が勢いで倒してしまった。ハスキー軍団も威勢は衰えず順調な様子、それに混じって紗良もシャベルを振り回している。
紗良の方はダメージ役と言うよりは、嫌がらせの足止め役程度でしか無かったけど。ハスキー軍団が上手くフォローしてくれて、危ない様子は見受けられない。
いざと言う時は助けに入ろうと画策していた、香多奈の出番は来ず終い。
戦闘時間は長かったようで、実際は10分と少し程度だっただろうか。香多奈の隣には、いつの間にか妖精ちゃんがパタパタ飛んで来ていて、それ行けー的なゼスチャーで愛想を振り撒いていた。
全く役には立っていないが、それは香多奈も同様だとちょっとションボリ。蟻モンスターの勢いは、ようやく終焉の方向へと向かっている様子。
ダンジョンから出て来る数が、今は明らかに減って来ている。
それを受けて、護人はまず紗良に下がる様にと号令を発した。紗良は素直に、警戒しながらじりじりと香多奈の側まで後退して行く。
それから次は、最初からこの戦場にいたコロ助の番らしい。興奮しているコロ助だが、何とか香多奈の呼びかけに応えて下がって来てくれた。
そしてその姿に、香多奈は思わず悲鳴を上げて卒倒しそうに。護人が何故ハスキー軍団からコロ助だけ下げたのか、その訳は一目瞭然だった。
顔の左側面から胴体に掛けて、血で真っ赤になっている。
返り血なら良いが、そもそも蟻モンスターの血は赤くは無かったような。紗良がすかさず、自前のタオルを濡らして手当を始めている。
香多奈の呼びかけに、しかしコロ助は尻尾を振って元気に応えてくれていた。傷は負いつつも、それ程に深くは無いのかも知れない。
それでも心配な香多奈は、パニックになりつつ叔父の護人の名を呼ぶ。
「
リビングにスマホを置いて来たから、それを持って来てくれ」
「護人叔父さん、もう穴からモンスターが出て来る気配は無いみたいだよ?
レイジーとツグミがいれば、大丈夫だと思うけど……」
「いや、少し休憩しよう……みんな怪我とか負ってないか、レイジーとツグミの状態もも見てやってくれ」
何とか戦いの終焉となって、そこからは怪我の有無の確認や各所への報告やらでひと悶着。香多奈は大慌てで護人にスマホを手渡して、獣医の孝明先生への伝言に側で聞き耳を立てる。
何しろコロ助は少女の相棒である、心配でたまらないのも当然だ。一方、他の犬たちに目立った傷は無い様子、そして人間も同様に全員無事だったとの報告が。
ようやく大きく息を継ぎ、その場に座り込む護人である。
厳戒態勢はそのままだが、しかし犬たちは静かなモノで護人の近くでリラックス状態。各所への連絡もひと段落終えて、後は獣医と自警団の到着を待つばかり。
陽は段々と傾いて来て、もうすぐ夕暮れから一気に薄暗くなって行く。山の上の天候だ、そうなれば一気に肌寒くなるのは住人皆が知っている。
だが今は、慣れない戦闘の余韻で全員がグッタリ模様。
あれだけ倒したモンスターの亡骸は、何時の間にやら全て消えて無くなっていた。この程度の不思議現象は、ダンジョンのマメ知識ですっかり周知の事実になっているとは言え。
思い切り母屋の近くに出現したダンジョンに、一家はゲンナリ模様なのは否めない。コレどうするのと姫香が戸惑いつつ尋ねるが、護人の返事もどうしようかねぇと煮え切らない。
それも当然だ、家ごと引っ越すなど無理な相談なのだ。
「……取り敢えず、今出来る事をしよう……紗良、いつもより多めにお米焚いて、それでお握り作ってくれないか? 孝明先生やら自警団の人達やら、今夜は出入りが多いから。
姫香、もうすぐ暗くなるから家にあるだけランタン持って来てくれ」
姉の2人が、家長の指示で行動を起こす中。自分には何か指示は無いのかなと、香多奈は叔父に近付いて行こうとする。ところが何故か近くにいた妖精ちゃんに、別件で用事を言い渡される少女であった。
こう言ってはアレだが、妖精ちゃんは自分を下僕とか思っているのではと、香多奈は少々不満に思いつつ。素直な少女は、それでも言われた通りに納屋から編み籠と火バサミを取って来る。
チビ妖精は何かを拾いたいらしいが、果たしてその通りだった。
護人やハスキー犬たちが敵を倒した周辺に、それらは転がっていた。小さな宝石みたいな石粒から紙のスクロールみたいなのまで、種類は様々。
妖精は熱心に、ココにあるアソコにもあると回収に口添えして来る。それに気付いた護人と姫香は、興味深そうに香多奈の集めたアイテムに視線を注いでいる。
それはダンジョンの副産物、換金可能な宝物っぽい。
「凄いな、探索者研修の時に何となく聞いた覚えはあるけど……こんな感じで回収するんだ、香多奈は良く知ってたなぁ」
「ううん、妖精ちゃんが拾えって教えたくれたの……これって魔素の塊だから、放って置くのも不味いんだって!」
「そうなんだ、でも綺麗だねぇ……あっ、護人叔父さん! ランタンと懐中電灯持って来たけど、ランタンはそこの枝にでも
モンスタードロップらしきアイテムの回収も終わり、妖精も一通り満足はしてくれた様子。姫香も夜のとばりが訪れる準備に追われ、ちょっと忙しそう。
犬たちはリラックス状態を終えて、再び番犬モードでテリトリーの周回を始めている。レイジーは一度だけ、心配そうにコロ助を窺いに訪れたけど。
大丈夫そうなのを確認して、任務に戻って行ってしまった。
それを眺めて、護人もこの出来立てホヤホヤのダンジョンの危険性は、もう去ったのかなと思い始めていた。とは言え、こんな母屋の直近10メートルの場所の危険物を無視など出来る筈も無く。
どうしたモノかなと思案顔、埋め立てる案は昔から出されてはいるようなのだが。上手く行った試しは無いそうで、現在は労力の無駄と認定されている。
他に代案は……考えられるのは、妖精に相談するくらい?
この、香多奈がある日捕まえて来た妖精だが、別次元の存在のせいか不思議現象に関しては色々とモノ知りだったりする。ただし残念な事に、今の所香多奈としか意思の疎通は出来ない。
そもそも、何故に香多奈が妖精の言葉を理解しているのかも不明である。それを言えば、何故に来須邸に居着いたのかさえ謎。
喧騒の3月が過ぎ去り4月になっても、来須家を廻る騒動は一向に収まる気配が無い。護人はため息をついて、暗い影の潜むダンジョンの穴を見下ろした。
この中を探索して回ろうなどと、姫香の度胸には恐れ入る。自分よりよっぽど探索者に向いているのかも、いやそんな危険な真似はさせないけども。
――それよりも、
***来須邸の現在資産的な推計***
――護人と扶養家族3人(未成年含む)+妖精ちゃん
――ペット、犬3匹、猫1匹、牛とヤギ、鶏と野鴨数羽
――周辺の山3つ(タケノコ山含む)
――田畑 20ha(東京ドーム約4個分)
――ダンジョン3つ(
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