田舎の町興しにダンジョン民宿を提案された件
マルルン
1年目の春~夏の件
第1話 庭先に唐突に、新しいダンジョンが出来た件
4月になって、
さすがに梅の花は散って、桜が咲き始めている。もう少しすれば満開になるが、ここの住人は別段にそれを意識していない。
母屋にただいまの一声を掛けたら、どうやら叔父の
そんな日常も何のその、香多奈はあまり気にせずに日々を過ごしている。自分の能力に対して、起きた事象が大き過ぎて手に負えないってのもあるけれど。
ゴタゴタの要因が、お互いを気遣う
放って置いても、いずれは上手く行くだろうとの予測が少女にはあって。4月で小学5年生に進級して、ちょっと大人になった気分の香多奈の本能からの推測だ。
それ程的外れではないと思うし、何と言うか他にも立て続けに面倒事が起きていて。色々と考えなければいけない事態に遭遇している、来須家の面々だったり。
5年前から、世界は生きて行くのも大変だと言うのに……。
いや、根っこの問題はそこにあるのかも知れない。5年前の、世界を揺るがした“大変動”……月が地球に大接近して、地軸が傾いてしまってからの騒動。
学校の授業での説明では、この世界と別の異世界とが繋がってしまったのだと先生は言っていた。その結果出現したのが『ダンジョン』で、そこから溢れだした『モンスター』は異世界からの尖兵なのだと。
偉い学者さん達が、悩み抜いた末に導き出した仮説らしい。
そこから世界は変わったし、姫香と香多奈の人生も大きく狂う事となった。彼女たちの両親は、最初の“大変動”からのモンスターの“オーバーフロー”騒動で、この世を去ってしまっていた。
世界的にも、多くの死傷者に見舞われたこの“大変動”だが、生憎と収まる気配は一向に無かった。ダンジョンは世界各国に出現して今もあるし、被害者の数も増加する一方で。
5年経った今も、根本的な対策は確立されていない始末である。
姫香と香多奈の姉妹も、その後に何とか遠縁の親戚に引き取って貰った格好で一段落付いて。本当はその間色々とあったのだけど、幼かった香多奈はあまりよく覚えていない。
それでも来須邸に辿り着いて感じた温かさは、今でもしっかりと思い出せる。ようやく安心して寛げる場所、それがこの
そしてその温かさは、5年後の今も変わっていない。
そんな現在の来須邸の騒乱の中心は、15歳になる姉の姫香にあった。つまりは今年めでたく中学卒業の彼女が、高校に進学しないと明言して。
当然保護者の護人は、学費など気にせず進学しなさいとの構え。
これが来須家の、主な揉め事の内容である。長女の姫香は別に成績が悪いとか、勉強が嫌いと言う訳では無い。だから叔父の護人も、高校進学を散々勧めたにも関わらず。
姫香も頑固で、こんなご時世に学歴など必要ないとの信念で。何しろド田舎に位置する来須邸、駅に出るにも車で20分近く掛かってしまう。
自転車を使うとしてもその倍、しかも道中の安全は保証なし。
その後も電車とバスを乗り継いで、合計片道1時間半も通学に掛かってしまう。安全なご時世ならまだしも、野良モンスターのうろつく現在は外出も命懸けである。
それなら常に人手不足の、実家の農業を手伝った方が千倍良いと判断したらしく。普段は素直で叔父思いの長女の、突然の反乱に叔父の護人も戸惑いを隠せず。
来須家の中心のこの2人の騒乱に、他のメンツも振り回されて。
末妹の香多奈が一番、迷惑を
香多奈が捕まえた騒ぎの元は、今ではこの来須邸が気に入って棲みついてしまっていた。最初は大いに戸惑った家族たちも、今ではこの珍現象を受け入れていて。
半ば強制的な同居とは言え、追い出す訳にも行かずな現状。
今ではちょっとだけ後悔と言うか、申し訳なかったかなと考えている香多奈だが。今日の行事のヒマワリの種植えは、誰にも迷惑は掛からないと思う、多分。
この事は、出掛けに叔父さんに了承を得ているし、種もしっかり用意している。去年の収穫の余り物だが、去年同様に大きな花を咲かせて欲しい。
それを見に訪れる友達は、ほとんどいないとしてもだ。
それもこれも、来須邸の立地場所に起因するので仕方が無い事ではある。それでも、放課後友達と思いっ切り遊べない現状は、割とストレスに感じるのも確か。
香多奈に関して言えば、家の仕事や家事の手伝いは別段嫌いではない。しかも今では、新しい住人となった
少女の出番は、めっきりと減ってしまっている現状である。
この新しい住人の
今年無事に高校を卒業したのだが、入っていた寮を出ても帰る場所が廃墟化しており。紗良も5年前の災害で、両親とも亡くして天涯孤独の身の上なのだ。
そこで護人が、行く当てのない少女の身元引受人となる流れに。
そこは大人の事情が色々と働いたらしいのだが、近所で遠縁の紗良の実家の復興という、純粋な願いも大いに関係していた。今は本当に廃屋で、田畑も荒れ放題ではあるモノの。
どうにか人の手を加えれば、数年で耕作地に戻るかなぁという感じ。ただし相変わらず人手不足は深刻で、それは田舎だからという理由だけでは無い。
いや、他国からの輸入が滞っている現状では、都会は既に機能してないのだけど。
逆に、食糧自給率の高い田舎の地方に、人口は逆流出して行く現象が発生して。疎開と言う言葉が流行る程に、数年に渡って地方への人口推移は止まらなかった。
この町がそんな流行に乗り遅れた原因は、ひとえに『ダンジョン』の多さにある。
とにかく多い……他地区に比べても、2倍以上の数のダンジョンが確認されている。その割には5年前の“大変動”の被害は、他の地方と較べても大きくは無かったのだが。
香多奈や紗良のように、肉親を亡くした人の数は決して少なくは無いのも事実。それでも残った者は、しぶとく生にしがみ付いて日々を過ごしている。
この町の住人もそう、安全のために色々と対策を講じていて。
叔父の護人が最近『探索者』の資格を取ったのも、そんな対策の1つ。これも来須家に大きな波紋を呼んだが、概ね好意的に受け入れられて今に至る。
最初は、主に姫香の危ないんじゃないかと家長の身を心配する意見が先に立っていたのだが。何しろ来須家の敷地内に、ダンジョンが2つも存在する現状を鑑みて。
悠長な事は言ってられないと、押し切られた形である。
そう、香多奈が友達を気軽に家に呼べない理由は、この危険な敷地内の2つのダンジョンの存在にあった。他の子の家で遊んで帰りが遅くなるのも、同じ理由で宜しくない。
せっかく紗良の同居で、家事手伝いから解放されても現状はあまり変わらないと言う。それでも文句を言うほどでは無い、農家は他にもする事はいっぱいある。
お小遣いはお手伝い制なので、香多奈はそんな生活を結構楽しんでいる。
例えば朝の鶏の卵集めだったり、牛や山羊の乳搾りだったり。今では2人の姉がフリーで家にいるので、気を抜くと仕事を取られてしまう。
それでも、家事のお手伝いでも小遣いは貰えるので、香多奈は結構なお金を貯め込めていた。今の世の中、職と棲み家があって食べて行けるだけでも凄く贅沢である。
そう言う点では、香多奈は幸せ者だなぁと自分でも思う。
そんな感じで、4月の来須家の事情は去年とはまた違ったモノに。賑やかになったと言えば聞こえは良いが、ちょっとカオス化している気がしないでも無い。
そんな現状から、物語はスタートする――
叔父の
その一角に、ヒマワリの種を植える許可を出掛け時に貰った少女は、やる気満々でどこに植えるか考え中なのだ。ちなみに表の庭先には、チューリップや水仙が所狭しと咲き誇っているので。
裏庭は確定なのだが、あまり道沿いに近いと不味い事態が。
家で飼っているヤギや牛が、時々脱走して庭の草を食べてしまうのだ。かと言って、空いているスペースは限られている。手前にはパンジーやスノーフレークが、奥には椿や桃などの枝物が大手を振ってスペースを確保している。
新参者の居据わる場所は、要するに隅へ隅へと押しやられる訳だ。あまり考える余地も無く、香多奈は一番ヤギや牛の被害の遭いやすい、厩舎側の敷地へと移動して。
ついて来ていた大型犬に、取り敢えずの厳重注意を飛ばす。
「コロ助っ、道具持って行かないで!」
せっかく用意して貰っていた鍬を、口に咥えて持ち去ろうとしていたコロ助に一喝。コロ助は香多奈の犬と言う事になっているが、若いせいか気を惹こうと色々と悪戯を画策する癖が。
若いと言うのは両者に当て
ただし見た目に反して、凄く人懐っこい忠犬ではある。
このご時世なので、学校の行き帰りも護衛の犬を連れて来る家庭は多い。こんな田舎だともはや定番で、コロ助はそんな感じの少女のボディガード犬である。
ちなみに香多奈の姉の
他の2匹の気配もあるのは、姫香と護人も近くにいる証拠。
コロ助から奪い返した用具で、香多奈は庭の一角を耕し始める。それほど深く掘る必要はないが、一応は
その方が花が成長した時に綺麗に揃って見えるし、種を植えた場所も分かり易いのだ。非力に見える香多奈だが、伊達に5年も農家で過ごして来た訳ではない。
見事な鍬捌きで、あっという間に2列の畝が完成。
その出来に満足した香多奈は、上着のポッケから紙に包まれたヒマワリの種を取り出す。これを植えるのも2年目、同級生の友達に頼まれた定番のペットのリスの餌用である。
そんな訳で、友達のためにと張り切っての種植え作業。本当はその友達たちも、一緒に手伝いたいと申し出ていたのだが。こんなご時世、寄り道も命懸けだったり。
ダンジョンから湧き出る、野良モンスターはそう言うレベル。
しかも来須邸の敷地内には、認定済みのダンジョンが2つも存在するのだ。田舎でも評判の危険地帯、おいそれと友達を招待出来る環境では決してない。
それでも香多奈は、そんな状況を不遇だとは決して思っていない。少し抜けてるけど優しい叔父と、怒りん坊だが元気でしっかり者の姉がいてくれる。
そして3食お腹いっぱい食べられる、それで文句を言うと罰が当たると言うモノ。
実際は叔父の護人とは、血の繋がりは全く無いそうなのだけれども。あまり難しい話は分からないし、この邸宅に引き取られての生活に香多奈はとても満足している。
しつこく鼻面を寄せて来るコロ助をブロックしつつ、間違っても掘り返しちゃダメだよと厳重に注意を与えながら。作業は無事に終了、後は水を撒いて道具を片付けるだけだ。
庭先の蛇口から、プラスチックのジョウロに水を汲んで。
早く大きくならないかな、などと気の早い思いに
地面の揺れを感じたのは、果たしてその前だったか後だったか。その正体は地震では無かった、似て非なるモノが来須邸の裏庭を突然襲ったのだ。
崩れ落ちる裏庭に面するブロック塀、そこに大穴が出現する。
「えっ、えええっ!?」
果たしてそれは、出来立てホヤホヤのダンジョンだった。こんな風に突然出現するんだなって、香多奈はどこか冷めた気持ちで真新しいダンジョンを見遣る。
それでも心の奥では、危機感がけたましく警鐘を鳴らしていた。コロ助も凄まじい吠え具合、何時の間にやらレイジーとツグミも風を巻いて駆けつけて緊張した面持ち。
そしてその穴の居住者が、ぬっと地面から顔を出し。
――これが後に春先の珍事と呼ばれる、3つ目のダンジョン事件の幕開けであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます