「御坊」


 男はかすれた声で訊く。


「貴方は、なぜ、私にこのような話を」


「いやなに。私はただ、弟子を取り戻したかったのです」


 僧侶は云うと、男の抱えていた髑髏を手に取った。


「おお、泰範たいはんよ……ようやく会えた……」


 風が強く吹く。しかし、僧侶の法衣はまったくなびいている様子がなかった。


 僧侶は目を細めて髑髏を撫でた。


「届かぬものに執着を続けることほど苦しいこともございません。拙僧はそれをよく存じております。だからこそ、貴殿が自らの過ちを認め、執着から解き放たれますよう、差し出がましくも問答もんどうを行ったのです」


 僧侶は、髑髏を抱きかかえると優しげに微笑んだ。


「御坊、貴方はいったい──」


 男は問うた。


最澄さいちょう


 僧侶は呟くように答えた。


 ばしゃり、と男の背後で音がした。魚が跳ねたのであろう。男がそちらに気を取られた一瞬に、僧侶の姿は露のように消えていた。



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露と答えて たけ @take-greentea

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