怪奇!宇宙殺戮オランウータン

山田しろる

第1話


、ですか?」


やっとのことでハッチを閉めながら尋ねると、探偵はいつものように青褪めた顔で呟く。

「ああ、そうだ。そうとしか考えられない」

「では、艦内を賑わせているアイツらは何なんですか?」

「アレはどう見たって宇宙殺人チンパンジーじゃあないか」

「宇宙殺人チンパンジー…そういうものなんですか」

「そういうものなのだよ」

背中で抑える鉄扉の向こうから聞こえる(探偵が言うところの)宇宙殺人チンパンジーたちがこちらに向かってダァン!ダァン!と激しく打ちつける音と、自分の心臓の音がシンクロしていく。ここが破られるのも時間の問題かもしれない。

「では、その宇宙殺戮オランウータンは一体どこに行ったんですか?」

宇宙殺戮オランウータンに宇宙殺人チンパンジー…どっちも危険な類人猿には違いないが、僕にはその違いが分からなかった--なにせ、宇宙殺戮オランウータンの姿を未だこの眼に捕らえてはいないのだから……



***



僕達…宇宙探偵・江戸川=D=コゴローとその助手少年こと"僕"がこのウィリアム=ウィルソン号に乗ることになったのは、いつものように何気ない依頼からだった--すなわち、「ペット探し」。

ペットの猿を探してくれという依頼人の話を聞き、つまらない事件にいささか嫌気がさしている我が宇宙探偵様はもちろん、かなり渋ったが、羽振りの良い依頼人の案件を断るわけにはいかないので(台所事情はけしてよろしくはないのだ)、首に縄を付けて(比喩ではなくほんとうに、そうでもしないと動かないのだこの探偵は!)助手の僕がなんとかふん縛って引っ張ってきたのであった。そして、依頼人のペットが何者かによって連れ去られ、この豪華宇宙客船ウィリアム=ウィルソン号で180光年先の惑星へと運ばれている途中であることを突き止めた…なんとこの豪華宇宙客船には、珍しいペット(宇宙生物)を攫ったのち寄港先の星々で売り捌く、闇宇宙生物ブローカー組織としての裏の顔があったのである!!!


しかし、闇宇宙生物ブローカー組織だろうが闇宇宙オークション組織だろうが、愛機・小型宇宙船アケチⅡ号の機動性と宇宙探偵服(ヘルメット付き)の頑丈さ、宇宙探偵のスペースバリツ格闘術の前ではなす術もなく壊滅待ったなしだ。というわけで、豪華宇宙客船の隠し貨物室から依頼人のペットを救出するだけの宇宙探偵にとっては簡単な依頼であったはずの本件が、どうしてこの様な事態になってしまったのかと僕は逡巡し、回想する……



「ペット探し」の依頼を受けた僕達は、なんやかんやどうにかして難なく豪華客船ウィリアム=ウィルソン号に乗り込むことに成功し、その隠し貨物室に辿り着いた。しかし、宇宙生物で満杯なはずのそこはもぬけの檻であった--いや、もぬけというのは正確ではない。捻じ曲げられ開いた檻の先には、無惨に切り刻まれシェイクされたさまざまな生物の肉片や液体で満たされていた!!


「何なんですかこれは…!これでは、依頼人のペットはもう…」

「集めた宇宙生物の中に宇宙殺人生物が紛れ込んでいたのかもしれない…おや、これを見たまえ君」

探偵が床を指す。そこには、人間の掌のような血痕が複数あり、檻からどこか外へ向かっていた。その痕を追い、たどり着いた先はとある貴き身分の方がお泊まりになっている一等客室であった。ノックをするが返答は無い。扉に掛かった自動ロックを、探偵は腕に付けた万能端末で突破していく。



--その部屋は、まさに混乱の極みにあった。


破壊された家具類が飛び散り、そこら中に浮いている。ベッドが、金庫が、引き出しが、その中身の金貨や通信端末や大きなトパーズのイヤリング、皿、銀色のカトラリーが整理され配置される前のアイテムのように無秩序に隣り合っている。


部屋に居るご婦人と逆さまに目が合う。ぱっちりとした目を見開き、口を大きく開けて驚きの表情で固まっている--どんなポーズをしているか分かればその驚愕がさらに読み取れたのであろうが、残念なことに彼女の首から下は何処かへ去ってしまっていた。赤茶色に靡く長い髪は身体にぶつかることなく、ふわふわとした自由を得ている。彼女のまわりには、赤い液体がシャボン玉のようにたくさん浮いていて、幻想的ですらあった。

ヘルメットの視界に赤い液体がパチンと弾けたところで、僕は小さく悲鳴を上げる。


そんな僕を尻目に、探偵はズカズカと部屋に入り既に捜査を開始していた。僕も慌てて室内に足を踏み入れる。探偵は、引き抜かれたとおぼしき赤茶色の毛束を指でつまみ、様々な方向から眺めて考えこんでいる。

「ふーむこれは…」

「殺人事件ですか?」

「事件だ。犯人はもう逃げ出したようだがね」

と、探偵はベッドの浮いているその先、窓を見る。かなり高いところにある窓だが、割られているようだ。あたりに散らばるガラスの欠片が、キラキラと星のように瞬いている。

「なるほど、だからこの部屋の重力装置は作動してなかったんですね」

「血液の凝固具合から見るにそう時間は経っていないはずだ…急いで追わねば犠牲者が増えてしまうだろう」

「すぐに行きましょう!」


犯人を追うため、ひとまず部屋の外に出るとそこには。


キィキィ、キィキィ。

走り回る猿、猿、猿。

食い破られる人、人、人。

キィキィ。

暫し立ち尽くす僕達の目の前に広がっていたのは、惨劇の豪華客船であった。



***



話は冒頭の、突如館内に現れた殺人チンパンジーの群れから逃げるため逃げ込んだとある二等客室に戻る。


「明らかだよ。犯人はそこにいるのだからね」


探偵は指をさす。

探偵はいつものように青褪めている。


僕は、指された窓の方にゆっくりと振り向く。


バァン!

赤い大きな手の跡がそこに現れる。


バァン!

バァン!


そして、僕はその姿をついに拝むことになる。


赤茶けた大きな毛むくじゃら。

脚よりも長いその手。

両脇が不気味に大きく膨らんだつるつるの不気味な黒い顔。

暗い宇宙に爛々と輝く一等星のような両目と合ってしまう。

人間のように、口元がニヤッと笑っている…ああ、これが、きっとこの生き物こそが……


背後の鉄扉はついに破られ、キィキィとたくさんの声に囲まれる。伸ばされる手。手。手。


無数の手の垣間の窓に深淵なる宇宙を見る。めいっぱい伸ばされた長い両手が力強く振り下ろされる一瞬は、これまでの人生よりも長く感じるものだった。


<終>

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怪奇!宇宙殺戮オランウータン 山田しろる @shiro_ru

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