第七章 七話 「エジンワの苦悩」

 部下達とともに街の南側を流れる川への経路を確認し、加えてその河川上の予定の地点で二次退路に使うボートが待機しているのも確認した幸哉はちょうど会談を終えたエジンワが建物から出てきたところで会談場所のビルに戻ってきたのだった。


(何があった……?)


 護衛に囲まれながら、往路に使ったショーランド軽装甲車に乗り込むエジンワの様子にいつもの冷静な指導者とは違う、動揺し狼狽し切った影を見た幸哉は不穏な違和感を抱いたが、会談で何が話し合われたのか知らない青年には事態を推測することしかできなかった。


「幸哉、早く乗れ!」


 エジンワのやつれように呆然とする幸哉にヤンバが怒鳴る。その声に我に返り、後ろを振り返って部下達に各自の車両に乗車するよう命じた幸哉は自身もエジンワが後部座席に乗車したショーランド軽装甲車の助手席に乗り込んだのだった。


 マハマドゥの護衛を務める政府軍兵士達が監視の目を光らせる中、四十人の解放戦線兵士達が乗り込んだ八両の車両は"エンジェル・バード"が待機する郊外の飛行場へと北に向かって出発したのであった。





 解放戦線の車列は脱出のための飛行機が待機する北へと静かな古都の細い路地を進んでいた。


 一両目は車体上部のターレットにブレン軽機関銃を搭載したフェレットMk1/2偵察警戒車、その後ろには三両のショーランド軽装甲車が続き、更にその後ろに一両のランドローバーと十数名の兵員を乗せた三台の軍用トラックが一列に並んで走行する。幸哉とエジンワが乗車するショーランド軽装甲車はその車列の中で先頭から四両目につく車両であった。


 運転手は親衛隊の兵士が務め、車体上部の機銃付きターレットにはエネフィオクが取り付く装甲車の中でエジンワはヤンバとともに後部座席に座り、幸哉は助手席に座っていた。


(一体、何があったんだ……)


 車に乗ってからも、明らかに狼狽した様子で頭を俯けて目を閉じているエジンワに幸哉は会談で一体何が話されたのか問いたかったが、後部座席に座る指導者のあまりにも疲弊した様子に青年は自身の衝動を躊躇ったのであった。


 退路の安全を確認中の間は帰路の時にこそ、エジンワに自分の罪を打ち明けようと考えていた幸哉だったが、それさえも不可能な様子である現状に彼は一人溜め息をついたのだった。


 しかし、意外にも重く沈黙した車内の中で最初に口を開いたのは青年が声をかけるのを躊躇っていたエジンワ自身であった。


「会談相手はマハマドゥ・ハンターだった……」


 その声に幸哉だけでなく、運転席に座っている親衛隊の兵士も僅かに後部座席の方を振り返った。


「マハマドゥ……、ハンター……」


 ズビエ政府の幹部達に関して詳しくなく、聞き返した幸哉にエジンワは曇った表情で頷き返した。


「国家戦略部門大臣……、国王のヤシン・エンボリに次ぐズビエ政府の実力者だ」


 その言葉に幸哉は会談の相手が自分の想像していた以上の大物であったことを知り、驚愕したのだった。


「それで……、会談では何を……」


 聞いてはならないことのような気もしたが、逸る好奇心を抑え切れずに幸哉は言葉を漏らしていたが、心労で疲れたヤンバもエジンワも青年を責めることはなく、問いを受けた解放戦線の指導者は答えを返したのだった。


「彼が……、いや彼らが軍や政府幹部の一部を巻き込んで画策しているのはクーデターだ……」


 車窓を流れる古都の景色は穏やかだったが、エジンワの口から出てきた想像外の言葉に慄いた青年の心は激しく動揺していた。


「クーデター……、ですか……」


 適当な言葉を見つけることができず、ただ停止した思考のまま繰り返した幸哉に頷いたエジンワは青年に問いかけた。


「幸哉、君に私の弟の話はしていたな?」


 政府の実力者やクーデターの話から突然飛躍したエジンワの問いに幸哉は自分が何を確かめられているのか完全に把握はできなかったが、初めて見せる思い詰めた顔をした指導者の動揺ぶりに声を出す間もなく頷いたのだった。


 青年のその反応を見たエジンワは嘆息とともに座席に深く腰掛けると、前方の車窓の向こう側、これから向かう北の空のどこか遠いところを見つめるような目をして、震える声を漏らしたのだった。


「彼は白人政権の打倒後、パリに留学した。そして数年後、この民族紛争が始まった直後に消息を絶ったんだ……」


 暗殺されたと思っていた……。だが……。


 普段の自信に満ち溢れた姿とは違う、弱々しい指導者の有り様に言葉を失っている幸哉の前でエジンワはやはり焦点の合っていない視線を前方に向けたまま、呻くように言葉を漏らしたのだった。


「彼が……、生きて……、まさか政府に……」


(まさか……!)


 エジンワの言葉を途中まで聞き、幸哉が指導者の心を揺さぶる事実を悟った刹那だった。


 車底から突き上げた鋭い衝撃波と一瞬の間、視界を覆った閃光、そして次の瞬間に鼓膜を突き刺した爆発音に幸哉は後部座席の方に振り向けていた顔を前方の車窓へと反射的に向け直したのであった。

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