第七章 八話 「街路の待ち伏せ」

 車列の先頭を走っていたフェレットMk1/2偵察警戒車の運転手は細い小道の角を曲がったところで突如として現れた障害物に車を急停車させた。


 空気を陽炎の如く歪め、燃え上がる炎に焼かれるタイヤの山積みに車を止めた偵察警戒車に乗車していた兵士達は無線で後続の車両に停止の理由を伝えようとしたが、それよりも先にタイヤの集積物の向こうから飛翔してきた六九式ロケットランチャーの弾頭が偵察警戒車の車体を貫いて粉々にする方が早かった。


「襲撃だ!」


「何!待ち伏せか!」


 車列先頭のフェレット偵察警戒車が炎に包まれると同時に細道の左右に立つ建物の屋上や高層階から撃ち込まれた無数の銃弾が鋼鉄製の軽装甲に跳弾する金属音を発し、防弾ガラスに傷をつける中、襲撃を本能的に悟ったヤンバは手元の無線機を掴むと、他の車両との交信を開いた。


「攻撃だ!止まっていると殺られる!後退しろ!」


 バックだ、バックだ!


 そう叫ぶヤンバの声を後ろに聞きながら、頭上から撃ち込まれる銃弾の嵐に戦慄する幸哉の隣では運転手の親衛隊兵士が車のギアをバックに入れ、車を後退させ始め、前後の車両も同じように後退を始めていた。


 だが、待ち伏せを仕掛けた者達がそんな簡単に離脱を許すはずがなかった。指揮官からの命令に従い、後方に向かって十数メートルほどバックで走行していた車列最後尾の大型トラックが後ろから突進してきた更に大型の車両に追突されたのだった。


「くそ!何だ!」


 悪態をつき、サイドミラーに映る後方車両を睨んだトラックの運転手は自身の車両に追突した大型のダンプカーが車体前面とフロントガラスに民間の使用では必要の無い即席の装甲を施しているのを目にして危機を察したが、既に遅かった。


 次の瞬間、ダンプカーの荷台の陰から立ち上がった人影が抱えていた六九式ロケットランチャーをトラックに向かって撃ち込んだのである。


 近距離での爆発による巻沿いを防ぐための近接安全装置を解除していたロケット弾はトラックの荷台に乗っていた十人弱の兵士達が事態を把握するよりも先に三.五トン積載の軍用トラックを粉砕していた。


「後ろからも襲撃だ!」


「前後を挟まれた!逃げ場が無い!」


 無線からの悲痛な叫び声が飛び交う中、後退もできなくなって一瞬、停車した軽装甲車の中で幸哉は細道の脇の小道へ襲撃に巻き込まれた民間人達が逃げ込んでいるのを見て叫んだ。


「少佐!ヤンバ少佐!あそこから抜けられます!」


 他車両の部下達からの報告を無線で聞いていたヤンバは幸哉の指し示す方向を見やった。幸哉達の車両から数メートル前方、右手に小さな脇道があった。


 左右をコンクリート製の低層建築物に挟まれた小道の幅は本来、車両が通ることなど考えられていない細さであったが、前後を押えられたヤンバに迷う余地は無かった。


「イーギス・ツー、右の小道だ。確認できるか?全車両、イーギス・ツーを先頭にして、右側面の小道に離脱しろ!」


 軽装甲の施された天井の上では建物の屋上から銃撃してくる敵に向かって、エネフィオクが撃ち返すFN MAGが猛烈な機銃掃射の轟音を上げ、空薬莢を散乱させている中、ヤンバは部下達に命令を叫んだ。


 イーギス・ツーのコードを与えられていた車列二両目のショーランド軽装甲車は命令に機敏に動き、指定された右側の小道に車体を向けようとしたが、その瞬間、車列前方の建物屋上から撃ち込まれたロケット弾の直撃を車体中央に受け、一瞬にして焼け火箸と化したのであった。


「くそ!イーギス・スリー!移動だ!速く動け!」


 半ば悪態のように吐き捨てたヤンバの命令を聞くよりも先に燃え上がるイーギス・ツーの車体を押し退けながら、右側の小道へと突進したイーギス・スリーに続いて、幸哉達の乗るショーランド軽装甲車も小道へと全速力で逃げ込んだ。


 車体幅ぎりぎりで進入すると同時に左右のサイドミラーが路地の両側に接触して吹き飛んだ二両の軽装甲車に続き、一両のランドローバーと二台のトラックも小道へとハンドルを進めたが、伏兵達はそう簡単に標的の脱出を許さなかった。


 生き残った車列の最後尾につくトラックが車体前半分を小道に突っ込んだところで、その後ろから撃ち込まれたロケット弾は弾痕で穴だらけになった幌布を突き破って荷台に直撃すると、解放戦線兵士達の断末魔の叫び声とともにトラックの車体全体を爆散させたのであった。


「くそ!一体、何がどうなってる!敵は何だ!」


 細い路地に車体の両側を接触させながらも、全速力で死地から逃げ出す装甲車の中で悪態を叫びながら、無線機のチャンネルを変更したヤンバは怒鳴った。


「"エンジェル・バード"、襲撃だ!我々の到着次第、すぐに飛び立てるように準備しておけ!おい、"エンジェル・バード"!応答せよ!」


 後部から聞こえるヤンバの怒声に更に不都合な出来事が生じたことを悟った幸哉はスリングで肩にかけた五六式自動小銃の銃把を握ると、弾痕で傷だらけになったフロントガラスの先を睨んだのであった。

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