第七章 六話 「クーデター」
幸哉を始めとする、引き連れてきた部下達の大多数を会談場所の建物の外に残してきたエジンワは案内人に誘われるまま、数人の護衛とともに会談の行われる部屋の前まで誘導された。
「マハマドゥ様と幹部の方々は中でお待ちです。武器はここに全て置いていって下さい」
案内人の言葉に頷いたエジンワが一緒に部屋に入る予定のヤンバに目配せすると、解放戦線の親衛隊隊長は護身用の自動拳銃を腰のベルトごと取り外して、部下に預けた。
ズビエ国家戦略部門大臣のマハマドゥ……、国王のヤシン・エンボリに続いて政府の次席を務める大物政治家こそ、今回、エジンワ達が会談する相手であった。
まさか会談相手が政府の首脳幹部であるなどと知れば、部下の兵士達は混乱するであろうということを見越して、一部の者にしか情報を共有していなかったエジンワだったが、彼自身も突然に連絡を取ってきて、会談を申し込んできたマハマドゥ達の行動に全く動揺していない訳ではなかった。
正規の政府の交渉ではない……。
辺境の古都で行われる会談、マハマドゥ達の護衛の少なさ……。様々な点を観察して、自身の予想が正しかったことをひしひしと感じていたエジンワは部屋の前で警備についている政府軍兵士からボディーチェックを受けると、ヤンバ少佐とともに会談場所の部屋の中へと両開きの扉を開いて、足を踏み入れたのだった。
☆
三十平方メートル程のやや広い部屋の床には赤色の高級絨毯が敷かれ、壁には白人政権時代の有名画家が描いたとされる絵画が掛けられていた。
(ここは政府の秘密会議用の部屋か?或いは旧政府の会談部屋か……)
そんなことを考えながら、部屋の中に入ったエジンワを室内の中央に置かれた黒色のソファーから立ち上がった三人の男が出迎えた。
「遠いところ、良くお越し下さいました」
部屋の入り口に一番近い位置に座っていた男、経済省大臣のタンジャがエジンワ達に辞儀の言葉を述べたが、解放戦線の指導者が最も関心を向けていたのは三人の男の内、中央に座る恰幅の良い男……、この会談を主催した本人である国家戦略部門大臣のマハマドゥであった。
「久しぶりだな。エジンワ……」
自分を見つめる若き解放戦線指導者の目を静かに見返したマハマドゥは微かに頬を緩め、呟くように声を漏らしたのだった。
「こうして直接会うのは十年前……、白人政権との独立戦争以来か……」
一番の親友と十年ぶりに再会したかのように感慨深さを感じているマハマドゥとは対象的にエジンワの方は至って冷静だった。
「マハマドゥさん、政府に内密で私と会談の機会を設けられたのはそんな昔話をするためですか?」
「貴様、休戦協定があるからといって、生意気な口を聞きおって……!」
エジンワの発言を聞いて、頭に血を上らせたタンジャが怒声を上げたが、隣に座っていたマハマドゥが片手を上げてそれを制した。
「流石……、察しが良いな」
部下を宥めたマハマドゥはエジンワの顔を再び見返すと、笑みを消した顔で続きを話したのだった。
「これが政府の意向で開かれた会談でないと分かっているなら話は早い。単刀直入に言わせて貰おう……」
そこで言葉を区切ったマハマドゥの顔をエジンワとヤンバは会談相手が次に口にする言葉を聞き逃さないように注意して見つめ続けていた。
「我々の国家再編計画に解放戦線も協力して貰いたい」
マハマドゥの口から重々しく伝えられた提言にエジンワはすぐには答えなかった。ただ、会談相手の発言に信じられないといった風に唖然とした表情をしているヤンバの隣で暫くの間、沈黙していた彼は数秒の沈思の後、ゆっくりと口を開いたのだった。
「国家再編……、要するにクーデターですか?」
体のいい言葉には騙されない、物事の核心をついたエジンワの言葉にマハマドゥは満足気に頷くと、部屋の片隅にどこか遠くを見つめるような視線を送りながら独白を続けたのだった。
「今のズビエは長く続き過ぎたエンボリ政権の影響で国全体が腐敗している……。このまま見過ごせば我らはいずれ民族の違いも関係なく全滅することになるだろう……」
会談部屋の中には張り詰めた緊張と沈黙が流れ、マハマドゥの声だけが静寂の中に響いていた。
「体制に分かたれ、敵として戦う運命になった我らだが、国をより良くしたいという思いは今も変わらず一緒のはずだ。だからエジンワ、君には……」
「私の父を殺し、メネべを強引に併合したのも貴方の言う運命だったという訳ですか?」
沈黙を破り、マハマドゥの独白に割って入るように怒りの籠もった声を出したエジンワに部屋の中の全員の視線が集まった。
かつては同じ志を持ち、同胞であった二つの勢力の指導者達だが、今の二人の間には過去の遺恨が残した大きな溝が立ち塞がっていたのだった。
数秒の沈黙の後、目頭を押さえ、深い嘆息をついたマハマドゥは視線を俯けたまま、口を開いた。
「すまない……。あの時は国王の意向に従わざるを得なかった……」
君の父上の暗殺を止められなかったのは私の力不足が故だ……。そう言ったマハマドゥの声が震えていたのは本心からなのか演技なのか、短い時間ではエジンワ達に判別することはできなかったが、それよりも先に顔を上げたマハマドゥは固い意思を秘めた強い視線をエジンワ達に向けたのだった。
「だが、今度は違う。我々には確固たる覚悟と絶対的な力がある」
入ってくれ、と言ったマハマドゥの声とともにエジンワ達が入ってきた部屋の両開き扉が開き、一人の軍服姿の男が現れた。
「セイニ隊長……」
象牙色の制服の襟に大佐の階級章を装った指揮官らしき男を見て、思わず声を漏らしたヤンバの方に顔を向けた男は、「久しぶりだな、ヤンバ少佐」と返した。
マハマドゥとエジンワの関係性と同じように十年前はともに肩を並べて白人政権と戦ったものの、今は体制に分かたれて敵同士となった指揮官達が再会を果たしたのだった。
「第十三独立機動軍の指揮官、セイニ・ノルキヤ・デューベ大佐だ。彼も我々の意向に賛同し、私の国家再編計画に同調してくれている……。戦力は十分だ。我々の覚悟も伝わっただろう。それで……、どうだ?お前の答えは?」
口だけではなく、確かな信念と準備があることを見せたマハマドゥだったが、エジンワには政府側に立つ彼らに問わねばならないことがあった。瞼を閉じ、数秒の間、沈思し、溜め息をついたマハマドゥは重々しく口を開いたのだった。
「四ヶ月前のプラとヘンベクタへのガス攻撃……、マハマドゥさんもお忘れではないでしょう」
静かだが、罪を問うようなエジンワの声色にハマとタンジャは虚を突かれたような顔をしたが、マハマドゥだけは無表情を貫いたまま、会談相手の顔を見返していた。
「あれは国王の側近が独断で為したことだ」
交渉相手の目を見つめ返し、そう言ったマハマドゥの言葉が真実であるかどうか、エジンワが判別するよりも先にマハマドゥは次に出す言葉を口にしていた。
「その側近の名は"アドバイザー"と呼ばれている……。だが、彼の本当の名前は……」
そこで一度言葉を止め、一拍の間を置いた後、マハマドゥが口にした名を聞いて、エジンワは驚愕から会談相手を睨んでいた目を大きく見開いたのだった。
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