第六章

第六章 一話 「帰国」

 その後、応援に駆けつけた解放戦線兵士達による必死の捜索も虚しく、連れ去られた狗井の姿は結局見つからなかった。


 恩人の命を救いたい……。心の何処かではまだそう思っていた幸哉だったが、山下から狗井の強い意思を伝えられたことで大人しく帰国の指示に従った。


 何よりも彼は疲れ過ぎていたのである。親友の死亡、自らの犯した罪、強敵との戦い……。度重なる過度のストレスは身体面だけでなく、精神面でも幸哉の心を蝕んでいた。


(日本に帰らないといけない。これ以上は……)


 自分自身でも更なる無理は不可能だと悟っていた幸哉は山下とともに隣国のゾミカへと出て、日本へと帰国したのであった。


(今帰るよ、優佳……)





 飛行機から降りるとともに吸い込んだ故郷の空気に幸哉は心が洗われるような気がした。日本を経つ前はこの上なく嫌いだったはずの故郷の平穏な空気が青年の心を優しく包んだのである。


 時は八月、日本は夏真っ盛りの時期だったが、数日前まで熱帯の国に居た幸哉にとって故郷の空気は肌寒くもあった。


(帰ってきたんだ。俺は……)


 心の何処かでもう二度と帰ることはないとも思っていた故郷の土を踏み締め、幸哉は複雑な心境を抱いた。


(俺は……、俺はズビエに行って何を得た?何を変えられたんだ?)


 生き甲斐を見つけたはずの国でむしろ多くの困難を抱えることとなった幸哉は他の旅行客の人流に流されるまま茫然自失の表情で力無く歩いていたが、そんな青年のことを待っている人の姿が空港ターミナルの中にはあった。


「幸哉!」


 空港のアナウンスや人々の出す騒音の中でもはっきりと聞こえた、自分の名前を呼ぶ透き通った声に幸哉は俯いていた顔を上げ、その声の主を探した。


 自分が己のわがままのために故郷に置いてきてしまった大切な人、今の自分が最も大切にしなければならない人の姿を幸哉は大勢の群衆の中にあっても、すぐに見つけることができた。


「優佳!」


 人混みの中を走ってくる恋人の姿に幸哉は絶望の淵で希望の光を見出したような気がして、思わず周囲の人達が振り向くような大声を上げてしまった。


 そんな青年の前まで走ってきた優佳の目には今にも溢れ出しそうな涙が潤んでいた。


「バカ……!」


 悲痛な声とともに平手で叩かれた左頬の痛みに幸哉は自分が優佳にした仕打ちの残酷さを改めて痛み知り、呻くように詫びの声を漏らした。


「ごめん……」


 その言葉を聞いた瞬間、堪えていた涙を溢れさせた優佳は幸哉の体を抱きしめたのだった。


「でも、ありがとう」


 無事に帰ってきてくれて……。そう言った愛する人の優しい声に、何も出来ないと無力感に苛まれていた幸哉は自分が最も大切な約束を果たせたことを実感し、暖かな安堵感を胸に抱くのであった。

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