第五章 十一話 「罪の重さ」

 秘密の地下通路を通り、ジャングルの中の隠し出口から要塞の外に出た幸哉は狗井に連れられるまま、彼が待たせていた漁船に乗り込むと、プラの集落付近に夜営していた本隊まで戻ったのだった。


 本隊に戻るまでの間、二人の間に会話は全く無く、気まずい静寂が流れる中で呆然としたままだった幸哉はこの数時間の内に自分が犯した幾つもの過ちの罪深さを考え続けていた。


(全部……、俺がやったことなのか……?)


 胸を撃ち抜かれ、自分の死も自覚できぬまま死んだ少年……、プラの集落の人々と同じように有毒ガスの霧の中で苦しみながら死んでいったダンウー族の兵士達……、それら全ての人々の苦痛と不幸が紛れもない自分自身の手で犯した罪によって生み出されたものだということを思い起こした幸哉に言葉を発する気力は無かったし、そんな青年の内心を推察しているのか狗井も無理に話しかけることはなかった。


「軍曹!無事でしたか!おい、幸哉!お前、どうした!」


 狗井達が本隊の野営拠点に辿り着くと同時に歩み寄ってきたエネフィオクは満身創痍の幸哉の様子を見て、心配そうに声をかけてきたが、その問いに答えたのは狗井の方だった。


「プラの集落に毒ガスをばら撒いた連中を追いかけていたらしい。残念ながら見失ったようだが……」


 傍らの上官がついた嘘に幸哉は思わず狗井の方を思わず振り返ったが、エネフィオクの方は納得したらしく、


「大変だったな、良くやった……」


と気遣いと労いの言葉をかけた。今の幸哉にとってその優しい言葉は逆に心の傷を抉るものだとは気付かずに……。


「俺は……、本当は……」


 もう少しでエネフィオクに真実を話しそうだった幸哉であったが、それよりも先に狗井がその腕を引っ張った。


 周囲に広がるのはいつもと全く変わらない夜営の光景であるはずだが、今の幸哉にとっては全てが現実味を失って感じられた。


(もうこの場にカマルは居ない。俺のことを支え続けてくれたカマルはいないんだ……。そして……)


 何の罪も犯していなかった純真な自分も既に居ない……、その事実を痛み知り、茫然自失となっている幸哉を狗井は自分の部隊長専用テントに押し込んだ。


「狗井さん、俺は……」


 ようやく言葉を発することのできた幸哉にしかし、狗井は人差し指を口の前に置くと、一言だけ返した。


「何も言うな」


 初めて目にする狗井の険しい表情に改めて自分の罪の重さを知り、顔を俯けた幸哉に狗井は続けた。


「お前の処分はエジンワと話し合って決める。それまでは大人しくしていろ」


 全ての武装を解かれた青年にそう宣告した狗井はテントの外に出て行ってしまい、一人残された幸哉は再び内省と自責を繰り返す時間の中に閉じ込められてしまったのであった。

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