第五章 十話 「理性と怒りの狭間で」

 金属製の扉を体当りして押し開けた幸哉は通路に飛び出すとともに突入を待機していたダンウー族の兵士、二人に対して、五六式自動小銃を容赦なく発砲した。


「侵入者だ!武器を持っている!各自、応戦せよ!」


 地下トンネルのあちこちに設置されたスピーカーからオヨノの怒声が響く中、幸哉は携帯してきた自動小銃と破片手榴弾を駆使しながら、迷路のように入り組んだ狭い地下トンネルを走った。


(まだ死ぬ訳にはいかない……、俺は罪を償わないと……)


 例え親友の仇のため、プラの村人の無念を晴らすためといっても許されることのないことをした自分を責めつつも、幸哉はまだ死ぬ選択を取る訳にはいかなかった。


 ヘンベクタ要塞には民間人の姿は無かったが、少年兵の姿は多くあった。その姿に先程、自分が撃ち殺してしまった少年の面影を思い出し、たびたび銃を撃つことを躊躇ってしまった幸哉は最終的に圧倒的多数のダンウー族兵士に取り囲まれてしまい、地下通路の行き止まりに追い詰められてしまった。


「投降しろ!大人しく投降すれば、命の保証はする!」


 地下通路の行き止まりにある部屋の入り口の陰に隠れた幸哉に対し、数メートル離れた通路の物陰から右手に拡声器、左手にはワルサーP38を握ったオヨノが叫ぶ。


 仮に投降すれば命はあっても、その後に激しい拷問が待っているのは考えなくても幸哉には分かった。


(俺はまだ死にたくない……!)


 年端のいかない子供も含め、多くの人を殺めてしまった自分を責めても、自害する勇気は出せない幸哉はそんな不甲斐ない己への怒りもこめて、部屋の入り口の陰から通路の先に集合しているダンウー族の兵士達に向かって、五六式自動小銃を牽制射撃した。


 通路を一気に走り、幸哉の隠れる部屋に突撃しようとしてきていた二人の兵士が手に持っていたスターリングL2A3サブマシンガンを暴発させながら幸哉の銃弾に倒れ、その様子を見ていたオヨノは背後の部下達に叫んだ。


「機関銃を出せ!」


 その命令を聞いたダンウー族の兵士達は既に専用の三脚に据え付けて準備していたグロスフスMG42を通路の中央に設置すると、幸哉が隠れる部屋に向かって猛烈な機銃掃射を放ち始めたのだった。


 第二次世界大戦時、連合国軍兵士に電動ノコギリの名で恐れられたドイツ製汎用機関銃がけたたましい銃声を洞窟に響かせ、激しいマズルフラッシュの閃光を瞬かせる中、身動きが取れなくなった幸哉は数センチ離れた土壁が次々と抉られ、七.九二×五七ミリモーゼル弾の嵐が荒れ狂う中で残り少ない武器の一つを手に取っていた。


 それは彼が要塞の地下倉庫で接収してきた化学手榴弾だった。それこそが唯一、この窮地を脱する手段だと幸哉が認識した時、彼の心の中では二つの声が弾けた。


(止めろ!それを使ったら、お前も……)


(使え!奴らにプラの人達の苦しみを思い知らせるんだ!)


「目には目を、か……」


 対立する二つの内心に迷いながらも、ガスマスクまで被った幸哉が最後、化学手榴弾の安全ピンに手をかけたところで躊躇していた時だった。先程まで猛烈な機銃掃射を浴びせかけていたMG42の銃声が突然止まり、銃弾の嵐が止んで静寂が訪れたのであった。


(何かおかしい……)


 そう思った幸哉が部屋の入り口の陰から様子を窺うと、十メートル離れた通路の先、銃口から硝煙を上げるMG42の横でオヨノがRPG-7を構える姿があった。


(こんな狭い洞窟であんなものを使うのか……!)


 そう毒づいた幸哉だったが、逃げることしか彼の生きる道は残されていなかった。彼の籠城する部屋にはもう一つ奥にも別の空間が広がっており、幸哉が回避のためにその別部屋へ逃げ込んだ瞬間だった。


 空気を震わせる振動音とともに幸哉が地面に伏せ、対ショック姿勢を取った刹那、彼が先程まで籠城していた部屋の中で対戦車ロケット弾が炸裂し、地面を震わせる激震とともに幸哉は一瞬の間、意識を失ったのだった。





 どのくらい気を失っていたのだろうか、それほど長い時間ではなかったはずだが、幸哉にとっては永遠に近い長さの時間を眠っていた気分がした。


 朦朧とする意識、ぼやけた視界、耳鳴りのする聴覚の中、幸哉は隣の部屋で炸裂したロケット弾の爆発を受けて半壊した小部屋の中で何とか上半身を起こした。


 足音と声が迫ってくる……。恐らくは侵入者の制圧を確認するため、オヨノが部下を引き連れて近づいてきているのだということは幸哉にも分かったが、彼に反撃する武器はもう残されていなかった。


(武器はもう……、無い……)


 その思考が脳裏に過ぎった瞬間、幸哉は身につけていた最後の武器が手元に無いことに気がついた。


(まずい……!)


 ワイヤーで束ねるようにして携帯していた化学手榴弾は爆発の衝撃で全て彼の手を離れ、数メートル離れた場所で爆発の炎に炙られていた。


「来るな……!」


 自分を殺しに来た兵士が小部屋の中に入り込んできた時、幸哉はそう叫ぶとともに化学手榴弾に飛びつこうとしたが、時は既に遅かった。


 幸哉が火の中から取り出そうとした瞬間、暴発した数基の化学手榴弾は白色の有毒ガスを破裂音とともに放出したのだった。


 視界がプラの集落の時と同じように真っ白に染まり、数秒の間、何も見えなくなった幸哉の前に次の瞬間飛び出してきたのはあのオヨノだった。


 口からは血反吐を吐き、顔面は蒼白になったオヨノは幸哉に助けを求めるようにすがりつくと、そのまま地面に倒れ伏して息絶えた。


 地下トンネルの最深部で放出された有毒ガスは更に拡散する場所を求め、洞窟の中を換気口や通路を通って要塞全体に広がった。


(俺は……、何てことを……)


 籠城した部屋からガスの充満した通路へと出た幸哉は先程まで自分を殺そうとしていた兵士達だけでなく、全く無関係な兵士や少年兵達までガスの餌食となって血反吐を吐いている姿を目にして戦慄した。


(いや……、これは報いなんだ……。プラの集落を襲ったこいつらへの……)


 そう思わなければ、自らの罪の重さで正気を失ってしまいそうだった幸哉は茫然自失の状態で死地と化した洞窟の中を彷徨っていた。その時だった。彼の背後で一発の銃声が弾け、激痛とともに右肩を貫通した銃弾に幸哉は背後を振り返ったのだった。


 その視線の先ではガスマスクを被った小さな影が彼に自動小銃の銃口とともに憎しみの目をマスクのレンズの向こうから向けていた。


(何を睨んでいる……!お前達だって……!)


 親友に最期の願いを託して死んでいったカマル……、男達に暴行され、無惨に死んだツツ……、プラの集落の人達の悲惨な最期の姿を思い出した幸哉は彼に憎しみの目を向けている少年の影に対して、シリーズ70を構えた。


 既に弾は無いらしく、少年は構えたままの銃を撃つことは無かったが、憎悪の炎が籠もった視線を幸哉に向け続けていた。


(俺を責められるのか?お前らだって……!)


 既に神経の擦り切れた幸哉に善悪の判断を下す正気は残されていなかった。逃げることもせず、ただ自分を睨む少年のこめかみに向けて照準をつけたシリーズ70の引き金を彼はもう少しで引き切るところだった。


「止めろ!」


 だが、背後から幸哉に飛びかかった声がそれを制したのだった。


 体当りしてきた相手に反射的に拳を振り上げそうになった幸哉だったが、ガスマスクを被った影は聞き慣れた声とともに幸哉の腕を止めた。


「止めろ!幸哉!もう十分だ!」


 その声が誰であるのか、幸哉には考えなくても分かった。


「狗井さん……」


 呆然と呟いた瞬間、己の為した事の恐ろしさを正気に戻って実感した幸哉は立ち上がる気力さえ失ってしまったのだった。


「来い!」


 叫んだ狗井に無理やり体を引き起こされた幸哉は狗井に強引に腕を引かれるまま、毒ガスの蔓延した地下通路の中を走り抜けたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る