第五章 七話 「目には目を」

 僅かな冷静さを取り戻した時、幸哉はヘンベクタ要塞への秘密の地下通路に繋がる入り口周辺にいた。


 ツツの遺体を埋葬した後、自らダンウー族に裁きを下すと決意した青年は憤怒と覚悟に突き動かされるまま、漁民の力を借り、ダンウー族の本拠地であるヘンベクタ要塞へと向かったのだったが、数百人の兵士が駐留する要塞に正面から挑めば、首長のトールキンに相見える間もなく、射殺されてしまうことは彼にも分かっていた。


 だからこそ以前、要塞からの脱出に使った地下通路より要塞に潜入することを考えた幸哉は漁民達に要塞近辺まで漁船で連れて行ってもらった後、記憶を辿ってジャングルの中を歩き、秘密の地下通路の入り口に辿り着いたのであった。


(やっぱり、見張りはいないな……)


 既に日が沈みかけ、暗くなろうとしている空の下、ジャングルを警戒しながら進んだ幸哉は以前、オヨノに連れられて出てきた時と同じように地下通路の周囲に見張りがいないことを確認して先を進んだ。


(あった……)


 見張りがいない代わりにまるで天然の小さな洞窟の如く、自然の中に姿を溶け込ませている地下通路の入り口をジャングルの中に見つけた幸哉は軍服の胸ポケットの中に携帯したL字ライトの照明を点灯させると、底知れぬ闇が広がる洞窟の中へと足を踏み入れたのだった。





 殆ど天然の洞窟のまま残されている狭い地下通路は以前通った時と同じように人が一人ようやく通れるほどで幸哉の胸に不安を抱かせたが、それでも憤怒と仲間の仇討ちの念に突き動かされた青年は単独行動のまま、暗がりの中を進んでいった。


「ここは……」


 十分ほど狭い地下通路の中を進んでいた幸哉は突然広くなった洞窟の空間に古い機械類が並んでいる場所に辿り着いて息を呑んだ。


 そこはあの日、ヘンベクタ要塞からの脱出の際に化学兵器の存在を見つけた狗井がオヨノと激しく口論を交わした場所だった。サシケゼの部族間集会では徐々に化学兵器を漸減していくと誓ったダンウー族だったが、幸哉の目の前に広がる貯蔵庫は以前と変わらぬ大量の化学兵器を蓄えていた。


(ということはプラの集落を攻撃した化学兵器もここに……)


 そう思い、親友の最期の声を思い出した幸哉は憤怒に震えそうになったが、その瞬間、


「気を付けろよ」


と洞窟の中に響いた声に慌てて、胸のL字ライトの照明を消したのだった。


 静寂と暗黒に包まれた洞窟の中、確かに人の声と足音がする。幸哉が錆びた機械類の物陰から様子を窺っていると、ライトの光が二つ、洞窟の反対側から現れた。


(巡回か……!)


 そう思い、姿を見られないよう物陰に身を潜めた幸哉に気付く様子はない二人のダンウー族兵士は何やら楽しげに語り合いながら、抱えてきた木箱を洞窟の片隅の棚に片付けていた。


「そいつを落としたら、俺達もプラのやつらみたいに廃人になっちまう」


「廃人じゃねぇよ。死人の間違いだろ。醜く血反吐を吐いてな」


 二人で大笑いしながら語らい合うダンウー族の兵士の声に幸哉はもう少しで暗がりから飛び出して、五六式自動小銃を発砲しそうだったが、トールキンに裁きを下さなくてはならないという強い意志と理性がその衝動を何とか抑えていた。


 運搬してきた木箱を棚の中に片付けた二人の楽しげな声はそのままライトの光とともに来た道を戻って消えていった。人の気配が完全に無くなったことを確認すると、幸哉は兵士達が箱を片付けていた棚の脇に寄り、木箱の中身を確かめた。


「これは……」


 その木箱の中には第一次世界大戦時代の古い化学手榴弾や発煙手榴弾を改造した即席の化学兵器が固定されて保管されていた。


(これでプラの集落も襲ったのか……)


 目の前の化学兵器を目にした瞬間、プラの集落で目にした地獄絵図が脳裏に蘇った幸哉は湧き上がった憤怒とともにトールキンの執務室へと向かう足を踏み出そうとしたが、ふと化学手榴弾の方を振り返って足を止めたのだった。


 この要塞には数百人の兵士がいる。身を護るためにも、トールキンに懺悔を脅すためにも、この兵器は使えるかもしれないと彼は考えたのだったが、何よりも幸哉が胸に抱いた感情はこうだった。


(目には目を……)


 誰にも害を与えず、幸せな生活をしていたプラの人々の生命を奪った罪は同じ苦しみで償わせるべきだろうと思った幸哉はそれが死した親友の本当に望む行動かなどと考えるよりも前に数個の化学手榴弾とガスマスクを手にしていたのであった。

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