第四章 二十三話 「迫りくる死神の気配」

 硝煙と土煙の煙幕の中に身を隠し、敵戦車に接近した幸哉は陣地の陰に隠れた状態でオルソジから渡された弾頭をランチャーに装填すると、刹那の照準の後、ロケットランチャーの引き金を引いた。


「よし!」


「やった!」


 バックブラストの噴煙に気付き、砲塔を巡らせた標的のT-55M1戦車が反撃する間もなく、対戦車弾の直撃を受けて沈黙するのを確認した幸哉達は小さな勝利に歓声を上げたが、その直後、鼓膜を震わせたプロペラエンジンの轟音に再び意識を引き締められた。


「プカラ!」


「伏せろ!」


 振り返った背後に現れたCOIN機の巨大な黒い影に思わず叫んだ幸哉の体をオルソジが塹壕の中に押し倒して伏せさせた瞬間、二人の隠れる塹壕の周囲に二十ミリ機関砲の激しい掃射が撃ち込まれた。


「くそ!ここで殺られて堪るか!」


 大口径の機関砲弾が掘り起こした土砂が伏せた頭上に降り注ぐ中、悪態をついたオルソジと幸哉の頭上をプカラの黒い影は悠然と飛び去って行った。


 その次の瞬間、二人の隠れる塹壕の近くの陣地から猛然とバックブラストの白煙が立ち昇り、射出された飛翔体が遠ざかるプカラの後を追ったのだった。


 旋回して回避行動を取ろうとしたものの、秒速三百メートルの速度差があるストレラ地対空ミサイルに一瞬の間に追いつかれたプカラは左翼の付け根に被弾すると、そのまま機体をスピンさせながら要塞の南側へと消えていった。


「ざまあみやがれ……!」


 直後にすり鉢山の向こう側から轟いた爆発音にプカラが墜落したことを悟ったオルソジは悪態を叫ぶと、幸哉の方を向いて青年の決意を確認した。


「本当に行くんだな?」


 彼らは既に防衛線の破られた要塞の東側に入ろうとしていたが、その先は敵味方の姿が入り乱れた文字通りの地獄だった。


「俺達が守らないと、この要塞は終わりだ」


 行こう、と煤と土汚れのついた顔に覚悟の表情を浮かべ返答した幸哉は援護するオルソジを後ろに従えて再び走り出したのだった。





 甚大な損害を被りながらも、西側と正面の防衛線は何とか政府軍の侵攻を押し止めたカートランド要塞だったが、敵の攻撃が特に激しかった東側防衛線は政府軍に突破され、指揮系統も分断されていて混乱を極めていた。


「こちら、第十八防衛所!既に防衛ラインは破壊され、敵と味方が入り乱れています!応援求む!」


「撃つな!撃つな!それは味方だ!味方、いや、敵だ!撃て!うわっ!」


「左に戦車!右に歩兵の突撃!後ろからも来るぞ!」


 解放戦線側で阿鼻叫喚の無線が飛び交う中、そんな敵を嘲笑うかのようにして、一両の政府軍戦車が数両の装甲車を引き連れて、東側の防衛線を突破していった。


「意外にも解放戦線の奴ら、根性があったな!」


 十両投入された戦車の殆どを破壊した解放戦線部隊の奮戦に感嘆しつつ、戦車の狭い潜望鏡の中から混乱する敵陣地の様子を覗いていた政府軍戦車長は上機嫌だった。


(これから討たれた仲間達の仇討ちをしてやる!)


 既に敵の指揮系統は崩壊し、一方的な殺戮となりつつある状況に勝利を確信した戦車長は運転手に更に敵陣地を蹂躙することを命じ、砲手と機銃手には目に見えるもの全ての破壊を命じた。


(勝てる……!この戦い、勝てるぞ……!)


 対戦車兵器も既に無いと見える敵の混乱を潜望鏡の中から確認した戦車長は続いて要塞の正面と西側の防衛線を背後から破壊する戦術を頭の中で思い浮かべると、後続の車両達に突撃を命じようとしたが、彼の戦車の車体が爆発音とともに激しく震動したのはその時だった。





「あれか!あの戦車で最後だ!」


 政府軍に残された最後のT-55M1戦車が防衛線を突破し、塹壕を踏み潰して前進している様子を指さして叫んだ幸哉は手近な陣地の陰に隠れると、既に射撃準備を整えたロケットランチャーを敵戦車に向けて構えた。


(これで戦車は最後……)


 残る九両の破壊は既に確かめている幸哉は微かに安堵したが、まだ気は抜けなかった。


(あの戦車を破壊しても残りの装甲車と歩兵だけで要塞を陥落させることができる……。東側を突破した敵戦力が西側と正面の防衛線の後ろに回れば……、味方は正面の敵と挟み撃ちになって殲滅される……)


 引き金を引く直前、最悪の事態を想定した幸哉は全身の力が抜ける感覚に陥りそうになったが、精神力と覚悟で何とかその迷いを断ち切ると、ロケットランチャーのトリガーを引き切ったのであった。


「くそ!」


 僅かな迷いが照準に影響したのかは不明だが、砲塔側面を狙った対戦車弾は車体側面下部の無限軌道に命中した。


(あれでは動きは止められても、無力化はできない……!)


 焦り、次弾を装填しようとする幸哉に向かって、百ミリ砲の細長い主砲をゆっくりと巡らせるT-55M1戦車は砲塔上面に取り付けられたDShK38重機関銃を掃射した。


 一二.七ミリ弾の激しい機銃掃射を積み上げられた土嚢の陰に隠れてやり過ごした幸哉だったが、激烈な機銃弾の弾幕は彼が土嚢の陰から顔を出してロケットランチャーを構えるのを許さなかった。


 破壊された陣地の残骸の陰に釘付けにされ、焦る幸哉に戦車はゆっくりと主砲を向ける。


(速くしないと……、主砲にやられる……!)


 焦った幸哉がしかし、どうすることもできずに死を覚悟した瞬間だった。


「任せろ!」


 近くの別の陣地の陰に隠れていたオルソジが土嚢の陰から身を乗り出し、コルトM79グレネードランチャーを戦車に向かって撃ち込んだのだった。


 全くマークしていなかった方向からの射撃に虚を突かれた戦車の車長はグレネードランチャーの発砲音を聞いて、初めてオルソジの方に機関銃の銃口を向けたが、その瞬間には砲塔に直撃した四十ミリ弾の爆風が彼の体を粉々に引き裂いていた。


「今だ!」


 オルソジの放ったグレネード弾が重機関銃もろとも戦車長を吹き飛ばしたT-55M1戦車の砲塔に向けて、ロケットランチャーを構えた幸哉は刹那の照準の後、トリガーを引き切った。


 猛烈な後方噴射の白煙とともに撃ち出された対戦車弾は今まさに幸哉に対して主砲を発砲しようとしていた戦車の砲塔と車体の接合部に直撃すると、全溶接構造の鋼鉄の車体を真っ二つに分断して破壊した。


「やった……」


 死まであと一歩、地獄の縁のぎりぎりで敵との命の駆け引きに勝利した幸哉は安堵の息を漏らしかけたが、破壊されたT-55M1戦車の陰から飛び出した重車両のシルエットを目にすると、その安堵も半ばに即座に回避行動の姿勢を取った。


 ZSU-23-4シルカ……、四門の二十三ミリ対空機関砲を砲塔に搭載した重装甲車が無限軌道の足を猛然と動かし、T-55M1戦車の車体の陰から飛び出した時、命の危険を感じ、走り出したのはオルソジも同じだった。


「くそ!」


 四門の対空機関砲の猛烈な掃射に一瞬の内に追い詰められた幸哉とオルソジは手近な塹壕の中に飛び込んだ。


 その二人に接近し、更に集中して機関砲弾を撃ち込むシルカだけが幸哉とオルソジの命を狙う敵ではなかった。周辺に展開した百近い歩兵、複数の装甲車やジープ、トラックが二人の隠れる塹壕を包囲していた。


「降伏するか?」


「今さら無駄だ!」


 一点に集中する銃撃に弱音を吐いたオルソジに向かって言い捨てた幸哉は僅かな隙を見て、塹壕の陰から頭と腕だけを出すと、敵に向かってロケットランチャーを撃ち込んで、自分達を包囲していた一両のMT-LB装甲車を破壊した。


「くそ!無理だ!」


 一両の装甲車を破壊するとともに更に激しさを増した政府軍部隊の銃撃に塹壕の中から全く身動きが取れなくなった幸哉達にシルカの機関砲掃射、無数の兵士の銃撃、ジープに搭載されたSPG-9無反動砲からの砲撃が集中した。


 塹壕の数メートル脇に着弾した無反動砲弾の爆発の激震を感じながら、塹壕の中に伏せることしかできない幸哉達の頭上に更にプロペラエンジンの轟音が悪魔の雄叫びの如く響いた。


(ここで死ぬのか……?)


 既に最期を覚悟し、故郷の言葉で震えながら祈りを始めたオルソジの傍らで幸哉がそう自問した刹那、二人の頭上を急降下してきたプカラが飛び去った。


 次の瞬間、二人から十メートルほどしか離れていない場所に投下された航空爆弾が炸裂し、爆風と衝撃波に崩れた塹壕の土壁の中に埋もれて、幸哉は意識を失ったのであった。

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