第四章 二十一話 「悲痛な叫び」
「西側の防衛線で対戦車砲が喪失したそうです!軍曹達は要塞の西側に回って下さい!」
持ち場の要塞正面を防衛し、新たに戦車二両と装甲車一両を殲滅した幸哉達の傍らに走ってきたソディックが狗井に叫んだ。
「分かった!西側だな!ここは頼む!」
すぐ側で重機関銃が牽制の掃射を放ち、迫撃砲が敵部隊に向けて一定間隔で八十一ミリ砲弾を撃ち出す中、部下の無線兵の言葉に頷いた狗井は要塞の西側に向かって走り出した。
「幸哉、急げ!」
そう叫び、塹壕を疾走する狗井の後に続いて幸哉も激戦のカートランド要塞を全力で駆け抜けたのであった。
☆
今まで敵の攻撃が最も激しかった、幸哉達の持ち場である要塞正面に比べ、人員も装備も手薄だった西側陣地は敵迫撃砲の砲撃とプカラの近接航空攻撃によって地表陣地の戦力を殆ど奪われ、その際にロケットランチャーも喪失したらしく、幸哉達が辿り着いた時には突撃してくる政府軍戦車部隊に対して為す術がない状態だった。
「着いたぞ!大丈夫だ!敵は二両だけだ!」
西側の防衛線に到着すると同時にプカラの空爆で半壊した陣地の一つに滑り込んだ幸哉は狗井の声を聞いて、土嚢の陰から突撃してくる敵部隊の様子を窺った。
見えるのは戦車が二両と、装甲車が五両……。
幸哉がそう判別した瞬間には既に狙いをつけていた狗井はロケットランチャーの引き金を引き切っていた。
先程までの三両の戦車を葬った時と同じく、装甲の薄い砲塔やや上面を狙って射出された対戦車弾はしかし、発射の瞬間に狙いが少し逸れたのか、標的だったT-55M1戦車の砲塔左側面に直撃すると、傾斜装甲の防御に弾かれて、標的の斜め後方を走っていたMT-LB汎用装軌装甲車に命中した。
「くそ!外れた!幸哉、装填だ!」
対戦車弾が車体正面に命中した装甲車が爆発で火だるまになる様子を見届けるまでもなく、舌打ちをついた狗井は陣地の後ろにしゃがみ込むと、幸哉に再装填を命じた。
既に次弾をバックパックから取り出していた幸哉の行動は早かった。まだ熱の籠もっている発射筒に即座に弾頭を挿し込んだ幸哉は最後に弾頭先端の安全装置ピンを引き抜くと、狗井の肩を叩いた。
「再装填完了です!」
「よし、後方は!」
「クリア!障害物なしです!」
幸哉が叫んだ刹那、狗井の肩に担がれたロケットランチャーが再び対戦車弾を撃ち出した。
強烈なバックブラストの噴炎によってロケットランチャー発射器後方の砂塵が吹き上げられ、焼かれた直後、ロケット弾の命中した政府軍戦車は被弾した砲塔を散らして沈黙した。
「よし!あと一両だ!移動するぞ!」
先程のバックブラストの噴煙で敵に位置を知られた可能性があるため、狗井と幸哉は即座に別の陣地の陰に移動したが、残る一両の戦車は同胞を撃破した対戦車兵器ではなく、銃眼から機関銃を掃射するバンカーに主砲の照準を定めていた。
幸哉達が二つ目の射撃地点である陣地の陰に隠れた瞬間、戦車から撃ち込まれた砲弾がバンカーの一つを掩体壕の通路の一部とともに瓦解させると、激震が幸哉達の足元を揺らした。
「くそ!派手にやりやがって!幸哉、装填だ!」
上官に命じられるよりも先に対戦車弾の弾頭をバックパックから取り出していた幸哉は先刻と同じ手順で素早く装填を終わらせると、狗井の肩を叩いた。
「装填完了!後方クリア!」
「了解!」
刹那、激しい後方噴射とともにロケット弾がランチャーより発射され、正面から主砲の付け根に対戦車弾を食らった政府軍のT-55M1戦車は黒煙を上げて沈黙した。
「よくやった、幸哉!これで……」
敵戦車の撃破を双眼鏡で確認した狗井が振り返って、幸哉を激励しようとした時だった。
空を震わせるプロペラエンジンの轟音が彼らの聴覚を震わせ、本能的な恐怖を掻き立てたのだった。
「COIN機だ!逃げろ!」
上空から急降下で接近してくるプカラの機影を見上げる間でもなく叫んだ狗井の怒声とともに幸哉は走り出したが、直後、背後に生じた衝撃波と熱波に背中を押され、十メートルほど転倒することとなった。プカラが彼らから数十メートル離れた位置に航空爆弾を投下したのだった。
「くそ……!」
平衡感覚が狂い、視界が左右に揺れる中、苦しげに悪態をついた声に幸哉は自分の四肢が健在なのを確かめると、傍らを振り返った。
そこには狗井が倒れていた。彼の右腿には先程のプカラの爆撃で飛散したらしい鉄片が貫通していた。
「狗井さん……!」
「くそ……、やられた……」
出血も多く、動くことはできないであろう上官の傍らに滑り込んだ幸哉は即座に処置を始めた。
まずは圧迫止血をしながら、大腿骨が健在であることを確かめる。
「大丈夫です!骨は砕けていません!」
叫んだ幸哉は狗井の右大腿の付け根に止血帯を巻くと、きつく引き絞った。激しい痛みに狗井が苦悶の表情を浮かべ、悪態をつく。その瞬間だった。
彼らの傍らで敵の機銃掃射に体を真っ二つにされて死んでいた無線兵の無線機から助けを求める悲痛な声が響いてきたのである。
「東十三番の塹壕がやられた!防御網に穴が空くぞ!」
「敵戦車正面、距離五十メートル!無反動砲の援護を早く頼む!」
東の防衛戦が危ない……。
無線から漏れてくる声に狗井と目を合わせた幸哉は救助処置を助けに来た別の衛生兵に上官の処置を任せると、傍らに転がるロケットランチャーの発射器を抱えて、東側の陣地へと向かい、走り出したのであった。
「幸哉!待て!勝手に動くな!」
傷の手当てを受けながら動けない狗井は遠ざかる幸哉の背中に向かって叫んだが、助けを求める仲間の悲痛な声に触発された幸哉の行動を止めることはできなかった。
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