第四章 二十話 「激戦の始まり」

 重迫撃砲弾とロケット弾による激しい砲撃を何とか生き残ったカートランド要塞の各地上陣地では兵士達が各々の持ち場につき、敵との戦闘に備えていた。


 敵との距離は三百メートルにまで迫っており、地雷原突破用のローラーを装着した戦車と装甲車を前面に押し出して突撃してくる政府軍部隊に対して、最初に砲火の口火を切ったのは三基の六三式一〇七ミリロケット砲と五基のML三インチ迫撃砲だった。


 猛烈なバックブラストとともに相次いで撃ち出された三十六発のロケット弾と五発の迫撃砲弾は曲射射撃で上空へと飛翔した後、白煙の尾を引いて敵部隊へと殺到した。


 既に距離は二百メートルまで迫っており、反撃の砲撃を放ってきた政府軍主力戦車の何両かは解放戦線側が打ち上げた砲撃により、装甲の薄い車体上面を撃ち抜かれて沈黙した。


「よし!よくやってる!」


 戦車に続き、複数の装甲車やトラックも破壊した味方の砲撃に幸哉を引き連れて位置についた狗井が同胞の奮戦を激励する声を上げたが、その次の瞬間、近づいたプロペラエンジンの轟音がその声をかき消した。


 反射的に地面に伏せた幸哉と狗井の二人の上空を低空飛行で駆け抜けた黒い影、FMA IA58 プカラは機首に装備された二門の二十ミリ機関砲と四門の機関銃を掃射すると、六三式ロケット砲の装備されていた三つの陣地を一掃して飛び去っていった。


「くそ……!」


 悪態をついた狗井の視線の先では更に別のプカラが急降下爆撃をかけ、迫撃砲陣地を破壊しており、飛び去ったその機影を追って、地上からはDShK38重機関銃やZU-23-2対空機関砲から放たれた対空砲火が無数の火線を張っていた。


「俺達でやるしかない!準備しろ、幸哉!」


 圧倒的戦力に何とか奮戦する味方の様子を確認していた幸哉に狗井が叫んだ。その瞬間だった。

地面を震わす激震とすぐ間近で生じた衝撃波に幸哉は地面に倒れ伏したのだった。


(何があった……)


 聴覚が麻痺して耳鳴りがする中、幸哉は頭を振って周囲の状況を確認した。


 十時の方向、十数メートルほど離れた位置、先刻まで設置されたブローニングM2重機関銃が対空砲火の火線を張っていた陣地が積み上げられた土嚢を巻き上げて消滅していた。


「くそ!戦車の砲撃だ!」


 狗井の怒声に幸哉が土嚢の影から顔を出すと、距離百メートルほどに近づいた政府軍主力戦車のT-55M1が車体前面に装着したローラーで地雷原を掘り起こしながら、細長い主砲を旋回させているところだった。


「幸哉、準備しろ!まずはあいつからだ!」


 土嚢の陰から狗井が指差したのは正面、距離七十メートルほどに迫った一両のT-55M1戦車だった。


「装填しろ!」


 狗井に指示されるまま、バックパックから取り出した弾頭をロケットランチャーの砲筒先端に差し込んだ幸哉は最後に弾頭先端に取り付けられた安全装置のピンを引き抜くと、「装填完了!」と狗井の肩を叩いた。


「良くやった!後ろは安全だな?」


「はい!」


 土嚢の陰からロケットランチャーの発射筒を構えて立ち上がった狗井に、後方に遮蔽物や人影の無いことを確認した幸哉は叫んだ。その一秒後、空気を震わせる轟音とともに六九式ロケットランチャーの砲筒から対戦車弾が射出された。


 射出から一秒後に安定翼を展開させ、ロケットモーターの推進力で飛翔していった対戦車弾は射手にその軌道を知らせるための曳光剤の閃光を放ちながら、標的のT-55M1戦車に直撃した。


「よし!やったか?」


 斜め上面から敵戦車の砲塔正面の装甲に直撃した対戦車弾に狗井は勝利の歓声を上げかけたが、直後に砲塔を巡らし、主砲角度を調整して、ロケット弾を撃ち込んできた敵を探す動きを見せ始めた戦車の姿を見ると、舌打ちをついた。


「くそ!まだだ!移動するぞ!幸哉!」


 激しい銃撃が飛び交う中、幸哉の肩を叩き、狗井は別の位置へと走り出した。幸哉もその後を追い、土嚢の陰から飛び出して走り出したが、二人が走り出して五秒が経った瞬間、先程まで彼らがいた陣地が木っ端微塵に砕け散ったのだった。


「危ねえ!さっきの戦車の砲撃だ!」


 衝撃波に後ろから押され、転びそうになった幸哉を抱き止めた狗井は後ろを振り返ってそう言うと、数メートル離れた陣地の陰に滑り込んだ。


「幸哉、再装填だ!」


 狗井の後に続いて陣地の陰に滑り込んだ幸哉はまだ砲筒から熱の籠もった白煙をたなびかせているロケットランチャーにバックパックから取り出した新しい弾頭を挿入すると、安全装置を解除し、再び狗井の肩を叩いた。


「安全装置解除!後方確認よし!」


「よし!」


 部下の怒声に満足げに返答した狗井は陣地の陰から立ち上がると、今度は注意深く照準をつけた後、ロケットランチャーの引き金を引き切った。

数秒後、二発目の対戦車弾の直撃を受けたT-55M1戦車は砲塔を上空高くに吹き飛ばし、車体下部から業火の炎を噴き出して沈黙した。


 ようやく撃破した敵戦車を見つめ、安堵とともに力を抜こうとした幸哉の肩を狗井が揺すった。


「幸哉、次をやるぞ!」


 その声を聞いた瞬間、幸哉は自分達が敵戦力の一部しか排除していないことを思い出して、目の前が暗くなるような気分を感じたが、展開される戦場の状況は彼を待ってくれはしなかった。


 走り出した上官の後を追って、再び気を引き締めた幸哉も陣地の陰から飛び出すと、次の標的を狙う位置へと走り出した。


「防御網が突破され、戦車が取り付けば要塞は終わりだ!」


 叫ぶ狗井の声を聞きながら、既に一両の戦車を殲滅するだけでも生死のぎりぎりの一線を走っている自分の姿に気づいた幸哉はこれから始まる更に苛烈な戦闘を予感して恐怖に身を震わせたのであった。

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