第四章 十八話 「第十三独立機動軍」

 六月三十日明朝……、十七日の深夜に"アドバイザー"が仕掛けた夜襲以降、砲撃を除く一切の攻撃を中止していた政府軍側の陣地ではマハマドゥと彼の二人の腹心、タンジャとハマが双眼鏡を手にこれから激烈な戦闘が展開されるであろうカートランド要塞のすり鉢山を睨んでいた。


 彼らの後ろではこの数日の間に部隊編成を整えた三百人の歩兵と全土から集めた戦車が突撃の時を待っていた。


(貴様らが本当に手を組むに値する相手か、この戦闘で見定めさせて貰う……)


 敵の要塞を睨みながらそう思ったマハマドゥの中には焦りがあった。その感情の乱れはハマが先程、彼に伝えたある事実が原因であった。


「兄貴、国王が俺達に秘密で解放戦線と休戦協定を結ぼうとしているらしいですぜ」


 その一言を聞き、国王への忠誠心を完全に失ったマハマドゥは行動を起こさなくてはならない焦りとともに怒りを覚えていた。


(現場で汗を流す我々の都合を顧みず、勝手に休戦協定とは……!)


 許すことはできない……。そう思ったマハマドゥは頭の中で計画している謀略を既に行動に移す意思を抱いていた。


「大臣、攻撃開始の準備ができました」


 傍らで耳打ちしたセイニ隊長の言葉に頷いたマハマドゥは敵の要塞の方を今一度振り向くと、胸中に念じた。


(お前達が手を組むに値する者達か、今一度我々に信念の強さを示してみろ!)


「攻撃開始せよ!」


 マハマドゥのその指示に頷いたセイニは背後の副官達の方を振り返ると、「攻撃開始!」と声を張り上げた。


 副官達から更にその下の伝達兵達に伝わった攻撃開始指示が無線機を通じて、各方面に伝播していくのを確かめたマハマドゥはこれから目の前の敵が自分達に見せてくれるであろう勇気と信念に期待して、双眼鏡を覗いたのだった。





 つらく悩んだ日々は消せない。死んでいった仲間達も戻ってくることはない。それでも幸哉は狗井と話した夜以降、自分の進む道の先に光が見えたような気がして前向きに任務に取り組んでいた。


 昼は相変わらず座り込んだまま悪態を呟き続けているジニーを後ろにバンカーの銃座について警戒任務をこなしていた幸哉は、物資搬送の任務がある時には進んで危険な護衛任務に志願し、要塞の南へと河と国境を越えて任務に出た。


 根本の問題は解決していない……。答えはまだ見えていない……。だが、それでもいま目の前にある任務に対して全力で取り組もうとする力を得ていた幸哉は余計なことは考えないようにして黙々と働いていたのだった。


(考えることはいつでもできる……。だから今は……、今は戦う……!)


 重い答えが逃れようとする一時凌ぎの逃げでしかないのかもしれないが、そんな思いとともに幸哉がいつもと同じように任務に就こうとしていた六月三十日の明朝、異変は有り触れた一発の迫撃砲弾の滑空音とともに始まった。


「来るぞー!」


 地上にいる誰かが叫んだ声とともにバンカーの中で幸哉が身構えた瞬間、要塞の地表に着弾した砲弾が炸裂し、掩体壕の全体が大きく揺れた。


(いつもと違う……!)


 激震とともにバンカーの天井から溢れ落ちた砂粒の量に幸哉が感じた違和感は正しかった。彼らの陣地に着弾したのは今まで政府軍が撃ち込んできていた八十一ミリ迫撃砲より威力の高い一二〇ミリ迫撃砲から発射された砲弾だったのだ。


 普段と違うのは砲弾の威力だけでは無かった。次いで空から急降下してくる第二弾、第三弾の砲弾の滑空音の協奏を聞いた幸哉は戦慄した。


(一体、何発撃ち込んでくるんだ……)


 直後、連続して着弾した一二〇ミリ砲弾の嵐はカートランド要塞の地表に展開した陣地や車両を吹き飛ばし、一部では強固な天井を備えたバンカーすら貫通して掩体壕の全体を大きく揺らした。


 普段であれば間欠的に一定間隔で撃ち込んでくる砲弾が一斉に撃ち込まれた……。幸哉だけでなく、要塞全体の兵士達が不穏な予感に戦慄する中、迫撃砲弾に引き続いて撃ち込まれた六三式一〇七ミリロケット弾が七十二発、次々と要塞の地上に突き刺さった。


 激しい砲撃を受け、いつ崩れるか分からないバンカーの中で銃座の重機関銃に張り付いていた幸哉は銃眼から外の様子を窺おうとしたが、無数の砲弾の着弾が巻き上げた砂煙に視界を遮られ、状況の把握を妨害されてしまった。


「くそ……、見えない……!」


 銃眼から舞い込んでくる砂煙に目を細めて、幸哉がそう毒づいた瞬間だった。素早く動いた影が彼の視界の右脇で蠢いたのだった。


「お前らぁー!殺してやるぅー!」


 その怒声に幸哉が右脇を振り返ると、先程まで彼の後ろで座り込んでいたジニーが銃眼から外に這い出そうとしているところだった。


「止めろ!死ぬ気か!」


 激しい砲撃の激震に最後の理性の糸が切れたのか、完全に錯乱状態となったジニーの足を幸哉は引っ張ったが、既に上半身は銃眼の外に出ていたジニーは幸哉の制止を蹴り飛ばすと、そのままバンカーの外へと飛び出して行ってしまった。


「お、おい!戻ってこい!」


 銃眼から顔を出した幸哉は必死に叫んだが、間近に炸裂した砲弾の着弾音が悲痛なその声をかき消した。


 訳の分からない悪態を叫びながら敵の前線の方へと走っていったジニーは地雷原の中を臆する様子もなく走り抜けて行った。


「くそ!」


 もう声も届かないほど遠ざかってしまった親友の背中にどうすることもできない幸哉はバンカーの中で悪態を叫んだ。その瞬間だった。


 要塞から三十メートルほど離れた地雷原を走っていたジニーのすぐ傍らに砲撃が命中し、誘爆した周囲の地雷の爆発を巻き込んで一際大きな土砂の壁を幸哉の眼前に現出させたのだった。


「ああ……、くそ……」


 バンカーの中にも銃眼の孔から入って吹き荒れた衝撃波の嵐に頭を埋めて対ショック姿勢を取った幸哉は数秒の後、衝撃波が収まったことを確認すると、顔を上げ、銃眼の間から外の様子を窺った。


 あれほど激しかった砲撃は嘘のように収まっていた。砲弾が巻き上げた砂煙の煙幕も少しずつ風に流されて薄れていたが、幸哉の視線の先にジニーの姿は見当たらなかった。


 だが、その代わり、舞い上がった砂塵が僅かに残る荒々しい視界の中に見えたものに幸哉は本能的な恐怖を感じるとともに悪態をついていた。


「嘘だろ……」


 距離は百メートル以上離れているが、砂煙を巻き上げてこちらに突進してきているのは幸哉も教科書やニュース映像で見たことがあるシルエットだった。


(いや、そんなはずはない……)


 幸哉は震える手で傍らに置いていた双眼鏡を取ると、前方の様子を拡大された視界の中に今一度確認した。


(そんなものが来るはずはない……)


 自分の目に映ったものを否定したい幸哉だったが、高倍率の視界の中、荒野の砂塵を吹き散らし接近してくる影は見誤りようもない、明らかに主力戦車のそれだった。


 六、七、八……、見えるだけで八両。しかもその後ろには装甲車や兵員を乗せたトラックなどの車両群の姿も多数見える。


(い、一体どれだけの戦力をぶつけに来たんだ……!)


 一気に大戦力を投入してきた政府軍の戦略に自分達を本気で殺そうとする強い意思を感じた幸哉の全身は震えていたが、彼らに対する試練はまだ始まったばかりだった。


 地を震わせる轟音とともに肉薄してくるズビエ政府軍機械化部隊の上空には軽攻撃機(COIN機)のFMA IA58 プカラも飛翔していた。それも四機。


(これが……、これが第十三独立機動軍……)


 政府軍最強を誇る敵部隊の本気の猛攻にバンカーの中、一人恐怖に打ちひしがれた幸哉は銃を手に取るのも忘れて呆然と立ち尽くしたのであった……。

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