第四章 十四話 「闇夜の狙撃」

 六月十七日、午前二時三十分……、イガチ族の戦闘部隊によるカートランド要塞への突撃が開始された。


 事前に予告を受けていたため、マハマドゥ達は攻撃開始自体には一切動じなかったが、突撃が始まると同時に"アドバイザー"がセイニ隊長に告げた命令に驚愕させられることとなった。


「大佐、迫撃砲とロケット砲による攻撃を開始して下さい……」


 砲撃が味方を巻き込まないよう、歩兵が突撃する際は砲撃を中止するのが戦闘のセオリーだったが、その常識を一切無視した"アドバイザー"の言葉にセイニは戸惑っているようだった。


(こいつ、兵士を駒としか思っていないのか……!)


 そう思い、激しい嫌悪を感じているマハマドゥに確認するような視線を向けたセイニは最後には突撃しているのが自分の部下では無い事実をもって心に折り合いをつけたのか、無線兵の方を振り返ると、命令を下した。


「迫撃砲班に伝えい!味方の突撃掩護のため、敵陣地に向けて砲撃開始せよ!」


 その命令を聞きながら、双眼鏡を覗いて敵要塞を見つめる"アドバイザー"の後ろ姿を一瞥したマハマドゥは嫌悪感とともに何か気味の悪い薄ら寒さを感じるのであった。





「攻撃だ!」


「第九番陣地がやられた!急げ!」


 兵士達の怒声が飛び交う中、地上から潜った掩体壕の地下通路を走った幸哉は息を切らしながら、自分の持ち場のバンカーに飛び込んだ。


「すみません!遅れました!」


「何してんだ!早く位置につけ!」


 幸哉が初めて赴任した日の夜とは逆の配置で弟のジニーがブローニングM2重機関銃を掃射する狭いバンカーの中、自動小銃のベクターR4を発砲するネルソンが振り返って叫んだ。


 上官に命令されるよりも先に位置についていた幸哉は銃眼から五六式自動小銃の銃口を出して構えたと同時に信じられない光景を目撃して目を細めた。


 迫撃砲弾が着弾して舞い上がった砂煙の濃い視界の中、地雷原の中に確かに芋虫のように蠢く影がある。


(敵……!)


 芋虫のような影が匍匐前進する敵であると判別した瞬間、幸哉は五六式自動小銃の引き金を引き切っていたが、その胸の内では複雑な心境が渦巻いていた。


(味方が進行している中に砲弾をばら撒くなんて……)


 要塞だけでなく、歩兵が匍匐前進している地雷原にも撃ち込まれている砲弾の嵐を前に幸哉が無茶な作戦に投入された敵の歩兵達に同情を感じた瞬間だった。


「うわっ!」


 重機関銃を掃射していたジニーが悲鳴とともに後ろ向きに倒れたのである。


「大丈夫か!」


 ジニーの隣に立っていたネルソンが倒れた弟に駆け寄る傍ら、幸哉も救急処置を取ろうとした刹那、今度は甲高い金属音が響き、先程までジニーが発砲していたブローニングM2重機関銃の銃身が根本から折れた。


(銃弾が当たった……?)


 間違いなく被弾による損傷を受けた重機関銃にしかし、近くには機銃を狙える射程にいる敵兵を見つけられなかった幸哉がバンカーの陰にしゃがんだ瞬間だった。


「お前ら、大丈夫か!」


 怒号とともにバンカーの中に駆け込んできたのはジョニーだった。


「ジョニーさん!」


「おお、無事だったか!幸哉!」


「これは一体どういうことなんです?」


 右上腕を被弾したらしいジニーの服をメディックシザーズで切り裂きながら問うた幸哉にジョニーも興奮した様子で答えた。


「狙撃だ!隣のバンカーも機銃手が殺られてる!」


「狙撃?」


 こんな闇夜にそんなことが可能なのかと幸哉が思ったのと同時だった。彼の隣で座っていたネルソンが思い立ったように立ち上がり、壁に立て掛けていたスコープ付きのモーゼルGew98を手に取ったのだった。


「くそ!俺の弟を撃っといて、ただでは済まさん!」


 恐らく敵は暗視スコープを使っての狙撃、ナイトビジョン機能も無い旧式銃では無理だろうと思った幸哉とジョニーだったが、弟を撃たれて血の昇ったネルソンを止める手立てなど無かった。


「くそ……、どこにいる……!」


 銃眼から出した狙撃銃の銃身を暫く巡らせたネルソンがそう毒づいた瞬間だった。彼の後頭部から銃弾が飛び出し、遅れて噴き出した脳髄がバンカーのかびた土壁を暗赤色に染め上げたのだった。


「兄貴!」


 止血帯を巻いていたジニーが悲鳴を上げ、もがいたことでようやく後ろで起こった出来事に気付いた幸哉は振り返った視線の先で長身銃を構えたネルソンが奇妙に硬直しているのを目撃した。


(撃たれた……?)


 硬直した姿勢のまま後ろ向きに倒れたネルソンの傍らに滑り込んだ幸哉は救命処置を行おうとしたが、既に手遅れである事は顔を見た時点で分かった。


 呆けたような弛緩した表情で固まっているネルソンのこめかみには少円形の孔が開いており、そこから暗赤色の脳髄が溢れ出ていた。


(死んだ……)


 余りにも呆気なく訪れた仲間の死に数秒の間、呆然としてしまった幸哉を押し退けて、ジニーがネルソンの死体にしがみついて叫んだ。


「兄貴!どうしたんだよ!しっかりしてくれ!」


 泣きじゃくるジニーが激しく揺するが、既に死体となったネルソンは何も返答しない。


「兄ちゃん!何とか言ってくれよ!」


 子供のように泣き叫び始めたジニーの背中、そしてそんな弟の胸の中に抱きしめられた、物言わぬネルソンの姿を見て、幸哉は何かを制御していた胸の中の糸が音を立てて切れるのを感じた。


(絶対に殺す……!)


 戦争なんだから命のやり取りは当たり前であるという前提や常識は理性とともにかなぐり捨てた幸哉は目の前で大切な人を殺された怒りだけを原動力に傍らに転がるモーゼルGew98を手に取ると、バンカーの中から飛び出した。


「おい!幸哉!待て!」


 一部始終を目撃していたジョニーがその後ろ姿を呼び止めたが、既に上官の制止が耳に届くような理性は意識の中に無かった幸哉はただ仲間の仇を討つためだけに掩体壕の地下通路の中を走ったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る