第四章 十一話 「"アドバイザー"の謀略」

 六月十六日、要塞へ到着してからちょうど二週間が経ったこの日の明朝、普段は持ち場のバンカーを防衛している幸哉は負傷者の手当を頼まれて、機銃陣地が敵に向かって激しく銃撃を放つ地上を走り回っていた。


「メディークッ!こっちだ!」


 敵陣地との間で交わされる激しい銃撃の応酬の騒音の中、自分を呼ぶ声に従って塹壕の中を走った幸哉が自分の名前を叫ぶ兵士のもとに駆け寄ると、その兵士の傍らでは右上腕に銃撃を受けた別の兵士が横たわってきた。


「まず傷の大きさを見る!服を破るのを手伝ってくれ!」


 服の上からでは銃槍がどの程度の大きさなのか、弾丸が腕を貫通しているのか判別できない。

傍らの兵士に助けを求めた幸哉はポーチからメディックシザーズを取り出そうとした瞬間、マズルフラッシュの閃光が照らす夜闇の視界の中に怪しく動く影を見つけて、すかさず五六式自動小銃を構えた。


(敵……!)


 緊急圧迫止血の目的と同時に、後に止血帯を巻く時のため上腕骨の無事を確かめる目的で負傷者の兵士の肩と右腕の付け根部分に自分の脛を押さえ付けつつ、五六式自動小銃を構えた幸哉は地雷原を越えて、要塞に取り付いたらしい政府軍兵士に対して容赦なく自動小銃を発砲した。


「周辺警戒は私に任せろ!君は彼の処置を!」


 五発の銃弾を撃ち込んだ敵兵が首から血を吹き出して倒れるのを幸哉が確認すると同時に傍らで処置を見守っていた兵士が代わりに周辺警戒についた。


「お願いします!」


 仲間の気遣いにそう返した幸哉は先程の発砲時の緊急止血姿勢で上腕骨の健在を確認していた負傷兵の上腕の付け根に止血帯を巻いた。兵士は痛みに悲鳴を上げたが、これが失血死を防ぐための重要な処置になる。


 取り敢えず一本目の止血帯を巻き終わった幸哉は次に負傷兵の傷の大きさを確かめるべく、メディックシザーズで兵士の上腕の戦闘服を切り裂き始めるのであった。





 幸哉が必死に負傷兵の手当てをしている頃、カートランド要塞から北方五百メートルに設置された政府軍前線指揮所では国家戦略部門大臣のマハマドゥと経済省大臣のタンジャ、外務大臣のハマが銃撃によってすり鉢山のあちこちが閃光している要塞の様子を双眼鏡で覗きながら、溜め息をついていた。


「兄貴、これは今回も失敗だぜ……」


 傍らのタンジャがそう言ったのを聞いて、双眼鏡を目から離したマハマドゥは右手の人差し指でこめかみを押さえると、今一度大きな溜め息をついた。


 彼らが指揮する第十三独立機動軍はここ連日、カートランド要塞に対して夜間攻撃を仕掛けていたが、要塞が陥落する様子は全く無かったのである。


「ここは主力部隊が揃うまで待とう。戦車と装甲車があれば、結果はもっと違ってくるはずだ。兄貴」


 攻撃中止を具申するタンジャの意見に、「そうさなぁ……」と力無く首を傾けたマハマドゥは後ろを振り返ると、直立不動の姿勢で起立している腹心の部下、セイニ隊長に軍人としての意見を求めた。


「戦車と装甲車が揃うまでに、あとどのくらいの時間がかかる?」


 正式な階級は大佐であり、ズビエ政府軍最強を誇る第十三独立機動軍の現場指揮官でもあるセイニ隊長は苦い表情を浮かべると、奥歯に物が挟まったような言い方で答えた。


「大変申しにくいですが……、最低でも二週間はかかるかと……」


 セイニの正直な返答に、「二週間か……」と溜め息とともに呟いたマハマドゥが、


「それまでは攻撃は中止とするか……」


と決定を下そうとした時だった。


「その前に我々に攻撃作戦の指揮を執らせて頂けないでしょうか?」


 やけに丁寧な口調でありながら、侮蔑を含んだ声に彼が最も会いたくない人間の姿を察知したマハマドゥが振り返った視線の先にはジャングルの戦場では目立つ黒スーツに身を包んだ"アドバイザー"の姿があった。


(何をしにきた、こいつは……!)


 そう心の中で悪態をついたマハマドゥだったが、"アドバイザー"の隣に立って殺気だった視線を送ってくる人影に気が付くと、心中に巻き上がった反抗心も萎縮して消えてしまった。


(チェスター・エプスタイン!)


 かつてはローデシアSASの最年少隊員であり、今は"アドバイザー"子飼いの暗殺者として活動している非情な白人傭兵の姿に畏怖しているマハマドゥ達の様子を鼻で笑った"アドバイザー"は一方的に続けた。


「勿論、あなた方の第十三独立機動軍の力を借りるつもりはありません。我々には我々の戦力がある。あなた方は我々のサポートに徹して下されば十分です」


 そう言った"アドバイザー"の視線の先をマハマドゥ達一同は見やった。その先では頭に暗視ゴーグルをつけた数十人の男達が一般兵士とは明らかに異なる、上裸の上に動物の毛皮や角を被った未開人のような姿に自動小銃を装備して戦闘の準備を整えている様があった。


(イガチ族の私兵団……!)


 山岳遊牧型の戦闘民族である彼らを"アドバイザー"やチェスターが私兵として使っているのを知ってはいたが、彼らの文明人とは余りにかけ離れた粗暴な様子を初めて直に目撃して目を丸くしているマハマドゥ達に対して、"アドバイザー"は絶対に断らせないという視線を送りながら、「宜しいですね?」と確認した。


 未開の野蛮人のような格好の上に暗視ゴーグルや自動小銃のような近代的な武装を身に着けているイガチ族の異様な姿と、"アドバイザー"の隣から殺気だった視線を送ってくるチェスターの気迫に押されたマハマドゥは言葉に詰まりながらも、何とか威厳は保った様子で返答した。


「い、いいだろう……」

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