第二章 十一話 「湧き上がる殺意」

 洞窟の中に立ち籠めた灼熱の予熱が肌を焦がし、気管を刺激する臭気が喉を咽返す中、幸哉は阿鼻叫喚の光景が広がる要塞の通路を出口へと向かって全速力で走った。


「幸哉、無事だったか!待て、まだ外は危険だ!」


 壁の脇に積み上げられた木箱が燃え上がり、あちこちに焼け焦げた死体が転がる洞窟の中を駆ける幸哉に別の場所で爆発の炎を逃れていた狗井が叫んだが、日本人青年の意識にその声は届いていなかった。


 自分には少年兵達の今を変えることはできない。でも、彼らの今を救うことはできる。だから絶対に……!


 生まれる前から始まっていた大人達の戦争に否応無く巻き込まれ、少年兵としての人生を運命に定められた子供……、それでも逃げ出さず、精一杯に自分達の役割を果たそうとする彼らの姿に痛烈なまでに心を揺さぶられていた幸哉は長く細い洞窟を一気に出口まで駆け抜けた。


 爆発の炎に蒸し焼かれた洞窟の中も悲惨な状況だったが、五百ポンド航空爆弾の直撃を受けた洞窟開口部の正面は言葉にも言い表せないほどの惨状を呈していた。燃料気化爆弾の直撃した地面には爆心地を中心にして円状に生々しいクレーターが形成され、その内外には黒焦げたまま、半ば地面に埋まった状態で散乱した土嚢や機関銃などの残骸とともに原型を留めないまでに損傷した人体の破片が四散していた。


「大丈夫か!」


 上空ではまだCOIN機が飛び回り、対空砲火の火線を張る機銃陣地に対して、ロケット弾と機関砲による対地攻撃を仕掛けている中、幸哉は必死になって負傷者達を救出した。倒れた機関銃に下肢を挟まれ、重量四十キロの圧力に膝下の関節が折れ曲がった者……、真皮まで焼き尽くした火傷によって、表皮がただれて血の染みた筋肉と骨が外側から丸見えになった者……、発展途上国の設備では既に手の尽くしようが無い負傷者達を死屍累々の山の中から助け出しながら、幸哉は必死に少年兵の姿を探した。


(絶対に助けられる……!助けられるはずだ……!)


 目の前に広がる惨状に理性では可能性が限りなく低いと理解しながらも、救いたいという自身の気持ちを優先して、地獄のような光景の中を彷徨い続けた幸哉だったが、数分の捜索の後、遂に探していた少年の姿を見つけることが出来た。爆発のクレーターの外れで倒れた土嚢に下半身を下敷きにされ、左半身を地面に埋もれたまま横向きに倒れている少年の顔を見て、自分の探し人を見つけた幸哉は飛ぶように少年に駆け寄った。


(無事だった……!良かった……!)


 左半身は足から頭まで地面の中に埋まり、意識も無い様子だったが、周辺に転がる焼死体と比べると、まだ数段状態の良い少年の姿に安堵した幸哉は少年の下半身に覆い被さる土嚢を除けると、地面に埋もれた小さな左半身を掘り起こそうとしたが、目の前に横たわる現実は彼の甘い理想よりずっと無慈悲だった。


 爆風でばら撒かれた銃弾や人体の破片が混ざる赤土を必死に掘り返した幸哉だったが、その中に埋もれているはずの少年の左半身は一向に現れなかった。


(何故……!何でだ……!)


 それでも幸哉は目の前の現実を受け入れられず、存在せぬ希望を追い求めて地面を掘り返し続けた。だが、支えになっていた土嚢と土砂が取り除かれたことで仰向けに倒れた少年の右半身からリンパ液に染まった消化器官が地面を掘り起こす幸哉の腕に零れ落ちてきた時、彼も不都合な真実を認めざるを得なかった。


(死んでる……!)


 少年の左半身は地面に埋まってなどいなかった。幸哉が見つけ出した時には既に爆発の衝撃波に飲み込まれて、少年の左半身は吹き飛んでいたのだった。


(何で……、何でこんなこと……!)


 綺麗に線を引いたように体の中心で真っ二つになった少年の死体の生々しい断面を呆然と見つめた幸哉は何も出来なかった無力感と罪悪感に苛まれながら、心の中で沸々と危険な感情が沸き立つのを感じた。


(殺してやる……!)


 幸哉は震える手で両断された少年の死体を抱きしめると、今だ耳障りなプロペラエンジン音と機銃掃射の轟音を響かせながら、頭上を悠々と飛翔するプカラの機影を睨んだ。


(こんなことをする人間……、こんなことする奴ら、全員殺してやる!)


 焼け焦げた人肉と破壊された資材が業火の残り火を灯して無造作に転がり、焦げついた硝煙の香りが漂う戦場の中、肉食動物の咆哮にも似た叫声をあげた幸哉は山の麓に向かって、ジャングルの中を全力で疾走したのだった。

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