第二章 十話 「死神の炎」
一機目を撃墜して祝杯気分に浸っていたダンウー族の戦士達は突如として現れた二機目のプカラに対して動揺しつつも、即座に迎撃態勢を取ったが、一機目に対する攻撃を遠方から観察し、既に全ての対空砲の位置を把握していたプカラの攻撃の方が早かった。
「来るぞー!」
走りながら絶叫したジョニーの頭上を時速五百キロメートルの最大戦速で飛翔したプカラが両翼のハードポイントに搭載した五七ミリロケット弾ポッドを掃射する。一機目のプカラの反撃で既に四基が破壊されていた対空陣地がそのロケット弾攻撃により更に二基制圧され、ヘンベクタ要塞の対空防衛能力は一気に減弱した。
「入り口はもうすぐそこだ!逃げ込め!」
虎の子の対空機関砲を六基も失い、貧弱になった対空放火の火線が上空を悠然と飛翔するプカラを必死になって追いかける中、幸哉達はようやくヘンベクタ要塞の入り口に辿り着いた。そこでは銃座に設置された重機関銃類が一縷の望みを賭けて対空砲火の銃撃を放つ側で、三脚で自立させられたミストラル地対空ミサイルに取り付いたダンウー族兵士が赤外線照準器の目でプカラを補足しようとしていた。
「MANPADS(携対空ミサイル)だ!」
入り口の手前で突然走るのを止め、対空ミサイルの方を見つめる幸哉に気がついたジョニーがそう叫んだが、幸哉が足を止めたのは起死回生のチャンスを呼び込む兵器を見つけたからではない。三脚棒のような形状の発射器に取り付けられた対空ミサイルの照準器を覗き、敵機をロックオンしようとしている兵士の姿に衝撃を受けたからだった。
その兵士は交渉から帰る途中で幸哉と目があった少年兵だった。小さい背丈ながら、足元に木箱を敷くことで大人の身長に対応した照準器を真剣に覗き、成人のダンウー族兵士達と肩を並べて最前線で戦う少年の姿に幸哉はまたしても複雑な感情を胸に抱いた。
「幸哉!お前、早く逃げるぞ!」
硬直する幸哉の首根っこをジョニーが掴んで洞窟の中へと引き連れようとしたのと同時にミストラル地対空ミサイルは発射器に取り付けられた砲筒の後部より猛烈な勢いの白煙を噴き出して、誘導弾本体を射出した。細長い円筒状のミサイルが空中へと飛び出し、進行方向微調節用のフィンを後部より展開した後、固体燃料ロケットに点火して、敵機へと飛翔していく様子を幸哉とジョニーは思わず息を呑んで見守った。
残存する対空機関砲を破壊するため、急降下で地上に接近していたプカラはミサイルにロックオンされたことを警戒装置の作動で悟ると、機体を降下から急上昇に転じて回避運動を取り始めた。だが、最大戦速でも時速五百キロしか出せないプカラに対して、ミストラルはマッハ二.五の高速で逃走するプロペラ攻撃機を追い掛ける。プカラとミサイルの距離はみるみる縮まっていき、上昇した両方の影が青天に輝く太陽と重なって、幸哉達が思わず目を細めた瞬間、爆発の轟音とともに青空の一角に黒煙の影が広がった。
「よっしゃぁ!」
ジョニーが歓喜の声を上げ、周囲のダンウー族兵士達も勝利の雄叫びとともにお互いを抱き合っていたが、幸哉は太陽に照らされた黒煙の向こうで更に漆黒の影がゆらりと蠢くのを見逃さなかった。
「危ない!」
幸哉がそう叫んだのと、撃墜されたはずのプカラが爆発の黒煙を突き破って急降下して来たのは同時だった。目標を追って垂直に上昇した赤外線ホーミング方式の誘導ミサイルが敵機と太陽が重なった瞬間、弾頭の赤外線シーカーに狂いを生じ、太陽を新たな目標と誤認して自爆したのだということを幸哉が理解する暇は無かったが、このままここに居ては危険だということを察知することは彼にも出来た。
だが、幸哉は逃げようとはしなかった。彼は止めようとしたのだ。急降下してくる敵機に対して、ミサイルの発射筒に次弾を装填しようとする少年兵達を……。
危ない……!危険だ……!
そう叫ぼうとした幸哉だったが、声が喉から出るよりも先に後ろから伸びた力強い手に後頚部を掴まれ、洞窟の中へと強引に引きずり込まれた。
「来い!」
ジョニーの切実な叫びを耳元に聞いた瞬間、呆然としていた幸哉も正気を取り戻し、要塞の中へと駆け込んだ。だが、幸哉の中で少年兵の安否を気遣う気持ちは消えていなかった。
(彼らは……?)
洞窟の中へ数十メートル走ったところで幸哉が少年兵達の無事を心配し、振り返った瞬間だった。小さく陽光の入ってくる洞窟の入り口の一角に閃光が生じ、地響きが幸哉達の足元を揺らしたのだった。
「走れ!」
傍らのジョニーが叫んだのと洞窟の入り口に荒れ狂う紅蓮の渦が現れたのは同時だった。怪物の叫びにも似た轟音を立てながら近付いてくる炎の渦がプカラより投下された五百ポンド航空爆弾から生じたものだということを幸哉が知る由は当然なかった。だが、本能的な直感で危機を察知することはできた幸哉は他の解放戦線兵士達とともに必死で洞窟の奥へと逃げた。そんな無力な人間達を嘲笑うかのように荒れ狂う炎は狭い洞窟の中を焼け焦がしながら幸哉達の後を追ってくる。
「こっちだ!」
すぐ前を走るジョニーの後を追って、幸哉は洞窟の壁に掘られたトンネルの分かれ道に逃げ込んだ。しかし、彼らを追う炎はそんな分かれ道にまで入り込んできた。
「ヤバい……!」
後ろを見なくても、背中に感じる熱気に炎がすぐそこまで迫って来ていることを察知した幸哉は死の恐怖に肝を冷やしながらも、狭いトンネルの中を全力で走った。
「くそ!こっちだ!」
もう焼け死ぬしかないのではないかと幸哉が思った時、前を走るジョニーの影が洞窟の壁の中に消えた。いや、正確には壁に掘られた小部屋の中へと回避したのであった。
「うぉぉ!」
背後に迫る死神の気配に幸哉は叫声を上げながら素早く数歩を踏み出すと、ジョニーの後を追って小部屋の中へと飛び込んだ。その瞬間だった。
今までとは比べ物にならない、真皮の中まで焦がすような熱波が足裏から彼の足首を襲い、幸哉は思わず悲鳴とも断末魔とも似つかぬ奇声を上げてしまった。
(死ぬ……、のか……?)
地面に倒れ込みながら、諦念とともに自身の死を覚悟した幸哉だったが、炎は小部屋の前の通路を行き過ぎたまま、部屋の中には入って来なかった。
「ふぃー!ぎりぎりセーフだったぜ……」
幸哉の隣で同じように地面に倒れたジョニーが首だけ起こし、部屋の入り口の方を向いて肝を冷やしている。その視線の先では寸分の遅れで部屋の中に飛び込めなかった解放戦線兵士が炎に全身を焼かれて死んでいる姿があった。
一部には炎の残り火が立ち、黒焦げになった背中を見せて俯せに転がる死体に逃げるのが一瞬遅れた仮想の自分の姿を重ね合わせた幸哉は紙一重で躱した死神の鎌に恐怖したが、彼の胸の中にある感情はそれだけではなかった。
自分を睨み返した目、ミサイルの照準器を真剣に覗き込む横顔……。
(あの少年は……!)
自分が守りたい存在を思い出した瞬間、幸哉は背後で制止するジョニーの忠告も耳に入れず、小部屋の外へと飛び出していた。
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