序章 四話 「ズビエという国」

 一九八五年に白人政権を討ち倒して、現政権ができたズビエ民主共和国という中央アフリカの小国には大小合わせて、十二の民族が存在する。その中でも政権を握っているのは多数派のフラム族だったが、宗教の相違や歴史上の衝突から、ズビエでは異民族同士での争い合いが絶えない状態が続いている。特に東南部のメネベ州に居住するモツ族に対するフラム族の弾圧は地下資源が絡んでいるために、他の民族同士の争いよりも一層熾烈だった。


 かつての西欧列強による植民地支配の遺物……、民族の棲み分けを理解せず、強引に引かれた国境線が他のアフリカ各地と同じような紛争をズビエでも起こしていたが、ズビエではナシム・ジード・エジンワという指導者がモツ族を率いて、自治独立を求める運動を行っていた……。





 ドバイ国際空港を経由する長い飛行機の旅の中で幸哉はこれから向かう国に関して、造詣を深めようとしていたが、薄いガイドブックからだけでは、行き着いた先の国に本当に自分が求めるものがあるかどうかは分からなかった。


「そんな本じゃ、何も分かんねぇよ。」


 ガイドブックを隅々まで読み込もうとする幸哉に、隣の座席で先程まで眠っていた健二がアイマスクを額にずらした状態で指摘した。


「それよりも俺が言ってたもの、準備したか?」


 内戦地帯はおろか、海外旅行にすら一度も行ったことのない幸哉に、健二は服装や必需品、現地での振る舞いまで仔細に教えてくれた。


「ちゃんとしてるよ…。」


 そう答えた幸哉の頭を健二は上機嫌そうに、ポンポン、と叩いた。


「よし、偉いぞ!気をつけることは分かってるな?」


「知らない人間が話しかけてきても無視するだろう?」


「そうだ、その通りだ!話しかけてくる奴ほど、ヤバい奴だと思っていたら良い。」


 やはり上機嫌な様子の親友を見て、幸哉は不思議に思った。最初にズビエに行きたいと言い出した自分でさえも不安と緊張で一杯なのに、何故この男はここまで陽気なのかと。


(もしかしたら、危険な場所が好きなのか?)


 幸哉は色々な理由を考えたが、健二はそんな事知る由もなく、また一人眠り始めた。


(他人のことなど考えても詮無きことか……)


そう思った幸哉は傍らの窓から、初めて見る天空の景色に目を落とした。夜の闇に包まれた窓の外は暗灰色の雲に覆われており、大地や海は見えなかったが、幸哉はこれから向かう地で自分を待っている出来事に思いを馳せるのであった。

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