第32話 海賊船バラクーダ号

 その海賊船の名前はバラクーダ号と言った。

 表向きは武装商船ということであった。

 機砲を三門ほどそなえつけられており、分厚い鉄によっておおわれていた。


 ヤンとヨアンナは酒屋に行き、買えるだけのワインやビール、ラム酒などを買い込み、それを台車に乗せてその武骨な鉄の船を眺めていた。

 ヤンのたてた作戦はしごく単純なものだった。

 この買い込んだ酒たちに眠り薬をまぜ、それを海賊たちに飲ませてその隙に囚われているであろう人々を助けだそうというものだった。

 問題はこの酒たちを海賊にのませることだ。

 海賊たちが慎重でこの酒を飲まなければ、意味はない。

「なに、ここは私にまかせな」

 ヨアンナはその大きく豊かな胸を叩いて、言った。

 この際、この姉を頼るしかないか。

 ヤンは決意し、海賊船バラクーダ号の前に立っていた。


 そんな彼らの前にいかにも人相の悪い男たちが海賊船に乗り込もうとしていた。桟橋に今にも足をかけようとした頬に傷のある男にヨアンナは声をかけた。

「ねえ、あんたたちこの酒を買ってくれないかい。今日中にこの酒が売れなければあたしら兄弟は親方に追い出されてしまうんだ」

 目に涙をためながら、迫真の演技でヨアンナは言った。

 ボリュームたっぷりの胸をわざとゆらしながら、海賊の男の目を見る。

 男はヨアンナの深い胸の谷間をみるとだらしなくいやらしい笑みを浮かべた。他の男たちも一緒だった。

 皆、じろじろとヨアンナの豊満な体を見ている。

「そりゃあかわいそうだ。なあ、姉ちゃん、あんたが酒の相手をしてくれるなら全部買ってやるぜ」

 ぐひひっと下品な笑みを浮かべながら、海賊の男は言った。

 

 男たちはヨアンナをどうやら慰みものにしようとしているようだ。

 そうなる前にジャックたちに救出してもらわないと。

 ヤンは思った。

 

 ヨアンナはちらりとヤンを見る。

 ヤンはうなずいた。


「じゃあこの子も一緒にいいかい。酒を運ぶのを手伝ってもらわないと」

 ヨアンナは言った。


「まあ、いいだろう」

 頬に傷の男は言った。



 ヤンとヨアンナは海賊に続き、海賊船バラクーダ号に乗り込んだ。

 潜入には成功したが、作戦はこれからだ。

 うまく海賊たちに酒を飲ませ、全員眠らせなければいけない。

 失敗すれば姉はひどい目にあい、自分は命はないだろう。

 一際、大きな部屋に案内されたヤンとヨアンナはそこで酒宴の用意をした。

 あげたジャガイモと焼いたベーコンをテーブルに並べ、つぎつぎに酒をグラスに注ぎ、海賊たちに配っていく。

 ヨアンナの前にもジョッキに注がれたビールが置かれていた。

 ちなみに帝国において飲酒の年齢制限はない。

 すべては自己責任なのである。

 それが帝国の特徴といえた。

 自身のことは自分でなんとかするのがこの国の国是のようなものであった。


「なんだい、なんだい、やけに賑やかだね」

 そこにかなり背の高い女性が入ってきた。

 二角帽子を頭に乗せ、黒い海軍コートを肩にかけている。

 均整のとれたスタイルで腰に円月刀をぶらさげている。

「せ、船長」

 頬に傷の男がばつのわるそうな声をだした。


 ヤンはかなり驚いた。

 まさかこの海賊船の船長が女性だったとは。

 しかもかなりの美人だ。

 内向きにカールした金髪が特徴的だった。


「ふん、また酒盛りかい。まあ、いいだろうよ。このギランとも明日にはおさらばだ。せいぜいうさをはらすといいさ。うん……」

 料理を並べているヤンを見つけるとその女船長はうふふっと微笑んだ。

「なんだいなんだい」

 ぺろりと舌なめずりする。

 ずかずかとヤンに歩みよると彼の肩を力強くだいた。自分の体に抱き寄せる。女船長の体からどこか花の香りがした。

「この子はアタシがもらっていくよ。おまえたちは好きにしな。そのかわりアタシの部屋には絶対に入ってくるなよ」 

 女船長はそう言うと強引にヤンの体を抱き、そのまま連れていってしまった。

「へい、ありがとうございやす」

 その女船長の立ち去る背中に向かって、海賊の男たちは言った。



 その部屋は女船長の体と同じ花の匂いに包まれていた。

 装飾品がところせましと置かれ、壁には少年の天使の絵がかざられている。

 棚の上には多種多様の花が花瓶にさされていた。

 彼女の体からいい花の香りがするのはこのためだろう。

 帽子かけに二角帽子をかけると長い足を組み、彼女は椅子に座った。

 ヤンに女船長は向かいに座るように言った。

 ヤンはテーブルを挟み、その向かいに腰かけた。

 女船長はテーブルの上の拳銃を膝の上に置いた。

「アタシはこのバラクーダ号の船長フックだ。坊や、名前をいいな」

 黒い六連式の拳銃をなでながら、フック船長は訊く。

「僕の名前はヤンといいます」

 ヤンは名乗った。


 フック船長は立ち上がり、ヤンの頭をつかむと自分のほうにひきよせた。

 首筋の匂いをくんくんとかいだ。

「おまえ、このギランの人間じゃないな。潮の匂いがしない。いったいどこのものだい?」

 銃口をヤンの首筋につきあてる。

「正直にいいな、アタシは嘘は嫌いだよ」

 フック船長は言う。

「ぼ、僕はガープの街で織物工をしています」

 ヤンは言った。

 フックの瞳は真剣だった。

 ここで嘘を言えば、フック船長は躊躇することなく引き金を引くだろう。

「ガープだって。最近あの街では領主のハーゼル男爵が殺されたっていうね」

 フック船長は言う。

「そ、それは僕たちがやりました……」

 ヤンは言った。

 その言葉を聞いたフック船長は拳銃をドンとテーブルに置くとヤンから手を離した。解放されたヤンはへなへなと椅子に座った。

 どうやら殺されずにすんだようだ。

「そうか、そうか。あの変態男爵を殺っちまったのはおまえたちなのかい」

 アハハッと天井に向かい、フック船長は笑った。

「もしかして、あの片目の魔法騎士マジックナイトもやったのかい」

 フックはひとしきり笑うとヤンに訊いた。

「ええ、僕の仲間が倒しました」

 ヤンは答える。

「そうかい、そうかい。親父の仇を討ってくれたんだね。こいつは痛快だ。ヤン坊や、気にいったよ。さあさあ、菓子でも食いな。あのロシュフォールのくそったれの最後を聞かせておくれよ」

 そう言うとフック船長は砂糖のたっぷりかかったドーナッツやクッキーを取り出し、自ら紅茶を淹れた。


 ヤンはベレッタとピーターから聞いた黒騎士ロシュフォールの最後をフック船長に語った。

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