第31話愚者のイワン
ヨアンナのいれたコーヒーを飲み干すとジャックは壁にかけてあったダッフルコートを手にとった。
「おまえたちに会わせたいやつがいる。きっとおまえたちの助けになるだろうよ」
ダッフルコートに腕を通しながら、ジャックは言った。
どうやらこれから外に出ようというのだ。
ジャックは思いたったらすぐに行動する男であった。
「ど、どこにいくのさ」
ヤンは訊いた。
「港の倉庫街さ。ヨアンナ、運転を頼むよ」
ジャックはヨアンナに指図する。
ヨアンナはあいよっと頷くと足早に玄関に歩き出した。
ヤンとピーターもその後に続く。
ジャックの案内でヤンたちはとある倉庫にやって来た。
軍用車を降りたヤンたちは先を歩くジャックの後に続く。
どうやらその倉庫は住宅としても使用されているようだ。
中に人の気配がする。
荒いがリズミカルな呼吸音がする。
扉を開け、四人は中に入る。
そこには粗末なテーブルと椅子、ベッドがおかれていた。
錆びついた背の高い鉄棒があり、一人の男がぶら下がり、懸垂をおこなっている。
「よう、イワン。せいが出るな」
ジャックは鉄棒にぶら下がっている男に声をかける。
上半身裸の男は鉄棒から手を離すと地面に軽やかに着地した。
長い銀髪の男で精悍な顔つきをしている。
体はかなり鍛えられているようで、猫科の動物のような俊敏さが見てとれる。
イワンと呼ばれた男はテーブルの上の乾いたタオルを手にとり、体に流れる汗を吹きとりながらジャックに右手をさしだした。
ジャックはその手を強く握りしめる。
「ホラ吹きジャックじゃないか、どういう風の吹きまわしなんだい」
精悍な顔に笑みを浮かべ、イワンは言う。
「その人たちは?」
とイワンはヤンたちを見て、そう訊いた。
ジャックはイワンにヤンたちを紹介した。
「こいつはイワン。
ジャックは言った。
イワンは汗をぬぐいとると服を着て、瓶にはいった水をうまそうに飲んだ。
ひとしきり飲むとふっーと一息ついた。
「これは女性がいるのに失礼した」
手の甲でイワンは口をぬぐう。
「イワン、おまえに頼みがあってな。こいつらの力になってほしい。無論、ただとは言わない。おまえが前に頼みにきた仕事を受けようじゃないか」
ジャックは言い、ヤンたちブレーメン自警団がフェルナンド辺境伯からの宣戦布告を受けていることを説明した。
「ほう、そいつはなかなか豪気な話じゃないか」
どこかうれし気にイワンを言った。
「それで私を仲間にしたいと……」
イワンはジャックとヤンたちを交互に見た。
腕を組み、イワンは少し思案する。
「じゃあ、ジャック。それじゃあ、あの話を受けてくれるんだな」
イワンは言った。
「ああ、そうさ」
ふふっとジャックは笑みを浮かべる。
「ちょっと待ってよ、その話ってのはなんなのさ」
ヤンが間にはいる。
どうやら、勝手に話が進められそうなので話の内容をつかまなければいけない。
確かに目の前の男は戦力になりそうであったが、彼らに残された時間も余裕はそれほどない。
「それは海賊退治だよ」
イワンは言った。
数日前からこの港街ギランにはある海賊船が停泊していた。
三十年戦争の影響でこの街にも正規軍は滞在しておらず、無法者たちはやりたい放題であった。
もともと帝国は陸軍主体であり、海軍は存在はするものの、数も装備も不足していた。
それ故に辺境の港街ギランまで帝国は手がまわらない状態であった。
そしてその海賊船は人身売買をおこなっており、その所有する船に売るための人間が囚われているという。
その事を知ったイワンはジャックのもとを訪れ、囚われの人たちを救出したいと頼んだがそんななんの得にもならないことに力を貸せないと一度は断っていた。
それがどういう風の吹きまわしか今度はジャックのほうからやって来て、海賊退治を手伝おうというのだ。
この男の気まぐれさには少し呆れるイワンであった。
「海賊退治って……」
ヤンも突然降ってきた話にかなり困惑していた。ピーターも同様であった。
「その海賊船には今にも売られていこうっていう人がいるんだろう。なら助けてあげなきゃあ」
ヨアンナは即座にやる気を出し、言った。
彼女にとってはこのような不幸な目にあっている人たちがいると知ってはいてもたってもいれないのである。
「確かにヨアンナさんの言う通りです。僕たちにはそれほど時間もありませんが、この話を知って見捨てることが僕にもできません。そんなことをしたらエマは僕のことを見損なうでしょう」
ピーターは言った。
きっとエマも賛成してくれるだろう。
肉屋の少年ピーターはそう思った。
「ちょうど良かったよ。どうやらその海賊船は明日にはこのギランを出港することになっているんだ。残されたチャンスは今日だけなんだ」
イワンは言う。
「昔、呉の国の孫堅は一人で海賊船に乗り込んで退治したっていうじゃないか。それに比べればこっちは五人。孫堅の五倍の戦力があるんだ、勝利は間違いないな」
ハハハッとジャックは笑う。
またそんな聞いたこともない国の話をして……。
ヤンは額をおさえた。
ジャック叔父さんはいつもよく知らない国の話をしては自分たちを煙に巻く。
まったく困ったもんだ。
昔聞いたのは子供の時にたまたま商人から買い取った豆を植えたら空まで生える木が生えて、その巨木にのぼり巨人の国に行ってきたと。
そんな嘘みたいな話ばかりしているからジャックはホラ吹きジャックと呼ばれるのだ。
「わかりました。その海賊船から誘拐されている人たちを助け出しましょう。しかし、それには無策という訳にはいきません。ちょっと考えさせてください」
ヤンは言い、顎に手をおいた。
「頼りにしてるぜ、我が諸葛孔明」
ドンドンとジャックは勢いよくヤンの肩を叩いた。
いったい誰だよそれは、ヤンはそう思いながら思案を巡らせた。
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