第29話 機械人間は電気羊の夢を見る
彼女は生まれつきの難病によりその一七年の人生をほぼベッドの上で過ごしていた。
体にはいくつかのチューブによって機械につながれ、どうにか生命を維持できている状態であった。
彼女は物心ついたその時からずっと死んで楽になりたいと思っていた。
だが、彼女の体は自死する行動すら許さなかった。
ある日、絶望のなか生活しているとある人物が彼女のもとを訪れた。
その男は両手両足が機械でできていた。
「どうかね、苦痛しか与えない肉体など捨てて、我々のもとにこないかね。我々、連合王国では君のような人間に新しい体を与える事業を行っている。見たまえ、私の体は事故で両手両足を失ったが機械が前よりも素晴らしい体を与えてくれたのだ。君も連合王国にくれば自由を手にいれることができるのだ。なに、無理強いはしない。決めるのは君自身だ。人間の尊厳を守るために機械の体は嫌だと言うのならその意思を尊重しよう。もし、もしもだ。君がその肉体を捨てて、機械の体を手にいれたいのなら、自由に歩いたり会話をしたりしたいのならハイランド連合王国にくるといい」
その機械の体を持つ男は熱っぽくそう語った。
緩慢な死を待つだけの彼女はその男の申し出を受けて、ハイランド連合王国で機械の体になる手術を受け、
肉体からもたらされる苦痛から解放された彼女はその機械の体の素晴らしさを存分に楽しんだ。
風を受けて走り、太陽の光の眩しさを存分に浴びた。
心底、機械の体になって良かったと思った。
ハイランド連合王国は彼女のような人間を数多く受け入れ、やがて世界を二分する勢力へと成長していった。
やがて連合王国は人間の進化には機械との融合が必須でありそれを行わない他の人々は消去しなければいけないという意見が支配的になっていった。
その意見に彼女は異を唱えた。
機械との融合はなによりも個人の意思を尊重しなければならない。
かつての自分がそうであったように。
そう言う彼女を上層部は呼び出し、機械部品の交換手術の名目で改造してしまった。
彼女の意識はそこで途切れる。
なにかものすごく長い夢を見ていたような気がする。
顔の銀の防護カバーが外され、久しぶりに目に入ったのは赤い髪をした意思の強そうな瞳を持つ少女の顔だった。
「本当にもう襲ってこないのですか」
赤い髪の少女は隣にいる大柄な女性に訊いた。
「ああ、もう大丈夫だよ。この子の
大きく豊かな胸の前で腕を組み、その女性は言った。
「私はエマ・パープルトン。あなたの名前はなんていうのかしら」
赤い髪の少女エマは彼女に訊いた。
「私はコードネームDRC1000。北太平洋同盟軍の軍事基地ジャブロー攻略作戦に従事していたのですが……」
機械人間はそう言い、きょろきょろと周囲を見渡す。
そこには革の上下を着た長身の女性と赤い頭巾の同じぐらい背の高い女性が彼女のことをじっと見ている。
「ここは地球から三百光年離れた惑星のようですね。しかし、どうして私がこんなところに……」
機械人間は言った。
「あんたも私らと同じようにこっちに飛ばされたのさ。その攻略作戦とやらが行われたと同時に行っていた実験による爆発事故が原因で時空の歪みができてこっちに飛ばされたのさ。私らと飛ばされた年代が違ったようだけどね」
ドミニクは言った。
「そうですか……」
うつむき、機械人間は言った。
「どうやら私はこの世界の人々にひどいことをしてしまったのですね」
機械人間は言う。
「ああ、そうだよ。おかげで私の街はゴーストタウンになってしまったよ」
アリスは言う。
「そうですか、なんと謝ればいいのか……」
機械人間は目を伏せて言う。
「どうか私を破壊してください。それで私の罪が許されるわけではありませんが、死をもって償わせてください」
機械人間はエマたちに言った。
エマは周囲の人々の目を見る。
「エマ、あんたの好きにしな」
ドミニクはエマの肩を叩く。
「私もあんたに従うよ。あんたはブレーメン自警団のリーダーだからね」
ベレッタは言った。
「私もあなたの決定に従いましょう。街を解放できたのはあなた方の協力を得られたからですからね」
アリスはにこりとエマに笑みをむける。
「それじゃあ、機械人間さん。あなたを私たちの仲間にするわ。どうやらあなたは行くところが無いようですしね。ドミニクに聞いたのだけどあなたは命令に無理矢理従わさせられてたのでしょう」
エマは言い、機械人間の冷たい手を握った。
「わかりました。それを新しい
機械人間はエマの手を握りかえし、そう言った。
「願いがあります。私に新しい名前をつけてくれませんか。もう人間の肉体を持っていたときの名前は忘れてしまいました。それにDRCという名前は連合王国によって殺人を
DRC1000はエマに頼む。
それは彼女の生まれ変わりの儀式といえた。
「そうね、DRCっていうのも無粋な名前だしね……」
形のいい顎に手をおき、エマはすこし考える。
「そうですね、あなたの名前は今日この日からドロシーにしましょう。よろしくね、ドロシー。今日からあなたもブレーメン自警団の一員よ」
エマは言い、もう一度機械人間の手を握る。
「わかりました、私の名前はドロシー。よろしくお願いします」
わずかに残る人間の部分の顔に笑顔を浮かべ、ドロシーは言った。
ああ、この人の手はなんと温かいのだろうとドロシーは思った。
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