第28話 機械人間討伐作戦

 ベレッタの考えた作戦はごく単純なものだった。

 機械人間をある地点までおびきよせ、罠にかけようというものだった。

 作戦は単純だったが、それを達成するのはかなり困難だと思われた。

 それはおびき寄せるいわば釣り餌に自分たちを使うものだったからだ。

 掛け値なしの命がけの作戦といえた。


「まあ、やれるだけやってみましょう。危なくなったら尻尾をまいて逃げましょう」

 それがエマの考えであった。

 全力をつくしても無理なときは逃げるしかない。

 ある種の柔軟性が彼女の中に芽生えつつあった。

 戦場での経験がエマを確実に成長させていた。



 まずエマはアリスが描いた簡単な地図をたよりに街の中央に立った。

 目の前には年代物のかなり立派な石造りの建物が建っている。

 それはアリスの説明では市庁舎であり、街にまだ人がいたときは多くの人間がここを訪れ、脇にはいくつもの露店が出て賑わっていたという。

 むろん、今現在は無人であった。


 枯れた噴水広場の前でエマは戦士の銃をホルスターから抜いた。

 銃口を空に向ける。

 天に向かって三発、弾丸を発射した。

 ダンダンダンと乾いた音が響き渡り、火薬の臭いが鼻腔を刺激した。

「さあ、きなさい。私はここにいるわ」

 エマは声高々に言った。


 

 ほどなくして金属が擦れあう音が聞こえてきた。

 ガチャンガチャンという金属音がだんだんとこちらに近づいてくる。

 それは明らかにあの機械人間サイボーグの稼働音であった。

 やがて機械人間サイボーグが視認できるまでこちらに近づいてきた。

 エマは狙いを定め、戦士の銃の引き金を引く。

 発射された弾丸は見事に機械人間の右肩に命中するが弾丸はむなしく弾かれるだけだった。

 しかしながらさすがは戦士の銃といえた。

 わずかばかりに機械人間の足をとどめることに成功した。


 くるりとエマは長身をひるがえし、走り出す。

 まともにやりあっても勝てる相手ではない以上、ベレッタの作戦通りに動くだけだ。


 エマは全速で走る。

 彼女は脚力に自信があった。

 小さいときに幼馴染みのピーターや義妹のリナとおいかけっこをしたが負けたことはなかった。ピーターやリナも人よりは速かったがエマはさらに速かったからだ。

 しかし足に自信のあるエマであったが疲れ知らずの機械人間には敵わなかった。じわりじわりと距離をつめられる。


「目標発見。目標発見。目標発見。これより排除を始めます」

 淡々とその機械人間は言い、じわりじわりと距離が縮められる。

 あの赤い瞳に熱がこもるのが見てとれた。

 ビッという発射音とともにあの赤い殺人光線が発射された。

 エマは持ち前の運動神経を生かし、髪一重でその光線をかわす。

 赤い殺人光線は地面を焦がし、小さな穴をあけるだけだった。

 しかし、この殺人光線が当たればよくて重傷、悪ければ死んでしまう。

 エマは冷や汗を背中に流しながら、目的の地点に向かって走る。


 そこには機馬サイボーグホースにまたがったベレッタが待機していた。

 長い手をベレッタは伸ばし、その手をエマはつかむ。

 一息でベレッタは背後にエマを乗せる。

「はいやっ!!」

 手綱を握り、ベレッタはそう叫ぶと機馬サイボーグを走らせた。

 それはまさに間一髪と言えた。

 エマが最前までいた場所に殺人光線が命中したからだ。

「ありがとう、ベレッタさん」

 エマは礼を言う。

 作戦は次の段階に移る。

「さあ、ゴールにむかって走るよ」

 ベレッタは言い、さらに機馬サイボーグホースを走らせる。


 やはりベレッタは乗馬の名手といえた。

 機馬を操りながら、機械人間の発射する殺人光線を避けると細い道を風のように駆け抜けていく。

 かなり距離を離せたかと思ったがそれもつかの間であった。

 さらに機械人間は加速し、追いつこうとする。


 また追い付かれるのは時間の問題であった。

 着かず離れずに走り、機械人間を目的の場所まで導くのが作戦の根幹であったがかなり骨がおれるのはたしかであった。

 機馬を走らせたベレッタとエマは少し開けた場所に出た。

 そこにはあのアリス・アストリアが待ち構えていた。

 砂色の髪を持つ彼女は両手にサーベルを持ち、待機していた。

 広場にあらわれた機械人間をみつけるとアリスは地面を蹴った。一気に機械人間との距離をつめる。

 得意の撃剣でアリスは機械人間に攻撃する。

 まるで生きているように二本のサーベルは機械人間の銀の体を斬りつける。

 すさまじい攻撃を受け、機械人間は後ずさる。

 機械人間の瞳に赤い熱がこもる。

 殺人光線がアリスの額にむかって発射された。

 アリスは背中だけを後ろにのけ反らせ、その光線をかわした。

 まさに天才的な反射神経といえた。


「やるねえ、赤ずきんちゃん」

 にやりとベレッタは笑った。


 体勢を戻したアリスは両手の剣を頭上にあげ、一気に振り下ろす。

 アリスの斬撃を受けた機械人間は近くの住居の壁に吹き飛び、めり込んだ。

 だがすぐに機械人間は立ち上がる。

 アリスの必殺の一撃も機械人間にはわずかな傷を負わせるだけだった。

 しかもその傷さえも自動修復能力で回復させていく。

くるりと背を返し、アリスはベレッタの方に駆けよる。

ひらりと飛ぶとエマの後ろにまたがる。

三人を乗せて走るのは機馬にとってはかなりの負担であったが、このさい仕方ない。

作戦はもう後、少しだ。


三人を乗せた機馬は走り出す。

修復を終えた機械人間は彼女らを追いかける。

少し走るとドミニクが豊かな胸の前で腕を組み、待っていた。

機馬は飛び、ドミニクの横に着地する。


「目標を排除する。目標を排除する。目を排除する」

機械人間はあの感情のまったくこもっていない声でエマたちの所に走ってくる。

赤い熱を瞳にため、彼女らを殺害しようと土を駈ける。

殺人光線が発射される寸前、機械人間が走っていた地面が突如、へこんだ。

そこはわざとエマたちが機馬にのり、飛び越えた場所だ。


機械人間はドミニクが象王ベヒモスで作った落とし穴にはまったのだ。

首の所まではまった機械人間はじたばたとどうにか抜け出そうとする。

ドミニクは機械人間のもとに走りより、後頭部にあるふたのようなものを外し、小さな金属片を抜き取った。

それを地面に投げ捨てる。


機械人間は力なくうなだれ、赤く光っていた瞳から光が消えた。

どうやら機械人間は活動を停止したようだ。

 

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