第20話 盗賊アリババ

 月明かりだけを頼りにベレッタは機馬サイボーグホースを走らせていた。この機馬は工業都市シルバーにて製造されたものである。ドワーフを名乗る技術者が開発したものである。ドワーフを名乗る人々はこの機馬サイボーグホースをはじめとした数々の珍しいものを発明し、帝国と共和国とわずに提供していた。

 水だけを飲み、ほぼ無限に走ることのできる機馬サイボーグホースはかなりの貴重品といえた。

 交易商リュークはそれを無償でエマたちに貸し出した。

「なに、出世ばらいでけっこうですよ。私はあなたがたを奇貨と考えているんです。せいぜい価値をあげてもらいますよ」

 足の悪い商人はそう言うのであった。


 エマとベレッタはすでにアンタレス渓谷に入っていた。

 深い谷と清い川を持つ渓谷であった。

 木々は冬のためにその身に葉を生やしていない。

 空気は冷たく、吐く息は白かった。

 エマはベレッタの背中に抱きつき、騎上の人となっていた。

 彼女らは細く険しい道を走っていた。

 油断すればそこの見えない谷に落ちてしまうのではないかと思われた。

「今夜中にこの谷は越えたいね」

 巧みに手綱をあやつりながら、ベレッタは言った。

「ええそうですね」

 エマはそう言い、機馬から落ちないようにさらに強くベレッタの下腹部にまわした手に力をこめた。服の上からもわかるベレッタの体温に彼女はどこか落ち着くのであった。

 ベレッタは騎手としても優秀であった。

 巧みに機馬サイボーグホースを操り、険しすぎる道を疾駆していく。

 かなり速さスピードであったため食料などの入ったリュックを落とさないようにしながら、エマはベレッタの背中に抱きつくのが精一杯であった。


 やがて細かった道はすこし開けた場所にでてきた。

 リュークにもらった地図をベレッタは確認するとそこを越えれば目指すガイゼルの街はあとすこしの所であった。

 その時、ダンという発砲音がした。

 機馬の足元に銃弾がめり込む。

 地面がこげていた。

 機馬が慌てて両足をあげる。

「くっ!!」

 ベレッタは手綱を強く握りなおし、機馬の体勢をたてなおした。

 どうにかして機馬の姿勢をもとにもどしたベレッタは目の前に褐色の肌をした人物があらわれたのを認識した。

「ベレッタさん、何者かがそこにいます」

 エマはその人物にむかって指をさした。

「そのようだ」

 警戒しながらベレッタはその人物を観察した。


 灰色のコートをまとい、頭には白いターバンを巻つけていた。

 その顔は褐色でまつ毛が長く、月明かりにてらされたその容貌はなかなか秀麗であった。どうやら女性のようだ。

 口径の大きなライフルの銃口をベレッタたちにむけている。

「あんたら止まりな」

 褐色の肌をしたその女は言った。

 片手で機馬を制しながら、もうひとつの手で戦士の銃に手をかける。

「わるいが私たちは先を急いでいるんだ。あんたと争う気はないからそこをどいてくれないかね」

 ベレッタは言った。

 エマはその様子をだまって見ていた。

 ここは歴戦の彼女にまかせたほうがよさそうだ。

「私はこの谷を根城にするアリババっていうものだ。おとなしく金目のものを置いていきな」

 アリババとなのる褐色の肌をした女は言った。

「金目のものといっても私たちがもってるのは食料と路銀と戦士の銃だけさ」

 ベレッタは腰の戦士の銃をなでながら、そう言った。

 ベレッタの言う通り、盗賊アリババを満足させる金銀は持ち合わせていない。

「戦士の銃、あんた戦士の銃をもっているのか?」

 アリババはライフルを下げると、ベレッタにそう訊いた。

「ああ、そうだよ。私はもとブレーメン旅団のベレッタ・バードさ。泣き虫バードとは私のことさ」

 ベレッタは言った。

「ベレッタ・バード……」

 アリババはベレッタの名前を言い、すこし考え込んだ。

「もしかしてあんたが騎士殺しナイトキラーベレッタなのかい」

 興奮気味にアリババは言った。

「そんないかつい二つ名は嫌いだけど、そう呼ばれることもあるね」

 ベレッタは答えた。

「こ、これはなんという幸運か。あのブレーメン旅団の生き残りに出会えるとは……」

 そう言い、アリババはライフルを背中にかついだ。彼女の表情から戦意とか殺意というものは消えていた。

 ちらりとベレッタの背後のエマに視線を送る。

 エマの表情を見て、アリババは明らかに驚愕の顔になった。

「あ、あんたはサラ・パープルトンに生き写しじゃないか」

 エマを指差し、アリババは言った。

 どうやら彼女はエマの母親のサラのことを知っているようだ。

「うん、そうよ。私はサラの娘でエマ・パープルトンだよ」

 エマは名乗った。

 エマがサラの娘であるということを知ったアリババは険しかった表情を笑顔に変えた。

「やっと出会えた……」

 アリババはそのアーモンド型の大きな瞳に涙をためていた。

 手を頭のターバンにのばすとアリババは勢いよくそれをとった。

 そこからあらわれたのは銀色の髪であった。月明かりの下で輝いているように見えた。そした特徴的なのはその耳であった。小さいナイフのような形をしていて先がとがっていた。

「私はダークエルフと呼ばれて帝国から忌み嫌われたトルキア人の末裔アリババ。ブレーメン旅団のサラ旅団長に命を助けられた者だ」

 アリババはそう名乗った。

 

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