第18話 辺境伯の宣戦布告

 エマたちはミネルヴァと名乗った少女を警戒しながら見ていた。

 炎の鳥から変化したその少女の身ぶりはかなり丁寧なもので殺意のようなものはベレッタは感じとれなかった。だが警戒しなければいけないのは間違いないと思われた。

「フェルナンド辺境伯……」

 エマは一人その名前を口にした。

 その名前は彼女も知っている。

 帝国と共和国の国境を守ることを皇帝から任せられた人物であった。

 目の前の少女はそのフェルナンド辺境伯の使者と名乗った。

 あきらかに好意的な使者とは思えなかった。

「そうです。私はフェルナンド辺境伯に使える魔法騎士マジックナイトです」

 とミネルヴァは言った。

 魔法騎士ならばあの不思議な登場はうなずけるとベレッタは思った。

「その魔法騎士ミネルヴァさんは私らになんのようだい。どうやらあまりいい用事ではなさそうだけどね」

 ベレッタは言った。

「おそらくその通りになるかもしれません。それはあなたがたの返答次第ですが……」

 ミネルヴァはそう言い、羽根つき帽をかぶりなおした。

 羽が冬の冷たい風にゆれていた。

 ふっと一息はいてミネルヴァは口を開いた。

 その言葉を口にするのは彼女としてもいい気はしないように思われた。

「あなた方はハーゼル男爵を殺害した一味ですか?」

 ミネルヴァは訊いた。

 エマはベレッタとピーターの顔を交互に見た。

 彼女と彼はうなずいた。

 返答をブレーメン自警団のリーダーであるエマにまかせたのだ。

 エマは自警団のリーダーとしてその質問にきっちりと答えなくてはいけない。

「ええ、そうです。私たちがハーゼル男爵を排除しました。あの男は私の大事な家族を奪おうとしたからです」

 エマは正直に答えた。

 嘘偽りなく返答するのがこの魔法騎士に対する礼であると思ったからだ。

「そうですか。やはりというべきでしょうか。なら辺境伯からの言葉をお伝えします。伯の親友であり帝国貴族であるオットー・ギム・ハーゼル男爵を殺害した罪は許しがたい。首謀者が出頭を命ずる。おとなしく出頭するならば街の住人は罪には問わない。もしさからうならばこの日より二週間後に君たちと狩猟を競うこととなるだろう」

 ミネルヴァは言った。

 狩猟を競うとは帝国貴族が使うことばで宣戦布告を意味する。

 辺境伯は出頭か交戦かの二択をエマたちの前につきつけたのだ。

 そして出頭はすなわちエマたちが処刑されるということを意味していた。

 二択であったがほぼその選択肢は一つしかなかった。

 それは今度は自分たちの命と尊厳を守るために戦わないといけないということだった。

「わかりました。出頭は考えられません。私たちはあなた方と戦います。私たちは自分たちの自由をまもるために辺境伯の言葉を受けましょう」

 エマはぐっと拳をにぎりしめ、言った。

「よく言ったねエマ」

 ベレッタはエマの肩を抱いた。

 ピーターは大きくうなずく。

 二人もエマの意見に同意であった。

「そうですか。わかりました。その返答を辺境伯に届けましょう。ある程度は予想していましたが、承知しました」

 ミネルヴァはそう言った。

 その後、少し考えてからミネルヴァは再び口を開いた。

「これは完全に私ごとなのですか、ハーゼル男爵に仕える片目の魔法騎士がいたはずです。その男の最後を教えていただけませんか」

 先程とは違い、すこし感情的な口調でミネルヴァは言った。

「知ってるよ。かなりの強敵だったよ。私とピーターと二人がかりでようやく倒せたんだからね」

 腰にぶらさげた戦士の銃をなでながら、ベレッタは言った。

「はい、僕も勝てたのが今でも信じられないぐらいです」

 ピーターは言った。

「そうですか。兄は戦闘で死ぬことができたのですね。兄は大戦が終わってから死に場所を求めていました。いつかこのときがくると思っていましたが、戦いの中で死ねたのなら兄も本望でしょう」

 うつむきながらミネルヴァは言った。

 彼女はあの魔法騎士ロシュフォールの妹であったのだ。

 エマは少なからず衝撃を覚えた。

「それで兄の遺体はどこにありますか?」

 ミネルヴァは尋ねた。

「ええ、それならこの砦の外れに他の遺体と共に葬りました。一人一人ほうむることはできませんでしたが」

 エマは答えた。

 野犬などに食われたり、腐敗したら死んだ彼らがかわいそうだと修道女の資格を持つヨアンナが慰霊を行ったのである。

 埋葬するための場所は九尾の狐によって確保した。

 まとめて葬らなくてはいけなかったがである。個別に埋葬する時間はエマたちにはなかったからである。

「そうですか、ありがとうございます。戦場でその身を朽ち果てるのは騎士の宿命。それを埋葬までしていただいたのですから感謝しかありません。僭越ですが兄の遺品などがあれば持ち帰りたいのですが」

 ミネルヴァは言った。

「ああ、わかったよ。あんたは敵になるだろうけど肉親との別れは別だからね。それにあんたは悪い人間じゃなさそうだからね」

 ベレッタは言い、ピーターにロシュフォールが残した魔剣シルフィーユを持ってこさせた。

 ピーターはそれを彼女に手渡す。

 それはミネルヴァの戦力を向上させるかもしれなかったが、それを彼女に返さないということはピーターには考えられなかった。

 この剣はミネルヴァにとって亡き兄の遺品であるからであった。

「かたじけない……」

 そう頭を深くさげ、ミネルヴァは魔剣を受け取った。

 再び顔をあげると彼女はまた炎の鳥となった。

「では次にまみえるのは戦場でしょう。このようなことを言える立場ではないのですがそれまでご健勝で……」

 そう言い、ミネルヴァは飛び立ち、西の方に消えていった。

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