第16話 ブレーメンの意味
エマは織物工のヤンとともにやって来たピーターの顔を見た。
どこか昨日までの彼の表情とは違うような気がする。
その容貌はたった一日で大人になったような気がした。
「自警団?」
エマは言った。
リナも姉と同じように幼友達の顔をじっと見ていた。
「そうだよ、エマさん。もう僕たちはあともどりできないと思うんだ。こうなったら帝国の支配から離れて自治をおこなうべきなんだ。そのための第一歩が自警団の結成だと僕は思うんだ」
やや興奮気味にヤンは言った。
「ピーターはその意見に賛成なの?」
エマは聞いた。
自警団などつくって帝国に抵抗しようなんてエマには途方もない話に思えた。彼女は妹とこの宿屋をやっていければそれでよかったからだ。母の残したこの宿屋を営んでいくのが自分の人生だとおもっていたからだ。それがはからずも男爵と戦うこととなり彼の一派を滅ぼしてしまった。
今の状況はエマにとっては巻き込まれた状態ということだ。
「僕は賛成だよ。もうリナをさらわれたりするわけにはいかない。それに僕たちにはエマの母さんが残したものがある。あれはこのときのために残されたものだと思うんだ」
ピーターが言った。彼も珍しく興奮していて言葉に熱を帯びている。
その様子をにやにやと笑みを浮かべて見ているのはギュンターであった。
「なるほどね。団結するのはいいことだと思うよ。なによりも数は力になるからね。それで君たちの最終目的は帝国からの独立かね。それともラー共和国の復帰かね」
ギュンターは尋ねた。
「先のことまではわからないのですが、まずは自治権の獲得が目的だと思っています」
ヤンが答えた。
ギュンターはふむっと答えた。
「私は賛成だよ。エマが望むなら私は全力で助けるよ」
ベレッタは言った。
「え、どうして私がきめるのですか?」
エマは訊いた。
「それはこの自警団のリーダーにはエマが適任だからだよ。初陣でジャッカル十五騎を打ち破った勇者。かつて勇名をはせたブレーメン旅団の団長の一人娘。これほどふさわしい人間はいにないと思うね」
ベレッタはその豊かな胸の前で腕を組みながら、言った。
「そんな……私には無理ですよ……」
エマは自信なげに言った。
そんなのは到底無理だと思った。宿屋の少女でしかない自分に人の上にたつなんて。母さんにはできたかもしれないが、私にはそんなのは荷が重すぎる。
「エマ、やろうよ。エマならできるよ。僕も手伝うからさ」
ピーターが言った。
「エマ姉さん、私も手伝うわ。私にはなにができるかわからないけど。もうあんな目にはあいたくないの。それに私のような目にあう人をこれ以上増やしたくないの」
それはおとなしいリナにしては珍しい自分の意見であった。
エマはリナの愛らしい顔をじっと見た。
リナは血はつながらないとはいえ、自分にとっては大切な家族だ。
彼女をまた奪われるわけにはいかない。
「わかったわ。やれるだけやってみましょう」
エマは言った。
自分には人を率いる才能があるかわからないが、大切なものを失いたくない。そのためにはあの九尾の狐に乗って何者でも相手にする自信はあった。
「それで、その自警団の名前はどうする。なんでも名前というのは重要だよ。人はその名前のもとにあつまるんだからね」
ギュンターは髭のない顎をなでながら言った。
「ブレーメン自警団っていうのはどうでしょうか。かつて母はその名前で帝国と戦いました。私も母の勇名の力を借りたいと思います」
すこし考えてからエマが答えた。
「ブレーメン自警団かいいね。いい響きだ」
ベレッタは嬉しそうに言った。
「ブレーメン。弱い動物たちが集まって大きな力となった童話に出てくる街の名前だね。ドグがよく言っていた物語から前の旅団はそう名乗ったのさ。私たちの自警団にはぴったりの名前だね」
ベレッタはドグの優しげな顔を思い出しながら言った。
ブレーメンなんて街は帝国にも共和国にもないのにドグはその街が存在するかのように言っていた。そういえばドグは不思議な男で一度どこのうまれか訊いたとき僕はこの大陸にはない国から来たんだよと意味不明のことを言っていた。
こうしてブレーメン自警団はわずか六名でその産声をあげた。
彼女らの存在はあまりにも小さく、彼女らが敵にしようとするものはあまりにも大きかった。
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