第15話 自警団結成

 黒猫亭にもどったエマは疲労のためこの日は休むことになった。

 それはリナやベレッタ、ピーターも同じであった。

「ごめんね、ピーター。料理をつくってあげるっていったけど今日は無理みたい」

 エマは言った。

「いいよ、エマ。今度また食べさせてもらうよ」

 ピーターはそう言い、自宅の肉屋に帰った。


 エマは普段着に着替えると自室で眠ってしまった。

 よほど疲れていたのだろう、今度は夢すらも見ずに寝息を立てていた。

 リナも自室にもどり、休むことにした。

 その様子を見届けたあとベレッタも宿屋の二階に行き、熱いシャワーを浴び休むことにした。

 行くところのないギュンターも宿屋の二階の余った部屋に泊まることにした。

 なおも忙しかったのは織物工のヤンであった。

 彼は救出したほかの娘たちをそれぞれの自宅に送り届けた。

 もう帰りを諦めていたそれぞれの家の家族たちは突如帰ってきた娘たちを抱き締めて、その帰りを喜んだ。

 ヤンはその光景を見て、やってよかったと心から思った。

 そして彼にはある考えアイデアが頭に思い浮かんでいた。

 それを話すのは明日、時刻的にはすでに今日であったが、それでいいだろうと思った。

 深夜帰宅したヤンを出迎えたのは姉のヨアンナであった。

 肉つきのいい彼女は帰りの遅すぎる弟をある程度叱るとそのボリュームたっぷりの胸にヤンの顔をおしあて、帰宅を喜んだ。

 そしてヤンからこの街を治めるハーゼル男爵の結末を聞き、二度驚くのであった。

「ヤン、あんたはやっぱり英雄になる男だね」

 自慢気にヨアンナは言った。

 そう言い、またヤンの体を抱き締めるのであった。

「姉さん、苦しいよ」

 姉の熱い体温を体に感じながら、ヤンは言った。



 翌日。

 ギュンターは久しぶりに熱いシャワーを浴び、ベッドで眠れたことに上機嫌であった。髭をそり、身なりを整えると彼は一階の食堂に降りた。

 そこにはすでにベレッタが朝食を摂っていた。

 リナの淹れた香りのいいコーヒーを楽しんでいた。

 それを見たギュンターは腹をならし、ベレッタの向かいに座った。

「へえ、見違えるようだね」

 ベレッタはギュンターの身なりを見て、言った。

 彼が着ているのは織物工のヤンが用意した衣服であった。質素なものであったが清潔なものであった。昨日までの汚ならしい囚人が嘘のように清潔でありその容貌はなかなか端正であった。

「ありがとう」

 とギュンターは言った。

「まあ、これでも僕は士爵だからね」

 ギュンターはそう付け足した。

 士爵とは帝国の身分制度で一代に限り与えられた貴族の身分であった。おもに優秀な官僚に与えられるものであった。政治に関係するのは貴族にかぎるという不文律があるためにできた制度である。そのような規則があっても実際の政治行政の運用にはそれに携わる専門家が必要でそのために設定された制度である。平民が政治行政に関われる数少ない手段のひとつであった。

「へえ、ということはあんたそれなりに有能なんだ」

 すっかり学者のような風貌になったギュンターにベレッタは言った。

 眼鏡のレンズだけが割れたままなのが残念であった。

「そうだよ、僕はそれなりに有能だったんだ。住民から税金を徴収しすぎだとあの男爵に進言したらあの地下牢に閉じ込められてしまったんだ」

 ギュンターは言った。

「ギュンターさんも朝食をとられますか」

 リナは訊いた。

「ああ、もらえるとありがたいよ。もう背中とお腹がくっつきそうだ」

 はははっと乾いた笑いを浮かべ、ギュンターは言った。

 ちょうどその時、エマも眠りから覚め、一階に降りてきた。

 リナは大好きなエマのために彼女の分の朝食も用意した。


「いやあ、君の淹れたコーヒーは格別だね」

 コーヒーの香りをくんくんとかぎながらギュンターは言った。

 トーストにたっぷりのバターをぬり、それをかじった。

「リナ、ベレッタさん、ギュンターさん、おはよう」 

 エマはあいさつし、ベレッタの隣に座った。

「君があの獣鬼兵ビーストウォリアーを操っていたんだね。まったくすごいもんだ」

 ギュンターは関心して言った。

「そりゃあそうさ、エマはあのサラ旅団長の娘だからね」

 どこか自慢気にベレッタが言った。

「そうか、あのブレーメン旅団の。なら男爵程度ではかなわないはずだ」

 ギュンターは言った。

「ところで君たちはこれからどうするつもりなんだ?」

 ギュンターは訊いた。

「これからって?」

 そう言い、エマはよく冷えたミルクを飲んだ。

「この地を治める男爵を排除してしまった以上、帝国政府もきっとだまってはいないだろう。討伐軍なりなんなりを送り込んで来る確率は高い。君たちは帝国とことをかまえるのかそれともこれ以上戦いはせずに降伏するのか」

 ギュンターは言った。

「そんなこれからのことなんて……」

 エマには途方もないことに思えた。

 彼女はつれさられた義妹を助け出すのに必死でこれより先のことなど頭にはなかった。

「降伏なんてのはしないほうがいいね。あの帝国が貴族を殺したエマたちを生かしておくとは思えないからね」

 ベレッタはずずっとコーヒーをすすった。

 空になったカップにリナが新しくコーヒーをいれた。

「お姉ちゃん……」

 心配そうにリナはエマの顔を見る。

 せっかく助かったのにまた戦いに巻き込まれるというのだろうか。

「自警団を結成するんだ。もう僕たちは帝国の支配を受けない。僕たちの街は自分たちで守り、自分たちの街のことは僕たちが決めるんだ」

 そう言ったのはピーターと共に黒猫亭に来訪したヤンであった。

「自警団をつくるって……」

 エマは友人のピーターの顔を見ながら、言った。

「そうだよ、自警団だよ。そのための戦力ならもうあるじゃないか」

 エマの濃茶色の瞳を見ながらピーターは言った。

「へえ、そいつは面白そうだ」

 形のいい顎をなでながらベレッタは頷いた。


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